憲法と18歳  2008年11月3日

本国憲法「公布」の日にあたる今回の直言では、最近書いた18歳選挙権問題に関する拙稿を転載することにしたい。

  大学教員を25年以上続けてきて、毎年18歳を教えている。今年の彼らは、「平成生まれ」「ポスト冷戦世代」「ゆとり〔教育〕の世代」などと括ることもできる。だが、過度な世代論をやって、無理に括りすぎないほうがよい。18歳は、大学での「学びの入口」に立つ、大切な時期である。いま必修科目や導入演習で1年生を教えながら、かつての18歳とは何かが違うという印象を受けている。幼年期から携帯電話やインターネットがあった世代である。

これまで25年間、講義では、1週間に起きた事件について、必ず新聞の切り抜きを持参するようにいってきたが、ここ1、2年は、机の上に新聞や切り抜きをもってくる学生が見当たらない。先日ある大講義で聞いてみたら、切り抜き持参者はゼロだった(今年初めての現象)。ついにここまできた。ネット全盛の時代に入ったわけである。でも、ネット情報だけだと、新聞の1面や3面で大きな事件として扱われたことに気づかない学生も少なくない。これだけネットに情報が流れていても、何をキャッチするかは本人次第である。新聞を見ていれば、それなりに社会で注目されていることがわかる。そうした情報の傾きへの認識を欠いたままでは、情報の洪水のなかで孤立する。ではどうするか。私としては、新聞もネットも、というしかない。とはいえ、ここで最近の18歳についての世代論をやるつもりはない。いつの時代にも、勉強熱心な学生はいるし、不真面目な学生もいる。それは変わらない。私たち自身が、いまの世代に切り込むような講義や授業を行う努力を怠らないことだろう。ただ、これがなかなかむずかしい。私自身、日々悩みながらやっているところである。

さて、今日は、日本国憲法「公布」62周年である。60周年のときは金沢で講演した。安倍晋三が首相になったばかりで、その2日前に「任期中に改憲をやる」と大見得をきっていた。任期中改憲の理由として安倍は、(1)「現行憲法は独立前に書かれたこと」、(2)「60年が経過し、[9条2項のような] 時代にそぐわない条文があること」、(3)「自分たちの手で新しい憲法を書くという精神が、新しい時代を切り開く」を挙げていた。いまとなってみれば、激動の「時代にそぐわない」幼稚な首相が、「美しい国」などという情緒的なスローガンのもとで、教育基本法「改正」自衛隊海外任務を定めた防衛省昇格法などの重要法律を、強行採決などの強引な国会運営により実現していったわけで、とりわけ憲法改正手続法(国民投票法)のごり押し成立は、安倍内閣が仕掛けた「時限爆弾」として、安倍が消えた後も、カウントダウンを続けている。

その憲法改正手続法の附則1条では、この法律は公布の日から3年後に施行されると定められている。2010年5月18日。2年後の憲法記念日は、憲法改正手続法施行の2週間前ということになる。それまでの間に、公職選挙法や成年年齢を定めた民法4条などについて「必要な法制上の措置を講ずる」ことになっている(附則3条)。すでに民主党は「成年年齢引き下げに関する論点整理」(民主党政策調査会、2008年7月22日)などを出して、18歳選挙権実現の方向を打ち出している。だが、政府・自民党の動きは鈍い。この間の世論調査結果から、国民は成年年齢引き下げに消極的であるとして、現状維持のままでいく可能性もある。

なお、高校生向け月刊紙『高校生新聞』が先月17日にまとめた高校生意識調査によると、18歳選挙権について、「賛成」20%、「反対」32%、「どちらともいえない」39%という結果だった(『東京新聞』2008年10月17日付夕刊)。若い世代のなかでも、18歳選挙権について消極的な意見が強いようである。私が高校生のときは、日本も早く18歳選挙権にすべきだというのは「あたり前」の空気だったので、いまの若い世代の意見には驚きである。「未熟だから」「時期尚早」と自分たちでいってしまうのが理解できない。

というわけで、以下、連載企画から18歳選挙権に関する論稿を転載する。

(文中敬称略)

 


18歳選挙権に反対?

◆いまどきの若者は…

  「いまどきの若いやつは…」という物言いは、古代の文書にもあったという。1999年1月にエジプト旅行をしたとき、現地ガイドから、ピラミッドのなかにそんな落書きがあったという話を聞いた。また、古代メソポタミアの粘土板文書にも、同種の言葉があったという。
いずれにせよ、若者は常に年輩者から、「いまどきの若者はなってない」といわれ、その若者が年寄りになって同じセリフをいう。その繰り返しを何千年もやってきたわけである。逆にいえば、いつの時代でも若者は「まだ未熟」といわれてきたのであり、「いまどき」の人にだけいえることではない。

私自身、「おじいちゃん」と呼ばれるのを目前としているので、若者たちが眩しく見える。若者の「未熟さ」こそ、彼らの特権であり、パワーの源泉ではないか。若者よ、もっと元気を出せ、といいたいところだが、雇用状況も最悪だし、明るい希望を削ぐような事件も続く。その若者のうち、18歳と19歳が日本では微妙な立場に置かれている。

