「私は、決して逃げません」  2009年2月16日
生太郎首相は、1月28日の施政方針演説で、「私は、決して逃げません」という言葉を使った(『朝日新聞』2009年1月29日付)。昨年9 月の所信表明演説でも、「私は、悲観しません。そして私は、決して逃げません」(2008年9月29日付夕刊)といっていた。安倍、福田の両首相が続けざまに「逃げた」ことを念頭に、自分は違うのだと胸をはったわけである。

だが、総選挙もやらずにここまできてしまった。福田前首相は、「総選挙を勝てる人に総裁になってもらう」という、自民党総裁の論理で辞めたわけで、内閣総理大臣としては無責任の極みの終わり方だった。もっとも、総選挙で勝ちさえすれば、自民党総裁としての福田の判断は、自民党としては「正しかった」わけだが、いまの状況から考えれば、福田の突然の辞任は「あらゆる意味で無意味」となりつつある。

なお、辞任直前、福田内閣の支持率は25%だった(『朝日新聞』2008年9月2日付)。いま、麻生内閣支持率は14%である(同2009年2月10日付)。施政方針演説に対する代表質問で、民主党の鳩山由紀夫幹事長は、「『逃げません』といいながら、国民の審判から逃げまくっている」と批判した(2009年1月29日付夕刊)。麻生首相は「私は、決して政権から逃げません」といって、「麻生おろし」に抵抗するのだろうか。ここへきて、「決して逃げません」という奇妙な言葉の「目的語」が、はっきりしてきたように思う。

ところで、「直言」で麻生太郎を批判したのは、福田内閣時代の自民党幹事長のときが最初だったように思う。麻生が民主党をナチスになぞらえたかのように受け取られる発言をしたとき、その歴史認識の貧困を批判した。そして、「こんな人物が総理大臣にとりざたされている日本という国は何なのだろう」と嘆いた。その直後、福田首相が突然政権を投げ捨て、麻生が総裁候補として名乗りをあげたのである。「直言」では、「総裁選ではなく、直ちに総選挙を」を出した。メディアの批判力の弱さも指摘し、麻生が総裁という前提で、彼が背広のオーダーをどこの店でするかなんてやっている場合ではないと指摘した。そして、「二度までも政権を投げ出した内閣を支えた『与党』に、もはや三度目はない」から、直ちに総選挙をすべきだと結んだ。

与謝野、石破、小池、石原との虚しい総裁選を経て、麻生が自民党総裁に選ばれ、そして首相となった。思えば、わずか145 日前のことである。その時、閣僚名簿の読み上げを官房長官にやらせず、首相本人がやった。閣僚一人ひとりに注文をつけながら。これはきわめて異例のことだった。私は「直言」で、「麻生、お一人様内閣」を出した。そこで、「麻生太郎は、『震えるほどの深い怒り』をかう首相になるとみている」と予測した。「次々と発射される『言葉の銃弾』による傷の深さは、並のものではないだろう。外務省も官邸も、いまから『お詫び』と『謝罪』の文書のひな型を準備しておく必要がある」とも書いた。だが、これはちょっと違っていた。「言葉の銃弾」は、無配慮な発言や失言で外国から抗議されるのではなく、国内で、しかも自民党内から「首相が前から(選挙を)戦う人に鉄砲を撃っている」(2月12日の小泉純一郎発言)といわれるほどに、あらゆる人々を傷つけている。

「震えるほどの深い怒り」というのも、ちょっと違っていた。「踏襲(ふしゅう)」「詳細(ようさい)」「怪我(かいが)」「頻繁(はんざつ)」と「未曾有(みぞうゆう)」等々。「漢字が読めない」(「新KY」)を繰り返して、「怒るというよりも笑っちゃうぐらいあきれる」(小泉元首相)という状況を生み出した。小泉発言を報じた『読売新聞』2月13日付1面トップ見出しは「小泉元首相『反麻生』」だった。

