またも夏の「政権たらい回し」――メディアの惰性を問う
2024年8月19日


8月下旬から9月の政権変動

4年前、2020年8月28日を覚えていますか。午後2時27分、NHKニュース速報で「安倍晋三首相、辞任」が流れた。沖縄・九州地方に超大型の台風10号が接近し、気象庁は「過去に経験したことのないような」という表現を使って、大型で非常に強い台風の接近に警告を発していた(直言「「政治的仮病」とフェイント政治―内閣法9条のこと」)。そんな時、安倍首相が辞任の表明をしたのである。すぐに自民党総裁選が始まった。私は直言「メディアがつくる「菅義偉内閣」―「政治的仮病」の効果」で次のように書いた。長くなるが引用する。

 「8月28日の前と後で、この国の政治をめぐる「空気」は一変した。この日午後2時7分、「安倍首相 辞任の意向固める 持病悪化で国政への支障を避けたい」というニュース速報を流したのはNHKだった(YouTube)。突然のことで、民放と新聞各社は騒然となった…。「奇襲」ほど効果をあげるものはない。どんな情報でも、意表をつくやり方で、一気にしかも派手に打ち出すと、そのインパクトは想像した以上に大きい。…「世論」は、その時々のメディアの扱い方に左右される。メディアを通過することで、大切なことが大切でない形で無視され、また重要でないことを重要なことのように底上げして扱うことも可能となる。…政権に変動がおきる夏には、メディアは特定の政治家に焦点をあて、短期間にその人物を国の政治の頂点に押し上げてしまう。これがメディアの病理と生理である」。

 8月28日直後の世論調査(共同)で「時期首相に誰がふさわしいか」でわずか14.3%だった菅義偉が、9月8-9日の世論調査(共同)で50.2%とトップに立ち、石破茂は30.9%に落ち込んだ。『毎日新聞』9月8日付の世論調査では、とんでもない聞き方がされた。一般国民に向かって、「あなたが投票できるとしたら誰に投票しますか」と尋ねたのである。自民党総裁選は一政党の党首選びにすぎないのに、『毎日』の質問は、日本の有権者全員を一政党の党員とみなす発想である。この質問の結果は菅が44%だった。私はこの状況について、「2週間足らずで、メディアの扱いの変化が「菅義偉首相」を作り上げつつある」と書いた。そして、9月14日の自民党両院議員総会で菅が総裁に選ばれ、16日に菅首相が誕生したのである

 

3年前も、暑い夏の総裁選

その1年後の暑い夏、2021年9月3日、菅首相は「時期総裁選に出馬しない」と表明した。直言「メディアを使った事前運動ではないか―総裁選から総選挙へ」をご覧いただきたい。9月4日の「自民党総裁選情勢調査」によると、党員の支持1位は石破茂で、東京など31都道府県で単独トップに立ち、全体の支持率は29%だった。2位の河野は21%、岸田は19%だった。

思えば、2012年総裁選で安倍晋三と競り合った石破は、僅差で敗北した(直言「「アベなるもの」の終わりの始まり―回想2012年9月26日総裁選」)。そして2021年9月もまた、石破は敗北した。3番手にいた岸田が大差で総裁に選出されたのである。直言「「安倍院政権」の誕生へ」で私は、高市早苗を推しつつ最終的に岸田を勝たせるのが安倍の狙いだったと書いた。「あのまま総選挙に突入すれば、大量の議席を失う。自民党にとって真正の危機だった。そこで繰り出した奇策が、この「総選挙直前の総裁選」だった。私はこの手法を徹底的に駆使したのが、安倍だと考えている」と。

 前述の「直言」で指摘したように、「自民党総裁選は、総選挙(比例代表の部分)の事実上の事前運動として機能しているのではないか。自民党の主張や政策を、メディアは総裁候補を通じて毎日、集中的に伝える。そして、選挙運動期間わずか12日間の総選挙が始まるのである。自民党の主張や政策の情報量と国民の認知度は、野党に比べれば圧倒的なものになっている」。

