なぜ日米地位協定の改定に取り組まないのか―「占領憲法」改正を説く首相の「ねじれ」
2018年2月26日

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日は「2.26事件」82周年である。2年前の直言「「軍」の自己主張―帝国憲法の緊急事態条項と「2.26事件」80周年」で詳しく書いたので繰り返さない。ただ、その末尾で触れた石橋湛山(自由民主党第2代総裁、内閣総理大臣)が、1939年9月に書いた文章をここで再度引用しておきたい。すなわち、「今日の我が政治の悩みは、決して軍人が政治に干与することではない。逆に政治が、軍人の干与を許すが如きものであることだ。黴菌(ばいきん)が病気なのではない。その繁殖を許す身体が病気だと知るべきだ」(『石橋湛山評論集』(岩波文庫、1984年)211頁)。

バイ菌の繁殖を許してしまう身体とは、軍部の政治への介入を呼び込む政治こそが病んでいるという指摘である。戦前日本における最大の病魔は、政党政治が消滅して、「大政翼賛会」が誕生したことにある。

いま、この国は、「内外の反日分子を一掃せよ」と主張して朝日新聞記者を殺害した「赤報隊」の思想と行動に共感・共鳴する空気が社会の深部と芯部で広まりつつある。国会答弁まで使って朝日新聞攻撃に熱をあげる首相を見ていれば、そうした傾向が援助、助長、促進されることは否定できないだろう。衆参両院で与党が3分の2を占める「一党独走」体制のもと、官僚機構が官邸に忖度・迎合する政治スタイルが定着し、まさに「安倍ファーストの翼賛政治」といわざるを得ない状況である。

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安倍流の「情念的感情政治」は、極端に単純化されたモデルに基づき、イメージと感情に訴え、60年以上維持されてきた集団的自衛権行使違憲の政府解釈を強引に変更した。憲法の認識も理解も怪しい首相が、「憲法復古の大号令」をかけて党内を強引にまとめ、年内に発議までもって行こうと前のめりになっている。「無知の無知の突破力」のすさまじさである。

1月5日、安倍晋三首相は自民党本部で開かれた新年仕事始めで挨拶して、「占領時代につくられた憲法をはじめ、さまざまな仕組みを安定した政治基盤の中で変えていくことだ」と述べた(『産経新聞』2018年1月6日付)。そこで安倍首相に聞きたい。行政協定から日米地位協定へと、日本が(一応)独立国家となって以降、66年近く存在する米軍の地位に関する協定をなぜ見直そうとしないのだろうか。沖縄は、独立主権国家とは思えないような深刻な状況にある。米軍基地は、日本の国内法的には国外である

米軍機の事故やトラブルが続き、昨年12月には普天間第二小学校の運動場に大型輸送ヘリの窓枠が落下した。体育の授業中で、児童が近くにいた。落下地点が少しずれただけで大惨事になるところだった。今年1月には同じ普天間飛行場所属機が3回、沖縄県内各地に不時着している。2月9日には、MV22オスプレイの重さ約13キロの部品がうるま市の伊計島で発見された。沖縄県議会は2月21日、普天間の即時運用停止や所属機の民間地上空の飛行中止を求める決議と意見書を全会一致で可決した(PDFファイル)が、そこには「沖縄は植民地ではない」という非常に強い文面が含まれている。

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沖縄だけではない。本土の基地周辺でも住民の命を危うくするような米軍機の事故が起きている。昨年の5月3日「日本国憲法施行70周年」に仙台市で講演したが、翌4日には青森市でも講演した。終了後、レンタカーを借りて青森県内を3日間走り、最後は核再処理工場の六ヶ所村まで行ったが、途中、小川原湖にも立ち寄った。ヨシ原がどこまでも続く。車のなかから、三沢基地に着陸する態勢に入ったF16戦闘機を目撃した。その三沢基地所属のF16戦闘機が2月20日、離陸直後にエンジンから出火して、燃料タンク(増槽)を2個、小川原湖に投棄して基地に引き返したのである。湖にはシジミ漁の船がいて、最も近い漁船から約200メートルのところにタンクが落下したという(『毎日新聞』2月21日付など参照)。

