勲章は政治的玩具か――「イラク戦犯」に旭日大綬章
2016年3月21日

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倍政権の際立った特徴は、極端な国家介入主義高圧的な政治手法、そして腐朽性であろう。この政権の腐敗の程度は、「金権政治」時代の自民党政権の方がまともにみえるほどにひどい。「一強多弱」といわれる政治状況と、メディアの「翼賛化」がそれを加速している。腐朽性は、権力の私物化と恣意的権力行使(臨時国会を開かないで憲法53条違反に居直る)に集中的に表現される。官邸の武器は「3つの操作」、すなわち株価操作、世論操作、「捜査の操作」である。甘利元大臣への捜査が及ぶというタイミングで、元プロ野球選手の覚醒剤事案に世間の目が釘付けにさ(せら)れ、保釈の瞬間がヘリまで飛ばして生放送される(保釈が事件か!)。警察や検察(特捜部)の捜査が恣意的に操作されてはいないか。そこに官邸(特に官房長官)の意向と威光(忖度強制力)が影響してはいないか。

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「私は最高責任者だ」といいながら、2人の日本人の命を救うことができなかった責任には目をつぶり、武装勢力に拘束されている日本人ジャーナリストについて、昨年からほとんど無視を続けている(17日になってようやく首相は「全力をあげる」といった)。その一方で、「わが軍」を国際政治の駒として使い回していく方向が、安保関連法の強引な成立によって開拓された。参院選で確実に勝利するためには、消費税増税を先延ばしすることすら厭わない。いま、それを公表するタイミングをうかがう。そして、任期中に憲法改正を実現し、東京五輪の挨拶を自らやることを狙っている。そのためには、自民党総裁任期の延長まで言い出しかねない。

3月14日の参議院予算委員会で安倍首相は、「待機児童ゼロ」問題に関連して、「叙勲において、保育士や介護職員を積極的に評価していくことについても検討していきたい」と述べた。これには驚いた。「勲章あげるから」といわれてがんばる人がどれだけいるか。気が遠くなるほどの感覚のズレ。実態をまるで認識できていない。いま、子育てについて何が切実に求められているか、この首相にはリアリティが欠如している。

多くの人は気づいていないが、ここで「叙勲」を持ち出してしまうのには理由がある。それは、勲章が政治的ツールとして有効だからである。一般に、叙勲制度には時の政権の意向が強く働き、その基盤を強化する面があることは今に始まったことではない。しかし、安倍政権の2015年秋の外国人叙勲は度を越していた。次のリストをご覧いただきたい(内閣府「平成27年秋の外国人叙勲受賞者名簿」〔PDFファイル〕)。最高ランクの旭日大綬章は19人で、そのうち12人が外国人。そのなかに、「なぜこの人が?!」と声をあげたくなる人物が並ぶ。

リチャード・リー・アーミテージ(米、元国務副長官、元国防次官補)70歳
ブレント・スコウクロフト(米、元国家安全保障担当大統領補佐官)90歳
サミュエル・R・バーガー(米、元国家安全保障担当大統領補佐官)70歳
ジェイムス・A・ベイカー3世(米、元国務長官)85歳
ドナルド・ラムズフェルド(米、元国防長官)83歳
マリオ・モンティ(伊、元首相)72歳
アフターブ・セート(元駐日インド大使)72歳
柳明桓(元駐日韓国大使)69歳
マルトニ・ヤーノシュ(ハンガリー、元外務大臣)71歳
斎藤準一(ブラジル、元空軍司令官)73歳
ヘルマン・ファンロンパイ(ベルギー、元首相)68歳
ジャック・サンテール(ルクセンブルク、元首相)78歳

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最初の5人は全員、「日本・アメリカ合衆国間の関係強化及び友好親善に寄与」が理由として挙げられている。旭日大綬章というのは、2003年の栄典制度改革以前には「勲一等旭日大綬章」と呼ばれていた最高ランクの勲章である。外務省のサイトで過去のケースをみても、2015年秋は米国の安保関係者が際立って多い。どうみても、安保関連法の成立へのお土産である。

ブッシュ大統領に仕えた国防長官のラムズフェルドと国務副長官のアーミテージ。ブッシュ父に仕えた安全保障担当補佐官のスコークロフトと国務長官のベイカー。クリントン政権の安全保障担当補佐官のバーガーも「ユダヤ・ロビー」の人脈でラムズフェルドなどともつながっている。ということで、5人の人選は相当に筋が悪い。湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争を起こして、世界の「安全保障環境」を悪化させた人々に、なぜ日本の最高の勲章を与える必要があるのか。ブッシュ親子二代に仕えた忠臣たちに最高の勲章を与える。安倍首相というのは本当に「何代目」というのが好きなのだと思う。

