ネタニヤフ政権はなぜ、ガザをここまで破壊するのか――選挙制度にも問題
2024年4月1日



単なる数字ではなく

東衛星放送局「アルジャジーラ」NHKワールドニュースで毎日チェックしている(休日は放送なし)。315日午前3時(現地)の放送は衝撃的だった。冒頭からキャスターの背後にはガザ地区で死亡した女性たちの名前が並んでいる。「315日現在、ガザ地区で死んだ人は31490人となり、そのうち、女性は12000人」と語りながら、キャスターは、「これは単なる数字ではありません。一人ひとりに顔があり、人生と物語がありました。母として、妻として、娘として、姉、妹として」。淡々とした通訳(新谷恵司)の声に、思わずグッとくるものがあった。そしてキャスターはその12000人のなかの一人として、ワラ・サージャさんに焦点をあてる。パレスチナの映画監督、作家、ブロガー。『絹の糸』『これが私の人生』などの作品があり、32日にイスラエル軍によって殺された。彼女は、「この戦争のなかでたくさんの女性たちの物語を集め、それを映画にしたいという希望をもっていた」として、彼女の作品を紹介する。

    318日午前3時の放送は、まったく同じ構図で、今度は女性キャスターが、「163日目、死者は3万1645人になりました」と語り始め、そのうち子どもたちが12000人、「将来への夢を抱いていた子どもたちがイスラエル軍によって命を奪われました」と淡々と現地の情報を伝える。この写真は、ドイツ第2放送(ZDF)が報じたガザの子どもたちの様子である。横たわる子どもたちが鏡に映っている。何とも痛ましい。

 

ガザは国際的人道危機

   これまでの戦争や武力紛争で民間人がまきこまれて死傷することは多々あったし、病院が攻撃されて医療関係者や患者に死者が出ることも起きている。だが、ガザにおけるイスラエル軍のやり方は、あえて病院を目的意識的に破壊・攻撃する異様なもので、昨年119日のアル・シファ病院への攻撃はその始まりだった。医療機能が停止して、新生児が多数死亡した映像は世界中にショックを与えた。私は、直言「サラエボとガザの「包囲戦」――“From the river to the sea”で、「ガザ包囲戦は一方的殺戮」であり、「イスラエルは真正の「ならず者国家」(Rogue State)といわざるを得ない」と書いた。アラブ諸国では、イスラエルを「テロ国家」と呼ぶ人々が少なくない(例えば、昨年1115日のエルドアン・トルコ大統領の発言)。「israel terrorist state」で画像検索をかければ、おぞましい写真がたくさん出てくるだろう(上記はその一例)。そのイスラエルによる病院への攻撃はその後も続き、215日と324日には、南部ハーン・ユーニスにあるアマル病院とナセル病院が攻撃されている(『毎日新聞』326日付)。

    『南ドイツ新聞』328日付で、東エルサレムにあるアウグスト・ヴィクトリア病院のファディ・アトラーシュ院長のコメントをたまたま見つけた。タイトルは「イスラエルはガザ地区の医療システムを破壊した」で、そのなかで興味深かったのは、昨年107日以前に、ガザ地区には8000人から1万人の癌患者がいたが、医療システムが破壊されたため、治療を受けているのはわずか2%にすぎないという指摘である。人工透析が必要な患者も、停電や断水、医療設備の破壊によって命を失っているという。そして、院長は、病院がハマスの軍事目的に利用されているから攻撃は合法であるというイスラエルの主張を明確に否定して、「私の知る限り、ガザ市のアル・シファ病院のような病院が軍事利用されている証拠は見つからない」と明確に述べている(SZ vom 28.3.2024)。イスラエルのような病院への執拗な攻撃は、過去の戦争や武力紛争に見られない異様な特徴といっていいだろう。

    「明白かつ現在の飢餓」の問題も深刻である。318日、国連機関などのデータを使った食料の安全保障の危機度を評価する報告書が発表され、ガザ地区では、人口の約半数となる約111万人が今年7月までに飢餓に直面する可能性があるとされた。グテーレス国連事務総長はこの食料危機について「完全に人災で、食い止めることができる」として、イスラエルに対応を求めたという(『朝日新聞』319日付夕刊)。 「ホロコースト」の負い目のあるドイツは、イスラエルの「存在権」(Existenzrecht)を「ドイツの国是(国家理性)」とする建前があるため、イスラエルの暴虐を十分に非難できないできた(直言「イスラエル批判は「反ユダヤ主義」なのか――ドイツ政府の異様なイスラエル擁護の背景」参照)。さすがに、病院への執拗な攻撃や女性や子どもの犠牲が増えるにつれて、イスラエルへの対応を微妙に変化させている。ブリンケン米国務長官でさえ、イスラエル国防相と会談した際、「民間人の死傷者があまりに多く、人道支援の量は少なすぎる」と指摘したという(『毎日新聞』328日付)。イスラエルは今や、核武装した「ならず者国家」として、「平和に対する脅威」「平和の破壊」の根源となっている。イスラエルに対する米国の微温的な対応は許されない。日本はガザへの全面な医療・食料支援を開始すべきである。

