わが歴史グッズの話(42)対人地雷禁止条約20周年と自衛隊
2018年2月5日

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回の「わが歴史グッズの話(41)」は象徴天皇制グッズだった。今回は1997年12月3日に署名された対人地雷禁止条約(オタワ条約)20周年を契機に書いたものをアップする。年を越してしまったが、この条約が国会承認されたのが1998年9月30日、条約第15号として公布されたのが10月28日なので、その20周年という意味をこめてここにアップすることにしたい(発効は1999年3月1日)。

21年前に対人地雷禁止条約が注目された際、直言「地雷全廃に向けて」を出した。そこにリンクしてあるが、1997年2月12日のNHKテレビ「視点・論点」に出演して、「対人地雷は環境破壊兵器でもあり、世界的に全面禁止の方向が出ています。日本は率先して地雷という兵器を全廃する姿勢を示すべきでしょう。」と語った。その10カ月後に対人地雷禁止条約が国連で署名された。

この条約のきっかけは、1992年の「地雷禁止国際キャンペーン」(ICBL)の発足である。1000以上のNGOが参加し、カナダ外務省も協力して、96年にオタワで対人地雷全面禁止国際会議が開催された。翌年9月には対人地雷禁止条約起草会議に発展し、条文案も作成され、97年12月に署名に至った(2016年までに162カ国)。条約は「特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)改正議定書IIによる規制」を発展させたものである。なお、ICBLはこの条約により、1997年のノーベル平和賞を受賞し、昨年、その20周年を祝っている

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条約は、対人地雷の使用、開発、生産、取得、貯蔵、保有、移譲、さらにこれらの援助、奨励、勧誘についてすべて禁止している(1条1項)。そして、条約の規定に従ってすべての対人地雷の廃棄を義務づけている(同2項)。また、「管理・管轄下の地雷敷設地域内にある対人地雷について、特定し、文民保護措置をとるほか、当該締約国に対する効力発生後10年以内に廃棄(締約国会議等の承認の下、更に10年以内の期限延長・再延長も可能)」となっている(5条)。再延長の期限がきたが、世界有数の対人地雷保有国であるとともに製造して輸出している米国、ロシア、中国など未締結国が40近くある。米国は2014年6月に条約に加盟する方針を表明したが、トランプ政権誕生でその可能性はなくなった。

さて、地雷についてはこの「直言」でも何度か扱ってきた。冒頭の写真は旧軍と自衛隊の対戦車地雷である。旧軍のものは、戦時中、米軍が訓練用に本物を使って作った模型である。13年前の直言「地雷と破片」で紹介してある。また、16年前に72式演習対戦車地雷米軍の地雷探知機を入手した時点でそれを紹介する「わが歴史グッズの話(4)」もアップした。また、「地雷と破片」では、カンボジア・ラオスの取材旅行で入手した旧ソ連製POMZ2M型棒地雷も紹介した(上記右側の写真)。錆び付いた外側だけだが、ずっしり重い。全体に切れ目が入れてあり、破片が細かく飛び散るようにできていることがわかる。

地雷は世界中に2億5000万個もあるといわれ、これがいまもアジア、中近東、アフリカの紛争地域で人々の命や足を奪っている(この写真は、地雷博物館の義足の展示)。左側にある絨毯の写真はアフガニスタン・カブールにいた知人が送ってくれた絨毯の部分写真である(全体像は16年前の直言「わが歴史グッズの話(6)」参照)。絵柄は旧ソ連製の兵器ばかりで、棒地雷らしきものも並んでいる(or手榴弾?)。

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右側のポスターは「不発弾に注意」を呼びかけるものである。私がプノンペンで入手したものだが、いまもこうした被害が生まれている。カンボジア地雷博物館から入手したTシャツも2枚ある。同じく右側の地雷の構造が写った写真は米軍の地雷マニュアル『FM20-32 地雷戦』(1959年)のなかに出てくる対人地雷M16(T6)の項目である。信管が上部についていて、これを人が踏んだ圧力で爆発するという実にシンプルな仕掛けである。前述の旧ソ連製棒地雷は、棒を踏んだ圧力で信管が作動するものである。

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自衛隊の対人地雷については、8年前に訓練用の対人地雷の現物を紹介したことがある(直言「わが歴史グッズの話(31)―訓練グッズ」))。工兵にあたる施設科のマニュアルである『施設科操典』には、地雷戦についての記述が必ずある。地雷源の構築から、敵の地雷源の啓開などについて書いてある。左側の写真は、自衛隊の訓練用対人地雷の各種である。

地雷戦の記述を含む『野戦築城第3部』について、私の講義「法政策論」を受講している学生の一人が新しいヴァージョンを古書店で入手して、私のもつ旧版と比較してくれた。以下は、その学生からのメールの一部である。

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・・・陸上自衛隊の『野戦築城第3部』のかなり最近の版を入手することが出来たので、お知らせします。先生が2005年8月22日「直言」で引用されていた昭和53年版の次の版で(冒頭に「陸自教範7-04-11-52-4野戦築城第3部は、昭和62年5月31日限り廃止」と書かれています)、昭和61年11月に制定されたものなのですが、その後も内容は改正されているようです。