昨年秋の叙勲のとき、メディアはこの筋悪叙勲をほとんど問題にしなかった(『日刊ゲンダイ』2015年11月5日付は例外〔紙面写真〕)。それぞれの人物の経歴を客観的に紹介するだけで、この叙勲の異様さが見えてくるにもかかわらず、である。そうしたなか、叙勲の1週間後に、新聞の投書欄に鋭い指摘が載った。

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「イラク戦争検証せずに叙勲とは」

高村広昭(神奈川県、73歳)

旭日大綬章を受けた外国人として、米国のドナルド・ラムズフェルド氏とリチャード・アーミテージ氏の名前が3日の新聞に載っていた。2人は、2003年にイラク戦争を始めたブッシュ政権の中枢にいた人物である。

イラク戦争は「大量破壊兵器を保有している」として米国主導で始まったが、後にこの情報は虚偽だったことが判明、大量破壊兵器は見つからなかった。英国のブレア元首相は「我々が受け取った情報が間違っていたという事実を謝罪する」と米テレビのインタビューで述べている。

イラク戦争当時、ラムズフェルド氏は国防長官で、誤った情報で始めた戦争の責任者である。アーミテージ氏は当時国務副長官の要職にあり、イラク復興支援で自衛隊のイラク派遣を促した。「大義なき戦争」と呼ばれるイラク戦争で多くの民間人が亡くなり、結果的に過激派組織「イスラム国」(IS) を生みだした。

日本政府はイラク戦争で米国を支持したが、その本格的な検証に手を付けていない。どのような根拠で2人に勲章を与えたのか。政府は国民に対し、検証結果とともに明らかにすべきだ。

(『朝日新聞』2015年11月11日付オピニオン面「声」)

当然の疑問だろう。日米関係の強化と友好親善に寄与などというきれいな「功績」ではない。ラムズフェルドは、国際法違反のイラク戦争をことさら起こした張本人である。13年前の直言「『法による平和』の復興を」のなかで、私はこう書いた。

「…1991年以来の査察によって、イラクの「大量破壊兵器」はほとんど破壊されており、差し迫った危険性がないことは、ブッシュ政権も実はわかっていた。だが、国連安保理の場でも、米国はイラク攻撃の根拠を示すことに失敗した。焦ったラムズフェルド国防長官は、次のように言った。「イラクが大量破壊兵器がないことを証明できない限り、我々は攻撃する」と。18世紀以来、適正手続(デュー・プロセス)に関する憲法原則を世界に広めてきた米国の人間とは思えない言葉だ。例えて言えば、覚せい剤を隠し持っているとの疑いをかけられた人にむかって、警察官が、「覚せい剤を持っていないことを証明できなければ射殺する」というに等しい。…」

ところで、「進歩的右翼団体」一水会の代表、木村三浩氏は「ラムズフェルドに勲章を与えた安倍内閣の感覚を疑う」(『マスコミ市民』2016年2月号58-57頁)で、次のように指摘する。

…いま、この人物にだけは勲章を与えてはマズイという人物に、あろうことか旭日大綬章を授与してしまったのだ。対米従属云々を通り越して情けなくなってくる。単なるご機嫌取りで叙勲を利用しようとしているのであれば、「天皇陛下の政治利用」と言わねばならない。陛下の平和を求める大御心と全く反する、実に不敬ではないか。…今回の叙勲の推薦人は外務省選定といわれている。駐米日本大使や外務省OB、 安全保障に携わっている者が内閣賞勲局に送り、最後は官房長官が決めたらしい。…

イラク戦争は国際法違反の直球ストライクであり、戦犯法廷が開かれれば、ラムズフェルドは間違いなく戦争犯罪人である。イスラム国(IS)を生み出す根源をつくったという意味でも罪は重い。そんな人物になぜ、日本が最高の勲章を与えるのか。他方、アーミテージは日本を操る「ジャパン・ハンドラー」の一人であり、集団的自衛権行使容認への外圧として存在し続けている。安保関連法が成立して、そんな彼に勲章とは、「盗人に追い銭」というしかない。アフガン戦争のとき、「Show the Flag」という言葉で自衛隊の海外派遣を煽ったのもこの人物である。2012年8月15日に発表された「第3次アーミテージレポート」には、米国の意向に沿うための日本にするには、どこをどう変えるかのメニューが露骨に書かれている(原発推進、TPP、特定秘密保護法、集団的自衛権行使、憲法改正等々)。

ブッシュ父子の大統領のもとでの安保補佐官、国防長官、国防次官、国務長官を、叙勲者リストのトップに並べるセンスには目眩(めまい)を覚える。日米関係は安全保障関係だけのように勘違いされるほどのバランスの悪さである。「旭日大綬章」は13年前まで「勲一等旭日大綬章」と呼ばれたが、それを1964年にもらった人物がいる。カーチス・ルメイ。東京大空襲をはじめ、日本の各都市への無差別・焼夷弾攻撃を立案し、実施した人物である。彼が計画し、実行した爆撃で、数十万の人々の命が奪われた。私は、18年前の直言「カーチス・ルメイという男」で次のように書いた。

