『きみはサンダーバードを知っているか』発刊から25年
2017年11月27日

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25年前の11月、『きみはサンダーバードを知っているか――もう一つの地球のまもり方』(日本評論社〔現在在庫なし〕、1992年)という本を出版した。当時、私は39歳で、広島大学に勤務していた。法学セミナー編集部にいた串崎浩氏(現在、日本評論社代表取締役社長)からの依頼で、「国際貢献は自衛隊で」という流れに対して、日本国憲法の平和主義にふさわしい国際協力のかたちを示す本を企画することになった。お互い30代ということで、少し冒険をすることにして、「遊び心」をまじえた本を考え出した。切り口は「サンダーバード」。1964年に英国で制作された連続テレビ人形劇で、2026年の近未来を舞台に、大事故や災害から人命を救い出す国際救助隊の活躍を描いたもの。日本では1966年4月10日(日)18時からNHK総合テレビで初放映された。私は中学1年生だったが、毎日曜、生でみていた。その後、民放でも繰り返し再放送されている。そこで、親しくしている若手憲法研究者に呼びかけ、広島大にきてもらって企画会議を開いた。東京に住む息子(当時13歳)に「サンダーバード2号」のプラモデルを作ってもらい、それを机の上に並べて企画を説明した。この小道具のおかげもあって、最初はためらっていたメンバーにも企画趣旨が伝わり、分担執筆を快諾してくれた。だが、提出された原稿はきわめてまじめなもので、串崎氏から「このままでは出せない」と、広島の留守電に切羽詰まった声が残されていた。すぐに飛行機で東京に向かい、池袋のホテルに二人でこもって、短時間で集中作業をして原稿を完成した。当時のチラシには、「平和は夢かロマンか。サンダーバードが国際社会に発したメッセージは、人命尊重のボランティアである」として、「いまこそニッポン国際救助隊の設立を! !」とある。

冒頭右の写真のなかの中央上の新聞記事が、『朝日新聞』1992年11月9日付で、第2社会面トップで大きく扱われた。担当したのはサンダーバードに思い入れのある若手記者、森北喜久馬氏(現在、原発取材センター長〈福島総局長〉)だった。その記事を引用しよう。

国際貢献は「サンダーバード」が理想像 憲法学者が「救助組織」論

国連平和維持活動協力法(PKO協力法)に反対する若手憲法学者たちが、カンボジアに派遣中の自衛隊に代わる組織として「ニッポン国際救助隊」の構想をまとめ、出版する。モデルは、ブームが再燃しているSF人形劇「サンダーバード」。国家に左右されず人命最優先を貫く、国際救助隊のドラマに胸を躍らせて大人になった学者たちは「きみはサンダーバードを知っているか−もう一つの地球の守り方」と題して執筆、新しい国際貢献のあり方を提案している。

本を分担執筆したのは、広島大総合科学部の水島朝穂助教授(39)を中心とする2、30代の憲法学者6人。PKO協力法案に反対する緊急声明を5月に出した全国憲法研究会のメンバーだ。「アニメ好きの高校生以上なら理解できるように」と、自衛隊とサンダーバードを比較しながら、PKO協力法と自衛隊の海外派遣の問題点を取り上げている。

この本では、あらゆる国家から独立、助けを求められれば分け隔てなく出動し、軍事力を持たないサンダーバードを国際救助組織の理想とする。

巻末には、19条から成る「ニッポン国際救助隊法案」を掲げた。設立目的は「(全世界の国民が)平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とした憲法前文の精神を実現すること。平和的手段を徹底するため「陸海空軍その他の戦力および軍隊類似組織の参加または協力」を認めず、武器の保有はもちろん、保持、携帯も使用もしない。他の国際組織にも協力するが「国連のPKOや軍事的制裁措置には関与しない」独自の活動としている。

サンダーバードに敬意を表し、「救助隊員の研修」で全32話の視聴を義務づけ、救助用装備はサンダーバード1号から映画版登場の6号まで「欠番」にするなど、ユーモアも交えながら、PKO協力法に疑問を投げ掛けている。