 岸田は10月4日に内閣を発足させたが、その際、衆議院での首相指名選挙の12時間前に新聞紙上での組閣は終わっていた(直言「憲法をなめていませんか―岸田文雄内閣の発足にあたって」)。そして、当初の想定よりも1週間早い10月14日に衆議院を解散し、投票日まで「17日間」という史上最短の電撃戦的な総選挙を行った(直言「衆議院解散、その耐えがたい軽さ(その2・完?)」)。 この総選挙の結果は、自民党・公明党で絶対安定多数(261)を超える291議席を獲得した。これが2021年から最長2025年まで任期を有する衆議院議員を決めた総選挙の結果だった。

 

「政権投げ出し」のタイミング

自らのアイデアかどうかは不明だが、岸田は「時間」をうまく使った統治手法を駆使してきた。「丁寧な説明」をいう割に、質問には答えない。ただ、感情的になってしまう安倍や、のらりくらりと逃げた菅と違って、岸田は「言語明瞭、意味(一応)明瞭」なので、その場をはぐらかすことに長けているように思う。解散から投票日まで最短を選んだように、質問されて答えなければならない時間をできる限り縮小する。有権者、国民に考える余裕を与えない。「聞く力」をもつことが「特技」だったはずなのだが、就任後すぐにこの言葉さえ使わなくなった。あのコクヨのノート(B罫6mm)はどこへ行ったのだろうか(直言「権力は民衆の「忘れっぽさ」を利用する」)。

今年8月、岸田は支持率が低迷し、党内からも批判の声が高まってきたタイミングで、9月の総裁選を乗り切って総選挙で勝利するという「2匹目のどじょう」を狙ったのだが、これがどうもうまくいかなくなったようである。安倍や菅と同様、岸田も「政権投げ出し」のタイミングを狙った。

 8月の五輪期間、メディアは一斉に「五輪夢中」となった(直言「オリンピックと政治と戦争と」)。五輪が終わり、いよいよ総裁選に向かうというタイミングで、岸田は8月14日、時期総裁選への不出馬を表明した。なぜこの日だったのか。国民は「南海トラフ地震臨時情報」(巨大地震注意)発令から1週間で不安感を拭えない(15日解除されることを国民は知らない)。非常に強い台風7号が関東地方への接近が予想され、16日に新幹線の計画運休が行われることが確定し、かつ、8月15日は「終戦記念日」というタイミングで、14日に総裁選不出馬を表明した。お盆の季節でもあり、人々が思考と関心を集中しにくい絶妙のタイミング。しかも11時30分。各紙夕刊4版締め切りの前で、夕刊トップをとれるタイミングで記者会見をする。正午のニュースのトップは首相退陣。そして翌日15日付朝刊の一面トップを飾る。そして、メディアは「8月ジャーナリズム」の頂点の日で、全体として「戦争モード」で政治ネタは控えめになる。そして、16日は台風接近のため、とりわけテレビメディアは朝から「台風・災害モード」である。となれば、14日しかない。

 「首相動静」8月13日を見ると、夜は秘書官と食事とあるが、『朝日新聞』8月15日付によると木原誠二幹事長代理が同席して演説原稿を起案したようである。首相動静14日には午前8時現在来客なし、8時38分から9時7分まで木原誠二自民党幹事長代理とある。朝日新聞8月14日デジタルによると、公邸にいるわずかな時間で麻生太郎副総裁に電話して、総裁選不出馬を伝えたという。記者会見メモは、木原が前夜に依頼され、朝9時前に最終確認したのではないか。むしろ、木原のアイデア・進言の可能性もある。それにしても、警察に圧力をかけ、身内の犯罪の隠蔽を疑われている人物に、引き際の文章を起案させるとは。

