米朝首脳会談の先に見えるもの——東アジアの歴史的転換へ
2018年6月18日

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1976年4月、大学院に入学した直後、修士1年生の多くが受講する「法哲学特殊研究」の授業。担当講師は東京都立大学(当時)総長の沼田稲次郎先生で、20名近い参加者が「戦後改革」について、農地改革や家族制度改革、教育改革などについて、それぞれの専門に近いテーマを選び、報告する。最初のグループが報告していたとき、突然、先生の大きな声が教室に響いた。「1945年に敗戦になり、その直後の改革の意義を大きくつかめ。すぐに限界がどうのと言うな」。報告者は真っ青になった。私も公務員制度改革の限界面をあげつらう報告を準備していたので、徹夜でレジュメを書きかえた。「天皇の官吏からシビルサーバント(公僕)へ」の理念的転換の意義、歴史を根本からしっかりつかむことを教えられた。

私が学生を教える立場になり、1989年9月に北海道の大学から広島大学に着任し、授業を始めて1カ月ほどたった11月9日、「ベルリンの壁」が崩壊した。その直後の授業の日、学生たちは教室の外で私がくるのを待っていた。もちろん、予定を変更して壁崩壊の意義を熱く語った。彼らの目も輝いていた。着任早々だったが、同僚たちの理解を得て、壁崩壊の1年3カ月後に旧東ベルリンに住んで、激動するドイツを取材することができた。1979年から2度ほど冷戦時代の旧東ベルリンを訪れたことがあったが、当時は「壁」がなくなるなどとは夢にも思わなかった。だからこそ、東西ベルリンを、検問所で警備兵の鋭い眼差しにたじろぐこともなく、自由に行き来できることのすばらしさを体感したのだった。「11.9」(壁崩壊)は世界史的な転換であり、ヨーロッパにおける「冷戦」の終わりを意味した。その後さまざまな問題が噴出してきたが、人々の自由、とりわけ「居住・移転の自由」を暴力的に制約していた「壁」がなくなったことの歴史的意義は巨大である。

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アジアにおける「冷戦」の現場である38度線「非武装地帯」(DMZ)に2度行った。左の写真は板門店の警備兵とのツーショットであり、右側は京義線の都羅山駅(韓国側の終点)の先にある、国境地帯をまたぐ鉄橋で撮影した。すぐ横には韓国の人々がそれぞれの思いを書いた布が結びつけてあった。詳しくは、金大中大統領時代の2002年11月の直言「変わる38度線・韓国レポート(1)」と、盧武鉉大統領時代の2004年6月の直言「38度線の「いま」を診る」を参照されたい。

さて、ここからが本論である。先週の火曜日、6月12日、シンガポールで米朝首脳会談が行われた。授業日ではなかったので、朝8時過ぎから自宅でずっとNHKの特別番組をみていた。岩田明子解説委員が出てくると他局にチャンネルをまわして、長時間テレビにくぎ付けになっていた。冒頭の写真のように、12日夕刊各紙の見出しは「米朝首脳初会談」で、『東京新聞』だけが「史上初」と入れた。ところが、翌日朝刊になると微妙に分かれた。『朝日新聞』が妙に引いていて、「正恩氏、「非核化」約束」と指導者個人に還元したトーンで、『毎日新聞』の「北朝鮮「完全非核化」約束」とは距離がある。『産経新聞』の「北、検証なき半島非核化」が、見出しにまで限界面を押し込んで、会談の意味を薄めている。「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)が明確にされていないことが最大の理由である。

だが、「米朝首脳会談 共同合意文」の4つの項目を見ると、重要なことが確認されている。

(1) 米国と朝鮮民主主義人民共和国は、平和と繁栄のための両国民の要望に基づき、新しい米朝関係を構築することを約束する。
(2) 米国と朝鮮民主主義人民共和国は、朝鮮半島における持続的で安定した平和体制を構築するための努力を共にする。
(3) 2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、朝鮮民主主義人民共和国は朝鮮半島の完全な非核化のため努力することを約束する。
(4) 米国と朝鮮民主主義人民共和国は、すでに発見された遺骸の即時的な本国送還を含む、戦時捕虜と戦闘中行方不明者(POW/MIA)の遺骸発掘を約束する。

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一般的・抽象的で、抜け道がたくさんあるというのは正しい。だが、ここで3つのことを指摘しておきたい。