湖面にはジェット燃料の油膜が広がり、油が回収されるまで、漁は全面的に見合わされている。シジミやワカサギなどの漁の最盛期で、この湖はシジミ漁獲量が全国3位である。メディアの取材に応じた組合長は、米軍から詳細な報告がないことに憤りを示し、「謝罪の一言すら全くない。(組合員の)命が取られる間際までやられたのに」と声を詰まらせた(TBS「ニュース23」より)。日米地位協定18条(PDFファイル)により、「合衆国のみが責任を有する場合」でも、損害に対して「その二十五パーセントを日本国が、その七十五パーセントを合衆国が分担する」と定められている。実際、漁協への補償の大半は日本政府が負担することになるだろう。なお、米軍によって湖面に広がった油膜をとるために、県知事の要請による「災害派遣」(自衛隊法83条1項)として、海上自衛隊大湊地方隊から30人が、オイルフェンス設置や吸着マットによる流出燃料の除去、燃料タンクの破片の回収にあたった。米軍は何もしなかった。

実は、沖縄の普天間二小の事故後、すべての学校の上空は飛行しないと米軍が表明したにもかかわらず、1月18日にヘリ3機が飛行した。防衛省は飛行の事実を確認して米軍に抗議したが、米側は飛行の事実を認めなかった。しかし、3機が映る監視カメラ映像が全国ネットで流れ、沖縄では抗議の声が高まっていた。2月23日にヘリ1機が普天間二小の上空を飛行した事実については、なぜかこれを直ちに認め、初めて謝罪した。一事が万事である

安倍首相は憲法改正には異様な熱意を示すわりには、米軍基地問題や地位協定改定についてはきわめて冷淡である。1月26日、民進党の藤田幸久参議院議員は、安倍首相の施政方針演説に対する代表質問のなかで、日米地位協定の問題について、祖父の岸信介元首相の名前を出して追及した。議事録から当該箇所を引用しよう(第196回国会・本会議平成30年1月26日)。

藤田幸久議員(民進党)・・・沖縄県では、昨年以来、ヘリコプターの墜落、普天間第二小学校での窓枠落下などの事故が頻発しています。一国の防衛大臣が米軍に再発防止をお願いし無視し続けられるのではなく、飛行中止を命令すべきではないですか。また、米軍任せではなく、米軍機の点検に日本政府が関わるべきです。防衛大臣の答弁を求めます。
      普天間第二小学校の事故後もヘリコプター三機がその上空を通過した事実を米軍側は認めていません。総理、日本を取り戻すというなら、独立国家としての主権を取り戻すためにトランプ大統領に直談判すべきではありませんか。
      事故の原因究明を妨げているのが日米地位協定です。安倍総理は、日本国憲法は占領期に押し付けられた憲法であり、改憲すべきとの考えですが、米兵の刑事裁判権や身柄引渡制限など、国民が米国による押し付けを実感しているのは、憲法よりもむしろ日米地位協定ではないでしょうか
      岸信介総理はかつて、日米地位協定の前身の日米行政協定には極めて不都合な事態が残っており、改定したいと国会で述べています。現在の日米地位協定においても、米兵の刑事裁判権や基地の管理権等の不都合が続いています。総理、岸総理の遺志を引き継ぎ、憲法改正よりも日米地位協定の改定を急ぐべきではありませんか。(強調は引用者)

言葉を選んだ鋭い追及、まさに正論である。独立国家としての主権を取り戻せ。押しつけられているのは地位協定だ。改憲より優先すべきは、不平等な日米地位協定の改定である、と。

米軍マッチ

米軍は全世界に基地を置き、その施設内にカフェや将校クラブを置いているが、これはそこで配られたマッチである。すべて研究室に展示してある。私は、日米安保条約体制は「迎合、忖度、思考停止の「同盟」」であると主張してきた。日米間のまともな安全保障条約を結び直すことが必要である。当面は、地位協定の不平等部分の是正からはじめるとしても、いずれは根本的な組み換えが必要になってくる。

