「ゆがめられた行政」の現場へ—獣医学部新設の「魔法」
2018年7月9日

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月25日、愛媛県の松山大学で講演した。5月3日の憲法記念講演も松山市だった。今回は、「モリ・カケ・ヤマ・アサ・スパ」の「安倍五大疑獄」(注)の一つの現場を直接見ることも予定に入れた。岡山理科大学獣医学部。学校法人は加計学園であり、理事長は安倍首相の「腹心の友」、あるいはそれ以上の関係とされる加計孝太郎氏である。 (注)モリ(森友学園問題)、カケ(加計学園獣医学部新設問題)、ヤマ(山口敬之〔安倍友ジャーナリスト〕準強姦事件逮捕状執行停止問題)、アサ(千代田区内神田1丁目居酒屋「UZU」経営者の大麻疑惑(「大麻で町おこし」で画像検索!!))、スパ(スーパーコンピューター助成金詐欺事件)

講演の翌日、松山大学法学部の遠藤泰弘教授の車で今治市とその周辺に向かい、現地で福田剛愛媛県議(立憲民主党)に案内していただいた。実は私自身が獣医の4代目を継がずに憲法研究者になったという事情があり、また、息子が獣医学部卒で、獣医師をやっている関係から、「52年ぶりに新設される獣医学部」を見てみたいという純粋な気持ちもあった。獣医学部に必須の設備や実験・研究施設、産業動物臨床実習などがきちんとできるようになっているか。新たに作られる以上、既存の獣医学部にない特徴は何か。獣医学部の学費(6年分)を負担した親の視点からも、新設の獣医学部には大いに関心があったのである。

正門の守衛所で駐車カードをもらい、道路一つ隔てた駐車場へ車を入れる。多摩、春日部といった他県ナンバーが目立つ。学生には車通学は認められていないので、岡山から単身赴任できている職員と、遠方から授業をしにくる教員のものだろう。正門に向かうが、片側一車線の今治市道を渡って正門に入ることは許されず、そこから200メートルほどいったところの信号を渡って反対側の歩道を歩いてもどることを求められた。すぐ目の前なのに、そこに横断歩道はない。駐車場から正門まで行くのにずいぶん面倒な大回りをするものだと思いながら、守衛所の前を通って管理棟A1に向かう(冒頭左の写真参照)。数日前に遠藤教授を通じて申し込んでいたので、案内の職員2人がエントランスのところで私たちを待っていた。

管理棟1階は事務スペースで、右側が学務係、左側が総務・庶務などのセクションだろうか。職員が10人ほど働いているが、この時は学生の姿はなかった。職員のほとんどは岡山から単身赴任で、地元の人はいないという。学務係に対応していただいて、シラバスの入った便覧などを頂戴した。職員の皆さんには誠実に対応していただき、感謝している。

2階にあがると食堂になっている。値段はリーズナブルである。ちょうど昼時だったので、周辺住民がランチに訪れていた。大学なのに守衛所で住所氏名を書いて、胸から登録カードをぶら下げないと入構できない。それでも、市民が10人ほど、カードを胸に下げて食事にきていた。学生は授業中なので一人もいない。案内の職員によれば、市民の利用がけっこうあるとのことだった。

3階は図書館になっているが、何と書架には本が一冊もない。入口に職員が二人座っているが、てもちぶさただった。本はないのかと尋ねると、上の階の書架に8000冊ほどあり、年内に1万4000冊(注1)になるという。完成年度には10万冊というが、これは仰天の数字である。国家戦略特区で設置される「最先端の獣医学部」の図書館にしては、蔵書数があまりにも少ない。それどころか、そもそも大学や学部の新設の際、図書館の蔵書は、大学設置審議会の重要な審査対象となる。カリキュラムは適切か、教員組織はきちんとしているか、図書館の蔵書が十分にあるかなど、設置認可前に厳しい審査をクリアしなければならない。 (注1)同行した福田剛愛媛県議から、職員は「年内に1万2000冊」と言ってい たというご指摘があった。私のメモとは違うのでここに併記しておく。