10時半に報道各社に記者会見が突然通告され、11時30分からの記者会見となった。わずか20分間で、3年間の政権運営について振り返り、「私が身を引くことでけじめをつける」と述べながら、なぜいまなのか、まったく説得力のない会見だった。「総裁選で勝っても、衆院選で勝つのは難しい」と判断したようだが、「自分が進めてきた課題を示す政治家としての意地があった」と、「意地」という言葉を使ったのが印象に残った。この人は、何のために首相をやっていたのだろう。麻生からは、「世論調査の支持率を考えた方がいい」といわれて、麻生の支持は得られない、後ろから弾を撃たれる前にやめようとなったのだろうか。お盆あけだと、若手の出馬表明が出てくるから、追い込まれた上での不出馬より、先に表明した方が格好がつく。国民や国のことは考えていない。歴代首相で8番目の在任期間、1000日を優に超える。すべて自分の立場を不利にしないで、次につなげることのできる「政権投げ出し」でしかない。安倍の「政治的仮病」による「政権投げ出し」も、実は、3度目の政権を狙っていた節がある。岸田はつなぎだったわけだ。それを断ち切ったのが「7.8」(安倍暗殺)だった。岸田はそれがよくわかっているから、自分の意地を権力の維持につなげようとしているわけである。

 

岸田政権の3年間とは

岸田政権の3年間とは何だったのだろうか。安全保障面だけでも、数名の首相を必要とする政策転換を一人でやったといってよい(右は『ニューズウィーク日本版』5月14日号より)。『朝日新聞』8月16日によれば、「自民党内でハト派と言われてきた宏池会出身の首相の防衛力強化路線。麻生太郎副総裁は昨年7月の派閥会合で「安倍晋三氏がやったらデモで大騒ぎになった。リベラルっぽく見える人が粛々と通していく」との分析を披露」したという。

 まさにその通りになった。岸田首相は、安倍政権が「積極的平和主義」のスローガンのもとで進めてきた「軍拡路線」を一段とすすめたが、安倍のような奇をてらうスローガンは使わなかった。歴代政権のもとでも正面から踏み切れなかった「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有を、「専守防衛」の範囲内とあっさり言い切って推進した(直言「「12.16閣議決定」―「戦」と「時代の転換」」)。巡航ミサイルをはじめ、最初に装備・兵器ありきの歪んだ安全保障政策を、米国の言いなりで推進した(直言「昔は戦車、いま、ミサイル―まず兵器ありきの安全保障政策」および直言「高額兵器爆買いの岸田政権の安全保障政策―いま、「現場」で何が起きているか」参照)。円安による装備・兵器の高額化は、さらなる防衛費増大に向かう(直言「「陳腐化」した兵器をウクライナに?―多連装ロケットシステム(MLRS)」

広島出身の政治家であるにもかかわらず、G7サミットを広島でやって、核兵器の必要性を広島の名のもとに正当化する宣言を出した。安倍が果たせなかったNATOと日米安保の機能的連結・連動も推進した。岸田が3年間でやったことは、日本と日本国民に巨大な負債となったのしかかってくる。金銭的負担だけではない。米兵の代わりに「命を投げ出す」ことを求められるかもしれない(直言「「祖国のために戦えるか」「戦う覚悟」とは何か」)。

 

メディアの惰性を問う

さて、ここからがメディアへの注文である。これから始まる自民党総裁選。2021年と同様、総裁選を経て総選挙に向かう流れである。「総裁候補者の政見を聞く」みたいな企画をやって、自民党の党首選びを、総選挙の実質的な事前運動のように扱うことだけは避けるべきである。そもそも自民党総体が裏金問題や統一教会との癒着など、国民から強い批判を浴びているのである。それを棚上げした総裁選報道はメディアの怠慢である。

国民も、昔からある、気位だけは高い、まずい食堂のA定食か、B定食か、C定食か…の貧しい選択ではなく、もっと別の店の料理を試す努力をすべきだろう。端的にいえば、その食堂は「食中毒」(裏金問題や違法行為)を出したのだから、本来、営業停止にされてもいいくらいである。

ここまで書いてきて、8月17日17時30分からのTBS『報道特集』を見た。「旧統一教会や“政治とカネ”で…退陣表明 岸田政権3年間を検証」は気合が入っていた。キャスターは自らの責任も語っていた。さらなる検証を期待したい。

【文中敬称略】

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