通常国会の冒頭解散――保身とエゴの「暴投解散」(その2)
2026年1月12日

首相官邸主導の解散風
回は「緊急直言」である。高市早苗首相が1月23日の通常国会の冒頭で衆議院を解散する「検討に入った」という記事が、『読売新聞』1月10日付1面トップに出た。朝から驚いた。すぐに前日の『日刊ゲンダイ』と「ねじれ解消餅・晋ちゃんの野望」(2013年)のシールをセットにした写真を撮った。『読売』が「政府関係者」の言葉を根拠にここまでの大見だしを打つのは、明らかにアドバルーンの役回りを自覚してのことであろう。昨年7月23日の「石破首相退陣へ」の号外を想起させる。『毎日新聞』11日付1面トップに続き、『朝日新聞』『東京新聞』も12日付1面で「検討に入った」と伝えた。根拠は「政府・自民党関係者」(『毎日』)、政府幹部(『朝日』)、「関係筋」(『東京』)と曖昧である。この「唐突な「首相官邸主導」の判断」において、「高市政権誕生の立役者である麻生太郎副総裁や、選挙事務など党務をつかさどる鈴木俊一幹事長(麻生派)ら主要党幹部への根回しは後回しにされた」と『毎日新聞』12日付(デジタルは11日)は書く。

 首相周辺・側近のレベルはかなり怪しいから、身近な意見に引きずられて大局を判断するのは危うい。今週は韓国の李在明大統領(13日)、イタリアのメローニ首相(15日)などとの首脳会談が続き、高市首相が解散の判断を表明するのは週末以降になるだろう。そこで、まだ首相が解散を表明していない段階で、予防的に、「この解散は思い止まるべきだ」という「緊急直言」を出すことにしよう。

 

解散権は首相の「伝家の宝刀」ではない

 よく解散権は「首相の専権事項」とか「伝家の宝刀」とかいわれるが、この言葉が一人歩きして、首相が解散権をもてあそぶ(政局的利用)原因になっているように思う。憲法には首相の解散権など、どこにも書かれていない。内閣に解散権があるとも明示的には定められていないのである。

憲法69条は、「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職しなければならない。」と規定する。「解散されない限り」と受身形になっていて「誰によって」が憲法には書かれていない。そこから、学説上、不信任案可決(信任案否決)の場合に限られるという69条説が出てくる。他方、憲法7条3号には天皇の国事行為として「衆議院を解散すること。」とある。ここから、天皇の国事行為に対する「助言と承認」(3条)を与える内閣に解散権があると読み込む7条説が出てくる。議院内閣制の本質から導く制度説などもあるが、通説・実例は7条の内閣説である。

 この説をベースに、歴代の首相は解散権を自らの権力基盤の強化に利用してきた。「首相人気が高止まりのうちに」解散するというのが小泉純一郎内閣の「今のうちに解散」(2003年)だった。他方、野田佳彦内閣の「近いうちに解散」(2012年)は、支持率が下げ止まりのときに解散して、安倍第2次政権を生み出すという墓穴を掘った。 

高市首相の「師匠」の安倍晋三は、2014年に「念のため解散」というのをやったことがある。これについては、直言「「念のため解散」は解散権の濫用か」で詳しく論じたので参照されたい。また、3年前に、岸田文雄首相(当時)が「解散風」を党内操縦に活用し、「解散権という「首相だけの特権」を目いっぱい使わせてもらった」とあけすけに語ったことがある(直言「解散権をもてあそぶ首相の「まさか」―議院内閣制の壊れ方」参照)。

何度も紹介してきたが、この解散権について、保利茂元衆議院議長がその濫用について厳しくいさめている。保利元議長によれば、解散が行われる場合として、(1)「議院内閣制のもとで立法府と行政府が対立して国政がマヒするようなときに、行政の機能を回復させるための一種の非常手段」、(2)「その直前の総選挙で各党が明らかにした公約や諸政策にもかかわらず、選挙後にそれと全く質の異なる、しかも重大な案件が提起されて、それが争点となるような場合には、改めて国民の判断を求める」の2つを挙げて、「特別の理由もないのに、行政府が一方的に解散しようということであれば、それは憲法上の権利の濫用ということになる。…「7条解散」の濫用は許されるべきではない」と明確に主張していた。

また、公明党の飯田忠雄元衆議院議員が、「憲法は、衆議院の解散権を内閣に与えていない。衆議院の解散は衆議院の議決を必要とする」として、7条説はもちろん、69条説まで否定して自律解散説を主張していたことは、公明党関係者でもご存じの方は少ないのではないか。

 

通常国会の「冒頭解散」と臨時国会の「冒頭解散」

 国会の召集日に、論戦を経ないまま解散が行われる「冒頭解散」はこれまでも行われてきた。通常国会が始まってすぐの解散という点で括れば3例ある。まず、1955年、鳩山一郎内閣が、施政方針演説後の各党の代表質問中に解散を行った例である。また、1966年に佐藤栄作内閣が、そして1986年には中曽根康弘内閣が、通常国会の召集の初日に解散を行っている。

憲法52条は「国会の常会は、毎年一回これを召集する。」と定め、国会法2条は「その召集は一月中に行う。」としている。メディアは通常国会の「冒頭解散」を盛んに書き立てるが、「解散」とは、衆議院議員の任期(4年)満了前に、すべての議員の資格を失わせる重大な行為である。国会法が「常会」(一般には通常国会という)として、重要法案や予算などを審議・決定する国会のスタート時点を1月としている点に注目したい。予算審議前に解散すると、行政の停滞や国民生活への影響も大きい。予算成立後に解散することがいわば慣例化し、通常国会冒頭の解散が長年に渡って行われないできたことは軽視されるべきではない。よほどの緊急性や必要性がなければ、少なくとも「通常国会の冒頭の解散」は控えるべきというのが憲法・法律から導き出される解散への黙示的制約とはいえまいか。

