読売マッチポンプの罪— —安倍流「憲法改ざん」と前木政治部長
2018年5月7日

写真1

写真2

本国憲法施行71年は愛媛県松山市で講演した。2001年5月3日は徳島市、2008年は高知市、2012年は香川県高松市でやっているので、今回、四国全県で憲法記念日の講演をしたことになる。この日、ひめぎんホール(愛媛県県民文化会館)には1000人もの人々が詰めかけ、「憲法の改正か、憲法の改ざんか」という私の話を聞いてくださった(『朝日新聞』5月4日愛媛県版)。市内の別会場では、改憲派の人々が集会を開いた。講演者は加戸守行愛媛県前知事。1カ月前の加計学園獣医学部「入学宣誓式」にアカデミックガウンを着て登場し、「魔法にかけられることで出産した獣医学部」と挨拶した人物である。加戸氏の講演のあと、「憲法に我が国の独立と平和を守る自衛隊をしっかりと明記し、自衛隊の違憲論争に終止符を打たなければならない」と主張する安倍首相のビデオメッセージが放映された(南海放送5月3日夕方のニュースの中盤を参照)。このメッセージは東京や鹿児島など、全国各地の改憲派の集会で流された。背後の景色も構図も顔のテカリも1年前とほとんど同じ。ネクタイの違いで別の日とわかる。

写真3

昨年5月3日に唐突に流されたビデオメッセージは、その日の『読売新聞』一面トップの首相単独インタビューと同一内容で、9条2項を維持した上で、「自衛隊を明文で書き込む」という提案だった。そのため、9条2項を削除して「国防軍」を設置する改憲草案を公にしていた自民党は混乱した(詳しくは直言「安倍首相と渡邉読売の改憲戦術」参照)。国会でもこの「加憲」提案について質問が集中したが、首相は、「読売新聞をよく読むように」と答弁したことは記憶に新しい。前木理一郎政治部長は、このインタビューの「功績」によりただ一人、社長賞と賞金を受け、社内でブーイングが起きたという

その『読売新聞』は憲法記念日を前にして、4月30日付で、憲法に関する世論調査結果を公表した。「憲法改正 賛成51%」「自衛隊「合憲」76%」の見出し。憲法を「改正する方がよい」は51%、「改正しない方がよい」は46%だった。改正賛成が反対を上回ったのは2015年調査以来3年ぶりという。安倍首相の自衛隊「加憲」の方針については、「賛成」55%、「反対」42%だった。自衛隊の存在が「合憲」と思う人は76%に上り、「違憲」は19%で、憲法への自衛隊明記に「賛成」と答えた人の割合は、合憲派で57%、違憲派で52%となり、いずれも半数を超えたと記している。

憲法とは何かについて、安倍首相が今年1月の施政方針演説で、「国のかたち、理想の姿を語るのは憲法だ」と述べたのに対して、立憲民主党の枝野幸男代表は、憲法を「主権者が政治権力を制限するルール」だと指摘した。『読売』世論調査では、「国のかたちや理想の姿を語るもの」が60%、「国家権力を制限するルール」が37%だったという。この結果は日本の憲法教育の弱点を反映しているともいえるが、それにしても、安倍首相の憲法理解が、そんなに国民の多数に支持されているというのはにわかに信じられない。他社の調査と比較しても、『読売』の調査結果には、何から何まで、政権に好都合な数字ばかりが並ぶ。

『読売』世論調査で特筆すべきは、「感情温度」という分析枠を設けたことだろう。自衛隊に対する「気持ち」を0∼100度で答える「感情温度」の高低で5つのグループに分けて、安倍流「加憲」(9条への自衛隊明記)の賛否を分析すると、温度が高いほど、賛成の割合も多かったという。最も温かい76∼100度の人では賛成61%、反対35%。「中立」の50度の人では、賛成48%と反対50%が拮抗し、最も冷たい0∼24度の人では賛成41%、反対57%だった。

『読売』調査の結果は特異である。『朝日新聞』5月2日付が「安倍政権での改憲に反対」58%、9条「加憲」の首相案に反対53%という見出しを一面トップに掲げて、昨年調査よりも「反対」が増えたと報じている。『毎日新聞』5月3日付は「9条自民改憲案 世論二分」として、「反対」31%、「賛成」27%をいうが、「わからない」29%と「無回答」13%を合わせた42%が見えざる多数派ではないのか。NHKの5月3日朝7時のニュースで公表された世論調査結果は、「賛成」29%、「反対」27%、「どちらともいえない」39%で、「賛否拮抗」と伝えたが、国民の多数は憲法を変えることに積極的な態度をとれず、慎重な姿勢を示していることが見てとれる。「賛否が拮抗」という表現は正確ではない。なお、『日本経済新聞』と「テレビ東京」の5月2日付の世論調査結果では、憲法について「現状のままでよい」が48%(昨年より上昇)、「改正すべきだ」が41%(昨年より下降)だった。