漫画好きの首相は、存在そのものが漫画化している。このことは、昨年の段階で、「漫画首相と政治の戯画化」と題する「直言」で述べた。2009年になると、「定額給付金」や郵政民営化をめぐる一連の発言によって、垂直尾翼を失った飛行機の如く、「ダッチロール内閣」と化している。

麻生内閣の終焉は近いのか。「仏の顔も三度まで」といわれるが、これは日本的なやさしさといえる。二度の「政権ポイ捨て」に続いて、ここまで政治をめちゃくちゃにして、三度目はないだろう。だが、その三度目ポイ捨てもカウントダウンに入ったかのようである。そうなった場合、自民党総裁選をやって、重要な時間を空費することはもはや許されない。選挙管理内閣を組織して、直ちに総選挙を行うべきである。もっとも、「私は、決して逃げません」といって、麻生首相が「政権護持」に走る可能性もある。山間の道路脇の、倒れかかった「麻生ポスター」。まだそこにあるかどうか、今週はまだ確認していないが、麻生内閣の存続は時間の問題といえよう。ただ、忘れてはならないのが、「反麻生」の空気をあおる小泉元首相こそ、日本の津々浦々にまで「構造改革」の荒野をつくりだし、「自民党をぶっこわ」して政治的液状化を生み出した最大の元凶であるということだ。麻生節に辟易していたときだけに、久しぶりにツボを心得た大胆な小泉節を聞いた人々は、メディアまでが「さすが小泉」という伝え方になっていた。戒めるべし、である。

そもそも憲法学の議論としては、議院内閣制の本質をどうみるかが問題となりうる。内閣と議会の両者の間に「協働と均衡」の関係を確保する統治様式なのか(「均衡本質説」)、それとも、内閣がその存立の基礎を議会の支持に置き、議会に対して責任を負う仕組みをいうのか(「責任本質説」)。両説の対立は必ずしも決定的ではないが、衆議院の解散についての説明では微妙な違いが出てくる。内閣は衆議院の解散権を、憲法69条(内閣不信任決議案可決と信任決議否決の場合)以外にも行使できるか。実際の憲法運用は憲法7条(天皇の国事行為)を根拠に衆議院が解散されてきた(「7条解散」)。「均衡本質説」は内閣−議会の「相互の牽制と抑制」を重視するので、解散権行使を69条の場合に限定しない。他方、「責任本質説」をとれば、7条解散は当然には認められないことになるのだが、実際は必ずしも徹底されていない。いずれにせよ、内閣が議会の「信」を失えば存続できない仕組みの存在根拠が問われているといっていいだろう。小泉元首相の、「首相の発言には信頼がなければ選挙は戦えない」という言葉は、誰を念頭に置いたものか。国民よりも、自民党の国会議員たちに重点があるように思う。議会多数派である与党の内部で、実質的な「内閣不信任」気分が醸成されていることを示す。定額給付金の衆院再可決について、小泉は賛成しないといったに等しい。

内閣支持率が10%台、与党からも信頼を失った首相の率いる内閣は、「責任本質説」を徹底すれば、実質的な不信任状態にある。

失言を繰り返し、言動に整合性が失われ、ブレ続けで迷走する麻生は、もはや首相の体をなしていない。「何となく〜」で首相を続けていること自体、一つの「政治災害」である。死亡や亡命の場合だけでなく、首相が判断能力を喪失し、呆然自失状態に陥ったとき、「内閣総理大臣が欠けたとき」(憲法70条)にあたると解釈できるか。学説上は、これはかなりむずかしいだろう。しかし、実質的に、この国は「総理大臣が欠けたとき」に等しい状態になっているように思う。2000年4月、小渕首相(当時)が意識不明になったとき、密室で次の首相は森喜朗と決まった。あの悪夢を思い出す。これ以上の混乱を続けないためにも、すみやかなる内閣総辞職と選挙管理内閣の創設、そして総選挙が望まれる。

(文中敬称略)

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