  他方、臨時国会における冒頭解散は、1996年の橋本龍太郎内閣と、安倍晋三内閣の2回目の解散がある。一つ目については、すでに通常国会は終わっており、その後に召集された臨時国会の冒頭の解散は、小選挙区比例代表並立制による最初の選挙ということで、それなりの理由があった。しかし、二つ目の2017年に行われた臨時国会冒頭の解散は、北朝鮮のミサイル問題と少子高齢化を「国難」と位置づけ、これを「突破」するための解散とされた。まったく意味不明だった。この無理筋の解散について、私は「憲法蔑視の「暴投解散」」と名づけた (直言「「自分ファースト」の翼賛政治―保身とエゴの「暴投解散」」参照)。安倍は森友加計問題でピンチに陥っていた。党内議論を吹き飛ばすためと『安倍晋三回顧録』271頁でも書いている。まさに自己都合解散だった。それゆえ、この「緊急直言」の副題を「保身とエゴの「暴投解散」(その2)」としたのは、「師匠」がやった臨時国会冒頭の解散に匹敵する理由のない解散であり、前述のように、通常国会の冒頭解散はまだ国会の審議を始める前にその母体をなくしてしまう点で、より問題だと考えたからである。

 もう一つ指摘しておきたいのは、解散から選挙までの日数がきわめて短くなっていることである。十分な議論が盛り上がらないうちに投票日を迎える。「鉄は熱いうちに打て」の逆をいく、「票は(議論が)熱くならないうちに取れ」である。憲法は、解散から40日以内に総選挙を行わなければならないと規定する(憲法54条)。近年は短期決戦型になっている。岸田内閣は首相就任日に解散を表明し、解散から投開票日まで17日間という最短期間だった(直言「衆議院解散、その耐えがたい軽さ(その2)」)。2024年は、首相就任から解散までが最短というレコードもある(直言「戦後最短で衆院解散―解散権濫用の常態化?」)。

高市首相が検討している1月23日の通常国会冒頭の解散で、1月27日公示、2月8日投開票だとすると、解散から16日後となって、史上最短記録となる。すでに総務省は1月10日、各都道府県の選挙管理委員会事務局に対して、総選挙の準備を進めるよう事務連絡を出した。今回、高市首相は「沈黙」を効果的に使って、自民党のみならず野党も浮き足立たせている。まことに解散権は首相の最強の権力維持装置なのである。

 

高市首相はなぜ通常国会を開かせないのか

1月23日に通常国会が開かれれば、当然のように予算委員会などでこの間のさまざまな問題が徹底的に追及される。とりわけ重大なのは、韓国の『ハンギョレ新聞』2025年12月29日がスクープした統一教会の内部文書(TM特別報告)である。2021年の衆議院選挙で統一協会が自民党議員290人を応援していたこと、「高市」という名前が32回登場していることなどのリアルな実態が明らかにされている。この統一協会との深い関係や「裏金」問題の追及を避けるために衆議院の解散を行うということになれば、これはまさに自己都合・隠蔽解散といわざるを得ない。

自民党政権と統一教会との深い関係は、すでに直言「統一教会との関係は「大昔から」」で詳しく書いている。細田博之元衆議院議長が、統一教会関連の集会に登壇して、教団を讃える挨拶を行った(YouTubeはここから)。「会の内容について安倍総理に早速ご報告したいと思います」と語るほど、教団と安倍とは密接だった。今回の「TM特別報告」には、「高市氏は安倍元首相が強く推薦しているということ」「高市前総務大臣が総裁に選ばれることが天の望みだと思われる」とある(前掲『ハンギョレ新聞』)。「天の望み」がいま首相をやっているわけである。

通常国会が始まれば、予算委員会でこの問題は徹底的に追及されるだろう。「維新議員の「国保逃れ」自分の身は切らぬ卑劣さ」(『毎日新聞』1月11日付社説)と批判される連立相手はもっとボロが出てくるだろう。支持率がきわめて高い「今のうちに解散」という悪魔の囁きに高市は負けたということだろうか。

地方自治体からは悲鳴のような声があがっている。千葉県の熊谷俊人知事は、前回衆院選から1年3カ月しかたっておらず「毎年のように国政選挙に駆り出される自治体職員の気持ちを思うと、いたたまれない気持ちになります」とXに投稿した。同知事は「首相が自由に解散権を行使できる制度は早期に見直すべきだ」と問題提起した(『毎日新聞』1月12日)。まっとうな意見である。厳冬期で、しかも大雪が例年以上に厳しい2月の総選挙である。ポスター掲示板を含めて、雪のなかの作業量は相当なものになるだろう。全国の自治体職員の負担はいかばかりか。豪雪地帯では投票に行くことすら困難な地域が出てくるだろう。

加えて、物価高対策や円安対策を最優先といっているわけだから、そのための予算を年度内にあげられない可能性が出てくれば、公約の不整合になるだろう。

なお、総選挙が行われれば、時は受験シーズンである。まことに慌ただしい時期に究極の自己都合に付き合わせるのは受験生にとって迷惑も甚だしい。

 通常国会の冒頭解散をこれから仕掛けようという高市首相とその周辺は、高い支持率を維持したまま電撃戦(Blitzkrieg)に出れば勝利できると踏んでいるようだが、そううまくいくとは思えない。それがある程度予測できるからこそ、「今のうちに解散」をやるのだろう。本「直言」の副題を「保身とエゴの暴投解散」(その2)とする所以である。

【文中敬称略】

トップページへ