議員任期延長に憲法改正は必要ない――改憲論の耐えがたい軽さ
2017年4月10日

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4月7日、トランプ政権は、シリアの空軍基地に対する巡航ミサイルによる攻撃を行った。「力誇示 突然の武力行使」(『東京新聞』4月8日付1面トップ見出し)。ロシアは「主権国家に対する侵略であり、国際法違反」と激しく反発した。トランプはロシアやシリアに対して微妙な位置関係を保っていただけに、急転直下の方針転換には驚かされる。毒ガスにより幼児までが殺されるシリア内戦の惨状。そこに巡航ミサイルを打ち込むという極端な方法はトランプらしいが、安倍首相は「米国政府のを支持」との態度をいち早く表明した。14年前のイラク戦争開戦当日、小泉純一郎首相(当時)が世界のどこの首脳よりも早く、「ブッシュ大統領のを理解し、支持します」と断言したことを思い出す。今回は「行動の支持」ではなく「決意の支持」で微妙な距離をとったつもりだろうが、世界を「敵か味方か」に極端に単純化するトランプを相手にどこまで通用するだろうか。この問題は、また別の機会に論ずることにして、今回は先月の東京弁護士会の講演に関連して、いわゆる緊急事態条項導入をめぐる改憲論議について書こう。

この20年ほどの間で、日弁連(日本弁護士連合会)をはじめ、全国に52ある単位弁護士会のうちの4割近くで講演してきた。「直言」で言及したものとしては、例えば、札幌弁護士会秋田弁護士会岩手弁護士会宮崎県弁護士会などがある。講演会のチラシで残っているものは、札幌弁護士会仙台弁護士会岩手弁護士会、新潟県弁護士会(PDF)、山梨県弁護士会(PDF)、第二東京弁護士会(PDF1PDF2)、愛知県弁護士会(PDF)、大阪弁護士会(PDF)、広島弁護士会(その1その2) 、九州弁護士連合会(PDF)、宮崎県弁護士会(PDF)などがある。今年7月には、函館弁護士会で講演する。

私は弁護士会で講演するときは、冒頭で必ず弁護士法1条と8条の話をすることにしている。弁護士法1条は、1項で「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」、2項で「弁護士は、前項の使命に基き、・・・に努力しなければならない。」と定める。一方、8条には、「弁護士となるには、日本弁護士連合会に備えた弁護士名簿に登録されなければならない。」とある。そして、入会しようとする弁護士会を経てこの登録を請求しなければならない(9条)。したがって、弁護士会への入会は弁護士として活動する上で必須であり、その意味で弁護士会は「強制加入団体」の性格をもつ。人権擁護は弁護士の使命であり、人権を侵害するおそれのあるような「法律制度の改悪」に反対することもまた、弁護士の責務ということになる。憲法改正問題や、特定秘密保護法や集団的自衛権行使などを批判的に検証する講演会やシンポジウムを弁護士会が主催することは自然かつ当然なことなのである。

大阪弁護士会シンポ

東京弁護士会シンポ

弁護士会には多様な思想信条をもつ弁護士が加入している。稲田朋美防衛大臣も橋下徹氏も大阪弁護士会の会員である。そこで私は何度も講演をしてきた。ちなみに、この写真は、大阪弁護士会が5年前に開催したシンポのチラシである。特定秘密保護法が出てくる前、早い段階でこの問題について市民に警鐘を鳴らしていた。毎日新聞元記者で、かつて沖縄密約を暴露し、国家公務員法違反で処罰された経験をもつ西山太吉さんとご一緒できて大変興味深かった。大阪では、安保関連法案が焦点となった2015年8月8日にも基調講演をしている。稲田事務所にも弁護士会からの文書が届くはずなので、そのなかに、上記の私の講演のお知らせも入っていただろう。

