「海賊新法」は何が問題か ―― 海賊と日本(1)  2009年3月9日

週、講演を連日やった。木曜には東京第二弁護士会で「ソマリア沖『海賊』問題と日本 ―― 『陸と海と』(カール・シュミット)再読」、金曜は中野区で、「田母神前空幕長発言と自衛隊の今」、土曜は憲法再生フォーラムの例会で、『「戦地」派遣 ―― 変わる自衛隊』(岩波新書)の著者、半田滋氏(東京新聞編集委員)の報告に対するコメンテーターをやった。海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律案(仮称)の概要このうち、二弁は非公開の弁護士研修会だったので、やや専門的な話をした。ドイツの憲法学者カール・シュミットが、海洋秩序の形成過程における海賊の役割を論じた書物を素材に、今週末(3月14日) に迫った自衛艦ソマリア沖派遣をめぐる問題点をさまざまなアングルから論じた。

シュミットの『陸と海と』(生松敬三・前野光弘訳、福村出版)は1981年に読了して、そのまま書庫に眠っていたが、この機会に再読した。28年前には線も引いていなかった箇所が、現代の問題を考える上で実に示唆的、いや刺激的に頭に入ってきた。大地から海へ、そして航海、捕鯨、海賊…。海の大怪獣は鯨だった。捕鯨者たちこそ、人間に大洋を教示した。海域と航路も発見した。ところで、「海賊」というと東京ディズニーランドの「カリブの海賊」はあまりにも有名だが、「賊」という言葉に引きずられて、彼らの政治的・経済的な役割はあまり知られていない。16、17世紀、スペインの海洋支配を打ち破る上で、エリザベスの海賊の果たした役割は実に大きかった。イギリスでは「海賊資本家」がいて、「海賊紳士録」も存在したのである。シュミットは、1713年のユトレヒト平和条約が結ばれて、ヨーロッパに国家機構が確立し、各国の艦隊が海洋秩序の軸になるに及び、「海賊は世界史のかたすみへと投げ出され…18世紀になると海賊はたんなる無頼漢、もっとも粗野な犯罪的人種にすぎなくなる」までを、興味深く描いていく。

いま、ソマリア沖には米、ロシア、EU、中国、インド、韓国などの艦艇が展開している。ここに日本も「参加」するわけである。ソマリア沖に海洋秩序があったのか。ソマリア領海に立ち入って乱獲をして、あるいは廃棄物を海洋投棄したのは誰だったのか。ソマリア「海賊」は、海洋秩序をめぐる問題や、海洋をめぐる力学(シーパワー)を改めて浮き彫りにする、すぐれて今日的問題を内包している。海軍力による海洋支配戦略を体系化したアルフレッド・セイヤー・マハン『海上権力史論』における、「インド洋を制するものがアジアを支配する。インド洋は七つの海の要である」という指摘を想起すれば、背後には天然資源や海洋覇権をめぐる生々しい国際政治が今日的な形で展開されている。とりわけ中国のすばやい対応は、大陸国家であった中国が海軍力を強化している現実と合わせ考えると、インド洋からアフリカにつながる「ラウム」(空間)像をめぐる問題意識を感じる。まさに「陸と海と」である。

こうした「海賊」対処を名目としたシーパワーの競合に安易にコミットしていいのか。日本は国連加盟国だから、安保理決議がある以上、参加するのは当然という議論もある。これは、国連の複雑な状況をみない議論である。国連安保理決議1816号は、米仏の強い意向で成立した経緯、ソマリア領海にまで入って海賊を取り締まることを認めるその内容など、国際法学者のなかには、この決議に疑問を投げかける向きもある。「参加することに意義がある」とばかりに、大急ぎで護衛艦を派遣するのは愚策である。次回述べるように、日本がやるべきは他にある。

