シロアリ取りがシロアリに――復興予算 2012年11月26日

「ミイラ取りがミイラになる」という言葉がある。講談社版『日本語大辞典』には、「人を呼び戻しに行った者が、連れ戻るどころか、自分も帰れなくなる。また、人を説き伏せようとした者が、かえって先方と同じ意見になる」とある。転じて、「シロアリ取りがシロアリになる」というのはどうだろうか。東京のわが家にも、怪しげな駆除業者がきたことがあり、インターフォン越しのやりとりだけで、これは危ないと感じた。こういう手合いが、高齢者の一人暮らしなどを狙って、あれこれふっかけてくる。シロアリそのものである。理屈っぽい「シロアリ」は永田町や霞が関にも多数棲息している。

岐阜県在住の60代の読者の方から、10月中旬、「ご参考までに」という件名のメールが届いた。冒頭の写真が添付されていた。10月1日夜、山手線の車内で、出入口の扉のガラスに貼ってある広告の上に、野田首相の演説が重ねて貼ってあるのを見つけたそうだ。「多分誰かがゲリラ的に貼ったのでしょう。思わずデジカメを取り出して撮影しました」。

「マニフェスト、イギリスで始まりました。ルールがあるんです。書いてあることは命懸けで実行する。書いてないことはやらないんです。それがルールです」。野田佳彦首相が民主党幹事長代理の時に行った、大阪での街頭演説の下りである

「消費税5%分のみなさんの税金に、天下り法人がぶら下がっているんです。シロアリがたかっているんです。それなのに、シロアリ退治をしないで、今度は消費税を引き上げるんですか?」。こう熱く語っていた人物が、消費税10%の増税法案成立に「命がけで」邁進した。そしていま、復興予算が「シロアリ」に侵食されている現実を生み出した。

 復興予算が被災地復興という本来の目的から相当離れたところに転用・流用されている事実を最も早く、かつ詳しく伝えたのは新聞やテレビではない。『週刊ポスト』8月10日号(7月30日東京発売)だった。この発行日に注目しておきたい。

『ポスト』誌は1977年以来、ほとんど毎週講読しているので、福場ひとみ+ポスト取材班「19兆円復興予算をネコババした『泥棒シロアリ役人の悪行』」という記事は発売日に読み、その後の関連記事とともにファイルし、保存しておいた。だから、NHKスペシャル「追跡 復興予算19兆円」(9月9日21時)が放映されたとき、そこで問題にされた事実が、6週間(正確には41日)前に『ポスト』が伝えたものと重なっていることに気づいた。だが、NHK は番組でそのことにまったく触れなかった。新聞各紙はNHKで取り上げられると、一斉に記事化していく。「後追い」というよりも、パクリに近い。

『朝日新聞』が最初にこれを取り上げたのは9月13日付「復興予算、転用の恐れ」だった。『毎日新聞』が10月4日付の一面トップ「復興予算使途調査へ」で、『ポスト』が取り上げた問題の事業を7項目並べた。『東京新聞』は翌5日付一面トップで「これが復興予算か」と大きく扱った。『朝日』が、写真付きで「復興予算、何でもあり」という記事にしたのは10月8日付だった。

 各紙とも、流用事例の挙げ方はほぼ共通である。例えば、反捕鯨団体「シーシェパード」対策費用として23億円(農水省)、アジア太平洋等の青少年交流に72億円(外務省)、沖縄の国道整備に0.6億円(国交省)、東京等の税務署改修に12億円(財務省)、全国各地での企業立地推進事業に2950億円(経産省)、刑務所の訓練用機・器材購入に0.3億円(法務省)…等々。シーシェパードになぜ復興予算なのか。「被災地の石巻の人たちは捕鯨復活を望んでいる」という水産庁の仰天の説明とともに、これらは『ポスト』がすでに10週間前に扱ったネタだった。『東京新聞』に至っては、公安調査庁が復興予算で過激派対策のための調査車両14台を購入し、そのうち被災地配備は1台のみという記事を、何と11月9日付の一面トップにもってきた。この問題に関連する新聞や週刊誌の記事を大方ファイルしてあるので、他で取り上げられた問題を、3カ月以上経過してから、スクープ扱いのように一面トップにもってくるのには驚いた。

 7月30日発売『ポスト』誌の記事は、タイトルや見出しの付け方が週刊誌特有のドギツさを持っているとはいえ、内容はしっかりしたものだった。週刊誌がメディアのなかで一段低く見られているからといって、「先行業績」に対する仁義を欠いたテレビや新聞の姿勢はフェアではない。

 いずれにしても、週刊誌→NHK→新聞各紙の順番で問題が明らかにされ、10月に入って民放各局のニュース番組やワイドショーなどでも取り上げられるようになって、ようやく国民の関心も高まるに至った。反応が一番遅かったのは国会議員だった。

10月11日の衆議院決算行政監視委員会の小委員会は、民主党議員の欠席戦術で流会になった。この問題が国会で取り上げられることを妨害したとしか思えない稚拙な対応だった。その後も、この問題を本格的に審議する臨時国会がなかなか開かれなかった

