わが歴史グッズの話(40)――「特高」を必要とする「共謀罪」法
2017年6月19日

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「共謀罪」法がなぜ、「治安維持法の現代版」といわれるか。今回はそれを実感する資料をお見せしたい。国家が個人の身体を拘束するだけでなく、思想にも介入し、内心の自由まで奪っていくことの恐ろしさをリアルに理解して欲しい。

6月15日朝、参議院本会議で「共謀罪」法が可決・成立した。与党内部からも「奇策」ないし「奇手」という声があがり、私に言わせれば「ここでこれを使うか」という「奇行」である。それだけ異様な成立風景だった。その数日前に「安全保障関連法に反対する学者の会」事務局から電話があり、15日は法務委員会で強行採決が行われる山場を迎えるから、国会前でスピーチをしてほしいと依頼されていた。ところが、前日の14日に参議院内で大きな動きがあった。国会法56条の3による「中間報告」によって、15日は委員会採決を経ないで、本会議で法案は可決・成立してしまったのである。

私はその夜、予定通り国会前に行ってスピーチをした。相当怒っていた。「共謀罪」法の深刻な問題性についてはもちろん語ったが、この局面で「中間報告」を使ったことを特に強く批判した。国会法56条の3は、議院に、「特に必要があるとき」で、かつ「特に緊急を要すると認めたとき」に、委員会審議を省略して、本会議で直接審議することを認めている。これが「中間報告」の制度だが、「委員会中心主義」の日本の国会においては、きわめて例外的なものである。過去の事例を見ると、直近では2009年臓器移植法改正の際に使われた。これは非常に問題のある使い方だったが(直言「「人の死」を政局で決めていいのか」)、与野党の間で合意があったケースだったので、少しニュアンスは違う。今回のような与野党対決法案では、2007年が直近である。これについては、直言「国会「議事」堂はどこへ行ったのか」で厳しく批判した。しかし、今回の使い方はさらに国会の劣化度を進行させた。「中間報告」は、野党の委員長の場合に、審議引き延ばしなどに対抗すべく、与党が本会議で法案を直接可決するという手法として、国会法に挿入された経緯があるが、今回は与党の公明党が委員長である。「中間報告」の緊急性も必要性もまったくない。にもかかわらず、これを使ったのは、東京都議選を前に、委員会での強行採決シーンで公明党の委員長が目立つことを避けるためと、端的に、「加計学園問題」での幕引きの「緊急性」と「必要性」を狙ったとしか思えない。これでは安倍翼賛議会ではないか。

「テロ等準備罪法」などという名称を付け、人々の目や耳を誤魔化しているが、例えばテロ行為で脅威とされる自爆テロは、単独犯であるため、共謀罪で防ぐことはできない。そこからしても、およそ目的は別のところにあるように思う。「共謀罪」法の成立により、犯罪の実行の着手や未遂、予備よりもずっと手前の「共謀」段階で、警察は「合意」それ自体を処罰することができるようになる。そうした内容的問題性については、すでに指摘した(直言「「共謀罪」法案に隠された重大論点―「準備行為」(overt act)?」)。また、この法律の成立で、市民生活への介入がさらに進み、「忖度と迎合」の空気が広がっていくおそれがあることについても、すでに指摘した(直言「介入と忖度」)。新聞各紙は「共謀罪」法について概ね批判的だが、『産経新聞』は官邸機関紙らしく、刑事訴訟法改正や通信傍受法改正を急げと、官邸の意図を先読みしている。つまり、今回の「共謀罪」法だけでは十分ではなく、犯罪の「合意」そのものを処罰するとなれば、捜査手法も変わらざるを得ない。逮捕手続などに関する追加的な対応が必要だし、相手の「内心」を察知するためには、盗聴の拡大が不可欠となる。その点につき、11年前の「共謀罪」法案に対して、元・大阪高検検事長という検察ナンバー3が反対したことを「直言」で紹介した(直言「共謀罪審議にみる国会の末期」)。元検事長は、「(共謀罪では)結果がないところに捜査を行うことになる。捜査の端緒のつかみ方を含め捜査手法に困難が伴うし、内心に踏み込むため供述偏重になるなどの弊害が出かねない。戦前の特別高等警察のような特別の捜査機関も必要になってしまう」と反対の理由を述べていた。

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前置きが長くなったが、今回は、「共謀罪」法がなぜ、「治安維持法の現代版」といわれるのかについて考えてもらうために、「特高グッズ」を紹介しよう。久々の「わが歴史グッズの話」である。前回は、「靖国合祀遺族セット」だった。