「取り急ぎ」自衛艦を出すことに決まったのは、『朝日新聞』1月25日付が伝えるように、麻生太郎首相の一言だった。1月半ば過ぎ、「中国、駆逐艦派遣」の情報が流れると、内閣官房の某高官は首相に向かって「中国に負けるわけにはいきません」といい、「そりゃそうだ」で決まったという。海賊対策は一義的に海上保安庁の問題である。海保ではなく海自でなければできないことが明らかになったわけでもなく、ただ「中国に負けるな」で出す安易さは、「定額減税」から「定額給付金」にかわった2008年秋のドタバタを思い出す(先週、その給付金の支給が始まった)。

そこで問題となるのは、法的根拠である。政府は、自衛隊法82条(海上における警備行動)を応急的に適用して派遣することにした。この「海警行動」をめぐっては、1954年に自衛隊法が制定されたとき、「領海警備行動」規定と「公海上の警備行動」規定とに分けて入れることが、制服組(幕僚監部)から提案されていた。武器使用の場面でいえば、前者は海上保安庁法の準用だが、後者ならば軍艦に関わる国際法規慣例が根拠となる。そうすれば、公海上では国内法的な議論の縛りを免れることができる。だが、当時の政治力学からすれば、自衛隊が海外で行動することなど考えられなかったから、領海警備行動の含意が強く働いたようだ。82条の規定の構造からも、「公海上の警備行動」に広げて解釈するのはむずかしい。加えて、海警行動の発動は、「特別の必要がある場合」に限られる。これは制定経過からいっても、海上保安庁では対処困難な事態がなければならない。今回のように、海保でも十分可能なのに、海自がしゃしゃり出てくるのは、この「特別の必要ある場合」の説明として不十分である。どこも軍艦を出しているとか、海保の外洋型巡視船(「しきしま」)は一隻がけで、交代ができないなどがいわれているが、理由としては弱い。そこに、海保が海自先行への苛立ちをもつのを感じる。海の犯罪行為への対処は、海保の仕事だからである。

武器使用についても問題である。海警行動の際の武器使用は、自衛隊法93条の「海警行動時の権限」が根拠とされる。国内法上の警察強制権限規定である。武器使用は海保法20条が準用され、この20条自身が、警察官職務執行法7条の武器使用の場合に準じている。海警行動時の武器使用は警職法7条の大枠のなかで行われる。したがって、危害射撃は正当防衛と緊急避難の場合に限られ、追跡時の武器使用は許されない。また、国連海洋法条約は、公海上における海賊行為抑止への協力も要求し(100条)、また海賊だ捕権限のある船舶を軍艦のほか「政務の公務に使用される…船舶」としている。だが、ソマリアの領海内での護衛艦の活動となると別である。海警行動をソマリア領海まで広げるのは、法の趣旨に反する。

そこで、「海賊新法」が現在、政府部内で準備が進んでいる。この3 月に内閣官房総合海洋対策本部事務局がまとめた「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律案(仮称)の概要」が手元にあるが、それを見ると、(1)法律の目的、(2)海賊行為の定義、(3)海賊行為に関する罰、(4)海上保安庁による海賊行為への対処、(5)自衛隊による海賊行為への対処、(6)その他、からなる。海賊行為への対処は海保を中心に組み立ててある。武器の使用は、海保法20条1項において準用する警察官職務執行法7 条の場合のほかに、「海賊行為をする目的で、船舶を航行させて、航行中の他の船舶に著しく接近し、若しくはつきまとい、又はその進行を妨げる行為」が現に行われている場合を含めている。「つきまとい」とは何やら「ストーカー規制法」を彷彿とさせるが、そうした場合にも武器の使用を認める方向である。もっとも、ただの「つきまとい」だけでは不十分で、それを制止するにあたり、「当該海賊行為を行っている者が、他の制止の措置に従わず、なお船舶を航行させて当該海賊行為を継続しようとする場合において、当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要とされる限度において、武器を使用することができる」とされている。

これは海上保安庁が行う措置の場合である。次に、自衛隊の「海賊対処行動」の骨子は次の通りである。

5. 海賊対処行動

(1) 防衛大臣は、海賊行為に対処するため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承 認を得て、自衛隊の部隊に海上において海賊行為に対処するため必要な行動をとることを命ずることができる。

