ブッシュ政権の終わりの始まり
  〜Revisited(再訪)? Reloaded(再装填)?
 2004年11月8日

11月3日水曜日、東京・永田町の星陵会館講演した。何という巡り合わせだろう。迂闊にも講演前夜に気づいたのだが、10年前の同じ日、同じ時間、同じ会場で、私は10分間の短い講演を行っていたのである。その内容は、『日本への心配と疑問』(高文研)にすべて収められている。本の帯にはこうある。「94年11月3日、『読売改憲試案』が出された日、ジャーナリスト、政治学者、憲法学者、歴史学者、NGO活動家らの“発言によるデモ”6時間の記録」。司会は岩波書店社長の安江良介氏。三つのセッションに分かれ、講演者は合計20人。このうち、黒田清(元・読売新聞大阪社会部長)、斉藤茂男(元・共同通信編集委員)、石川真澄(元・朝日新聞編集委員)、高畠通敏(元・立教大学教授)の各氏と、司会の安江氏がこの間に亡くなっている。私は10年前と同じ演壇で話をしたが、当時のことが鮮明に蘇ってきた。その日、与えられた10分の前半を読売改憲試案批判に使い、後半を「一丁の機関銃」の問題にあてた。当時の村山政権が、「人道的な国際救援活動」(PKO等協力法3条2号)でルワンダ難民支援でザイールに自衛隊を派遣する際、82式指揮通信車の7.62ミリ機関銃1丁を持っていくことが国会で問題になっていたからである。机の上に、7.62ミリ、12.7 ミリ、20ミリ、35ミリの機関銃(砲)弾を次々に並べていって、いずれこのように拡大していくだろうと述べた。雑誌『世界』の編集長として知られた安江氏は、司会としてこうフォーローした。「ありがとうございました。私も長い間、編集者をやってきましたが、ポケットにたくさんの銃弾をもっておられる憲法学者(笑)、しかもすぐれて平和愛好の憲法学者にはじめてお目にかかりました(笑)」(同書90頁)と。
  
故・安江氏の言葉を思い出して、先週3日の講演では、イラクに派兵された自衛隊が装備している110ミリ個人携帯対戦車榴弾「パンツァーファウスト3」のケースの蓋を持参した。最近入手した演習用のもので、使用済みの筒の部分である。銃刀法でも、刀身の入っていない鞘は何ら問題にならない。これも同様だろう。とはいえ、警備厳重な国会近辺の会場に、これを持って歩く勇気はさすがになかった(笑)。10年前、軽機関銃1丁を持っていくのにあれだけ国会で議論があったのに、イラク特措法による自衛隊派遣では、300メートルの距離から700ミリの装甲を貫通する110ミリの対戦車火器を持っていくことについて、ほとんど議論らしい議論はなかった。「自爆テロの車が突っ込んでくるかもしれないから」。これでは、「非戦闘地域」への派遣という論理はすでに破綻している。国際法違反のイラク戦争を始めたブッシュ政権に、どこまでも寄り添う小泉首相。彼にとって必要なのは、ブッシュ政権に届く言葉だけなのか。政治家の言葉の貧しさは、10年前の7.62ミリが110ミリへと拡大される間に、一層深まったように思う。
  
さて、講演当日は米国大統領選挙の開票日だった。講演が始まる直前まで、携帯のiモードで、開票状況をチェックした。ブッシュ優勢という情報に、気分は一気に暗くなった。思えば4年前の2000年11月8日、私は「幻の号外」を入手した。「米大統領にブッシュ氏」という大見出し。一部地域で配られ始めたのだが、フロリダ州の開票結果が問題になるやいなや、すぐに「待った」がかかり、ブッシュ当選は、パームビーチ郡の票の数え直しまでおあずけとなった。まともに数えなおしをしていれば、ゴアが大統領だった。米合衆国最高裁は5対4の僅差で、票の再集計を禁止。ブッシュ当選に司法的決着がついた。だから、ブッシュは「選ばれたのではなく、裁判官に任命されたのだ」と、4年間ずっと言われてきた。「当選しなかった」大統領として、その正当性の欠損を一番身にしみて感じていたのは、ほかならぬブッシュ自身だったろう。だからこそ、「9.11」が彼にとっていかに「神風」だったか理解できるだろう。「9.11」陰謀説が消えない所以である。
  
今回の大統領選挙では、高い投票率に支えられて、ブッシュが5900万票も獲得して当選した。4年前の悪夢を再現させたくないというブッシュ陣営からすれば、票の数え直しを必要としない、「目に見える勝利」を演出することが最大の課題だった。投票日直前のビンラディンのビデオ放映こそ、まさにその切り札だった。あれで、中間層の「安全」意識はブッシュに傾いていった。