「治安維持法の現代版というのは杞憂にすぎない。間違った批判だ」という人がいるが、大正デモクラシー下で制定された治安維持法の時代も、特高警察官はある意味では、まじめに、真剣に職務を果たしていた。権力の濫用が起こるとき、それが悪人だからではない。使命感をもち、よかれと思ってやっている。まさに「平凡な人間の凡庸なる悪」(ハンナ・アーレント『イェルサレムのアイヒマン』)である。だからこそ、治安維持法が改正を繰り返して拡大して、特高警察が大きな権限をもっていった過程をしっかり診ておく必要があるのである。

6月15日の国会前スピーチに、『特高必携(昭和8年版)』を持参した(左写真)。ネット上にその時の私の写真や動画があるが、私の手に握られているのが、この写真の『特高必携』である。ネット上には、「共謀をしただけでつかまえるのは難しいので、特効警察のマニュアルには様々なリストが載っている。」という私のスピーチについての「つぶやき」が流れていた。「特効警察」は誤変換だが、これは面白いと思った。「共謀罪」法のための「果警察」がこれから生まれようとしている。

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さて、特高警察官が携帯したこの緋田工(内務省保安課)『特高必携』(新光閣)は、1933(昭和8)年に大改訂されたので、左側の1932年版より厚くなっている(405頁)。その右側(昭和9年版)はさらに厚くなっている。内容を比較すると、内偵すべき団体が広がり、その雑誌や資料も増えている。昭和8年版には、いろいろな雑誌のリストがあるが、これを携帯していた特高警察官が、雑誌の上に小さな〇をつけてチェックしていることがわかる。また、共産党の組織図には、手書きで下部組織について書き入れている(右下写真)。『必携』には、さまざまな団体や労働組合、政治・社会団体の組織図も綴じ込まれている。

この『必携』を書いた特高幹部は、特高警察官は特異な教養、特異な研究と鍛練が必要であると説く。つまり、捜査対象者の内心に注目するため、相手が何を読み、何を考えているかを知らなくてはならないからである。では、具体的にはどうするか。中川矩方『思想犯罪捜査要提』(新光閣、1934年)によれば、思想犯罪の捜査方法は、① 視察(直接視察と間接視察)、② 調査(人物関係、団体関係、思想関係、現況調査、横断的沿革調査)、③ 間諜および密告、④ 報告・情報交換、⑤ 現場臨検および保存、と多岐にわたる。思想警察は刑事警察と違って、捜査の始期はあっても終期はない。日常社会の事象に注意して、事件が表に出る前に捕捉するのである。

間諜(スパイ)については、特に、金銭関係で窮迫している者、婦人関係を暴露すれば同志から斥けられる者、党または団体に対して不満または反感をもつ者について間諜に採用するように説いている。「一度採用したる間諜は其の性行、経歴、生活関係、交遊関係等を詳細に洗い上げ、居ながらにして其の者の行動を知り得る程度にして置く必要がある」として、その者の名前は直属の上司以外には口外してはならないと書いている。「密告」も重視されるが、扱いは慎重にせよとしている。特高警察だけでなく、「密告」は戦前社会においては、全国津々浦々、上から下まで徹底的に広がっていた(水島朝穂・大前治『検証 防空法』参照)。

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治安維持法が1925年に制定されたとき、その対象は一般の人々ではなく、過激な共産主義者だけであった。「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者」とあったからである。しかし、「小さく生んで大きく育てる」といわれる通り、3年後の1928年改正では、罰則に死刑が入るとともに、「結社の目的遂行の為にする行為」を処罰できるようになった。これは結社に入らなくても、その周辺にいて、「目的遂行の為にする行為」をしたらアウトである。ターゲットは格段に広がった。

「1933年の衝撃」と言われるように、この年、「司法官赤化事件」などたくさんの「事件」が起きて、検挙件数が一挙に増えた(中澤俊輔『治安維持法―民主主義が生み育てた「稀代の悪法」』(中公新書、2016年))。共産党がほぼ壊滅して、ターゲットがさらに広げられていく時期だった。『特高必携』の昭和8年版が出たとき、同時に、木下英一『特高法令の新研究』(松華堂書店、1933年)も出版された。そこには、「一般に法令の解釈に当っては立法の趣意を重要視すると共に法の正条に表示される文理に尊重する事が必要であるが、・・・特に社会運動の動向を適確に把握し法の蔵する弾力性を筒一杯活用し・・・」とある。これは、特高が法律を目一杯弾力的に解釈せよということである。具体的には、こうである。「法の弾力性の活用とは何ぞや、其の第一は「救護ヲ要スト認ムル者ニ対シ必要ナル検束ヲ加ヘ」「安寧秩序ヲ保持スル為必要ナ場合云々」等々法自身が執行官に対し、その自由意思を以てする決意の余裕を与えた場合の善処であり」と。

