

高市「11.7答弁」の持続せる悪影響
相互不信のなかで、誤算や誤解の積み重ねが戦争に発展する例は、枚挙にいとまがない。誰しも「まさか戦争にはならないだろう」と最初は思っている。だが、おさまりがつかなくなり、ちょっとだけよと始めたのが悲惨な結末に至る。指導者の思いや思い入れが、いつしか歪んだ思い込みとなって、強烈な思い違いに進化し、さらには壮大なる勘違いへと発展して戦争に至る。だからこそ、指導者の危ない思い込みを早い時期に見抜く眼力が求められるのである。
昨年11月7日の衆議院予算委員会で、首相の高市早苗は、「戦艦[!]を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます」と答弁した。これは事務方の答弁メモには含まれていない、完全なアドリブだったようである。私は「水島朝穂の東京新聞への直言」(11月27日)で、これを「暴投発言というほかない」と批判した。「肥大した承認欲求、上昇志向、虚言癖」をエンジンにして首相となった高市は、履歴書に「だいたい私、自分は日本の軍事問題の権威だって、ウソ書いたの」といって「米連邦議会立法調査官」となった過去をもつ(適菜収『高市早苗という病』(ベスト新書、2026年)5、33頁)。いま、この国の平和と安全保障を最も危うくしているのは、中国でも北朝鮮でもなく、これらの頑迷でやっかいではあるが、大事な隣国との関係をことさらに悪化させている高市首相にあるのではないか。
実際、「11.7答弁」を境に、日中関係は、政治・外交上、経済、学術・文化交流、旅行、芸能に至るまで一気に悪化した。日本への渡航自粛により訪日中国人は急減した。実際の旅行消費額の減少も著しく、これが1年間続けば、年間約1.7兆円規模の消費が失われるという指摘もある(『朝日新聞』2025)年11月18日付)。思えば、昨年10月21日に高市政権が発足していなければ失われずに済んだ損失は、はかり知れない(直言「高市政権は日本をどこに「戻す」のか」参照)。

「英国初の女性首相」による戦争から44年―ワールドカップでの「事件」
「日本初の女性首相」という言葉の賞味期限は、とうに切れかかっている。高市はマーガレット・サッチャーを尊敬しているというが、共通点を探せば、女性であることと、睡眠時間が短いくらいしか見当たらない。サッチャーは、領土侵犯を「屈辱的」「恥辱」と煽るメディアの勢いに押されて、ありえないと誰しもが思った戦争に突き進んだ。44年前、1982年4月2日の「フォークランド戦争」である。直言「「フォークランド戦争」から40年─「戦争」を選ぶ指導者たち」をお読みいただきたい。「誰もが、まさか1万2000キロも離れた小さな島々に、空母機動部隊を送るとは思っていない。どうせ途中で何とかなるとみんな思っていたが、現場で両軍が対峙し始めると、「もうどうにもとまらない」状態になっていく。…英国初の女性首相は、過度にチャーチルを意識しながら、より強い手段を選択する傾きと勢いがあった」。
FIFAワールドカップでしばしば対戦する両国の若者たちが、スタンリーの戦闘では、顔の見える距離で銃剣を使って殺し合った。両軍合わせて900人を超える兵士が死に、2400人以上が負傷した。NHK特集「栄光の代償:兵士が語るフォークランド戦争」(ヨークシャー・テレビジョン、1987年) は、初の女性首相の、「誇り」という言葉を何度も使った自意識過剰な演説の後、息子を失った母親の「誇り」を問う言葉で終わる(YouTubeはここから)。
先月の15日、FIFAワールドカップ2026 の準決勝(ベスト4)、アルゼンチン対イングランド戦において「事件」は起きた。試合はアルゼンチンが 2-1 で勝利した。歓喜する選手たちは、「Las Malvinas son Argentinas(マルビナスはアルゼンチンのものだ)」と書かれた横断幕を掲げた(ZDFのheute7月17日の写真参照)。フォークランド諸島は、アルゼンチンではマルビナス諸島という。選手たちが政治的主張を行ったということで、FIFAはアルゼンチンに対する懲戒手続を開始した。英国とアルゼンチンはまだ「戦後44年」なのである。
なお、冒頭右の写真は、アルゼンチンの保守系オンラインメディアLa Derecha Diario 2月21日の、「高市早苗は日本の軍事的役割を再定義する歴史的改革を推進」という 記事である。

