「永遠の平和」のための「永遠の戦争」?  2004年11月15日

週末、沖縄と茅ヶ崎(神奈川県)で講演をした。イラクのファルージャで多くの市民が犠牲になっていることがずっと頭にあって、重い気分だった。講演では、ブッシュ・小泉政権に対する批判が熱を帯びることになった。ファルージャは今、どうなっているのか。ブッシュ再選についての直言をUPした日に始まったファルージャ総攻撃。私のもとに届いた米国防総省メルマガ(11月9日午前2時8分の送信記録がある)は、この攻撃がニュース報道によって伝えられる、「歴史上最もtelegraphed な軍事作戦の一つ」であると得々と書いている
  ことほどさように、メディアは、「5000から6000人の暴徒と外国から来たテロリスト」に対する攻撃を、ほとんど米軍側の視点で描いている。砲弾が炸裂している側からの映像はない。どれだけの市民が命を奪われていることか。前掲のメルマガでは、ファルージャの人口は30万人。まだ4~5万人が市内にとどまっている。そこに1万5000人の大部隊が攻撃をかける。ちょっと想像力を働かせれば、そこにどんな地獄が現出しているかは容易に想像できるだろう。
  
特に民放のあるニュース映像には驚いた。米軍戦車の砲塔にカメラを据え、戦車砲の先に焦点を合わせて撮影していたからだ。これでは報道カメラマンと砲手が同じ目線になってしまっている。別のニュース映像では、後ろ手に縛られ、ひざまずくイラク人に対して、米兵が、「お前を殺すこともできたんだぞ。命があるのをありがたく思え」と怒鳴るシーンが出てくる。ブッシュ再選によって、米軍の傲慢・横暴はより露骨になっているように思う。これでは、イラク民衆の気持ちは米国から完全に離反し、憎悪と怒りが重層的に広まっていくだろう。今後の展開次第では、とりわけ自衛隊の活動期限である12月14日を一つの境にして、日本でも「テロ」が起きても不思議ではない状況が生まれるだろう。いま、エンドレスな「戦争」への不安が世界を覆っている。

  話は突然変わるが、I・カントの『永遠平和のために』(Zum ewigen Frieden)が出版されてから、来年で210年になる。岩波文庫で420円。薄い本だが、中身は深くて濃い。何度読んでも新鮮な発見がある。この『永遠平和のために』を意識したタイトルの本を、この夏に読んだ。『永遠平和のための永遠の戦争』(Gore Vidal, Ewiger Krieg für ewigen Frieden, 2002) 。著者は1925年生まれの作家で、クリントン政権のゴア副大統領(ブッシュと2000年大統領選挙を戦った)の親戚にあたる。オリジナル版は2002年4月に米国で出版され、私が読んだのはそのドイツ語版である。翻訳と分かって、一瞬がっかりした。「タイトルを見て、思わず…」のパターンである(苦笑)。「ある火曜日」から本文は始まる。「コーランにこうある。アラーは火曜日に暗黒を創造した」。2001年9月11日は火曜日だった。「争いの余地なく、米合衆国は1947年以来、『予防的』国家テロの先駆的でかつ最も重要な代表者である。その国家テロは、例外なしに第三世界で行われ、ほとんど知られないままになっている」。作者は、この視点から、1999年のコソボ紛争(NATO「空爆」)まで、おびただしい数の軍事介入の例を挙げている。ただ、この本のメリットもここまでで、残りの大部分は「9.11」前に書かれたエッセーを集めたものである。ここでは、魅力的なタイトルだけを借りておこう。

  ところで、当選後の最初の記者会見でブッシュは、「対テロ戦争」を最優先課題に掲げると演説した(『朝日新聞』11月5日夕刊)。こういう態度をとればとるほど、「これで米国を攻撃する理由がますます明確になった」とビンラディンは喜んでいるに違いない。なまじケリーが大統領になって多国間協力にシフトしてくると、ビンラディンとしても攻撃しづらくなっただろう。敵と味方の極端な区分けこそ、テロリズムの栄養にほからないからである。
  