表紙などに書かれている番号は教範類番号といい、末尾の番号は改正の度に一つ増加するとのことです。私の手元のものの番号は「3-03-04-22-61-7」なので、制定以来7回改正されたことになります。最後のページに「防衛弘済会 24.12 印刷」と書かれていたので、平成24年のものだと思われます。

先生は上記「直言」で「『野戦築城第3部(陸自教範7-04-11-52-2)』(陸上幕僚監部、1978年1月)には、地雷の運用法が詳細に記述されている。対人地雷は使用不可のため、この部分は過去のものとなった。現在、陸自が使用する教範からは削除されているはず」とお書きになっておられましたが、全くその通りでした。私の入手した版の「はしがき」には、「障害構成に当たっては、対人地雷全面禁止条約、特定通常兵器使用禁止制限条約(以下、CCW条約という。)等の関連する条約を遵守しなければならない。」と記載されており、対人地雷の設置に関する部分は完全に削除されていました。

旧版の『野戦築城第3部』が用いられていた頃は、自衛隊も対人地雷を仕掛ける側でした。敵の心理の裏をかき、「人間の習慣・好奇心・欲望等人間性」を利用して地雷を「活性化」するよう説かれていたのは、先生が2005年の直言で指摘されていた通りです。新版でも、「敵が地雷を設置しやすい場所の一例」という表には、「遺体、拳銃、双眼鏡、時計、装飾品あるいは酒びん等の付近」とあります。「対抗部隊は、対人地雷を使用する。」との記述もあります。条約を締結していないロシアや中国などを念頭に置いて、「活性化」された対人地雷の除去の訓練はまだ続けていることが窺えます。

さて、対人地雷を廃棄した自衛隊は、侵攻してきた敵の人員を疑心暗鬼に陥れる手段を一切放棄したのかと思いきや、実際にはそうではなかったようです。新版の『野戦築城第3部』では、ブービートラップの設置に関する記述が旧版よりも充実しており、地雷の活性化の記述もブービートラップに流用されていました(左側の写真が旧版、右側が新版)。

ブービートラップとは、特定通常兵器使用禁止制限条約の定義によると、「外見上無害な物を何人かが動かし若しくはこれに接近し又は一見安全と思われる行為を行つたとき突然に機能する装置又は物質で、殺傷を目的として設計され、組み立てられ又は用いられるもの」をいい、同条約の規制対象ですが、全面禁止には至っていません。新版では、条約に抵触しないよう留意しつつ(傷病者や死者、食料や飲料、児童の玩具等に設置することは禁止されている)、「人間の習慣」等を利用してブービートラップを仕掛けるよう説いていました。爆薬こそ使わないことになっているものの、機能的には活性化された対人地雷に類似しています。例えばドアを開けた瞬間にナイフが落ちてくるような装置を自衛隊が仕掛けることもあり得るわけです。自衛隊が対人地雷の機能の一部をブービートラップで代替しようとしている可能性が指摘できます。・・・

なお、講義のあとの質問のため研究室を訪れたこの学生は、そこにあった『新入隊員必携』に関心を示した。この30年間で、旧軍、警察予備隊、保安隊、自衛隊の教範類をいろいろと入手してきたが、その山のなかから彼が目ざとく見つけ出したものである。彼の指摘で気づいたが、私が保有していたのは1978年と1998年の版だった。ちょうど20年の違いがあるので、自衛隊の海外派遣が常態化するようになって、新入隊員の教育にどんな変化が出てきたかがわかる。両者を比較したレポートを書いてもらった。

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・・・陸上自衛隊の新入隊員向けに発行されている訓練資料『新入隊員必携』(陸上幕僚監部教育訓練部監修、学陽書房発行)について、昭和53(1978)年3月の版(以下、「旧版」と呼称する)と、平成10(1998)年1月の新訂版(以下、「新版」と呼称する)の比較を行おう。旧版と新版の外見上の違いは、新版では判型が大きくなり、印刷がカラー化したことだが、ここでは内容面での違いに注目し、その背景を考察する。

まず、『新入隊員必携』の冒頭には、抜粋された教範等の名前が列挙されているので、新版で追加または削除された教範を見てみると、以下のようになった。
・追加したもの
@ 89式5.56mm小銃、A 野外給食、B 野外通信、C 特殊武器防護
・削除したもの
D 62式7.62mm機関銃、E 野外有線通信、F 野外無線通信、G 小火器等射撃管理

まずは、それほど問題にはならなさそうな変更から見ていく。@は、旧版と新版の間に新たに制式採用された小銃であるから、この教範が新規に収録されるのは当然といえよう。Dが削除されたのも、装備が旧式化したからだと考えれば納得がいく。また、Aの内容(飯ごう炊事)は旧版にも収録されているので、記述に大きな変更があったわけではない。BはEとFが統合されただけのようである。Gは、射場射撃における安全管理についての教範であると書かれている。