そもそも憲法改正の賛否を一般的に問うという質問の仕方自体がおかしい。こんな形の設問は日本だけである。「民法改正に賛成か、反対か」と問われて、どう答えるだろうか。憲法の具体的条文を挙げ、そのどこを、どう変えることに賛成か、反対かを問うべきなのである(拙著『はじめての憲法教室—立憲主義の基本から考える』集英社新書、28頁「設問にならない設問」参照)。

それはともかく、こうした問い方をしてもなお、国民の多くが憲法改正に必ずしも積極的ではないことが各社の世論調査から共通して確認できる。その点、『読売』の場合、安倍政権に有利な結論への誘導の疑いがある。それは、今回の調査の場合、「感情温度」を基準にしていることからもいえる。憲法改正という国の基本法の改変に関わる、すぐれて理性的な問題に対して、「感情」や「温度」を尺度にすること自体に違和感がある。

この世論調査を報ずる見開き頁には、ことさらに憲法学と憲法研究者に難癖をつける人物のコメントが掲載されている。「多くの憲法学者が自衛隊を「違憲」としているなら、国民の多数意識とは明らかに乖離しているが、権威のある学者の意見として、国政に与えている影響は大きい。安倍首相がこうした不健全な状態を解消したいと考えるのは、妥当な発想だろう」とヨイショしているが、過度に「東大系憲法学者の権威」を言い立てる歪んだ心象風景もついにここまできたかという感がある。なお、5月3日付『読売』社説も、「自衛隊違憲論の払拭を図れ」という見出しのもと、「多くの憲法学者は自衛隊は「違憲」との立場を取る。・・・違憲論を払拭する意義は大きい」と、安倍流「加憲」へのエールを送っている。

安倍首相は、2016年2月3日の衆院予算委員会で、後に防衛大臣を辞任することになる稲田朋美議員の質問に対して、「7割の憲法学者が、自衛隊に憲法違反の疑いを持っている状況をなくすべきではないかという考え方もある」と答弁していた。それが1年3カ月後の9条「加憲」提案となり、先週のビデオメッセージで、「違憲論争に終止符を打たなければならない」理由として、「「自衛隊は合憲」と言い切る憲法学者は2割にとどま(る)」ことを挙げた。違憲論者が7割、合憲論者が2割。何とも計算が合わないし、憲法学という学問の世界に、こうも政治的なカウントを持ち込むこと自体が不適切であり、かつ学問の自由に対する侵害ともなりかねないものである。それはひとまずおくとして、ここでは、読売新聞社が、3月にわれわれ憲法研究者に対して行ったアンケート調査について触れておこう。

3月26日付消印で、「憲法に関するご質問について」という文書が研究室に届いた。送り主は読売新聞東京本社編集局総務兼政治部長の前木理一郎氏である。これまでの他社のアンケート調査はすべて、社会部から送られていたので、「政治部」という封筒の表記からして、これは怪しいというのが第一印象だった。二度にわたる郵便での送付にも、メールでの督促にも一切返信しなかった。私がこの調査への回答を拒否することにしたのには二つ理由ある。

一つは、調査手法が安易で簡易、サンプルの使い回しだったからである。この調査は、憲法に関する重要判例を解説する『憲法判例百選』I、II(第6版)(有斐閣、2013年)の執筆者210人のうち、故人や連絡がつかなかった人を除く203人を対象にしたという。この第6版は5年前に出版されており、その間、そこに原稿を寄せていた同僚の今関源成氏と西原博史氏が急逝している。5年も前に出版された本の執筆者に聞いても、いまの憲法学界の声を代弁したことにはならない。サンプルが古いというだけではない。2015年の安保関連法案の審議過程で、東京新聞やテレビ朝日「報道ステーション」がすでに使ったサンプルだったからである。当時はまだ出版から2年もたっていなかったので、サンプルとして使われることに私も抵抗はなく、それぞれに回答した。今回の『読売』調査は、同じサンプルを使い回すというその安易さが許せなかったのである。