ブラント政権以来、ドイツ対外政策で重要な役割を果たしたE・バール(Egon Bahr) は、ブッシュ再選に関する評論のなかでこう述べている。「私は、ブッシュほど米国に損害を与えた大統領を知らない。2001年9月11日後のほとんど世界的規模での連帯から、ほんの数カ月の間に、ほとんど世界的規模での米国政治の拒否へと転換させた。それがブッシュの“業績”だった」と述べ、「私たちは、唯一の超大国とどう共生していくかという経験をまだ始めたばかりである」と結んでいる(Freitag vom 5.11)。ブッシュ政権のやることなすことは、「味方に出来なくてもいいから敵にしない」の逆をいく、「味方にできる人までも敵にしてしまう」の愚行である。関連して、フランスの『ル・モンド・ディプロマティーク』編集長のアラン・グレシュはいう。「西洋諸国とイスラム圏の一部の世論は、現在起きている紛争がまさに文明の衝突を内包していると信じかけている。そこでの分断ラインはもはや強者と弱者、富者と貧者、持てる者と持たざる者の間ではなく、『彼ら』と『我ら』の間に引かれることになる。西洋各国は『階級闘争』という古臭い概念を手放し、『他者との闘争』という旗のもとに並ぼうとするだろう。千年戦争の始まりである。その唯一の帰結は、既存の無秩序をさらに強めることでしかない」と。
  
では、「千年戦争」に向かう国家のありようはいかなるものか。保守派の理論家フランシス・フクヤマは、国家権力が世界的規模で没落することを、グローバルに展開するテロリズムの主要な原因の一つと見た。これに対して、シカゴの社会学者サスキア・サッセン(Saskia Sassen) はスイスの新聞のインタビューに答えてこういう。民主主義欠損の増大の決定的な根拠は、単純にグローバル化や国家の弱体化の帰結ではない。むしろ、西欧の国家は、深い変革にみまわれている。①執行権が、国家装置や政治に圧倒的優位に拡大していること、②立法権が力を著しく失っていること、③執行権の力の増大が「国家権力と政治の民営化」に通じていることを指摘し、これが米国やヨーロッパ諸国でも確認できるとする(Die Wochenzeitung vom 14.10) 。実は、日本も同様の状況にあるように思う。
  1967年から1973年まで、CIAで顧問として働いたこともあり、日本滞在経験の長いチャルマーズ・ジョンソン。彼の本は『アメリカ民主主義の自殺』(Chalmers Johnson, Der Selbstmord der amerikanischen Demokratie, 2003)、『アメリカ帝国への報復』(集英社、2000年)、『帝国アメリカと日本 武力依存の構造』(集英社新書、2004年)の3冊をすでに読んだが、そこでの感想は、何よりも米軍基地を全世界に拡大していく米国の衝動のすさまじさである。
  
ビンラディンは、「絶対的な敵」を絶対的に攻撃できる理由を持った。これは、米市民の安全にとって、実は致命的に危険をはらむことに、多くの米市民は気づいていない。小泉首相は、あまりにもおおらかなブッシュ支持の毎日を送っている。サマワの自衛隊は、12月14日の派兵期限切れ以降、実に危険な状況に陥るだろう。期限延長をやれば、日本のブッシュ政権支持はきわめて鮮明になる。東北方面隊に派遣命令が出て、朴訥な山形や福島の隊員たちもイラクに向かう。これからますます危険になるというのに、彼らが行くところ常に「非戦闘地域」であると言い切る小泉首相の発想は、屁理屈でも無理屈でもなく、まともな議論を最初から放棄する反理屈の境地に到達しているとは言えまいか。
  
なお、ジョンソンが、日本のことを東ドイツに例えているところは実に面白い。すなわち、「ソヴィエト帝国の最大の収穫は東ドイツだった。そして、アメリカの最大の収穫はいまも日本である。…ドイツ民主共和国を統治するソ連の二人の代官がモスクワからのあらゆる指令に忠実にしたがったように、日本の首相は政権につくやいなや、一人の例外もなく飛行機に乗ってワシントン詣でをする。…1990年代の日本は世界で二番目に豊かな国であるにもかかわらず、政治はかつての東ドイツと非常に似ている」と。知日派学者の鋭い指摘である。小泉首相こそ、歴代首相のなかで最も忠実な代官かもしれない。

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