私は1984年4月に新設された札幌学院大学法学部の初代メンバーとして学部開設に関わったので、大学設置審議会の審査をクリアするため、学部新設の準備がいかに大変だったかを思い出す。図書館に法律関係の専門書や法律雑誌のバックナンバーなどが授業開始前に十分に揃っていることも設置認可の大前提だった。だから、この獣医学部のように、授業が始まっているのに書架に本が並んでいないということは考えられないことである。本がなければ認可はあり得ない。それが認可されたのだから、「魔法のような学部」(加戸守行前愛媛県知事)と形容されるわけである。あらゆる規制を突破できる「国家戦略特区」のなせる技ということか。

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上階にある教養関係の書架をみると、政治や哲学などに10冊程度が並ぶだけで、あとはスカスカである。法律関係の「憲法」のところを見ると十数冊あったが、その一冊が何と私のものだった(笑)。息子が獣医学部に通っている間、よく専門書を買ってやったが、目の玉が飛び出る値段だった。そういう獣医学専門書はまだ一冊もない。洋書も専門の獣医学書はまだ入っていなかった。いくら教養教育中心の1年生しかいないといっても、獣医学関係の本が揃わないで授業が始まるということ自体が異例かつ異様である。シラバスを見ると、教養教育のところに、1年春学期開講科目として「日本国憲法」2単位があった。担当は、憲法学ではなく国際法専門の准教授。4月から「法学A」とセットで講義しているのだろうか。

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管理棟から渡り廊下を経由して獣医学部棟A1向かう。ちょうど2階の小教室で語学の授業が行われていた。1教室30人程度で、その階の4教室をすべて使っていたから、入学者のほとんどがここにいることになる。その階には中教室もあったが、古典的な黒板とチョークだった。これは好感がもてる。私の職場はすべてホワイトボードで、大教室では実に使いにくく、私は長らく板書はやっていない。こういう黒板なら大いに使えると思い、昔を思い出した。案内の職員の方に、「黒板はいいですね」というと、「先生方からの強い要望なので」と笑顔で答えた。よく映画に出てくるように、数学の授業などはチョークで黒板に数式を次々に展開していく。理系に黒板は必須だろう。

獣医学部棟A2の各階の階段の壁面には動物の絵が描かれている。剥製や骨格標本が置かれ始めている。3階の案内板を見ても、専門的な実習や実験がこのスペースでできるのだろうかという疑問が生まれた。息子が通った獣医学部は実習や実験の施設が充実していた。それに比べると、3階、4階の基礎実習室は高校の理科室程度の印象だった。これからもっと整備するのだろうが、このスペースで可能なのか疑問を禁じ得なかった。大講義室A3は現在、管理棟A1の斜め前に建設中で、2018年度中に完成するという。つまり、現段階で全学年を集めて講義をする大教室はないということで、これも驚きだった。私の体験でも、教養課程の講義は哲学や法学など、選択科目とはいえ、一応、全学年が受講できることが前提となる。認可の前提となる大教室が建設途上にもかかわらず授業を開始するというのは本来あり得ないことなのである。

昨年6月19日のNHK「クローズアップ現代」がスクープした文科省内部文書「10/21萩生田副長官ご発言概要」によれば、2016年10月の段階で、萩生田光一官房副長官(当時)が文科省に対し、「総理は『平成30年4月』とおしりを切っていた。工期は24ヶ月でやる。今年11月には方針を決めたいとのことだった」として、首相の強い意向で加計学園獣医学部開設が急がれたことが明らかにされている(なお、萩生田氏は加計学園の千葉科学大学名誉客員教授を務めた)。図書館も大講義室もほとんど使えない状態で、今年4月に見切り発車で授業を始めたわけである。「突貫工事の獣医学部」ということを最も強く感じたのが、専門教育に関わる施設である。