水島助教授は「子どもだましと言われるかもしれないが、人命優先に徹することの難しさとすばらしさを、サンダーバードほどイメージさせてくれる教材はないだろう。若い人たちにも、PKO協力法と比べながら、平和憲法にふさわしい国際貢献とは何かを考えてほしい」と話している。」

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発売から半年後に、毎日新聞論説委員の増田れいこさんとの誌上対談が実現した。タイトルは「国際貢献 ニッポン国際救助隊を考える」(『法学セミナー』1993年6月号)。増田さんは、「今まで後ろ向きの護憲論、私自身もそれをやってきたような気がするんです。でも、後ろ向きは限界があるんです。やはり若い人たちと一緒に、これからの日本、これからの世界をどういうふうにしなければいけないかということが非常に大きな問題なんです。そのために前向きのものがどうしても必要なんです。これは前向きの護憲論です」と指摘していた。

半分冗談、半分大まじめでつくった本だったが、「ウルトラマン研究序説」や「磯野家の謎−サザエさん」みたいなオタク本も同時期に出ていて、同じ扱いをしてくるテレビ番組の取材・出演を何本も断った。日本国憲法に基づく国際協力のコンセプトを打ち出すためにサンダーバードを使ったわけで、サンダーバードそのものの研究書でもオタク本でもなかった。オタク筋の評論家や「軍事評論家」からはボロクソの評価を受け続けているが、NGOで活躍されている方が現地に持参して読んで励まされたという手紙をもらうなど、非軍事の国際協力の方向と内容を、憲法の平和主義に即してわかりやすく説いたことは評価されたと思っている。故・増田れいこさんも指摘された通り、憲法9条擁護の議論を発展させるために、日本国憲法の想定する平和の守り方と創り方を提示することが求められていた。その一つの問題提起という意味を込めた本だった。だから、「サンダーバードは非武装ではない」という点をあげつらって、私に対して嘘つきだの偽造だのという人たちがいるが、筋違いである。私の問題意識は、自衛隊の「余技」としての災害派遣ではなく、この国の災害救助組織のあり方を再考することである。自衛隊の災害派遣が注目されるが、災害の場合、中心になるのは消防である。消防の場合、部隊の運用思想も装備など、すべての点で自衛隊のそれと大きく異なる(直言「人命救助の思考と行動」)。

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憲法9条の規範的制約を受けて、政府は、「自衛のための必要最小限度の実力」のみを合憲としてきたが、「違憲行為の常習犯」の安倍首相のもと、この政権は憲法9条をそのままにして、自衛隊を軍隊にしようとしている。だが、自衛隊は憲法の規範的制約のなかで、「余技」である災害派遣任務によって国民の支持と評価を得てきたのである。東日本大震災のとき、私は福島県南相馬市から岩手県大槌町まで、震災の現場における自衛隊の活動をつぶさに取材してきた。詳しくは、拙著『東日本大震災と憲法』(早稲田大学出版部、2012年、電子版もあり)を参照されたい。

『平和の憲法政策論』

震災から2年ほどたって、防衛省が隊員募集用ポスターのキャラクターに、何と「サンダーバード」を使い始めた。「国防軍」のイメージでは、隊員の募集に際して親の警戒感を増すとの計算からか、東日本大震災におけるプラスイメージに便乗して、「サンダーバード」を前面に押し出すポスターを全国に普及したのである。同じ頃、有明の日本科学未来館で、「サンダーバード博」が開催された(2013年7月10日〜9月23日)。公開前日の記者プレゼンに参加して、記者とともに会場をみて回ったが、隊員募集キャラクターにサンダーバードを使うに至った自衛隊も参加していた。「自衛隊は軍隊ではない」というメッセージをむしろにおわせて、募集実績をあげることが狙われたのだろうか。いま、このポスターが目立たなくなったのは、安倍政権のもとで軍隊化の方向が急速に進んでいることと関連はあるのだろうか(直言「自衛隊と「サンダーバード」――国防軍でなかったからこそ(2)」参照)。

