「有事法制」は安全を守れるか 2002年2月25日

究室にある毒ガスマスクの「ラインナップ」に、韓国製防毒マスクが加わったマスク全体。解説書には「国民防毒マスク」、「本製品は戦争ガス汚染地域及び火災現場から安全な所に避難する為の非常用防毒マスクです」とあるマスクの説明。新品セットに浄化桶が二種類。火災用と戦争用である。出荷時は火災モードに調整されている。「使用上の注意」のトップ項目は、「マスクの密閉包装は有事時だけ開封して下さい」。戦争用浄化桶の対応ガスとして、CK(塩化シアン)とGB(サリン)が挙げられている。日本でも戦前は家庭に毒ガスマスクのある家が多かったので、年輩の方は記憶しておられよう。
  もっとも、最近、小泉内閣は、「民間防衛」を含む「有事法制」第3 分類の立法の検討を進めているから、各家庭に毒ガスマスク常備なんていう「民間防衛」施策が登場するかもしれない。冷戦時代への逆送、まさにアナクロニズムである(リンク先のNo.874をご覧ください)。際限のない「不安感」に便乗して、いつのまにか軍事費を一気に15%も上げたブッシュ政権。日本でも、サリン事件や「9.11テロ」を経由して、市民の安全観は大きく変化している。安全のためには「金と力」を惜しまないという雰囲気も生まれている。「有事法制」も、大規模な部隊の侵攻よりは、テロなどに対する備えに主眼を置きつつあるようである。市民自身が毒ガスマスクで防護し、かつ、怪しい者は地域ぐるみで監視・捕捉する。こうして、安全を「金」と「力」に頼る傾向は一段と進むだろう。だが、市民の視点からみて、テロと真に向き合うにはどうしたらいいだろうか。

  全米が「ブッシュの戦争」に喝采を送っていた昨年2001年10月16日。カリフォルニア州バークレー市で注目すべき動きがあった。その夜、バークレー市議会が、アフガニスタン空爆停止などを求める決議を挙げたのである。「ブッシュの戦争」に対して「挙国一致」的雰囲気が進むなかで、空爆停止を主張するのは勇気がいる。だが、決議の内容は戦争反対にとどまらなかった。

  決議のポイントは5点ある。
  第1に、「9.11テロ」を糾弾し、犠牲者と救助にあたる人々への連帯を表明している。
  第2に、アフガニスタン空爆を停止し、罪なき人々の命を危うくすることをやめ、米国兵士のリスクを減らすことで、暴力の連鎖を断ち切ることを求めている。
  第3に、テロを共謀した人々を国際社会とともに裁判にかけるあらゆる努力をすることを求めている。
  第4に、あらゆる国々の政府と協力して、テロリズムの温床となる貧困、飢餓、疫病、圧政、隷属といった状況を克服するために努力することを求めている。
  第5に、「5年以内に、中東の石油への依存を減らし、太陽パワーや燃料電池などの持続可能なエネルギーへの転換をめざすキャンペーンに、国全体で取り組むことを提案する」。

  この決議で注目されるのは、残虐なテロに度を失い、「力には力を」とばかりに報復に走るのではなく、あくまでも法的な手続きにのっとって事態に冷静に向き合うとともに、国際社会と共同でこれを実行していくことを求めている点である。「ブッシュの戦争」は国際法上の根拠を欠いた、裸の国家的暴力である。「戦後」処理も乱暴だった。拘束したアルカイダ兵士をキューバの米軍基地に移送。「不法戦闘員」という新しいカテゴリーを事後的に自作して、ジュネーヴ条約上の捕虜でもなければ、米国内法で裁かれる刑事被告人でもない特別な扱いのもとに置いている。バークレー市議会の決議の第3の点は、こうしたアメリカの横暴に対する効果的な対案となっている。アメリカが「法による平和」を軽視し、勝手気ままに国家的暴力を振るっているとき、アメリカ国内から冷静な声が挙がったことは重要である。決議の第4点は、テロの温床となる諸原因の克服に対する積極的な視点を含むことである。第5点目は、中東石油の利権をめぐる争いがある限り、テロの最終的な根源はなくならないという認識のもと、太陽エネルギーなどへの転換を求めている点である。これら後二点は、テロに対処し、真に市民の安全を守るために必要な根本的な方針と視点を提起しているように思う。私のいう「平和の根幹治療」につながる視点である。
  圧倒的多数の人々が「反テロ・ヒステリー」状態に陥っているとき、一地方議会とはいえ、冷静な眼差しを失わずに問題と向き合っていることは、かの国の民主主義の発展にとってもきわめて重要な歩みといえよう。