「第三次日中(中日)戦争」を煽る人々
台湾の一部論者が「第三次中日戦争」という表現を使っている。日本では、一般に「第一次日中戦争」 = 日清戦争(1894~1895年)、「第二次日中戦争 」= 1937年の盧溝橋事件を契機とする日中戦争(中国側では「抗日戦争」)と理解されている。「第三次日中(中日)戦争」では、将来起こりうる、あるいはハイブリッドで、すでに始まっている戦争が想定されている。この動画は、台湾の退役海軍大佐をゲストにした座談会である(YouTubeでここから)。中国と日本が「第三次中日戦争を準備?」というテーマである。
台湾の政治ジャーナリスト晏明強(『風傳媒』副編集長)によれば、中国は高市の「11.7答弁」以降、高市政権が台湾独立を援護すべく介入することを想定し、これまでの戦略を転換したという。日本の介入の可能性をまず除去しなければ、台湾の平和的統一はありえない。北京はそう悟った。そこで、沖縄を含む南西諸島方面の空域・海域において、米国が軍事介入に踏み切らない程度の限定的な武力衝突(領土を占領しない「懲罰的武力行使」)を日本との間で起こし、日本を撃破することによって、日本と米国に台湾に介入することのコストを知らしめる。そうなれば、台湾の独立勢力も外部からの支援を断念せざるをえない、というわけである。
4年前の8月、自民党副総裁だった麻生太郎が台湾を訪問して、「台湾でドンパチ。日本で戦争起きる」と述べたことを想起する。同じ頃、都内のホテルで自民党議員と自衛隊元幹部による「台湾有事」を想定した机上演習が行われたことも合わせて思い出す(直言「「台湾でドンパチ、日本で戦争」?」参照)。この想定では、2027年、「台湾有事」と同時に、尖閣諸島に中国の武装漁民が上陸する「複合事態」が発生し、自衛隊が防衛出動することが想定されていた。高市の「11.7答弁」のように、「台湾有事」が即「存立危機事態」になるという単純な発想ではなく、一応、日本への武力攻撃と絡ませていた。
戦略国際問題研究所(CSIS)の2025年7月の「中国による台湾封鎖のシミュレーション―中国の台湾封鎖をウォーゲームで分析」では、中国による台湾の「経済封鎖」を軸にしたシナリオ(26通り)が設定されており、この経済封鎖から本格的な武力衝突に発展していく戦争様相が想定されている。経済封鎖から通常型戦争にエスカレートしていった場合、その犠牲は凄まじいものになる。例えば、シナリオ「反復19:中国の大規模戦争対米国的大規模戦争」では、米軍14123人、中国軍19207人、台湾軍8118人、自衛隊4662人の戦死者が見積もられている(英文オリジナルはここから )。
頼清徳政権がことさらに「台湾有事」を挑発している面は否めない(直言「「台湾有事」とは何か」も参照)。高市はこの政権に対してきわめて親和的なので、中国の警戒心も一段と大きくなるだろう。

