雑談(12)育児と育人  2001年11月5日

聞に属するが、朝日新聞社の『アエラ』2000年9月4日号に「恋愛の脚本ください」という記事が載ったことがある。後楽園ゆうえんち「ルナパーク」の「体感版・未来日記」が若い層に人気があるという話だ。恋愛を他人に演出してもらう。ゲームとはいえ、「おじさん世代」の私にとっては、「おいおい、そこまで人にやってもらっていいのかよ」と言いたくもなる。かつて「雑談」シリーズで「間」の話をしたが、いまの若者にとって、人と人との距離、「間合い」をとるのは結構むずかしいようだ。例えば、「友だち以上、恋人未満」の微妙な関係を続けている人たちにとって、後ろから肩をポンと押してもらわないと、恋人関係に入ることができない。傷つきたくないし、傷つけたくない。この過度な抑制が、自己表現をのっぺりとしたものにしているように思う。「未来日記」はそんな今どきの若者の「恋の助っ人」なのかもしれない。

次のステージは、「恋人以上、夫婦未満」。昔風に言えば「神田川」(関根〔高橋〕恵子)の世界(古いなぁ!)である。子どもができて、妻から母になる。でも、「母以上母親未満」が多すぎる。悲惨な児童虐待の事例を見ていると、「寂しさの連鎖」を感じる。子どもの頃に親に虐待され、寂しい思いをした人が親になって、自分の子どもを虐待するわけだ。「育児マニュアル」を見ながら育児に励む女性たちの方がむしろ微笑ましい。

実は、子どもを育てるということは、子育てを通じて、育てる人自身が人間として成長することを意味する。育児はまさに「育人」である。人は子育てを通じて、初めて「親になる」のである。人生のごく短い期間ではあるが、育児は大切な「学びの時期」なのだと思う。

ある新聞のコラムで、育児休業で職場に戻った先生の話を読んだことがある。ちょっと怖い先生だったが、小学校5年生の担任クラスに復帰後、「よくここまで大きくなったなぁ」と生徒に頬ずりしてしまったという。育児休業法が施行されたのは1992年4月。新聞記事には、例えば「男も取ろう育児休業」(朝日新聞97年3月1日)のようなものも見られた。ノルウェーでは、育児休業の一部を父親がとることを義務づけた「パパクオータ制」を採用した結果、男性の育児休業取得率が4%から70%になった。義務づけといっても強制ではなく、1年のうち1カ月は男性がとらないと、育児休業中の給付金がもらえないという仕掛けになっている。日本では給付金が基本給の25%なので、これを80〜90%にしないと、効果は出てこないとされている。

「変わったね、お父さん」「男の育休、厳しい現実。とったら査定最低に」(朝日新聞2000年11月24日)。労働省によると、男性が育児休業を取得したのは、93年0.02%、96年0.16%、99年0.38%だった。女性の取得率59.5%(99 年) に比べると圧倒的に低い。なお、この法律は後に「育児・介護休業法」(1999年施行)となるが、男性が育児に参加していく職場・社会環境を整えていく上での課題は多い 。

大学院生時代、0歳児の息子をわきで抱え、左手で哺乳瓶を持ってミルクをやりながら、右手に万年筆を持って一心不乱に締め切り間際の原稿を書いていた。ふと気づくと、息子が白目をむいている。哺乳瓶が鼻に入っていたのだ。逆さにふると、鼻や口からミルクが吹き出し、大泣き。手抜き育児と妻に怒られた。いまも、この時の論文(『現代軍事法制の研究』第4章所収)からはミルクの臭いがする、というのはウソ。息子の育児に関わったのは20年以上昔のこと。先週、早大教員組合のなかに「託児所問題プロジェクト」を立ち上げ、学内に託児所をつくるために調査を開始した。津田塾大や日本女子大など、学内に託児所をもつ大学も少なくない。大学の構成員がますます多様化し、若い教職員だけでなく、子どもをもつ留学生や大学院生のための施策も求められている。来年の10月までの1年間、託児所問題にもいろいろと関わっていくことになろう

【付記】初めて訪れた方、あるいはテロ問題について関心のある方は、バックナンバーをクリックし、2001年直言をお読みください。