10月27日、超党派の国会議員17人が集まり、「復興予算奪還プロジェクト」の初会合が仙台で開かれた(『河北新報』2012年10月28日付)。「予算を奪還する」というのは、考えてみれば不思議な言葉である。納税者や市民が言うならともかく、国会議員は当該予算を審議し、承認したのではなかったか。

 10月29日にようやく臨時国会が開かれた。さらに11月に入ってやっと開かれた衆議院予算委員会では、防衛省が復興予算で、福岡の食堂、松本の風呂場の建て替えをしたことが追及された(11月13日)。それに対する森本敏防衛大臣の答弁は、「どのような災害が全国で起こるかわからない。一般の方に人命救助、生活支援ができるよう、食堂厨房、入浴場の修理をすると…」(『朝日新聞』11月14日付・焦点採録より)という呆れた一般論だった。その後も、国会での本格的な追及が持続することはなく、すぐに政局になってしまったことは承知の通りである

 そもそも国の財政について、一体誰が最も権限があるのだろうか。本丸が財務省であることは誰でも知っている。だが、憲法上は第7章「財政」が重要である。そこでは、「財政国会中心主義」が定められ(83条)、国会による財政コントロールが明確にされている。歳入面の軸である租税については租税法律主義が明記され(84条)、支出や債務負担については国会議決が要求され(85条)、収入・支出については予算という形式で、毎年国会で議決することが求められている(86、87、88条)。宗教絡みの支出などに対する規制条項(89条)もある。また、予算執行後には会計検査院の検査を経て、決算として国会に提出され(90条)、財政状況が国民や国会に毎年報告するよう義務づけられている(91条)。大日本帝国憲法は財政議会主義が不十分で、さまざまな例外(前年度予算施行制度や緊急財政処分等々)が存在したことに対する反省の上に立つものである。

 このように、戦前と比べれば、国会による財政コントロールは格段に進歩した。予算については、予算案の形式と内容の両面において、国民代表機関たる国会のチェックを受けることが要求されている。予算は単なる見積表ではなく、政府の行為を拘束する法規範の性格をもつ。だが、実際には、復興予算の使い道のチェックを含め、とうの国会に十分な財政コントロール機能が期待できないのが現状である。そもそも、昨年11月に成立した「復興基本法」と「復興財源確保法」に最初から問題があった。

復興基本法1条には、「東日本大震災からの復興の円滑かつ迅速な推進と活力ある日本の再生を図ることを目的とする」とある。被災地の復興だけが目的なのではなく、この「活力ある日本の再生」が曲者である。2条5項には、「地域の特殊ある文化を振興し、地域社会の絆の維持及び強化を図り、並びに共生社会の実現に資するための施策」も挙げられていて、「悪のり」「便乗」「流用」を可能にする文言が仕込まれていた。「『日本再生』拡大解釈――使途精査せず獲得合戦」とは、10月8日付『東京』一面トップ記事の見出しである。

2011年11月30日に成立した復興財源確保法は、5年間で19兆円規模の復興庁財源をもたらしたが、そのうち1兆円は、被災地以外の防災対策に使える仕掛けである。2013年から25年間、所得税に2.1%上乗せするとともに、2014年から10年間、住民税が毎年1000円上乗せされる。国民に負担を要求するが、「復興のため」ということで、さしたる反対もなく成立した(『朝日新聞』2011年12月1日付)。「増税やむなし」にもっていく漢字4字のレトリック、「復興増税」である。夫婦・子ども二人の世帯で1600円(年収500万円)の負担だが、来年1月から25年間払い続けるので、現役世代にとってこれは臨時の「復興増税」などではなく、「恒久増税」にあたると言えよう。税金を新たに課したり、税率を上げたりするときは、必ず、税金をとられる側の同意を必要とする。マグナカルタ以降、800年近くにわたる大原則だが(直言「税金について語る『作法』」参照)、これが空洞化している。納税者は真の目的も使い道も知らないで税金をとられている。

 国民が負担した復興増税による復興予算は、肝心の被災地に十分行き渡っていない。被災した中小企業の復旧を支援する「第5次中小企業グループ補助事業」では、復興予算からの補助金交付を申請した被災地グループの約63%が、「国の予算が足りない」という理由で却下されたという(『東京新聞』10月7日付一面トップ)。前述の流用例として各紙が批判する企業の国内立地推進補助金(経産省)2950億円のなかには、岐阜県のコンタクトレンズメーカーへの補助も含まれている。なぜそこに復興予算を使うのかと言えば、理由は、レンズの生産量が増えれば、被災地にある販売所の増設・拡大が行われ、そこでの従業員増員が被災地における雇用拡大につながるというものである。被災地で「国の予算が足りない」としてグループ保持金申請が却下されるのも、こういう放漫な補助金支出を繰り返しているからではないか。本末転倒とはこのことである。復興予算の中身を徹底的に再検証して、被災地の中小企業に対する補助を大胆かつ柔軟に行っていくべきだろう。それが期限と目的を限定した復興予算の趣旨にも合致する。

