「危機」の考え方 〜NHK「視点・論点」

  ・教育テレビ 2月12日午後10時30分放送
  ・総合テレビ 2月13日午後5時5分放送
  ・NHK国際放送 2月17日放送

から怖いものの代名詞として、「地震・雷・火事・親爺」という言葉があります。昨今のオヤジの権威の低下は著しいものがありますので、怖いものには含まれないでしょう。いま、怖いものといえば、私は、「地震・毒ガス・テロ・原発」と言っています。阪神・淡路大震災、サリン事件、人質事件、高速増殖炉「もんじゅ」の、いわゆる「ナトリウム漏れ事故」など、この2年あまりの間に、これら4つはすべて出そろったように思われます。そして、それぞれの事故・事件に対する政治や行政の対応の遅れや不十分さなどに、国民のなかに怒りや苛立ちも生まれています。もっと迅速で効果的な対応をするためということで、中央政府に強い権限を与えた「国家的危機管理」の議論や、そのための憲法改正が必要だといった議論もあります。
  私は、憲法研究者として、国家的な「危機管理」という言葉の一人歩きに危惧を覚えます。誰の、どのような「危機」なのかという「危機の中身」の問題、もう一つはそうした危機が起こったとき、どのように対処するかという手段や態勢の問題とを、憲法の基本に立ち返りながら冷静に検証することが求められていると思います。
  「必要の前に法は沈黙する」という言葉があります。いわゆる「国家緊急権」の考え方です。日本国憲法の立場からは、「国家緊急権」は認められません。どのような事態のなかでも、個人の人権を守ること、地方自治の原則、国会における事前・事後のチェック、そして、武力による手段はとらないという平和主義の原則が貫かれる必要があります。特に、個人や地方というものへの視点が不可欠です。大規模災害を例にとって考えてみましょう。
  阪神・淡路大震災でも、「もしこれが東京だったら」という議論が地震直後からなされました。日本海重油汚染事故でも、これが東京湾だったら対応はもっと早かったろうとう指摘もあります。
  インターネットに、福井の現場を取材したドイツ人ジャーナリストのレポートが載り、住民のこんな声を伝えています。「重油汚染が沿岸原発の冷却水の取り入れに支障が出て、大阪や東京の照明が消えれば、日本の他の地域も重油被害を認識するだろう」。重油事故に備えた最新装備が備蓄されているのは太平洋側でした。個人の弱者、あるいは地方になればなるほど、中央の危機管理の議論から落とされていく傾向はないか、検証が必要です。
  阪神・淡路大震災でも、この国の組織・装備・能力をどう総合的に発揮するかが課題となりました。「必要な時」、「必要な場所」に、「必要な力」を集中する。この一見あたりまえのようなことがこの間、できないできた。もっぱら自衛隊の早期出動が突出して議論されました。しかし、自衛隊は救助専門組織ではありません。
  大震災への反省から、1995年6月に緊急消防援助隊が発足しました。消防組織法24条の改正で、迅速な消防の広域応援ができるようになりました。
  703消防本部、1267隊(レスキュー隊、消防隊、救急隊など)、1 万7000人の態勢です。さらに東京消防庁は、96年12月に消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー)を発足させました。災害実態に応じて重点活用されます。震災対策用救助工作車や特殊装備を持っています〔画面には、最新式の救助工作車3型の写真、レスキュー用の最新装備の写真でる〕。 総予算16億円。90式戦車〔1両9億4500万円〕の2両分にもならない額であります。自治体消防の不十分な予算のなかで、ギリギリの努力をしていると思います。こうした分野にもっと補助をする必要があります。
  また、日本は島国です。海難事故に対処する能力として、海上保安庁特殊救難隊というものがありますが、これは第三管区海上保安本部に24名からなる1隊しかない。こういうところにもっとお金をかけて、たとえば、これをすべての海上保安本部に常設組織として置くという予算措置が必要ではないでしょうか。
  国の補助や予算をこうした災害、消防、救急、海難救助、海難汚染といった地味ではありますが、こうした分野についてもっと国民が関心をもち、ここに大きな力と資金をかけるべきだと思います。
   一方、陸上自衛隊は「94式水際地雷敷設装置」の導入を一昨年から開始しました〔画面には、この地雷装置の写真〕。地雷、特に対人地雷は環境破壊兵器でもあり、世界的に全面禁止の方向が出ています。日本は率先して地雷という兵器を全廃する姿勢を示すべきでしょう。最新式の地雷原敷設機材を高い税金を使ってこれからも導入しつづけるのか。億単位の税金を使って、日本の海岸線に地雷原をつくるための、最新式の水際地雷原敷設機材を冷戦後も揃えていく意味はあるのか。むしろ、日本海沿岸の水際で重油被害を阻止できなかったことが問われる思います。
  災害はこれからは、一国的な対処では不十分で、周辺国との協力態勢が必要なことはいうまでもありません。重油被害も、ロシア、中国、北朝鮮、韓国との協力が必要です。環日本海の自治体の活動もあります。
  今日は大災害の問題を中心に話しましたが、テロや国境紛争などの問題でも、先に述べた憲法の原則は守られなければなりません。「いま、そこにある危機」とは何なのか。憲法の基本に常に立ち返りながら、市民も冷静に考えていく必要あります。今日はこのへんで。


NHK「視点・論点」(1997年2月12日3ch・13日1ch・17日NHK国際放送)