写真4

ちなみに、2015年当時、NHK社会部が行った憲法研究者のアンケート調査は、憲法・行政法の最大学会である日本公法学会の会員・元会員(名誉教授)1146人にアンケートを郵送して行った地道な調査だった。この時は、私はすぐに回答したのを覚えている。その結果については、NHK上層部が安倍政権に過度に忖度して、当初予定していた7時のニュースでの公表を止められ、結局、「クローズアップ現代」の枠のなかで短く紹介されたにすぎなかった。ニュースで流れれば、安倍政権に愉快でない結果になっただろう。私は調査結果を独自に円グラフにして紹介した(直言「NHK憲法研究者アンケートのこと」)。なお、この「直言」の円グラフを拡大パネルにして、国会で質疑に使った野党議員もいた。

私が『読売』調査に応じなかった理由のもう一つは、前木政治部長名でアンケートが送られてきたことに関連している。どの新聞も通常この種の調査は社会部が実施主体だが、この調査だけはなぜか政治部が行っていた。前木政治部長が社長賞をとった「安倍単独インタビュー」の1年後に、前木部長を責任者として、「自衛隊違憲論を払拭するために改憲は必要」という安倍首相の無茶苦茶な論理を補強する目的で憲法研究者アンケートを実施する。安易で簡易な調査手法による、政治部主体の高度に政治的なアンケート調査には協力できない。これが私の回答拒否の理由である。

『読売』5月2日付によれば、4月24日までに59人から回答を得たという。回答率はわずか29%。3割にも満たない回答で、これを「憲法学者の見解」として大新聞が総合面トップに公表したわけである。恥ずかしいとは思わないのか。調査対象者の7割以上が回答しなかったという事実は重い。とはいえ、回答した友人や同僚たちは、この作為的なアンケートに対しても、言葉の真の意味で誠実に、真摯に、丁寧に対応していた。その一端は、5月2日付紙面からも見て取れる。

「若手学者に自衛隊合憲論」「憲法学者意向調査」という見出し。「国民の間で合憲論が浸透している自衛隊について、半数超が「違憲」と回答するなど、世論との隔たりが大きいことが明らかとなった。その一方、中堅・若手の間では合憲論が目立ち、憲法学界の潮流の変化の兆しがあることも分かった」というリード文からして問題である。回答者59人のうちの31人が「違憲」、21人が「合憲」と答えたからといって、「憲法学界の潮流の変化の兆し」と断定するのは、いかにも強引である。憲法研究者は政治的主張としてではなく、憲法解釈として学問的に回答しているのであって、紙面に紹介されている同僚たちの主張からそれがうかがえる。

「自衛隊の合憲性に関する回答を年代別に見ると、50歳代、60歳代、70歳以上では「違憲」が多数を占めたが、30歳代と40歳代では「合憲」が多く、世代間の温度差がうかがえた」という記述が14版にあるが、13版では年代間の違いは淡々と事実のみが書かれていた。14版で「世代間の温度差」という文言が挿入され、ことさら世代間の違いを強調して、メイン見出しの「若手学者に自衛隊合憲論」につなげようとしていることがわかる。

問題は、この回答率29%の失敗した調査から強引に、「憲法学者」は世間の常識とずれている、若手に合憲論の兆しがみられるという、安倍首相に都合のいい、恣意的な結論を導いていることである。これはアンケート調査としては邪道である。

写真5

写真6

たまたま松山で泊まったホテルで『読売新聞』大阪本社13版を入手した(左側の写真)。それと、自宅から持ってきた東京本社14版(最終版)を比較してみた(右側の写真)。その結果、加筆、修正、見出し追加が確認できた。まず、「全体では「違憲」半数超」という見出しは、「「違憲」半数超 世論と隔たり」に修正された。憲法学者の常識は世間の非常識といいたいのだろう。一番の変化は、13版で、「自民改憲案へ懸念示す」という見出しで「任務拡大する恐れ」「違憲論争決着せず」というそれぞれの意見の小見出しがあったのがバッサリ削除され、「首相「論争に終止符 責務」」という見出しに変えられたことだろう。何人かの憲法研究者の意見を削って、5月1日にヨルダンの首都アンマンで行った安倍首相の記者会見の内容が書き込まれている。「違憲論争に終止符を打つことが今を生きる政治家としての責務と考える」という言葉も。13版段階で担当記者たちがまとめた憲法研究者の意見を無造作に削って、安倍首相の「思い」を書き込んだわけである。