 

国際司法裁判所の仮保全措置

 国際司法裁判所(ICJ)は126日、「ガザ地区におけるジェノサイド条約適用事件」(南アフリカ対イスラエル)に関して仮保全措置命令を出した。裁判所はジェノサイド条約2条のジェノサイドの定義を確認した上で、イスラエルに対して、ジェノサイド条約が示す義務に従い、ガザ地区のパレスチナ人に対して特に、(a)集団構成員を殺すこと、(b)集団構成員に対して重大な身体的または精神的な危害を加えること、(c) 全部または一部に身体的破壊をもたらすことを意図する生活条件を集団に対して故意に課すること、(d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること、の各号で規定するすべての行為を防止するすべての措置を講ずるべきであるとした。さらに、裁判所は、イスラエルに対して、「ガザ地区のパレスチナ人が置かれている不利益な生活条件に対処するため緊急の必要性をもつ基本的サービスおよび人道支援の到達を可能とする迅速かつ有効な措置を講じるべきである」とした。そして、これらの各号の仮保全措置を提示した。しかし、この仮保全措置に対しても、イスラエルは完全無視、黙殺で通している。

国際司法裁判所は328になって、イスラエルに対し、ガザ地区への人道物資の輸送を直ちに大幅に許可すること、食料と医療援助の輸送のために、より多くの国境を開かなければならないと命じた。上述の126日の仮保全措置は2人の裁判官が反対したが、今回は全員一致だった (NHKワールドニュース「アルジャジーラ」3月28日(日本時間29日)放送)。

 
「子どもの権利条約」加盟国イスラエルの暴虐

 ガザ地区に住む220万のうち、14歳以下の子どもが45%を占める。総人口の約半数が20歳未満ということになる。出生率がきわめて高く、2023年時点で女性1人当たり3.38になっている(理由はここから)。「子どもの権利条約」38条は、武力紛争の影響を受ける子どもの保護および養護を確保するためのすべての実行可能な措置をとることを義務づけている。イスラエルは1991103日にこの条約を批准しているが、実際にやっていることは、歴史上稀にみる「子どもの虐殺」といわざるを得ない。 

  この看板は、イスラエル軍がガザ地区周辺に設置したものである。いま「歴史グッズ」として段ボールのなかにある164カ国が加盟するオタワ条約(対人地雷禁止条約)は先週の土曜日、323日に、条約発効からちょうど25となったが、イスラエルは米国とともにこれに参加しようとしない。この地雷源の看板はガザ地区に実際にあったものだが、ガザの子どもたちがどれだけ対人地雷で死んだかわからない。国際法をことごとく踏みにじる「ならず者国家」を止める手だてはないのか。

 

米国の上院議員からの批判

   Foreign Affairsのメルマガに登録しているが、318日に私のもとに届いたメールを見て驚いた。メインの論文は、民主党のバーニー・サンダース上院議員の「アメリカ外交の革命――強欲、軍事主義、偽善を、連帯、外交、人権に置き換える」(A Revolution in American Foreign Policy――Replacing Greed, Militarism, and Hypocrisy With Solidarity, Diplomacy, and Human Rights, Foreign Affairs  March 18, 2024だった。ベトナム、アフガン、イラクなど、米国外交の失敗をそれぞれ論じながら、「このパターンは今日も続いている。イスラエル軍を支援するために数十億ドルを費やした後、米国は事実上世界で唯一、ベンヤミン・ネタニヤフ首相の右翼過激派政権(right-wing extremist government)を擁護している。同政権はパレスチナ人民に対する全体戦争と破壊の軍事活動(a campaign of total war and destruction against the Palestinian people)を展開し、その結果、数万人(数千人の子どもを含む)が死亡し、ガザ地区ではさらに数十万人が飢餓に苦しんでいる。その一方で、中国の脅威を煽り、軍産複合体を拡大させ続けている。両政党の指導者のレトリックや決断が、民主主義や人権の尊重ではなく、軍事主義、集団思考、企業利益の貪欲さと力によって導かれていることがよくわかる。その結果、米国は発展途上国の貧しい国々からだけでなく、先進工業国の長年の同盟国の多くからも、ますます孤立している。…」と。

    そして、「いまこそ連帯を」(SOLIDARITY NOW)という小見出しのもと、こうたたみかけて結びとしている。いわく。「何よりも、世界で最も古く、最も強力な民主主義国家である米国は、国家としての最大の強さは、富や軍事力からではなく、自由と民主主義という価値観からもたらされることを認識しなければならない。気候変動から世界的大流行まで、私たちの時代の最大の課題には、軍事主義ではなく、協力、連帯、集団行動が必要である。」と。