第1に、「あの二人」が直接顔を合わせ握手して、会談をしたという事実である(ハンバーガーを食べるという予測は外れたが)。一方は、世界を憎悪と不幸の方向に大きく転換させ、アラブ系住民の入国を禁止するなど「非立憲」の象徴となり、地球温暖化対策のパリ協定やイラン核合意からの離脱、エルサレムへの米国大使館移転、直前ではG7サミットを引き裂くなど、世界秩序の破壊者として振る舞っている「あのトランプ」である。他方は、核とミサイルを「国際政治的玩具」としてもてあそび、軍事的緊張を極度に高めて、外交交渉の手段に使うのを「瀬戸際外交」として駆使しつつ、国内では徹底した人権侵害を行い、党・国家運営の柱であった叔父を四連装対空機関銃で「処刑」し、異母兄を暗殺した「朝鮮君主主義臣民共和国」の三代目指導者である。それぞれの意図や不純な動機は当然のようにあるだろう。ほんの9カ月前までは、お互いを「錯乱した老いぼれ」、「小さなロケットマン」と罵倒して、いまにも戦争になるような勢いと傾きだった。その二人が握手をして、ワーキングランチまでしたのである。トランプは自分専用の直通の電話番号まで教えて、少なくとも双方はコミュニケーションをとろうとしている。この事実は大きい。

第2に、まがりなりにも、二人が国家を代表して、国家間の合意文書を作成して、世界に公表したことである。先の4点の合意内容は、少なくとも戦争状態にはならない、平和的な関係に向かって努力する決意が示されている。「朝鮮半島の完全な非核化」という文言は、「完全かつ検証可能で不可逆的非核化」(CVID)とはかなり距離がある。だが、具体化はこれからである。今後の動き次第では、東アジアの「安全保障環境」が激変することになろう(来週の「直言」参照)。加えて、4点目にある戦争捕虜(POW)に加えて、戦闘中行方不明者(MIA)の遺骸発掘という下りも注目される。休戦から終戦への大きな流れをつくっていく、その最初の一突きになるかもしれない。どんなに不十分な内容であっても、平和に向けた国家間の合意文書ができたことをきちんと評価すべきだろう。「正恩氏、「非核化」約束」という『朝日新聞』の見出しは、そのあたりを一番低く評価するもので、違和感がある。

第3は、世界中がテレビやネットを通じて、リアルタイムでその一挙手一投足を注目するなかでの会談であり、「共同合意」だということである。去年の秋ごろのような、今にもミサイルが飛び交いそうな空気はまったくなくなり、世界中が目撃するなかで、お互いの顔が見える関係が生まれたことである。武力行使へのハードルは双方ともに相当高くなったことは事実だろう。北朝鮮やトランプへの反発はなおあっても、双方が対決するような事態は望まないという世論や空気が生まれたことは、「平和のエアクッション」として、この地域に平和的関係を築いていく上での重要な基礎が生まれたといえるだろう。

「6.12」がそうした歴史的な転換を意味するにもかかわらず、6月13日に大学に行っても、学生たちの話題にすらのぼらなかった。ゼミ生でさえ、一人も話題にするものがいなかった。29年前の「ベルリンの壁」崩壊時の学生たちのような興奮は、まったく見られない。金正恩とトランプなのでクールに見ているということなのか。そもそも関心がないのか。スマホに一瞬で出てくる、「Yahooニュース」の短く、偏った「記事」だけで知識を得ているせいなのか。どうせ「あの二人」のことだからと冷笑的に見ているのか。『朝日新聞』を含む日本のメディアの、歴史的な転換を見据えない、限界や弱点の指摘ばかりが目立つ報道は何なのだろうか。その点、韓国の『ハンギョレ新聞』6月13日付(電子版)社説が一番しっくりきた。以下、要約して紹介しよう。タイトルは、「手を取り合った金正恩・トランプ 「巨大な変化」が始まる」である。

社説は、「両首脳の出会い自体が「歴史的事件」」ととらえ、「“非核化ロードマップ”の具体化はできなかったが、今後の会談通じて朝鮮半島の平和を。北朝鮮と米国が新しい時代の扉を開いた」というリード文で始まる。

「6・12朝米首脳会談の最も大きい成果は、共同声明という形で「完全な非核化と体制安全保証」の約束を盛り込み、両首脳が直接署名したものということができる。これとともに両首脳は「新しい北朝鮮と米国の関係」を樹立していくことにした。このような内容を込めた共同声明を両首脳の名前で出したことだけでも、今回の会談は成功として記録されるに値する。会談が開かれる直前まで果たして合意文が出されるか、出されるならばどのような形になるかをめぐってさまざまな観測があったが、共同声明という公式性の高い形で両首脳の意志を入れたことは積極的な意味を付与されるものだ。金委員長が署名に先立ち、「世の中は重大な変化を見ることになるだろう」と述べたように、この共同声明で両国の関係が今までとは違う根本的な変化に向かう道が開かれたといえるだろう。

