踊る大検察庁 2003年11月10日
韓共同研究「現代韓国の安全保障・治安法制の実証的研究」(科研基盤研究A)のため、ソウルに短期間滞在した。この共同研究は、第1回研究会が昨年10月に韓国で行われて以降、第2回が今年2月に京都で、第3回が6月に沖縄で行われた。今回は第4回目である。ソウル大学湖巌教授会館に宿泊し、法学部記念会館で研究会を行い、大法院(最高裁)や大検察庁(最高検察庁)も訪問した。昨年が安全保障に軸をおいた研究会だったのに対して、今年は日韓の司法・検察・警察の制度の比較検討に重点が置かれた。韓国軍隊の内部分析(韓洪九・聖公会大教授)と「議会による秘密情報機関統制」(李桂洙・蔚山大教授)の報告も行われ、ともに実証的で大変興味深かった。コーネル大学の徐載晶助教授による「アメリカの東アジア政治・軍事政策」の報告は、私の報告とペアで沖縄で行われる予定だったものだ。報告者の事情で来日できなかったため、半年延期されていた待望の報告だった。米国の世界戦略の歴史展開を踏まえた刺激的なもので、私も何度か発言した。生田勝義立命館大教授と川崎英明関西学院大教授による日本の警察・検察制度の報告もあり、検察のあり方をめぐって韓国側との問題意識の違いも浮き彫りになってとても興味深かった(研究会の内容はいずれ出版予定)。
 さて、研究会の前日、曹國ソウル大教授のコーディネートで訪問した大法院は、1991年建設の現代建築である。韓国には専門の憲法裁判所があるが、今回は訪問しなかった。大法院は民・刑事事件の最高裁にあたる。大法院
 正面玄関で、裴判事(大法院国際部長)が我々を出迎えてくれた。判事の案内で館内を見て回ったが、大法廷入口のテーミス像が印象に残った剣のかわりに法典を抱えて鎮座している。
 司法試験塾・法学館(渋谷区桜町)5号館のロビーにあるテーミス像をふと思い出した。ちなみに、法学館テーミスの製作者は、ふくよかな体型に「慈悲の心」を込めたという。大法院のテーミスも韓国流にデフォルメされたものなのだろう。
 エレベーターで高層階にあがり、そこの会議室で、大法院司法政策調査局次長の李判事が応対してくれた。質疑のなかで私の印象に残ったことは二つ。まず、韓国の「予備判事制度」。日本の判事補と違い、2 年間、判事の助手のような役割をしたあとに実務に入る。いろいろと苦労をさせて、エリート意識丸出しの裁判官を作らないための工夫だろう。法曹養成の問題では、李判事は日本のロー・スクール(法科大学院)について高い関心を示した。私が印象に残ったもう一つは、95年の刑訴法改正で導入された「令状実質審査制度」である。日本は逮捕前置主義で、逮捕後代用監獄(警察留置場)に入れて取り調べをして、端的に言えば72時間後に裁判官のもとに連れていく(勾留質問)。そこで10日の勾留(さらに10日)の勾留が認められる。韓国の場合は、日本よりも早い段階で逮捕理由などについて実質的な司法統制を加える仕組みのようだ。日本では、令状発給に対する司法統制はかなり形式化しており、その意味では、早い時期にそうした機会を設けるのは被疑者の権利確保の点で意味がある。8 年の運用のなかで令状実質審査の申請件数は非常に増えているそうだ。この制度は裁判所の側からの主張で導入されたという。
 大法院の周囲には、ソウル地検、ソウル高裁・地裁などの建物が並ぶ。大法院隣の大検察庁(最高検察庁)に向かう。ロビーの一角には、緑色のカードと黄色いカードが置いてある。緑色は、検察官や検察事務官に親切にされたことを書き込むもの。黄色は文字通りの「イエロー・カード」である。検察庁で不快な思いをしたり、納得のいかない扱いをされたことなどを書く。これを所定のボックスに投函すると、監察部門に届くという仕組みだ。私が皮肉を込めて、「被疑者が検察官にイエロー・カードを出せますか」と問うと、訪問者・利用者(告訴など)のためのもので、被疑者は関係ないとの回答だった。
 さて、大検察庁では、韓国検察のエースとして有名な文永皓検事長(大検察庁企画調整部長)が応対してくれた。文検事長との質疑のなかで印象的だったことは三点。第一に、検察官の取り調べに弁護人が立ち会える仕組みである。2002年10月にソウル地検で被疑者が取り調べ中に死亡する事件が起き、それを契機に大検察庁は被疑者尋問への弁護人の立ち会いを実務上認めた。2002年12月から行われているこの措置は、刑訴法の改正なしに行われている。ソウル大学の韓寅變教授の話では、弁護士数が少ないので、実際には、被疑者尋問に弁護人が参加する事件は有名人(政治家)や重大事件に限られているそうだ。とはいえ、日本のように接見指定などで弁護人の接見(被疑者との面会)が制約されていることを考えると、韓国の試みは評価できるだろう。現在、被疑者尋問への弁護人参加に法的根拠を与えるべく、刑訴法の改正が準備中という。二点目は、盧武鉉政権が「検察官との対話」というテレビ討論会を開いたこと。日本では想像できないことなので、これをどう考えているか率直に聞いてみた。文検事長は、大統領と検察の双方に不信感があったが、大統領が検察人事に介入しないことを明言したので解決に向かったと答えた。