ドイツ統一から10年の風景 2000年10月9日

3日、ドイツは統一10周年を迎えた。9年前にベルリンに滞在したとき、「ベルリン発、緊急報告」を『法学セミナー』1991年6 〜9 月号に4 回連載した。連載2回目のタイトルは「一つの国家、二つの社会」。国家は一つになったが、まったく異なる二つの社会が厳然と存在していた。当時私は東のテレビ塔の真向かいのビルの最上階に住んでいた。統一直後で、東の社会生活は混乱の直中にあった。当時まだ東の小銭の使用が許されていたので、買い物をすると釣銭に東の金が混じってきた。外国人敵視もひどく、小学生くらいの男の子が突然、電車のなかで私の眼鏡に手をかけ、「豚野郎」と叫んで走り去ったこともあった。あれから9 年。ドイツも大きく変わった。東の状況もかなり改善された。だが、東の人々の過半数の頭のなかに「壁」は残っていると言われている。外国人に対する姿勢も問題だ。dpa通信の世論調査を見ると、「統一10年、たいがいの東ドイツ人は自分たちのことを正規のドイツ市民として感じられず、依然として、 ほとんどが外国人を拒否している」とある。将来的に社会的保障を失うと考えている人が3分の2 。同時に45%の東ドイツ人が外国人が多すぎると感じている。そして、37%が外国人が社会問題を深刻化させていると見る。しかし、西の人口の10.5%が外国人であるのに対して、東はわずか2.4 %だ(1999 年) 。東の人々は、やや観念的に外国人を拒否して いるようだ(die taz vom 2.9)。別の世論調査によると、統一の評価は東西ともに高い(Der Spiegel vom 2.10)。66%(西65%、東70%)がポジティヴな評価を、21%(西21%、東19%)がネガティヴな評価だ。東の人で、統一により個人的に多くのメリットがあった という人は、統一直後の90年が23%だったのに対して、今年の調査では47%と倍増している。東ドイツの経済状態の評価も、90年では、「よい」1 %、「半々」17%、「悪い」56 %、「非常に悪い」26%だったのに対して、今年は、9%、53%、29%、8%の順だった 。90年はネガティヴな評価が合計82%に達したのに対して、今年は62%が比較的いい評価 をしている。経済的に東西が同じになるのには10年以上かかるという人が40%と一番多い。興味深かったのは、統一の際に新しい統一ドイツの憲法を制定すべきだったと考えてい る人が、西で36%、東で71%いることだ。基本法146条に基づく本格的な憲法制定は回避 され、東の国家を5 つの州に変え、その上で西の州に編入するという方式(基本法23条)がとられた。東の人々が一刻も早い統一を求めたことと、ソ連でゴルバチョフがいつまで政権の座にあるか不確定だったことなどから、即席方式が選択されるに至ったのだ。統一 直後の「歓喜と失望が激しく交錯する」なかで回答した調査に比して、10年目のそれは東の人々ともかなり冷静になってきたことがうかがえる。なお、「統一の日」の10月3 日、「旧東独不法」(体制犯罪)を犯した人々の時効が完成した。この日までに一審判決が出なかった事件は、今後司法的に追及されることはない。ただ、東ベルリンの元検事長の裁 判は継続する。無罪判決を連邦通常裁判所が取り消し、改めて審理されている事件なので、時効の扱いを受けられないのだ。クレンツ元書記長らのように、すでに判決を受けて服 役している人たちにも時効の適用はない。時効になった体制犯罪の数は正確には分からないが、けっこうな数になるという。背景には、いつまでも旧体制のもとでの言動を追及す ることは、社会的な安定を損なうという配慮がある。それにしても、旧体制で甘い汁を吸っていた人々が、新体制のもとでもうまく立ち回り、金持ちになっている。ロシアや中国 ではその傾向がより派手だ。「人生、やっぱり要領」なのだろうか。9年前に私の世話をしてくれた家主(旧東独秘密警察の協力者)は、いま、どうしているのだろう。