在韓米軍地位協定について韓国でも改定への動きがあり、ドイツも90年代にNATO軍地位協定を改定した。日本だけは、米国を忖度して、一度も改定の交渉もせず、ひたすら運用の改善と米軍の「好意的配慮」に委ねている。2月15日に全国知事会米軍基地負担に関する研究会で、沖縄県の翁長雄志知事は、「憲法の上に日米地位協定がある。国会の上に日米合同委員会がある」と皮肉る挨拶をした(『琉球新報』2月19日付)。日本弁護士連合会の「日米地位協定の改定を求めて」(PDFファイル)や、沖縄県の「日米地位協定の見直しに関する要請」などがすでに出されているが、外務省の対応は米国を過度に忖度した、完全に腰の引けたものである(「日米地位協定のQ&A」)。

いま、憲法改正についてあれこれ「対案」を出せなどといって、野党のなかでも浮足だった議論が目立つが、こういう「憲法論戯」については来週の「直言」で批判する。ここでは、地位協定の改定を論ずるなら、その歴史と実態をしっかり踏まえた議論が必要だということを指摘したい。その点で、かっこうの本が最近出版された。明田川融『日米地位協定――その歴史と現在』(みすず書房、2017年)である(冒頭の写真左側参照)。共同通信文化部から書評を依頼されたので引き受けた。私の書評は『北日本新聞』2018年1月28日付を皮切りに、全国各地の地方新聞の文化欄に掲載された。ここでは、『山梨日日新聞』の紙面(PDF)をリンクしておく。

《書評》明田川融『日米地位協定――その歴史と現在』(みすず書房、2017年)

米国は世界に800以上の軍事基地を置き、45の国と地位協定を締結している。そのなかで、日米地位協定の「不平等協定」性は際立っている。本書は、その生成と展開の過程を歴史的に追いながら、米側が享受している特権や減免措置、日本法令の特例や適用除外の設計と運用の問題性に切り込む意欲作といえる。

例えば、類例のない「全土基地方式」。「日本区域の全土が、軍隊(米軍)の防衛作戦のための潜在区域」とみなす発想は、マッカーサーの「6・23メモ」に遡及する。やがて「小突きの序列」を経由して、本土の基地は沖縄へとしわ寄せされ、「無期限ないし半恒久的な“基地のシマ”というリアルが続いている。

「安全保障の領域で、モノ・カネ・ヒトの三分野にわたって米国にこれほどの協力を与えている国が他にあるだろうか」と著者は問う。米軍駐留経費負担率はドイツ約3割、イタリア・韓国約4割に対し、日本は7割超。1978年度からの「思いやり予算」は年々増額され、今年で40年になる。

米兵犯罪についても、日本側刑事裁判権の最小化が進み、日本側が第一次裁判権を有する事件のうち、実に97%が放棄されたという。背後には密約の存在があった。ドイツや韓国などは地位協定の改定に取り組んできたのに、日本だけは専ら運用改善で対応しようとしている。安倍晋三首相は憲法改正にことのほか熱心なのに、地位協定改定にはあきれるほど冷淡であるのはなぜか。

かねて評者は「迎合と忖度の日米安保」と言ってきたが、著者は日米安保の「体制疲労」を指摘する。協定の上位にある条約の根本的再検討が求められるゆえんである。

なお、本書が協定の政治史的考察に主眼があるため、条文上のさまざまな仕掛けについては、本書の視点からのさらなる読解と分析が必要だろう。

「安全のために基地は必要だ」というところで立ち止まり、思考停止してしまわないために、本書をおすすめしたい。          (水島朝穂 早稲田大学教授)


『北日本新聞』2018年1月28日付、『南日本新聞』同、『高知新聞』同、『熊本日日新聞』同、『山陰中央新報』2月4日付、『神戸新聞』同、『山梨日日新聞』同、『埼玉新聞』同、『愛媛新聞』同、『新潟日報』同、『京都新聞』同、『岩手日報』2月11日、『信濃毎日新聞』同ほかに掲載。
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