盧武鉉大統領は人権派弁護士だったこともあり、検察に対しては対抗意識ムンムン。法務部長官に人権派の若い女性弁護士を任命して、検察との関係が険悪化していた。現在も、その関係は微妙だ。三点目は、大検察庁中央捜査部について。これも私が質問した。文検事長は、日本の検察関係者が大検察庁を訪問し、中央捜査部に関心を示したことを紹介した。私は、日本では東京地検特捜部が政治家の汚職事件などを扱い、最高検には特捜部がないので、「日本の検察関係者は、日本の最高検に大検察庁中央捜査部を作りたいということなのだろうか」と質問してみた。文検事長は一瞬の沈黙の後、慎重に言葉を選びつつ、「日本側がどういう意図で中央調査部に関心をもっているのかは分からない」と述べた。どこまでも紳士で、決して手の内は見せず、まさに検察のエースという印象だった。

 実は、ソウル大での共同研究会でも指摘されたのだが、日韓の検察制度をめぐる一つの論点が大検察庁中央捜査部に集中的に表現されている。「韓国で一番の権力者は大統領ではなく、大検察庁中央捜査部長だ」という言葉が示すように、韓国の検察はきわめて強力である。1987年の民主化以来、4代の大統領が就任したが、そのすべてが身内や側近を中央捜査部に逮捕されている。従来から韓国は「検察の国」という言葉があり、反対勢力を弾圧する手段として、検察の政治的利用が目立った。国家保安法を軸とする体制維持立法の結果、多くの学生が逮捕された。この日韓共同研究の中心になっている若手教授たちも、「3・8・6世代」(30歳代、80年代に学生生活を送り、1960年代生まれ) である。ある教授は、国家保安法違反で投獄され、米国留学後にソウル大学教授に迎えられた。彼の担当科目は刑事法である。自分の獄中体験を、一流大学の刑事法の講義で教授から聞けるなんて、日本では考えられない。独裁政権が30年も続いた国が、劇的に変わりつつあることを示している。まさに民主主義が定着する段階なのかもしれない。
 盧武鉉政権は「民意」をバックに、法務部(法務省)と検察を分離した。検察は政治部門から解き放たれ、捜査に専念することになった。その結果、検察が政治部門に対する摘発を強め、盧武鉉大統領自身の側近も逮捕されるに至った。そうしたなか、『朝鮮日報』11月3日付は、「大統領が検察を“操り人間”にするのか」という社説を掲げ、盧武鉉大統領が先の総選挙での政治資金捜査に関連して、検察の捜査に枠をはめるような発言をしたことを非難している。政治と検察の関係には、さまざまな政治力学が働いている。
 ところで、韓国には、個別の事件に対する特別検察官を任命する方式がとられている(特別検事制)。大韓弁護士協会が各地方弁護士会の意見を聴取した上で2名の特別検察官候補を推薦し、大統領がそのうちの1名を任命するというもの。政治家の汚職事件に対する中立的な捜査が期待されている。11月6日、国会の法制司法委員会で、大統領資金不正疑惑や盧武鉉大統領側近の不正疑惑など3大特別検事制法案が可決された。11日には、本会議で、盧武鉉大統領側近の不正疑惑をめぐる特別検事制法案が可決される。これで史上5回目の特別検察官による政治家に対する捜査が始まる。
 日本では、戦後改革のなかで、検事総長を頂点とする検察官一体の原則が残り、組織面での民主的チェックのシステムが欠如していた(川崎報告)。検察の独任機関制(裁判官ほどではないが、検察官にも独立性・自立性が確保される)と、法務大臣の指揮権(検察庁法14条)との間には微妙な緊張関係がある。造船疑獄で当時の法務大臣が指揮権発動という「伝家の宝刀」を抜いて以来、政治家汚職のなかで、しばしば検察庁法14条が話題となってきた。もっとも、54年のほかに指揮権発動は行われていない。
 検察の権限は、その時の政治権力にとって、政敵の抑圧に使う道具としては実に魅力的である。その意味で、国家・社会のなかにおける検察の位置と役割を見極め、それに最もふさわしい役回りを与えることが大切だろう。「民主化」の行き過ぎが「法治主義」の軽視につながるように、検察の役回り・あり方についても、立憲主義の観点から慎重な検討が必要である。韓国の場合は、検察について、国民の「熱すぎる眼差し」が存在する。「民意」を利用して、立憲主義や法治主義に反するような乱暴な手段はとれば、必ずしっぺ返しがくる。支持率が下がり、強引とも思える手法に訴える盧武鉉政権。韓国民主主義の将来のためにも、韓国における「民主主義と立憲主義」という問題はきわめて重要となっている。なお、韓国では死刑が98年から一件も執行されておらず、「事実上の死刑廃止国」の道を歩んでいる。死刑廃止法案も国会議員過半数の支持を得て、国会に提出されている。ひょっとしたら、韓国は日本よりも早く、死刑廃止という点に関してヨーロッパと同じ線に並ぶだろう。韓国の検察や政治のダイナミックな展開から目が離せない。
 帰り際、文検事長は私たち一人ひとりにお土産を手渡してくれた。後で開封してみると、木製の鉛筆タテだった。大きく「検察」と彫り込まれ、下段に「大検察庁」とある。メイド・イン・プリズン。刑務所内の工場で受刑者が作ったものである。