メディア腐食の構造――首相と飯食う人々
2016年1月11日

安が倍と笑う安倍首相

2016年の初直言は、安保関連法施行をにらんで、自衛隊の海外出動により死者が出るリアリティについて書いた。羽田に日の丸を巻いた柩が到着したとき、列席する政治家たちは何というだろうか。米トランプ政権の強い要請だったので、「ほかに選択肢がなかった」というだろうか(あり得る悪夢! )。こうした弁解の手法をノーム・チョムスキーは、「ティナ」(TINA:There is No Alternative.) と呼ぶ。日本の政治家の場合、かつては「しかたない」と「しょうがない」でクビが飛んだこともあったが、日本政治史上「最強」(最凶)の安倍政権なので、「失言」「暴言」「放言」で閣僚が辞任することはほとんどなくなった。それを支えているのが、メディアの批判力の低下である。

毎年12月、清水寺貫主がその年の漢字一文字を揮毫するが、第1次安倍政権の2006年は「命」だった。ぶらさがり記者会見で今年の「漢字一文字」を問われた安倍首相(当時)は、漢字二文字の「変化」と「責任」と答えて失笑をかった。2015年の漢字は「安」だった。安全保障関連法案と、「イスラム国」(IS)によるテロの「不安」を反映していた。記者の質問に対して安倍首相は、「今年の漢字『安』は、『倍』増すると『安倍』になる」といってご機嫌だったが、これをシニカルに報ずるメディアは少なかった。10年でメディアの批判力はここまで落ちたのか。劣化度は特にNHKに著しい。

安倍首相に寄り添う岩田明子解説委員

2014年5月15日、「安保法制懇」報告書提出にあたっての記者会見に臨んだ安倍首相について、政権寄りの日本経済新聞のコラム「春秋」でさえ、「情感に訴えて得々と持論を説いた」と苦言を呈した。にもかかわらず、NHKニュースの解説では、岩田明子解説委員(政治部)が、安倍首相の「想い」を懇切丁寧に読み解いて、「安倍総理大臣は、日本が再び戦争をする国になったといった誤解・・があるが、そんなことは断じて・・・ありえ・・・ない・・などと強調しました。安倍総理大臣は行使を容認する場合でも限定的・・・なものに・・・・とどめる・・・・意向・・で、こうした姿勢をにじませ、国民の・・・不安・・すると同時に、日本の平和と安全を守るための法整備の必要性、重要性を」とまで述べたことは、「直言」でも批判した通りである

田中泰臣記者の解説シーン

安保関連法案が参議院特別委員会で可決された9月17日、ゼミ合宿で滞在した大阪のホテルで、延々と続く野党の反対討論と採決場面をテレビでみていた。その時、スタジオで解説していたのが田中泰臣記者(政治部)である。その「解説」はひどかった。例えば、採決を強行した安倍首相を次のように「弁護」していた。

安倍・・総理大臣・・・・とすれば・・・、安全保障環境が厳しさを増しているなか日米同盟をより強固なものにすることは不可欠であり、そのために必要な法案なので、いずれ・・・分かっ・・・もらえる・・・・はずだ・・・という・・・思い・・があるものとみられる。また集団的自衛権の行使容認は、安倍総理大臣が、第1次安倍内閣の時から取り組んできた課題でもあり、みずから・・・・手で・・成し・・遂げたい・・・・という・・・信念・・もあるのだと思う。
(NHK WEB特集 2015年7月17日)

ジャーナリストが権力者の想いや思い、信念をおもんばかってどうするのか。岩田氏をはじめNHK政治部の記者たちの語り口は、内閣官房の内閣広報室職員のそれよりも安倍首相寄りである。国家公務員なら、首相の心のうちまで読み解くことはしないからである。

目玉

なぜ、こうなるのか。私はメディアの病理と生理の問題が背後にあると考えている。記者クラブ制度に代表されるような安心横並び思考、特ダネよりも「特落ち」(自社だけ記事にならず)を恐れるメンタリティ、取材対象となる権力担当者への過度な接近がいつしか自身のステータスや成功感、出世競争に結び付いていく番記者の陥穽等々。だが、こうした一般的な要因は昔からあった。この3年あまりの安倍晋三とそのお友だちの政権は、疑り深く、粘着質で執念深いので、NHK会長・経営委員人事から民放のキャスター人事まで直接・間接に介入しつつ、他方、度を超えた「餌まき」をするのも特徴である(直言「介入三昧」参照)。そのため、メディア関係者との会食も、歴代政権ではかつてなかった規模と頻度になっている。

このことを正面から明らかにしたのは、昨年の『週刊ポスト』5月8・15日号である。それによると、安倍首相は2013年1月7日から15年4月6日まで、計50回、高級飲食店で会食している。記事の根拠は、新聞の「首相動静」欄である。首相と会食するメンバーは、田崎史郎(時事通信解説委員)、島田敏男(NHK解説副委員長)、岩田明子(同解説委員)、曽我豪(朝日新聞編集委員)、山田孝男(毎日新聞特別編集委員)、小田尚(読賣新聞論説主幹)、石川一郎(日本経済新聞常務)、粕谷賢之(日本テレビメディア戦略局長)、阿比留瑠比(産経新聞編集委員)、末延吉正(元テレビ朝日政治部長)などである。