「今、平和を語る」(『毎日新聞』(大阪本社)2013年6月24付夕刊「特集ワイド」)というインタビューのなかで、自衛隊を「国益防衛軍」(略して国防軍)の方向に転換する時代錯誤を批判し、自衛隊を国際災害救助隊に「解編」する方向を指摘した。これが夢物語、「お花畑」に非難されようが、私は自衛隊の平和憲法的「解編」の方向を追究していきたい(震災直後の愛敬浩二氏の書評参照)。最近出版した『平和の憲法政策論』(日本評論社、2017年)は、『きみはサンダーバードを知っているか』から4分の1世紀たった時点で、その方向を世に問うたものである。

さて、防衛大学校に合格しながら早大法学部に入学し、しかも水島ゼミの21期副ゼミ長をしている菅野仁啓君が、この本が25周年を迎えたと話すと、「思うところがあります」と言って一文を寄せてくれた。出版当時まだ生まれていなかった彼の文章を読むと、発刊から4分の1世紀が経過したが、この本の問題提起はなお生きていると思った。以下、本人の同意を得て掲載する。

サンダーバードと私
菅野仁啓(早大法学部4年)

小学生のころはやったテレビ番組は、仮面ライダーやスーパー戦隊シリーズのような「ヒーロー」が「悪役」を倒す、いわゆる勧善懲悪の番組である。毎週日曜日の朝8時から、同級生は早起きして熱心にみていた。しかし、私は、「やられる側はいつもめちゃくちゃにされてかわいそうだな」という思いをもちながら、惰性的に毎週早起きしていた。出てくるメカは「兵器」として使われるものがほとんど。合体して大きくなるロボットも、ライダーが使うバイクもみんな目的としては敵を抹殺するために使われていた。友だちが「変身ベルト」や飛び道具のレプリカを使って遊ぶなかで、私は装備を持たない弱い立場の「悪役」として参加することが多かった。だから私は、絶対的なパワーを持つ「ヒーロー」に対して嫌悪感にも似た感情を抱いていた。そんな時、父親が「懐かしいものを見つけたからと買ってきた」といって、一枚のDVDを見せてくれた。これにより、私は人生初めての「ヒーロー」にハマった。それが「サンダーバード」だった。

サンダーバードは、近未来の世界において、大金持ちのトレーシー一家が世界のどこかにある孤島、トレーシー・アイランドを拠点とした「国際救助隊」を組織し、各種のスーパーメカを使って、世界中で起きるさまざまな災害に立ち向かい、世界の人々のために身元を隠して活動するという人形劇である。CGのない時代だったが、最高級の撮影テクニックを駆使しており、半世紀が過ぎたいまみても、不思議なまでのリアリティーを感じる。彼らの使うメカは多種多様で、深海から太陽直近まで活動をするという圧倒的な性能を持ち、また独特なメカニックデザインが光るといったもので、メカ好きの私にとってはたまならなかった。何よりも「国際救助隊」の活動の目的は誰かを「倒す」ことではなく、「救う」ことなのである。この点は、それまで私がみていたテレビ番組とは決定的に違っていた。

サンダーバードのテレビ版が最初に製作されたのは、冷戦時代の1964年のことである。それにもかかわらず、この作品は、「国家」というイデオロギーを超えた「救助」をうたっている。では、この世界には彼らに相対する「敵」はいないのだろうか。それは、サンダーバードの持つ技術力を悪用しようとする「国家」や、活動を邪魔しようとする犯罪者である。彼らは、どんな困難な任務であっても確実にこなせるだけの世界最高の技術力と人材を持ちながらも、絶対にそれを「救助」以外の目的では使われることのないように、匿名性の確保、技術漏洩の防止について徹底している。自衛のための武器はあるが、それは上記に挙げた「敵」から逃れるために使うのみであって、あくまでも本来の目的から外れることはない。

この作品は、テレビ作品の枠を超え、驚くほど現実味を帯びた内容や描写が受け入れられ、世界的に大ヒットを記録した。21世紀に入っても、2004年には実写版映画が、2015年からはリブート作品が作られるなど、「対立」ではなく「救助」といった理念を掲げたこの作品は世代を超えて愛されてきた。大学に入学し、サンダーバードを長らく観ていなかった私であるが、ある日神保町で行われていた古本市で、表紙に惹かれて一冊の古本を手にした。それこそが、『きみはサンダーバードを知っているか』であった。ちょうど法学部で法政策論の授業をとっていた私は、担当教員である水島朝穂先生が携わっている本であることもあり、買って読んでみた。