さて、問題となるのは、Cが新たに収録されたことである。教範『特殊武器防護』は、核・生物・化学兵器から身を守る手段について解説したものである。この教範からの抜粋を収録した新版第9編「特殊武器防護」には、有毒化学剤(いわゆる毒ガス)の一覧表、簡易な核シェルターの利用法等が記載されている。化学科隊員向け教範ならともかく、一般の新入隊員向けの本書には、従来このような編はなかった(せいぜい防護マスクの使用法の記述があるくらいである)。核戦争のリスクがずっと高かった冷戦期の『新入隊員必携』にもなかったものを新たに追加したのは、一般隊員にもNBC兵器に詳しくなってもらう必要がある、と陸幕が判断したからであろう。ではなぜそう判断したのであろうか。

思い当たるのは、1995年3月20日に発生した地下鉄サリン事件である。この経験を受けて、『新入隊員必携』にも化学兵器の記述を充実させようとしたのではないか。自衛隊が対テロの方向へ進み始めた第一歩であると思われる。

細かな配列の変更は随所にあるが、大きく変化したのは、「格闘訓練」の位置である。旧版では「武器訓練」「戦闘訓練」の直後だったが、新版では最後、「特殊武器防護」のさらに後の編に収録されている。また、徒手格闘の関節技が、旧版では収録されていたのに、新版では丸々省略されていた。格闘の位置付けが低下したのだろうか。

新版330頁の目次に「第3節 対人地雷の設置」とあるのに、その部分の本文がなく、それ以降の頁数がズレているのに気が付いた(正確に言うと、362頁の地雷一覧表の所からズレ始めている)。また、地雷の章が含まれている「第5編 野戦築城」の後になぜかメモ用の白紙のページがあることもわかった。

この原因について考察してみるに、発行直前の平成9(1997)年12月3日に「対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約」に署名したから、急遽当該部分を削除し、辻褄合わせに白紙のページを挿入したものの、目次の訂正にまで気が回らなかったのではないかと思われる。

対人地雷禁止条約に対する政府の姿勢が変わったため、大急ぎで手直ししたことがわかる。陸上自衛隊が100万個の対人地雷を保有していたため、政府は当初、米国などとともにこの条約に反対してきた。だが、この条約の意義を認め、これに積極的姿勢を示したのは小渕恵三外相(当時)だった。彼はこの条約について指導力を発揮し、首相になってからもこの姿勢を変えなかった。代替兵器の対応が不十分ということで陸自は難色を示したようだが、小渕は揺るがず、対人地雷の廃棄を命じた。すぐに100万個の対人地雷の廃棄作業が始まり、小渕もそれに立ち会った(官邸ホームページ参照)。廃棄が完了したのは、小渕の死去後、小泉純一郎首相の時だった。2003年2月、自衛隊のもつ最後の対人地雷が、滋賀県の饗庭野分屯基地で開かれた「対人地雷廃棄完了式典」で、小泉首相自らボタンを押すことで処分された。これには連立与党公明党の関わりが無視できない。なお、水島朝穂『平和の憲法政策論』(日本評論社、2017年)68頁参照。

2008年にはNGOが主導した「オスロ・プロセス」によって、クラスター弾禁止条約が条文化され、署名されている。クラスター弾禁止条約については福田康夫首相(当時)の政治判断で日本は賛成にまわった。福田の態度変更の背後には、当時の浜四津敏子・公明党代表代行の執拗な働きかけがあった(『毎日新聞』2008年5月30日付)。集団的自衛権行使に踏み込む安倍政権に寄り添う公明党のありようとはかなり違って、「平和の党」の看板がまだ生きていた時代のことである。

NGOがコミットした上記二つの条約をベースにして、ICANによる「核兵器禁止条約」へとつながっていくのである。確信をもって決断した小渕、浜四津にせっつかれて揺れ動きながら決断した福田。いずれにしても、日本はこの二つの条約を進める側に立ったことは間違いない。これと比べても、核兵器禁止条約に一貫して反対し、来日したICAN事務局長に異様な冷たさ示した安倍首相の消極姿勢が際立つ。安倍流「積極的平和主義」の壮大なる勘違いのなせる技である。

戦争放棄・戦力不保持を定めた憲法9条の実現には長い時間が必要である。カント『永遠平和のために』第3確定条項にも、「常備軍は、時とともに全廃されなければならない。」とある。すでにABC兵器のうち、生物兵器と化学兵器はすでに禁止条約がある。核兵器は昨年、重要な一歩を記した。通常兵器についても、「特定通常兵器」という形で、合意を得られたところから廃棄・廃止に向かっている。対人地雷とクラスター弾という二つの兵器について、その存在の正当性が剥奪された意味は大きい。安全保障が国家の問題だった時代から、市民もそこに関与できる時代になった。国家間合意である条約の世界に、NGOという市民団体の国際版が関与するようになり、各国の安全保障政策にも影響を与えるようになった。対人地雷禁止条約はその最初の試みということができるだろう。      《文中敬称略》

《付記》
冒頭の左側の写真は、「地雷源あり危険」の標識である。カンボジアで入手したもので、上はパレスチナ自治政府の関係機関が使用したものである。いずれも泥が付着していて使用感がある。
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