  それにしても、世界中からこんなに嫌われた大統領も珍しいだろう。ほとんどのヨーロッパ諸国の世論調査でも、ブッシュ再選を望む人は少数派であった。ドイツ第一放送(ARD) が選挙直後に行った世論調査では、ブッシュ再選をよくないと評価した人は75%にのぼった。教育程度の高い人々の間では86%、若者に至っては91%がブッシュ拒否である(Frankfurter Rundschau vom 6.11.04)。旧西ドイツ時代から米国大統領にはポジティヴな評価をしてきたドイツ人に、ここまで嫌われる米大統領はかつていなかった。
  
ウィーンのジャーナリストR. Misik は、全世界がケリーの勝利を期待していたのに、米国の有権者はブッシュを選んだ。この選択は、選挙民の「単独行動主義的行為」(ein unilateraler Akt)だったと述べている(taz vom 5.11.04) 。世界で起こる出来事にほとんど関心も払わず、新聞も読まない、自分と家族の安全と幸福だけ考え、信仰心の厚い保守的な人々の一票が、世界の不幸を増幅させていく。選挙民にとって、自分の町の市長を選ぶのと同じ感覚である。ヨーロッパ人が考えるよりも、ブッシュははるかに穏健と考えられているのだ。実は、ブッシュは、1845年にテキサス州ができてから初めての「再選された知事」だった。他のすべての知事は1期で終わっている。ブッシュの妻は民主党員で、民主党支持者からの票も獲得して再選を決めている。ブッシュが知事時代、テキサスでは1年間で40人も死刑を執行されている。ヨーロッパ人なら嫌悪することだが、テキサスの住民からは「安全を守ってくれる頼もしい知事」として支持されたわけだ。今回も、ビンラディンがビデオでテロ予告をする状況のもとで、「安全」を求める有権者の微妙な心の揺れが、ブッシュの側に有利に働いたと考えられる。
  さらに、ブッシュは道徳的価値を強調した。イラクや経済問題よりも、妊娠中絶や同性婚といった道徳的価値の問題に争点を絞り込んだ。ケリー陣営はこれに適切に応答できず、墓穴を掘った。ブッシュは「保守革命の完成者」として歴史上評価されることを望んでいるようである。その言葉は宗教的メッセージに満ちている。保守的な宗教団体への公金補助も増大しており、政教分離原則の弛緩が確実に始まっている。

  ブッシュ再選で米国の司法にも危機が訪れつつある。現在の米合衆国最高裁は保守的傾向が強いが、リベラルな裁判官も健在で、たまに重要な違憲判決も出している。「ロウ判決」における妊娠中絶の合法化は言うまでもなく、近年でも、タリバンやアルカイダの嫌疑を受けた人々を、法的根拠もなしに長期拘束している、キューバ・ガンタナモ基地事件について、政府の主張を制限する判決を出している。「愛国者法」についての部分違憲の判決も注目される。しかし、再選されてパワーアップしたブッシュは、最高裁の人的構成に手をつけようとしている。
  合衆国最高裁判事で65歳以下はトーマス判事だけである。高齢化は著しい。長官のレンキストはすでに80歳。ニクソン大統領に任命された古株である。リベラル派のオコナー判事も74歳。84歳のスティブンス判事、71歳のギンスブルク判事も辞任の方向である。ブッシュは、こうしたリベラル派判事を保守的な判事にすげかえて、合衆国最高裁の保守化を狙っている。その結果、環境保護立法や社会立法が軒並み、保守的な最高裁によって違憲判決をくらうおそれが生まれている。「ロウ判決」の判例変更を行い、妊娠中絶違法化に向かうおそれもある(Richter werden rechter, in: taz vom 5.11

  では、ブッシュ二期目はどのような政策が展開されるのだろうか。さまざまな予測がなされている。ネオコンの狙いは世界の「民主化」である。そのためには軍事介入もいとわない。この危ない、使命感に燃えたネオコンたちが、どこまで政権中枢に影響を及ぼせるかがカギとなるだろう。ブッシュ政権の今後については、二つの見方がある。一つは「BushT, Reloaded」、もう一つは「ReaganU, Revisited」である(Welt am Sonntag vom 7.11)。前者は、ブッシュ一期目のやり方を踏襲する方向、後者は、レーガン二期目のように、対決路線からの転換をはかるというものだ。ブッシュは決して「愚鈍」(dumm)ではない。単独行動主義で暴走すれば、世界における孤立が深まることは十分心得ている。そこをうまくやりくりしていく上で、日本の位置と役割は重要である。イラクに建設中の米軍基地が完成すれば、後始末は「有志連合」(Coalition of the willing) と国連に丸投げするだろう。その時、日本の負担は相当重くなるはずだ。小泉政権が早いうちにイラク撤退のきっかけをつかまないと、あとで泣きをみることになるだろう。イスラエルへの甘い姿勢など、アラファトなきあとのパレスチナを考えると絶望的になる。
   ブッシュの任期は2009年初頭まである。だが、彼は任期をまっとうできないだろう。ベトナム戦争の時に戦時大統領として圧勝したニクソン大統領は、ウォーターゲート事件で惨めな末路を辿った。ブッシュもまた、国内問題で足をすくわれ、その終わり方はニクソンと似てくるのではないか。ブッシュ政権の「終わりの始まり」である。