◆ナインティーン(19歳)のこと

  いつからが大人なのか、という点でいえば、法律は「成年」を20歳と定める(民法4条)。20歳以上であることを要するものは、選挙権(公選法9条、地方自治法18条)、飲酒と喫煙(未成年者飲酒禁止法1条、同喫煙禁止法1条) 、そして契約の締結(民法5条1項)などである。成年を何歳にするかは、世界各国でまちまちだが、多くの国は18歳を成年として、選挙権を与えている。下院選挙を実施する182カ国中、18歳選挙権は159カ国。サミット参加国では、日本を除き、すべて18歳選挙権である(国会図書館調査・立法考査局政治議会資料室)。

徴兵制を採用する国では、18歳選挙権の一方で、18歳は徴兵年齢となる。

1985年に全米で大ヒットした、ポール・ハードキャッスルの「19歳(nineteen)」という曲がある。それはこんな歌詞だったので、当時、話題をよんだ。

《1965年、ベトナム戦争は単なる他国の戦争と思われていた。しかしそれは違っていた。…それは戦っていた兵士についても同じだった。第二次世界大戦、兵士の平均年齢は26歳だった。だがベトナム戦争では19歳だった。》

こうしたことを、日本の18歳、19歳は知っているだろうか。

◆18歳選挙権はまだ早い?

  私は大学で、1年導入演習(ゼミ)を担当している。1年生の多くは18歳。「ベルリンの壁」が崩壊してから生まれた者もいる。

この6月、その導入演習で、発表班の一つが「18歳選挙権引き下げについて」の報告をした。意外だったのは、討論のなかで、「18歳選挙権はまだ早い」という意見がかなりの数いたことである。発表班の結論も否定的だった。その理由を聞いてみると、「時期尚早」「未熟だ」ということに尽きる。この傾向は、最近の世論調査にもみられる。

9月13日、内閣府は、成人年齢の18歳への引き下げに関する調査結果を発表した。全国の18歳以上の男女5000人を対象とした調査で、回答は3060人。これによると、親権に服する年齢を18歳に引き下げることに反対する者が69.4%にのぼり、賛成26.7%を大きく上回った。反対の理由を複数回答で挙げさせると、「経済的に親に依存している」(58.5%) 、「判断能力が不十分」(57%) 「自分で責任を取れない」(55.3%) の順である。

親の同意なしにローンやアパートを借りるなどの契約ができる年齢を18歳に引き下げることについては、賛成が19%、「反対」と「どちらかといえば反対」の合計は78.8%にのぼった。
   これを報じた9月14日付各紙の見出しは、「『18歳で高額商品契約』反対8 割」(朝日)、「『18歳成人』反対3の2超」(読売)、「『18歳成人』7割反対」(東京新聞)と、否定的なトーンである。

もっとも、この世論調査の質問の仕方にも問題はある。「高額商品の購入」という形に絞り込んだことが、反対に傾く誘導を含んでいたのではないか。もし、こう質問をしたらどういう結果になっただろうか。すなわち、「世界の87%の国が18歳選挙権ですが、日本は未だに20歳です。国際化の時代、日本も18歳選挙権にすべきだという意見があります。それには成年を18歳に引き下げる必要があります。あなたはこれについてどう考えますか。(1)20歳のままでよい、(2)18歳に引き下げるべきだ、(3)どちらともいえない」。こういう設問ならば、(2)はずっと増えただろう。

なお、法制審議会は、今年2月、法務大臣から、民法上の成人年齢の引き下げについて諮問されているので、年内をめどに結論が出されるであろう。今回の内閣府の調査は、こうした動きにも微妙な影響を及ぼすと思われる。

◆憲法改正手続法が先送り

  成年を18歳にするということは、国民主権という観点からも重要な意味をもつ。まず、憲法15条3項は、選挙について、「成年者による普通選挙」と定める。民法は成年を20歳としているため、これらを受けて、公職選挙法9条は、選挙権を、「日本国民で年齢満20年以上の者」に保障する。選挙権者を20歳から18歳に引き下げるということは、18歳と19歳の二世代(2008年を基準にすると、合計250万7250人)が新たな有権者として加わることを意味する。国民代表を選ぶ有権者団がそれだけ増えるわけである。18歳選挙権というのは、有権者の数を増やすもので、事柄は重大である。その導入について根本的な議論が必要な所以である。

ところが、性急な改憲の動きのなかで、この問題は変則的な形をたどった。「私の任期中に憲法改正を」という総理大臣が暴走。昨年5月、憲法改正手続法が慌ただしく制定された。そこでは、投票権者が「日本国民で年齢満18歳以上の者」とされた(3条)。全国レベルの法律で、初めて、18歳と19歳が投票権を得たわけである。しかし、ここに大きな問題がある。公選法が投票権者を20歳以上としていることとの整合性である。そこで、憲法改正手続法の附則3条は、この法律施行までの間に「選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法、その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする」と定めた。公選法や民法という基本法律の改正について、憲法改正の手続法が、しかもその附則で、それらの改正を求めるというのは何とも「不遜」な話ではある。参議院憲法調査特別委員会が行った「日本国憲法の改正手続に関する法律案に対する附帯決議」(18項目を羅列)の第2項に、「本法施行までに必要な法制上の措置を完了するように努めること」とだめ押ししている。18歳選挙権は、こうした慌ただしい、逆転した議論の仕方ではなく、もっと根本的な議論が必要であろう。

(2008年9月20日稿)

(『国公労調査時報』2008年11月号「同時代を診る」連載第46回より転載)

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