(2) 防衛大臣は、(1)の承認を受けようとするときは、次に掲げる事項について定めた対 処要項を作成し、内閣総理大臣に提出しなければならない。ただし、現に行われている海賊行為に対処するため急を要するときは、必要となる行動の概要を内閣総理大臣に通知すれば足りる。

(3) 内閣総理大臣は、次の場合には、それぞれに定める事項を、遅滞なく、国会に報告しなければならない。

6. 海賊対処行動時の自衛隊の権限

(1) 海上保安庁法第16条、第17条第1項及び第18条の規定は、海賊対処行動を命ぜられた 海上自衛隊の三等海曹以上の自衛官の職務の執行について準用する。

(2) 警察官職務執行法第7条の規定及び上記4の(2) は、海賊対処行動を命ぜられた自衛 隊の自衛官の職務の執行について準用する。

ここで重要なのは、自衛隊は、海賊対処に際して、付近の船舶への協力を求め(海保法16条)、船舶の進行を停止して、立入検査や職務質問をして(同17条)、船舶の出発を差し止めたり、航路を変更させたり、指定場所に移動させたり、「海上における人の生命若しくは身体に対する危険又は財産に対する重大な損害を及ぼすおそれがある行為を制止すること」ができることになる(同18条)。海保法の準用ということで、海上保安官が行うことが自衛官に認められる。そして、武器使用である。上記の6の(2) にさりげなく、「上記4の(2)」と書いてあるのは、前述した「つきまとい」などの制止のための武器使用である。一見、「準用する」という表現で見過ごされがちだが、海上自衛隊の艦艇が、「つきまとい」の船に対しても、必要な要件さえ揃えば、任務遂行上の武器使用ができるわけである。

これは、1992年のPKO 協力法24条、1999年の周辺事態法11条、2000年の周辺事態船舶検査法6 条、2001年のテロ特措法12条、2003年のイラク特措法17条、それぞれの武器使用規定にはなかったことである。海保法は上記の諸法律とは異なり、危害射撃を正当防衛・緊急避難の場合に限定していない。だから、これをさりげなく「準用」することで、これまで海外に出た自衛隊の部隊等がもつことのできなかった、任務遂行上の武器使用への道を開く突破口となるだろう。海賊対処という、万人の支持を得られそうな事柄のなかで、武器使用のハードルを下げた、特措法ではない、恒久法が作られようとしている。これは海外派遣恒久法のいわば「先駆け」的役割を果たすに違いない。

ところで、今回派遣されるのは、呉の第8 護衛隊の「さみだれ」(DD106) と「さざなみ」(DD113) という汎用型護衛艦である。海自にはSH-60 哨戒ヘリ3機を積めるヘリコプター搭載護衛艦(DDH) の「しらね」型などが多数ある。DDH を送れば、ヘリの運用も円滑になるのに、あえて、ヘリ1機しか積めない汎用型を送る。この2隻に、「はなむけ」事件で一躍有名になった海上自衛隊「特別警備隊」(SBU) の隊員が乗り込む。海上保安官も各4人同乗する。この護衛艦2隻は、今週末(3月14日) にソマリア沖に向けて出航する。世論の反響は「さざなみ」程度にとどめる、「さみだれ」式派遣(その場しのぎの応急的対応)というところか。だが、その影響は、「さざなみ」程度ではすまないだろう。

3月6日、ソマリア沖でドイツ海軍のフリゲート艦が、海賊と目されるソマリア人9人の身柄を拘束した。ハンブルク地区裁判所が勾留状を出したので、彼らはハンブルクに移送される。その後の司法手続についてはまだ未定である。引き渡しに関するEUとケニアとの協定が先週調印されているので、それとの関係もある。次回は、「拘束されたソマリア人はどこへ ―― 海賊と日本(2・完)」を掲載する。

(この項続く)


付記:前回の末尾で予告した「田母神問題」の直言は、3月23日に掲載します。

海賊対策のもう一つの道 ――海賊と日本(2・完)


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