日中関係は史上最悪の状態に
日中国交回復以来、日中関係は紆余曲折してきた。21年前に日中関係が冷え込み、反日デモにまで発展したことがあった(直言「「反日デモ」とペットボトル」)。16年前にも、文化交流の停止や日本旅行の延期要請など、日中関係が悪化した。だが、外交的な対応や政治レベルでの動きが今とは異なり、「普通に」機能していたので、一定の時間が経過するとおさまっていった。高市の「11.7答弁」以来、すでに9カ月以上も関係悪化の状態が続いている。日中国交回復から半世紀以上たつが、これほど関係悪化が続くのは初めてのことである。高市政権のもとでは「パンダのいない日本」が続くのは避けられないだろう(直言「「新型軍国主義」といわれてしまう高市政権下の日本」参照)。12月中旬に閣議決定される「安保関連3文書」(部内では「戦略3文書」という)の「見直し」では、非核三原則の実質的な放棄までも企図されている。
こうしたなかで、中国が、「米国が軍事介入に踏み切らない程度の限定的な武力衝突(領土を占領しない「懲罰的武力行使」)」を挑発してくる可能性がないとは言い切れない。尖閣諸島周辺などに艦船を意図的に繰り出し、上陸の構えなどをちらつかせれば、日本のメディアと世論は沸騰する。「英国初の女性首相」が、「領土の侵犯」の屈辱に対して「誇り」を取り戻せと武力に訴えたように、「日本初の女性首相」が尖閣諸島をめぐる問題を、武力衝突に発展させる可能性は否定できない。
支持率のさらなる低下と党内からの反発に対応するには、「外敵」との対峙が最も効果的である。「フォークランド戦争」前のサッチャー政権の支持率低下は著しく、戦争に訴えたことで支持率は上昇し、権力基盤は強化された。この戦争は、サッチャー政権の新自由主義的改革へのエンジンとなったといえる。高市がサッチャーを尊敬するのは、「人がどう思うかよりも、自分が何をやりたいかという姿勢を貫いた」からだという(適菜・前掲書90-91頁)。高市が、睡眠時間の短さ以外にサッチャーの真似をするとすれば、支持率上昇に対外的な緊張を利用することだろう。

高市早苗の歪んだ戦争観
もともと高市は「(履歴書に)自分は日本の軍事問題の権威だって、ウソ書いたの」という程度の知識だから、「11.7答弁」で事務方の答弁メモには存在しない「戦艦」という言葉を一度ならず二度までも使ったのだろう。加えて、高市は、国の舵取りを担う首相として、歴史認識にも致命的な欠陥がある。
国会議員になりたての頃、「満州事変」は「自存自衛の戦争」「セキュリティのための戦争」などといって、テレビで恥をさらしていた。1994年の衆議院外務委員会では、村山富市首相(当時)に対して、日中戦争をはじめとするアジアへの謝罪と反省は不要という強い態度で質問していた。この議員が30年後に首相をやっているわけである。「私自身は当事者とはいえない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもない」という質問風景を、『産経新聞』2025年10月20日は動画とともに公開している。『産経』としては「よくぞ言った」というスタンスなのだろうが、ネット上をみると、むしろ逆効果になっているようである。
ここまで勇ましい高市も、「祖国のために死ぬ覚悟」を問われれば、決して危険な場所に行くことはしないだろう。師匠の安倍晋三も、「お国のために死ねるか」と問われて、どちらでもないという△マークを掲げたのには笑える。安倍と同じ質問をされたら、高市は何と答えるだろうか。稲田朋美と同じことを言わないことだけは確実である。ジョー・バイデンと岸田文雄だったら連携がとれたかもしれないが、トランプと高市の関係は「蜜月」というのは幻想で、、実際のところはかなり危うい、と私は見ている。とりわけ習近平との関係では、トランプは中立を装い、事と次第によっては、日本のハシゴを外す可能性もある。
冒頭で書いたように、「まさか戦争にならないだろう」と最初は思っていても、現場での緊張が極点に達して、武力衝突に発展してしまう。戦後81年を前にして、この国も「戦死のリアル」を考えなければならないところにきたようである。直言「戦で死ぬ兵たちのこと―「その他大勢」の思想」を改めてお読みいただきたい。
次回は、不定期連載の「自衛隊の軍隊化がもたらすもの(その4)」を掲載する。テーマは自衛隊の精神教育と死生観である。「戦死のリアル」との関係で、今回の続編という位置づけになる。
なお、最後に、高市の「11.7答弁」に出てきた「戦艦」についての新たな情報を。現代において「戦艦」とはこれいかに、と高市を笑いとばしていたが、風向きが変わってきた。この8月5日、米議会予算局(Congressional Budget Office)が「トランプ級戦艦」の建造費の推定を公表したからである。CBOの推計によると、2056年までに海軍が新たに原子力戦艦15隻を建造するには、約2750億ドル(160円換算で44兆円)かかる見込みという。1隻目の建造費は約230億ドル(3兆6800億円)だそうだ。20世紀前半の「大艦巨砲主義」の再来か。時代錯誤も甚だしい。戦艦「トランプ」が就役するとき、トランプはこの世にはいないだろう。




