電子メールの「解雇通知」 1999/12/20 ※本稿はドイツからの直言です。


8年前のベルリン生活と決定的に違うのは、インターネットが使えることだ。当時は雑誌の連載原稿もファックスで送っていた。いまはすべてメール。円をマルクにするのも、C銀行のHPで24時間可能だ。ヨーロッパ各地のホテルの予約も、コンサートのチケット、本や雑誌の注文もHP上のフォームに書き込み、送信ボタンを押すだけ。本当に便利になった。
  だが、いくら便利になったとはいえ、数日前、とんでもないメールが飛び込んできた。私が非常勤講師(法学)をやっているエリザベト音楽大学(広島市)の学務部長から、「解雇通知」が届いたのだ。経営が苦しくなり、非常勤は広島在住者に限る決定をしたので、「来年度より非常勤講師をお願いできなくなりました」と。2カ月前の『週刊朝日』掲載の「定員割れ大学リスト」にこの大学の名前を見つけ悲しい思いをしたが、まず交通費・宿泊費節約のため私をクビにするというリアクションが来るとは。
  私は広島大時代の92年から、頼まれてこの大学の教養科目「法学」を担当してきた。暑い夏の集中講義方式なので、学生を飽きさせないため、音楽ネタをたくさん使い、色々工夫もしてきた。例えば、憲法26条(教育権)をやるときは、学説や判例を一通り説明したあと、大指揮者レナード・バーンスタインの練習風景と本番のビデオを見せる。90年札幌、アジア太平洋の若者たちのフェスティバル(PMF)。「若い人々への教育に余生を使いたい」と言って、手術直後の苦痛をこらえての指揮ぶりは鬼気せまる。バーンスタインの一言で若者たちの演奏がどんどん変わっていく。そして札幌市民会館での本番(シューマン交響曲第2番)は、魂を揺さぶられる白熱の演奏。帰国後すぐ、バースタインは死んだ。「教育とは人間の能力を引き出すこと(erziehen)。この練習風景と本番はバーンスタンの遺書です」と付け加える・・。
  平和主義についても、「言語ではなく、音楽でヒロシマを世界に伝える」ことの意味を、音楽の具体例を使い講義した。毎年夏の4日間。およそ「本務校」ではやれない「法楽」を自分でも楽しんだ。卒業生や広島時代の関係者が「もぐり」でやってくる。だからプリントがいつも不足する。夕方からは恒例のコンパ。新しいメンバーが毎年増えていく。税務大学校広島で法学を講義していた時の教え子が2人、遠方の税務署から休みをとって「もぐり」に来て、コンパで「水島先生の追っかけをやってます」と自己紹介。「税務署に追われるのは名誉か悲劇か」と私。爆笑である。講師料も、ほとんど教え子たちにおごって消えた。早大に移る時に辞めようとも考えたが、教え子たちの強い要望で続けてきた。本年度は在外研究のため、ある先生に代講を頼んだ。来年7月には復帰するつもりで、ドイツや東欧の音楽事情を取材し、音大講義用ファイルは2個にふくらんでいた。
  せめて来年7月に最後の講義をやり、そこでお別れを言わせてくれなかったのか。国際電話代と郵便料金を節約するためとはいえ、「メールで解雇」とはお手軽すぎる。メールでやっていいことと、そうでないことがある。非常勤講師は不安定就業者として、専任教員と異なり、契約打ち切りという形で簡単に辞めさせられている。私はクビになっても生活への影響はない。だが、専任の職がなく、非常勤講師だけで生活を支えている「専業的非常勤」は全国に約2万人。この方々の苦労と屈辱(突然の雇い止めなど)はいかばかりか。その実態と法的問題は、非常勤講師組合のサイト参照。私がこの大学の教壇に立つことはもうない。
  だが、ここでの経験は、法学教育の内容と方法の開拓に有益だっただけでなく、私の人生を豊かにしてくれた。そして、無数の人々との出会い。これはここで私が得た最高の宝物である。さようなら、エリザベト音楽大学。そして、ありがとう。