 東日本大震災の復興予算がシロアリに食い散らされている現状をどう改めていくか。原因は、財政国会中心主義がきちんと機能していないところにある。民主党の政権交代の目玉の一つ、「政治主導」は極端な「政治手動」と化し、官僚をチェックすることも、官僚の力を引き出すこともできなかった。国会の機能不全は著しい。かといって、現在の政権に変わる政権に期待できるか。至近距離にいると言われる3人は、首相、東京都知事、大阪府知事を途中で放り出した人物である。それぞれ野党第一党の総裁、新党の代表、その代表代行になっているが、この3人はいつまた勝手な論理でその職を放り出すかわからない。特に第一党の総裁は「首相復権(?)」を目指すあまり、さまざまなところに無理と焦りが目立つ。こういうタイプが権力者として一番危ない。唯我独尊的な残りの2人は、自分たちのことを「双頭の鷲」と言ってくれるところがすごいが、「総統はワシ」と言って、選挙後、党首の座をめぐり喧嘩分かれするのは時間の問題か。いずれにしても、当分は政治に期待できない。

 税金の適正利用をチェックする機関として存在するのが会計検査院である。この機関は憲法90条に根拠をもち、会計検査院法1条により、「内閣に対して独立した地位」を確保されている。復興予算の流用についても、遅まきながらこれを明らかにすべく動き出している。限界があるとはいえ、その使命を自覚してもっと活動すべきだろう。

 復興予算のシロアリたかりを見逃したメディアの責任も大きい。週刊誌のパクリ記事が多かった『東京新聞』だが、11月20日付では、写真入り署名記事で、「復興予算の不適切使用――マスコミの機能不全自省」(関口克己)を掲載した。「復興予算が、被災地復興と無関係な事業に使われた問題。省益むき出しのでたらめな予算を認めてしまった政治の責任は重い。同時に、政治を監視すべきマスコミも、その機能を十分に果たせなかったことへの自省が必要だ」として、「『この予算が被災地の復興に本当に役立つのか』。こんな当たり前の問題意識をわれわれが持っていれば、もっと早く、霞が関の省益優先体質を指摘できたと思う」「国会審議で復興予算の不適切さが追及されれば、マスコミも報じたはずだ。だが、国会の落ち度を今になって批判しても、その予算成立を見過ごしたマスコミ側が免罪されるわけではない」と反省の弁を述べている。国会もマスコミも、「当たり前の問題意識」を持てない状況について、もっと深刻な反省が必要だと思う。

 というのも、もっと巨大で、もっと大規模な流用が構造化された法案が、この8月10日に成立しているからである。野田首相が命をかけた消費税増税法(社会保障と税一体改革法)である。その附則18条2項には、消費税の増税による税収を社会保障だけでなく、公共事業にも拡大できることがはっきり書いてある。いわく、「成長戦略並びに事前防災及び減災等に資する分野に資金を重点的に配分すること」と。防災に直接関係なくても、「事前」が付けば、何でもありになる。「減災」も曖昧である。この手法は、復興予算で経験済みのはずである。

 復興予算にシロアリがたかる構造は根が深い。被災地にはまだ復旧もしていないところがたくさんある。簡単に「復興」と言うな、である。

 「消費税5%分のみなさんの税金に、天下り法人がぶら下がっているんです。シロアリがたかっているんです。それなのに、シロアリ退治をしないで、今度は消費税を引き上げるんですか?」 自らがシロアリとなった人の言葉である。

(2012年11月11日稿)


《付記》
 今回の直言は11月11日に脱稿したものだが、14日の党首討論で野田首相が「16日解散」を打ち出したため、一気に政局になってしまった。そして、掲載予定日(19日)の3日前に、衆議院が解散された。「0増5減」の公選法改正はなされたものの、その実施はずっと先であり、12月16日投票の総選挙は「違憲状態選挙」となる11月19日、岩手弁護士会主催講演会で「大震災と憲法」について話した。その翌日、主催者の弁護士の方の案内で岩手県沿岸の被災地をまわった。宮城福島には、大震災1周年前後に行っていたので、岩手は1年7カ月ぶりになる。陸前高田市から、大船渡市、釜石市、大槌町まで。これは来週の直言でレポートする予定である。


《追記》
11月27日、政府は、東日本大震災の復興予算の流用問題について、2011年度、12年度予算の11府省35事業、168億円分の執行停止を発表した(『朝日新聞』2012年11月28日付)。このなかには、本文中で指摘した庁舎の改修費なども含まれている。すでに2兆円が使用済みであり「あとの祭り」(朝日・同)である。ただ、金額的にわずかとはいえ、ストップがかかったのは世論の批判があったからである。今後は被災地の復興と被災者の生活再建に限り、事業ごとに厳しく精査するというが、メディアには、専門の記者を配置してしっかり監視してもらいたい。2012年11月28日記

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