憲法研究者の意見を紹介する囲みの部分でも、「首相は、憲法学界の違憲論解消を改憲の目的の一つとしており、意向調査の結果はその論拠を補強するものになっている」という、13版にはなかった文章が挿入されている。しかも、13版ではこの囲みの部分は、憲法研究者の意見だけでまとめられていたのに対して、14版では、「自民党の高村正彦副総裁は「我々は政治家であって学者ではない。政治家が作らなければならないのは理論的にベストの案ではなく、『実現可能なベストの案』だ」と主張している」という文章が結びの部分に挿入されている。せっかく担当記者が、アンケートの意見をまとめた記事に仕上げたのに、それが高村氏特有の高飛車な物言いで締めくくられている(直言「「100の学説より一つの最高裁判決だ」?!」参照)。13版から大きく変わったのは特にこの部分である。

13版の締切りは午後11時前後、最終14版の締切りは午前1時くらいまでいく。紙面構成からして、企画もののアンケート調査のようなものは13版段階で確定するのが通常で、早版の地方にも、14版の東京・大阪にもほぼ同じ紙面が届く。総合面の企画ものにここまで極端な変更が加えられたのはきわめて異例といえる。2日付朝刊担当デスクのレベルを超えて、局デスク(編集局次長)級か、あるいは前木政治部長自らが午前0時から1時の間に直接手を加えたのではないか。安倍首相のヨルダンでの記者会見は1日夜だから、それをできるだけ反映させるべく忖度して、自ら手を入れていったのだろうか。憲法研究者が誠実に回答したものを、こうまでねじ曲げ、最後は高村副総裁お得意の、「憲法学者なんぞが決めるのではない、我々政治家が決めるのだ」という趣旨の傲慢無知の言説で結ぶ。これほど、回答した59人に失礼なことはない。回答率3割以下という、アンケートとしては失敗したものが、予想以上に露骨な政治利用をされたのである。こうなったのも、前木政治部長と安倍首相との不自然かつ異様な距離と関係しているように思う。

前木氏は2016年6月1日付で社長室秘書部長から政治部長に就任後、10月21日に赤坂の日本料理「古母里」で3時間近く首相と会食。昨年の首相単独インタビューを行った4月26日の前々日の24日午後6時半から、日本料理店「千代田」で2時間近く会食している。そして、インタビュー掲載後の5月29日には、赤坂の居酒屋「うまいぞう」で3時間、今年1月31日にはレストラン「赤坂ジパング」で3時間近く、それぞれ会食している(朝日「首相動静」、読売「安倍首相の一日」参照)。頻繁に首相と飲み食いする者は、欧米のジャーナリストの間では軽蔑の対象でしかない(直言「メディア腐食の構造—首相と飯食う人々」)。

こと憲法改正に関しては、この新聞社は異様である。1994年11月に初の「読売改憲試案」を出して以降、2000年の「第2次試案」、2004年の「第3次試案」と、折に触れて改憲をあおってきた。安倍政権誕生後は読売の改憲試案は歴史的使命を終えて、安倍首相に期待する傾きが強くなる。それにしても、この政権の危なさは、憲法軽視や憲法無視の段階をとうに超えて、憲法蔑視の世界に入っていることである。安倍首相の「無知の無知の突破力」は手ごわい。とりわけ、憲法研究者の違憲論の一掃、「違憲論争を払拭」という物言いはかなり危ない。直言「再び、憲法研究者の「一分」を語る—天皇機関説事件80周年に」でも書いたが、戦前の文部省が、全国の憲法学に圧力をかけて、天皇機関説を一掃するため動いたことがいま、リアルに想起される。天皇機関説という一つの学説を、全国の大学から「一掃」したのである。その目的のためには手段を選ばず、だった。本「直言」冒頭の左側の写真は、文部省思想局『秘・各大学ニ於ケル憲法学説調査ニ関スル文書』である。

安倍首相は、「96条改正」に始まり、「お試し改憲」を経由して、昨年から9条「加憲」という目茶苦茶な提案を党にも押しつけている。そして、「憲法学者の違憲論の一掃」をいう。これは、学問の自由の存立にかかわる。読売新聞社は、9条「加憲」論を押し出しておきながら、憲法研究者からの当然の批判を「世論との隔たり」といってたたく。まさに「マッチポンプ」ではないか。

なお、読売傘下の中央公論新社が発行する月刊誌『中央公論』6月号(5月10日発売)に、今回のアンケート調査に協力した憲法研究者の意見が掲載される予定という。同誌の編集方針からすれば、「憲法学界の潮流の変化の兆し」の紹介に力点が置かれるだろう。ここでも、アンケート資料の政治的利用(使い回し)が狙われている。

トップページへ