例えば、2013年12月16日(月)、永田町山王パークタワーの高級中華料理店「溜池山王聘珍樓」で会食したのは、田崎史郎、山田孝男、曽我豪の3氏。翌2014年12月16日(火)、西新橋の「しまだ鮨」には、前年の同じ日に会食した先の3氏に加え、小田尚、石川一郎、島田敏男、粕谷賢之の4氏が参加した。2015年6月24日には、ほぼ同じメンバーで、胡麻ダレ鯛茶漬けの始祖の銀座「あさみ」で会食している。毎日の新聞を注意深く「首相動静」欄までチェックしていれば、安倍首相の「寿司友」が確認できるだろう。

私は7年前、当時レギュラーをしていたNHKラジオ第一放送「新聞を読んで」のなかで、「首相動静」欄を使って、「新聞と「総理大臣の一日」」について語ったことがある(2008年10月25日放送。当時は麻生太郎首相だった。「・・・例えば『朝日新聞』10月22日付は「首相、今夜はどこへ?」という見出しで、歴代首相5人の就任1カ月目「夜の会合比べ」を図表にして、森13回、小泉11回、安倍5回、福田7回に対して、麻生首相が32回と群を抜いていると書き、会員制バーなどで「別の誰かと密会」していることなどを細かく追っています。『毎日新聞』23日付は、レストランやバーの名称をすべて一覧表にしています。・・・」 麻生首相は、ただ贅沢に飲み食いしていたわけである。第2次、第3次の安倍政権のように、首相とメディア幹部がかくも頻繁に会食するという「腐食の構造」は、それまでの政権には見られなかったことである。「毒素」は、メディアのなかにじわじわと浸透していった。

こういう関係になれば、NHK岩田氏のように安倍首相の思いと心をおもんばかった、応援団のような解説になるのも当然だろう。山田孝男毎日新聞特別編集委員は、安保関連法が成立した翌々日、9月21日付の「風知草」で、「複雑な課題を「立憲主義、民主主義の危機」と単純化し、政治の劇場化を進めた野党にも共感できない。残念な国会だった」と書いている。『毎日』の社説は強いトーンで立憲主義の危機を訴えていたのとは対照的に、「立憲か非立憲か」の決定的な対立軸は、山田氏にとっては「単純化」にみえるらしい。

「しまだ鮨」で会食した島田敏男NHK解説副委員長は、自身が司会を務める「日曜討論」を通じて、安倍政権に掩護射撃をしてきた。例えば、昨年10月25日の「日曜討論」では、冒頭の出席者紹介からして異様だった。「今朝は、与野党の政策責任者が集結。自民党・小野寺五典、民主党・細野豪志、公明党・石田祝稔、維新の党・井坂信彦、日本共産党・小池晃、結成予定のおおさか維新の会・片山虎之助、社会民主党・吉川元、次世代の党・和田政宗。それでは与野党に問います。」 おいおい、である。 維新の党が分裂騒ぎを起こして、連日のようにその動きが報じられていた最中に、「結成予定のおおさか維新の会」を出席させるか、である。これには、「日曜討論」に呼ばれなかった「日本を元気にする会」の松田公太参議院議員が自身のブログで、「存在しない政党を日曜討論に出演させてしまった」(2015年10月25日)と批判している。松田議員といえば、安保関連法案審議の山場で安倍政権に協力し、法案通過に手を貸したことは記憶に新しい(PDFファイル)

「・・・〔呼ばれる政党について〕以前は政党要件を満たせば良いという話だったようですが、最近では所属議員数や、衆院に議席があるかどうかや、先の選挙で得票率が2%あるかなど、色々と要件の組み合わせをNHKで考えているとのことです。所属議員数でいえば、元気会は以前から5名おりますし、会派でいうと次世代(平沼さんと園田さんの自民復党で既に衆院に席はありません)、維新、生活、社民を抜いて参院第3野党の立場です。呼ばれないのは変です。2%ルールということであれば、新党改革が呼ばれないのはおかしいということになります。そして驚くことに、今回は「おおさか維新の会」という、まだ結成も届け出もされていない党をわざわざ【結成予定】とまで注釈をつけて出演させたのです。であれば、「所属議員5名以上+得票率2%」の両方を満たすという言い訳もNHKは使えません。おおさか維新の会が結成されるとしたら、それは「新党」であり、選挙を一度も戦ったことがない政党になるからです(つまり得票率は0%です)。当たり前ですが、NHKは公正中立に運営されなくてはなりません。変な要件を自分たちで考えずに、法律上の政党要件を満たしているところは全党公平に、日曜討論や政治番組に出演させるべきなのです(発言時間の調整は仕方が無いとしても)。政党かどうかをNHKが判断するとすれば大問題ですし、政党の一部だけを呼ぶとしたら、どうしても恣意性が入ってしまうか、入っているように見られてしまいます(「政治的に公平であること」、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」という放送法の規定にも反することになります)。・・・」