結社の構成員だけでなく、その周辺にいるさまざまな人々にも、法のもつ「弾力性」を最大限に活用せよということである。これは、まさにそういう人々もターゲットにするということである。例示されている「救護ヲ要スト認ムル者ニ対シ必要ナル検束ヲ加ヘ」とは、アルコール中毒の人を「救護」するような感覚で、特定の思想の中毒になった人に予防検束をかけよということになる。取り締まる人間に罪悪感を持たせぬよう、検挙を悪いことと思わせずに「人助け」の職務だと思わせている。そして「安寧秩序」を保持するために必要だといえば、特高警察官の裁量の幅は一段と広くなる。今般の「共謀罪」法が成立して危惧されるのは、こうした予防検束の手法が復活してくるかもしれないという深刻な危惧である。

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警察叢書28号『特高用語と常識語彙』(奈良県警察部、1934年)には、「アジト: agitating pointの略。・・・本部連絡所または隠れ家」、「ハタ: 共産党機関紙「赤旗」の略」など、こうした言葉を口にする人物に敏感に反応するように横文字を含めてリストアップされている。なかには、「マルクス・ボーイ」(マルクス主義にかぶれた青年)と「エンゲルス・ガール」(マルクス・ボーイに対してマルクス狂の娘)など、笑える項目もある。

また、重松鴻衛『思想警察通論』(日本警察社、1938年)は、国家総動員法によって戦時体制へと移行していく時期に出版されたため、序文に次のように書かれている。「重大時局の第一線に立つ警察官の責務は独り一部の特高係官のみにては到底其の完璧を期し得られざるに至った。故に一般の警察官は之が対象たる諸運動に対抗し正確なる認識を持たねばならぬ。本書は此の意味に於て警察官に思想問題及社会運動の一般の理論運動方法之が取締等警察官としての常識と認識並に心構の修得に資せんとして編集したるものである」(序文より)と。まさに全警察官の特高化をはかる気持ちが出ている。

1941年の治安維持法改正では、「結社」ではない、もっとゆるやかな「集団」も処罰できる規定を増設して、ごく普通の研究会や読書サークルなども対象とするところまでに拡大された。この改正から半年後には、宗教団体に対する弾圧が始まった。創価教育学会(創価学会の前身)に対する弾圧は1943年6月である。この時に逮捕された創設者の牧口常三郎は、獄中で転向を拒否して、獄中で死亡している。創価大学法科大学院修了の弁護士、佐々木さやか参院議員は、6月14日の金田法務大臣問責決議案の反対討論で、「金田大臣は就任以来、誠実かつ真摯な答弁を行うなど国民のために尽くしてこられました」と述べたが、創設者の逮捕・投獄についてどう考えているのだろうか。不勉強ではないとしたら、知的不誠実としか言いようがない。

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治安維持法の濫用と特高警察の暴走の教訓から、日本国憲法は人権条項(10条~40条)までの3分の1を刑事手続に関連する権利にあてている(31条~40条)。各国の憲法と比べても、日本国憲法のこの刑事手続上の権利に対するこだわりは突出している。それだけ、特高警察への反省が深く、強く、濃く憲法に反映していると言っていいだろう。だから、戦後の警察は、まず内務省の解体、特高の解体から始まり、1947年警察法により、自治体警察と国家地方警察の二本立てで発足した。しかし、戦前の特高的要素は、戦後も警備公安警察に引き継がれている。

昭恵夫人と中・高・専門学校と一緒という女性がいるが、その弟が民放のワシントン特派員などをやり、安倍首相とべったり寄り添った本を出版したり、メディアに露出して安倍政権を擁護する発言を繰り返したりしていた。この「ジャーナリスト」が2015年に準強姦事件(刑法178条2項)を起こしたと被害者が名乗り出て、検察審査会に申し立てる事態に発展している。今年の5月29日にあった記者会見によれば、2015年6月8日に捜査員が成田空港で逮捕状を手に、帰国する「ジャーナリスト」に対する逮捕がまさに執行されんとするときに、「天の声」によって執行は停止されたという。それを止めたのは、警視庁刑事部長(警視監)だった。この人物は菅義偉官房長官の秘書官から警視庁にもどったのだが、菅長官との密接な関係は続いていたという。昭恵夫人の親友の弟が起こした事件をもみ消したとすれば、これは重大な捜査妨害である。一般に、裁判所から逮捕状が出ているのに、それを執行させないということはあり得ない。それが可能になるのも、「見えない力」(籠池氏の言葉)の故だろう。なお、この人物は現在、警察庁組織犯罪対策部長(警視監)である。「共謀罪」法が成立し、7月11日に施行されれば、その実務責任者は、組織犯罪対策部長である。長期政権となり、権威主義的傾向を強めている安倍政権は「絶対的権力は絶対に腐敗する」(アクトン卿)法則に忠実に腐り続けている。

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