先月15日、東京弁護士会主催のシンポジウムで講演した。私に与えられたテーマは「憲法に緊急事態条項の創設は必要か」である。講演の様子はNHKの首都圏ニュースでも伝えられた(Webでは3月16日4時30分)。第2部のシンポジウム「国家緊急権は、どのように使われるか」における東京大学の石田勇治教授【石田さんの報告風景の写真をリンク】の話が大変興味深かった。石田さんとは、2年前の日本ドイツ学会のシンポジウムでご一緒して以来である。『ヒトラーとナチ・ドイツ』(講談社現代新書)で知られる石田さんの話は、ヴァイマル憲法48条の歴史的な展開を深く、濃く明らかにしていた。そのレジュメの結びが下記である。

ヴァイマル共和国末期、国会の混乱を理由に、ヴァイマル憲法48条(緊急事態条項)に基づく大統領緊急令が濫用され、議会制民主主義は空洞化した。それに荷担しながら首相に任ぜられたヒトラーは、この状況を利用して憲法と立憲主義そのものを破壊していった。その手口は、議事堂炎上事件を口実にやはり48条を濫用して国民の基本権を停止し、その下で授権法(=憲法改正法)を成立させて無制限の立法権を手に入れるというものであった。国家テロが横行するなかで実施された選挙(1933年3月)で、43%の票しかとれなかったにもかかわらず、授権法を手にしたヒトラーは、いまや国民=民族(主権者)の意志の担い手とされた。憲法上の国家緊急権(緊急事態条項)を梃子に、超法的国家緊急権を実現(「主権独裁」)させたのである。

この歴史的経験から導かれる問いは、たとえ「委任独裁」を企図したものであっても、いったん憲法に国家緊急権が規定されれば、為政者はそれを利用して憲法の枠を越え、「主権独裁」に向かう誘惑にかられるのではないか。国家権力を預かる者は、果たしてこの誘惑に勝てるのだろうか。

この出来事から80余年後の世界を生きる私たちに、もし歴史から学べる知性があるのであれば、いったいどのようなことが「憲法改正の入り口」となるのか、一見そうとはわからない事柄から着手する、極めて巧妙な手口に、十分に警戒しなければならないだろう。

さて、緊急事態条項を設ける改憲論は、阪神・淡路大震災や東日本大震災の直後に表に出てきて、また引っ込むということを繰り返してきた。緊急事態条項の3点セットは「省略、集中、特別の制限」である。3年ほど前に大阪の新聞のインタビューも受けた(『朝日新聞』大阪本社版2014年8月8日付〔PDFファイル〕)。

2017年になって、その緊急事態条項を軸に、憲法改正への動きが活発化してきた。安倍首相は3月の自民党大会で、「自民党は憲法改正の発議に向けて、具体的な議論をリードしていく」と踏み込んだが、その具体的論点として有力視されているのが、衆院解散などで議員が失職中に大規模災害が起きたときに備え、議員任期を延長できる特例を憲法に設けることである。「災害対応」を理由にすれば、他党や国民の理解を得やすいというわけである(『朝日新聞』3月17日付第4総合面)。

この論点では、野党のなかでも、特に民進党の細野豪志議員が熱心で、「例えば180日を上限に任期を延長できる形にすれば、いかなる事態においても立法機関が機能して必要な政策を決定できる」と提案した。自民党改憲草案の98条と99条では評判が悪いので、自民党幹部は、細野氏の提案なども受けて、「任期延長に論点を絞ることで議論を進める姿勢を鮮明にした」という(『朝日』同)。

衆議院議員の任期満了前に「緊急事態」が発生したため、予定どおり選挙を実施することができず、任期満了が到来することにより、衆議院議員が存在しない事態が生じるとして、そのような場合に、議員任期の延長が必要であり、憲法改正によりその仕組みを導入すべきという見解である。これについてまず結論から言っておく。議員任期の延長のためには、憲法改正は必要ない。だが、野党にまで賛同者が出てきたようなので、憲法改正の問題として真剣に相手にするには程度が低すぎるのだが、あえてここで取り上げておくことにしよう。

緊急事態の問題でも、直接国民の権利の制限には関係しないように見えるので、改正してもいいのではないかと思う人もいるだろう。どさくさまぎれの「震災便乗型改憲」のヴァリエーションは出尽くしたようで、「お試し改憲」的な軽さを狙って、この議員任期の延長が出てきたようである。まずは一度改正をやってみて、そこからハードルの高い9条改憲に向かう。国民に憲法改正を「慣れる」「味わう」「植えつける」という「戦略」である。