新聞記事

「維新の党」「おおさか維新の会」の双方を出席させることは、党内分裂のおそれがあるなか、大阪勢をNHKが政党として認めることを意味し、しかも「結成予定」などということは、放送法4条の観点からも大いに疑問である。「日曜討論」は私の「島」だという顔をしている島田解説副委員長が、「おおさか維新の会」をプッシュしたのではないか。これは実に不公正な対応である。実は、島田氏は「維新」に対してかなり「好意的」(安倍政権への間接支援という意味において)である。これは、7月12日の「日曜討論」に出席した私自身の体験からもいえることである。そのことを、書評の形で書いているので、この機会に全文を掲載する(『週刊読書人』3116号(2015年11月20日)6頁)。衆議院での法案採決4日前、公共放送を通じて彼がやったことをしっかり記憶しておきたい。これ以上、「日曜討論」の司会を彼に続けさせてはならない。

【書評】浅野健一著『安倍政権・言論弾圧の犯罪』(社会評論社、2015年)
 大学教員になって憲法の講義を始めてまもない頃、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、1984年)と出会った。「逮捕の段階で「犯人」と言ってはいけないよ」と教えていたので、すぐに学生たちに推薦したのを覚えている。当時、著者は通信社の一線記者。その筆力は並みでなく、ジャーナリズムの原点を問いながら、次々と単著を出版していた。
 本書は著者の最新刊。「戦後史上最悪の政権」が繰り出す巧妙かつ露骨なメディア対策の数々を鋭く抉りながら、他方、メディア側の忖度と迎合の実態にも厳しい批判を速射する。特に、一部週刊誌が暴露した安倍首相とメディア関係者のおぞましい癒着の実態を、本書はさらに突っ込んで剔抉する。
 読みながら思い出したことがある。安保国会のさなか、維新の党が「独自案」を発表した。違憲の法案に対して世論の批判が高まるなか、「強行採決ではない」という形を整える上で、この維新案は絶妙のタイミングで登場した。私は直ちにこの案が政府案と同じく集団的自衛権行使を容認しており、違憲だと批判した(2015年7月6日付「直言」参照)。
 NHKの「日曜討論」に呼ばれたのは、安保法案が衆議院で採決される4日前という重要局面だった。「賛成・反対 激突 安保法案 専門家が討論」。控室での打ち合わせの際、司会の解説委員は、「一つお願いがあります。維新の党の修正案には触れないでください」と唐突に言った。参加した6人の顔ぶれからして、私に向けられた注文であることは明らかだった。自由な討論のはずなのに、発言内容に規制を加えられたと感じた。実際の討論でも、私が発言しようとすると執拗に介入して、憲法違反という論点の扱いを小さく見せようとした節がある。結局、「法案が成立したら自衛隊は国際社会で具体的にどう活動していくか」という方向で議論は終わった。採決を目前にして、「違憲の安保法案」というイメージを回避しようとしたのではないか。それを確信したのは、帰り際、送りのハイヤーに乗り込んだ私に対して、その解説委員がドア越しに、「維新の修正案は円滑審議にとてもいいのですよ」と言ってにっこり微笑んだからである。車内でその言葉の意味に気づくのにしばらく時間がかかった。
 本書によれば、安倍首相は第2次内閣発足後、親しいメディア関係者と30数回も会食している。西新橋「しまだ鮨」、「銀座あさみ」、「溜池山王聘珍樓」。会食者リストにその解説委員の名前が出てくる。なお、時事通信解説委員が最も多く首相と会食しているが、彼はTBSの番組で、「政治家に胡蝶蘭を贈るのは迷惑。30ももらって置くところがない。もらってくれと言われ、もらった。家で長くもった」と言い放ったという。こんなジャーナリストは米国では永久追放になる、と著者は厳しく批判する。政権とメディアの関係を正すためにも、本書の一読をおすすめしたい。

《付記1》
本文中にある「日本を元気にする会」は、その後、1人の参院議員が離党したため、12月7日の時点で、政治資金規正法と政党助成法が定める「所属国会議員が5人以上」との政党要件を喪失した。

《付記2》
本稿は年末進行のため、12月23日に脱稿したが、25日発売の『週刊金曜日』1069号(12月25日・1月1日合併号)が「「安倍政治」のメディア支配」を特集。そのなかで、「官邸はいかにメディアをコントロールしているか」という同誌取材班の記事を出した。各紙「首相動静」欄をつぶさに調べて、島田敏男NHK解説副委員長と安倍首相との会食が2013年からの2年間で5回(「しまだ鮨」等)と確認している。また、『東京新聞』12月26日付「こちら特報部」も、島田解説副委員長が5回も会食した高級寿司店を写真入りで紹介。「政権の顔色をうかがう『忖度ジャーナリズム』は、もはや国民の代弁者たり得ていない」というコメントを使って批判している。
(2015年12月27日脱稿)
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