    米国の上院議員からこのような明快なイスラエル批判が出てきたことは重要だろう。また最近、上院民主党の重鎮でイスラエルを支持する立場にあったチャック・シューマー院内総務がネタニヤフ首相を名指しで非難したことも注目される。

   4半世紀前のノーム・チョムスキー『ならず者国家』(Noam Chomsky,Rogue States--The Rule of Force in World Affairs,Cambridge,2000)を読むと、米国が軍事介入を正当化する時の殺し文句が書かれている。それが、TINAThere is No Alternative.)、「他に選択肢はない」である。ハマスの「テロ」を防ぎ、イスラエル国民を守るために「他に選択肢はない」というネタニヤフ首相の言い分は通用しない。彼がやっていることは、歴史上類まれなる「子どもの虐殺」そのものである(冒頭の写真参照)。

完全比例代表制+一院制のイスラエル

   このネタニヤフ政権の暴走には、実はイスラエルの選挙制度のありようが関係しているというのが私の見立てである。イスラエルの憲法(クネセト基本法)は、立法機関である「クネセト」について、一院制で、かつ拘束名簿式、全国一区、完全比例代表制で選出される仕組みを定めている。各政党の得票率に応じて、各党執行部が決めた名簿順位で当選が決まる。有権者は議員を選ぶことも、名簿順位に影響を及ぼすこともできない。2%以上得票した政党はすべて議席を配分される。この仕組みそれ自体は非常に民主的な仕組みのように思われるが、政党の細分化が起こるとそれがただちに反映される。政党が細分化すればするほど、政権維持に苦労することになる。これがネタニヤフの連立相手の問題につながる。

    直近の2022111日の第25回総選挙では、ネタニヤフの「リクード」が32議席を獲得して第一党となったものの、総議席120の過半数の61議席には遠く及ばなかった(この図は、NHKニュース解説(2022119)「イスラエル総選挙 ネタニヤフ氏復活で最右派政権誕生へ」参照)。そこでネタニヤフは極右の少数政党との連立で、第6次ネタニヤフ政権を発足させた。問題は連立相手である。躍進した「宗教シオニズム党」は超国家主義とユダヤ人至上主義で、「ユダヤの力」は危ない極右政党である。両方合わせて政権維持のキャスティングボードを握っている。「ユダヤの力」は国家安全保障大臣を出したが、この大臣、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人を殺害するため、極右活動家たちに銃を配ったことで知られる。「宗教シオニズム党」の財務大臣も、ヨルダン川西岸の併合を主張している。この党の別の大臣は、「ガザでの核兵器使用も選択肢の一つ」と発言して解任された(ロイター2023116)。

    極右・シオニスト政党と連立を組んでいるため、ガザの完全植民地化・民族浄化を狙う極右・シオニストの主張が政策に反映することになる。総選挙のあと、ネタニヤフ首相は「司法改革」に乗り出し、国民の猛反発をかったことは、昨年の直言「ネタニヤフ右派政権とハマスを選挙で選んだ民衆の不幸」で述べた通りである。これに対してイスラエル市民が「立憲主義を守れ」と立ち上がったことを想起すべきである。イスラエルの市民社会は、両極端に引き裂かれている。「ドイツは誰と連帯するか」という問題意識で書かれた論稿を最近読んだが(Maja Sojref, Israels Zivilgesellschaft: Zerrieben zwischen den Extremen, in: Blätter für deutsche und internationale Politik 1/2024, S.9-12)、イスラエルとハマスのどちらをとるかといった2項対立的発想では問題は解決しないことだけは確かだろう。

    いまガザの「子ども虐殺」をやっているイスラエル軍を動かしているのは、「植民地主義としてのシオニズム」(岡真理『ガザとは何か』(大和書房、2023年)50頁以下)の勢力と、政権維持のためにその主張に沿って行動しているネタニヤフ首相であって、イスラエル国民のなかにはこれに批判的な人々もいることを忘れてはならないだろう。2023107日のハマスの奇襲攻撃は、ネタニヤフにとっては、まさに「奇禍」(1200人死亡+人質)に見えて、実は政権維持のための「奇貨」だったのではないか。

  選挙制度が拘束名簿式完全比例代表制で、かつ一院制のため、政権にこのような少数の極右シオニスト政党の主張がストレートに反映しやすくなったという面は否定できないだろう。連立が崩壊すれば、ネタニヤフ首相は汚職事件で訴追される可能性があり、政権維持は必須となる。そういう政治的(政局的)事情で、ガザの子どもたちが毎日のように死んでいる。「ならず者国家」のなかにいる「真正のならず者」が誰なのかをみなければならない。「一刻も早い停戦を! 」という主張は、子どもたちの命にかかわる、まさに「命題」なのである。 

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