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憲法第54条2項は、「衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。」と規定する。「衆議院が解散されたとき」に認められる参議院の緊急集会の規定も、衆議院議員の任期満了の場合には適用されない。そこで、改憲論者は、衆議院議員の任期の延長が可能になるような憲法改正が必要と主張するわけである。

だが、任期満了時であっても、被災地以外の選挙区では予定どおり選挙を行い、被災地では、公職選挙法57条の規定により、繰延投票(「天災その他避けることのできない事故により、投票所において、投票を行うことができないとき、又は更に投票を行う必要があるときは、都道府県の選挙管理委員会・・・は、更に期日を定めて投票を行わせなければならない。」)を実施し、衆議院議員不在の状況を速やかに回復し、特別会を召集すればよいだけの話である。

では、衆議院が解散された後、総選挙の前に「緊急事態」が発生したため、予定どおり選挙を実施することができない場合はどうか。「衆議院が解散されたときは、憲法54条1項の規定により、解散の日から40日以内に衆議院議員の総選挙を行うこととされており、『緊急事態』においても公職選挙法の下で有権者の投票の機会ができる限り確保されるべきものと考える」(第180回国会答弁第139号(緊急事態に対する現行憲法の問題に関する質問主意書に対する答弁書、平成24年3月23日))というのが筋である。この場合、被災地では、公職選挙法57条の規定により、繰延投票を実施すればよいが、「選挙自体は、先ほど申しましたような、解散の日から40日という期限に行いますが、実際の投票ができないということになれば、この規定が動いて、場合によってはそれよりもおくれてもしようがないということになっております。」(第180回国会 衆議院予算委員会第一分科会(平成24年3月5日山本政府特別補佐人(内閣法制局長官))、「選挙自体は憲法の規定内で行われているわけですけれども、実際に投票所が例えばそういう事態になりましたら、それはもう実際に投票ができないわけですから、その地域の投票だけは選挙管理委員会の判断によって別の期日にできるということでございます。」(同)ということである。

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衆議院が解散中であれば、憲法54条2項の参議院の緊急集会の制度がある。この点に関連して、「緊急集会でとられた措置は衆院選挙後の次の国会開会までの臨時的措置であり、衆院解散から最長でも70日以内には国会が召集できることを前提にしている。大災害により選挙が半年以上延期され、衆議院が機能しないような最悪の事態を想定するならば、「参院の緊急集会で十分対応できる」とは考え難い。」(松浦一夫「緊急事態条項導入は立憲体制の破壊か補充か」『改革者』669号(2016年)35頁)という主張がある。参議院の緊急集会の制度そのものに対するかなり主観的な言いがかりであり、理解に苦しむ。この主張についても、被災地では公職選挙法57条の規定により繰延投票を実施し、衆議院議員不在の状況を速やかに回復し、特別会を召集すればよいわけで、現行の緊急集会制度をことさらに低く見積もる必要はないのではないか。

ここではっきりしておきたいのだが、改憲論者は「緊急事態」の発生により選挙が実施できないという。だが、日本全土で選挙が実施できなくなるわけではない。「緊急事態」が大震災だとした場合でも、実際に投票が実施できないのは被災地であり、被災地では繰延投票をすればよいだけである。改憲論者は、「大災害」というが、彼らの言う「緊急事態」の本音は、おそらく日本に対する「武力攻撃事態」だろう。だが、1942年4月18日、米軍のB-25爆撃機16機が東京、横須賀、横浜、名古屋、神戸、大阪等に空襲(いわゆるドーリットル空襲)を行ったが、このような戦時下であっても、12日後の4月30日には、任期満了に伴う衆議院議員総選挙が施行されている。もし、これらの事態以外に、改憲論者が日本全土で選挙が実施できない「緊急事態」を想定しているのであれば、それはどのような事態なのか具体的に教えてほしい。巨大隕石が落下して日本全土が消滅するときか、核攻撃を受けて日本全土が焦土となるときか。