「今回の首脳会談で最も関心を集めたのは「完全で検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)に両国が明確に合意するかということだった。・・・結局CVIDとCVIGつまり「完全な体制保証」が対等交換される最も高い水準の合意には至っていないと言える。・・・しかし、この程度の合意に至ったこと自体を低く評価する理由はない。4・27板門店宣言が過去の南北間の宣言や合意を徹底的に履行すると明らかにしただけに、この内容で事実上CVIGに代わるものと見る余地もある。・・・北朝鮮と米国の関係前進と北朝鮮の非核化の加速化に重要な力になるものと見られる。」

「今回の朝米首脳の出会いは、文在寅大統領が果たした仲裁者の役割に力づけられた部分が大きい。朝鮮半島の運転者として危険で難しい時も運転席から離れずに、ついに首脳会談成功まで引き出した文大統領の努力がなかったら、北朝鮮と米国はこれほど早く関係正常化の出口を開けなかったであろうことは言うまでもない。文大統領は今後も朝米関係の道案内役として、両国の関係が確固たる正常な軌道に乗る時まですべての努力を惜しんではならない。・・・北朝鮮と米国は首脳会談を通じて前例のない変化を約束したが、まだ朝鮮半島非核化と平和定着の初めての関門を通過しただけのことだ。前に進まねばならない道にどんな障害物があるか分からない。このすべての難関を越えてこそ、真の平和と繁栄の時代が開かれるといえる。南北米は困難が近づくたびに互いに心を寄せ合い、知恵を発揮するよう願う。」

東アジアの歴史的な転換の意義、そして限界、それを今後の課題として提示する視点も明確である。文在寅大統領が、「朝鮮半島の運転者として危険で難しい時も運転席から離れずに、ついに首脳会談成功まで引き出した」という表現には、高速道路を逆走するかのような安倍首相の顔を思い浮かべた(直言「憲法政治の「幽霊ドライバー(Geisterfahrer)」参照」。「安倍トーン」の「圧力」一辺倒を貫き、「対話」を拒否してきた安倍首相に、この問題を解決する力も資格もない。「資格」という点でいえば、拉致被害者家族会の元副代表・蓮池透さんはインタビューのなかで鋭い指摘を行っている。

「日本が当事者なんだから、拉致問題をアメリカに頼むなんて筋違いだし、ありえない話で、大変恥ずかしいことです。そういう意味では、米朝会談は「安倍外交」の敗北なのだと思います。しかも、安倍さんや政府は、ただのアメリカ頼みなのに、家族や国民に過大な期待を与えている。ほんとうに罪作りだと思います。・・・だいたい今頃になって「北朝鮮と向き合い」って、臆面もなく言っているのか、という話でしょう。だったら、最初からなぜ向き合わないのか。小泉訪朝から16年も経って、ようやく北朝鮮と向き合うってどういうことですか、この態度の豹変は。だったら最初から向き合ってください、としか言いようがない。・・・結局、安倍さんには、北朝鮮への圧力一辺倒でこの状況になり、そのツケがまわってきたという自覚がないんです。・・・安倍首相に辞めてもらって、もっとプラグマティックな外交戦略を持った総理大臣に就任してもらうのが一番早道でしょうが、それができないなら、現政権できちんと情報を入手する努力をしてもらって、国交正常化を同時並行して進めていくことを期待するしかない。・・・」

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拉致被害者家族として、官房副長官以来16年間にわたって「安倍なるもの」(Das ABE)に翻弄されてきたことへの怒りが伝わってくる。蓮池透『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』(講談社、2015年)は、この「直言」でも一度紹介したが、「日朝会談」をあわててセットしようとしている安倍官邸の動きに鑑み、改めて多くの方に熟読してもらいたいと思う。なお、6月16日の読売テレビで、安倍首相は「拉致問題解決は私の責任」として、自民党総裁の連続三選を目指して出馬することを明確にした(『東京新聞』6月17日付「首相が3選出馬へ」の見出し)。

ちなみに、昨日は、旧東ドイツの労働者と民衆が自由を求めて立ち上がった「6月17日事件」から65周年の日だった(直言「「6月17日事件」60周年—立憲主義の定着に向けて(3)」参照)。そして、来週の月曜日、6月25日は朝鮮戦争開戦68周年である。次回の「直言」は、「安全保障環境は劇的に変わった」ということで、米韓合同軍事演習、在韓米軍撤退問題、さらには日米安保条約体制のあり方、辺野古基地移設問題などについて書くことにしよう。

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