…東京大空襲や原爆投下の実行責任者として、これに深く関与したカーチス・ルメイ将軍。原爆投下の際、日本側に警戒態勢をとらせないため、B29の高々度の単機使用というのは彼の発案だった。ルメイは原爆投下から19年目の1964年、航空自衛隊育成の『功労』により、日本国天皇から勲一等旭日大綬章を受け、1990年10月、83歳で長寿を全うした。この死を比較的大きく報道したのは、広島の『中国新聞』だけだった。

私はルメイのことを知ってもらうため、学生たちに、NHK特集「東京大空襲」(78年3月9日) のビデオを見せた。番組の終わりの方にルメイが出ている。ナレーション:「ロスアンジェルス郊外。海に面したニューポートビーチの静かな邸宅。ハンブルグ大空襲からベトナム戦争の北爆まで深く関わってきたルメイ将軍。そのルメイ将軍に聞きたいことが一つだけある。なぜ、東京のあの地域を攻撃目標に選んだのか」。カメラはルメイを隠し撮りする。若き日のNHK特派員日高義樹氏が質問で迫るが、ルメイはかたくなに取材拒否。再びナレーション:「インタビューは断るが、勲章ならば撮ってもよいと彼が指さした棚の中に、勲一等旭日大綬章があった」。勲章のアップに、焼け焦げた市民の死体の絵を重ねつつ番組は終わる。制作スタッフの静かな怒りが感じられるすぐれた作品だ。なお、NHKはこの番組を、昭和天皇が死んだ後に、「昭和を記録したドキュメンタリー」として再放送した(89年3月2日) 。

ルメイの写真

カーチス・ルメイに勲一等を授与したのは、安倍首相の大叔父の佐藤栄作首相だった。「米国の軍人は、芸術品とも言える日本の勲章に大きな魅力を感じている。代々の在日米軍司令官は「日本の防衛に多大の貢献をした」という理由で、勲一等旭日大綬章をもらって帰国するのが慣例となっている」という(伊達宗克『日本の勲章』〔りくえつ、1979年〕165-166頁)。ルメイも航空自衛隊育成の功績とされているから「慣例」から外れていないのだろう。しかし、東京大空襲をはじめ、空襲被害者はこの叙勲に納得していない。栗原俊雄『勲章――知られざる素顔』(岩波書店、2011年)によれば、内閣府賞勲局では、ルメイの叙勲問題は、批判がいつまでもなくならないので「ゾンビ」と呼ばれているという。それは「日本の勲章制度が続く限り、負の歴史として語り継がれていくだろう」(同書170頁)と。

勲章の法的根拠は何か。大日本帝国憲法15条は、「天皇ハ爵位勳章及其ノ他ノ榮典ヲ授與ス」と定める。一方、日本国憲法7条は「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。」として、その7号で「栄典を授与すること。」と定める。栄典の根拠となる政令9件、内閣府令4件、告示4件などがあるが、いずれも明治時代から続いているものが多く、法律がない。

憲法14条3項は、「栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代限り、その効力を有する」と定める。華族・貴族の制度の否定(14条2項)と連動して、日本国憲法のもとでの栄典は、「個人の功績を理由としてその個人を表彰する」(樋口陽一他『注解法律学全集1・憲法T』〔青林書院、1994年〕126頁〔樋口陽一執筆〕)という限りにおいて存在が認められる。栄典の授与は天皇の国事行為で、それは名目的・儀礼的な行為であって、内閣の助言と承認を必要とする(3条)。内閣が勲章を政治的玩具のように乱発した場合、天皇はこれを拒否できないが、昨年の秋の「安保5人男」に対する叙勲には、なにがしかの感想をもったに違いない。「大御心と全く反する」とは、一水会・木村代表の前述の言葉である。

春と秋の叙勲を見ていても、いつも「エッ?!」の連続である。「業績よりも地位や肩書を重視する叙勲に存在意義はない」(水沢渓「今週の「異議あり!」『毎日新聞』2001年11月15日付夕刊」には、叙勲の辞退者がズラリと並ぶ。古くは福沢諭吉、原敬、森鴎外、政治家では自民党の伊東正義元外相、経済人では日銀総裁の前川春雄、野村証券元会長の相田雪雄…。外国人でいえば、ヴァイツゼッカー・ドイツ元大統領は日本国の勲章を受けていない。2005年10月、早稲田大学が名誉博士号を授与した

この機会に、前述の栗原俊雄『勲章』と水沢渓『勲章制度が日本をダメにする――政・官・財、癒着の構造』(三一書房、1996年)を書庫から出して再読してみて、本当に勲章はいらないと思った。2015年秋の叙勲における「安保5人組」旭日大綬章は一つの事件である。安保関連法の強行成立と一体のこの叙勲は、勲章の政治的玩具化として、歴史の汚点として記憶すべきである。

《付記》
勲章の写真は、『週刊ポスト』2014年5月23日号巻頭グラビア「ニッポンの勲章」より。
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