なお、被災地での繰延投票については、次のような主張がある。「繰り延べ投票は、災害の発生により投票が行えなくなった地域で、通常の期日よりも後に投票ができる制度だが、これを適用すると、投票が繰り延べされた被災地や被災地を含む比例選では議員不在の状態となり、被災地以外の議員だけで被災地の復興について審議するという、極めて異例な形態の立法府になりかねない。」(舟槻格致「原点不在の『緊急事態条項』議論」『読売クオータリー』2016年春号(2016年)10頁)と。

これも何とか改憲に持ち込みたいためだけの、ためにする議論である。そもそも国会議員は、「全国民の代表」(憲法43条1項)であって、地域代表ではない。一時的に被災地出身の国会議員が存在しなくても、被災地以外の議員が、「全国民の代表」として被災地のことを真剣に議論することを憲法は予定しているし、そうでなければ困る。「投票が繰り延べされた被災地や被災地を含む比例選では議員不在の状態となり、被災地以外の議員だけで被災地の復興について審議するという、極めて異例な形態の立法府」というが、繰延投票により被災地選出議員が不在の状態が「一定期間」継続するだけであり、それは速やかに解消されるべきことである。それこそ「緊急事態」なのだから、一時的にそうなるのは急場をしのぐためにやむを得ないではないか。任期延長を認める改憲をして、選挙権を行使する機会を奪われたり、延長規定の濫用(再延長で居すわる)のおそれがあったりするよりは、よほどましな選択である。

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むしろ、改憲により任期の延長を認めた場合、任期が延長された間は選挙が実施されず、その間、国民から選挙の機会を奪うことになる。そして、「緊急事態」であることや任期延長の必要性・その期間を誰が判断するのか。自民党憲法改正草案では、内閣総理大臣が緊急事態の宣言をし、その効果として、両議院の議員の任期や選挙期日の特例を設けることができるとされている。そうすると、東日本大震災の際は、菅直人首相であったから、仮に当時、自民党改憲草案のような改憲がなされていたとすれば、一切の権限が菅首相に委ねられていたことになる。ここで改憲論者に問いたいのは、「それでもいいのか」ということである。菅直人首相の判断は信用できず、安倍晋三首相の判断は信用できるというのでは虫がよすぎる話である。緊急事態条項の議論をする人たちは、その絶大な権限を行使する内閣総理大臣は自民党の国会議員であるということが暗黙の前提になっている節がある。将来、改正憲法の緊急権を行使するのがどの党のどんな人物か分からない。最悪の人物が権力行使の主体となった場合に、その権力の濫用を認めるのか。国家緊急権の濫用のおそれというのは、そういうことである。「権力の濫用は決してありません。私は権力を濫用しません」という権力者が一番危ないのである。特に安倍首相の場合、「無知の無知の突破力」は歴代首相のなかで際立っている。この政権に緊急事態条項を設ける憲法改正をやらせることは、麻薬に溺れた人物を麻薬捜査官にするようなものである。

先月の東京弁護士会のシンポジウムで石田さんが述べた言葉、彼のレジュメの最後の下りをもう一度繰り返しておこう。すなわち、緊急事態に関する包括的な権限をもった権力者は、その与えられた枠を超えて「主権独裁」に向かう誘惑にかられる。「国家権力を預かる者は、果たしてこの誘惑に勝てるのだろうか」と。

最後に一言。大災害の際の議員任期延長の改憲論のうさん臭いところは、ずっと政治家でいたい政治家による、政治家のための改憲だということである。そもそも原発事故により自主避難した人たちに向かって自己責任だと言ってのける人物が復興大臣をやっている内閣や、その与党が、「被災地のために憲法改正を」と主張しても、説得力はまったくない。

《付記》
写真は上から、外壁を改装中の国会議事堂で、撮影したのは2010年10月26日。次は、居酒屋「UZU」で微笑む「史上最強の私人」。「安倍夫人の輝き」(Der Spiegel, Nr.14 vom 28.3.2015)。一番下は、菅直人元首相が、四国霊場八十八カ所の「お遍路さん」を9年越しに結願した。SPも同行したのか。写真はDie Zeit, Nr.24 vom 10.6.2010より。
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