この本が発刊された1992年は、PKO協力法が成立し、それまで国外には出ることがないと思われていた自衛隊が海を渡ることが決まったのだ。そして、私がその本を手にした2015年は、集団的自衛権の行使までも自衛隊に認められた年であった。防衛上の歴史の転換点に発行された本が20数年の時を経て、同じ重要局面で私のもとにきたのはなにがしかの運命すら感じた。発刊された1992年には誰一人として、全通甲板を持った「空母」のようなヘリ搭載護衛艦が作られているなど考えつかなかっただろうし、まして集団的自衛権行使が閣議決定で認められるなど想像もしなかっただろう。自衛隊、そしてこの国の安全保障のあり方は、この25年で驚くほどスピーディーに変わってしまった。

個人的に自衛隊に関しては、身近な存在として接することが多かったのではないかと思う。中学時代から友人と共に護衛艦の体験航海に行ったり、基地祭に行ってみたりと、純粋に自衛官や自衛隊の兵器、装備が「かっこいい」という思いから、実は中学・高校時代は自衛隊にハマっていた。特に何も考えず防衛大学校を受験し、無事合格。しかし、受験が一通り終わってから自分の将来を冷静に考えた時に、「一人の人間として世界にどれほど貢献ができるか」という疑問、そして「もしかしたら自分が任務のために人を殺してしまうかもしれない」という恐怖があった。「かっこいい」と思っていた装備は、原理的には人殺しの道具でしかなく、いざ自分がそれを扱うとなった時には敵、つまり「悪役」を倒さねばならない。私にはそれを乗り越えるだけの覚悟はなかった。しかし、大規模災害のたびに救助に奔走する自衛隊をテレビでみていて、本当に頭が下がる思いであったし、何より自衛隊抜きにして、日本の大規模災害には対処ができないと強く感じた。「救助」という分野に完全特化した活躍はできないものだろうか、そう考えるようになっていった。現在、自衛隊が災害派遣で「出動」するのはあくまで「防衛」という主任務に付随するものでしかないが、現実には災害での出動が主な活動になっていることは言うまでもない。しかし、多大な防衛予算をつぎ込んでいる戦車や戦闘機、イージス艦は災害ではほとんど役に立たない。そして、日本を取り囲む各国を見ていても、人手不足が深刻な自衛隊が、現在の中途半端な装備と米軍依存体質で「自衛」を完遂できるとは考えにくい。ならば「国防軍」に格上げすべし、と言う声もあるが、現在の国家予算でどれほど防衛予算を増やせるかには疑問符がつくし、戦後日本が守り続けてきた平和憲法の理念を捨て去ることになる。PKOに関しても、アメリカの政策に追従して国際貢献を謳っている感が否めない。それであれば、いっそのこと、軍事的な面をできる限り排除し、「国際救助隊」としての役割を担う部隊に改変するべきなのではないか。気候変動の影響もあり、今後日本を含め世界では大規模災害が増えることは不可避である。その状況に日本が即応できることができれば、真に国際貢献をできるだろうし、台風や地震に毎年影響を受けている「災害大国」日本だからこそ、他国にはない知識、経験があり率先して活動ができるのではないか。

私の抱いたこれらの思いに対して、自分が生まれるよりも前にサンダーバードを題材として答えを出している本があったことには、非常に驚かされた。今一度、サンダーバードを見なおすと、21世紀の今だからこそ、現実味を持って受け取ることのできるメッセージが含まれていると感じた。それは、ハイテク化著しい技術力をどのように使うべきか、世界の平和に資するためには何をなすべきか、といったものだ。現在、北朝鮮や中国の軍事進出の問題があるなかで、軍事力を失うことには確かに不安を伴う。しかし、より長い目で見て日本という国がこれからの世界で何ができ、何をすべきなのか、その答えをサンダーバードは私たちに示してくれている。

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