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専門教育関係で言えば、獣医学部に必須の、牛や豚などの産業動物(大動物)を使った実習施設である大動物実習施設棟B2がまだ土台を作っている段階だった。これも「平成30年度末の完成」という説明だったが、専門教育の必須施設が未完成で認可がおりるというのは奇跡に近い。何よりもその位置と構造に疑問がわいた。写真をご覧いただきたい。平屋の施設棟には、牛や豚が収容されるが、そのスペースの狭さが注目される。右側の獣医学教育病院棟B1の前にあるが、牧草や芝生のスペースがない。職員に、向こう側に土が盛られているところはどうするのか聞いたところ、「ドッグラン」にするという。病院に来た患者の犬などを一時的に自由に運動させるスペースである。茂みの向こうは住宅地である。このような貧弱な大動物実習施設で、「最高水準の獣医学教育」ができるのだろうか。これに比べれば、計画段階で冷たく退けられた京都産業大学獣医学部の構想の方がはるかに合理的であり、魅力的である。『京都産業大学獣医学部設置構想について』(2016年10月17日京都府提出資料)の18、21頁を見ると、京都府農林水産技術センター、畜産センター、碇高原牧場を活用する実践教育の充実化が示されていて、「野外に最も近い設備の整った、専門家の揃った環境で、質の高い実践的な実習が可能になる。」とある。畜産センターや牧場との接続は、研究・教育の導線の面でもきわめて有効だと思う。

2016年11月1日に内閣府から文科省に送ったメールによると、獣医学部の選定条件にあった「獣医学部がない地域」という記述に、萩生田官房副長官(当時)が「広域的に」との文言を追加的に加えることによって、京都産業大学は、隣接する大阪府立大学に獣医学部があったため申請を断念することになった。施設的にも研究上も、あらゆる面で加計学園にまさっていた京都産業大学の獣医学部構想はこうして消えることになった。今回、突貫工事の進む大動物実習施設B2の建設現場を間近に見ながら、京都産業大学の構想とのあまりの落差にため息が出てきた。

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獣医学部の中心的存在である専門教育棟、この大学では「獣医学教育病院棟B1」に入る。2階で手術をしているというので、1階のエントランスの周辺だけの見学となった。動物の二次診療を行う教育病院のため、待合室は小さい。私の息子の獣医病院のように、犬と猫を分けるようなキャットフレンドリーの配慮はない。1階の診療室1∼8の入口はそれぞれ分かれているが、内部には仕切りがなくて、オープンなスペースになっていた。スタッフの相互協力も可能という。

獣医学教育病院棟の入口のプレートを拡大してご覧いただきたい。内科、外科、腫瘍科、眼科、麻酔科、放射線科、行動治療科、産業動物診療科からなる。担当教員は18人。学生定員が加計学園より20人も少ない既存の獣医学部の一つと比較してみても、研究分野や研究室の質・量の違いは歴然としている。

『学生便覧』(2018年)を開くと、2頁目に加計孝太郎理事長の「新たなる一歩を踏み出す」という挨拶が載っている。シラバスを見ると、専門教育科目が並んでいるのだが、本来、学生数に匹敵する教員数を必要とする獣医学部という点では、獣医学科75人、獣医保健看護学科で13人の教員組織というのはいかにも貧弱である。「新たなる一歩」は不十分な施設とスタッフで、しかも首相官邸から「総理は『平成30年4月』とおしりを切っていた。工期は24ヶ月でやる。」などと急かされて発足した「突貫工事」の粗は、これからますます可視化されていくだろう。

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もともと獣医学部は国内16大学(国立10、公立1、私立5)で、総定員はわずか930人である。52年にわたって学部の新設は認められてこなかった。加計学園は、獣医学部のない地域で「先端研究」や「感染症対策」などに対応する学部として認可されたが、今回、学内を見て回った感想は、「なぜ、加計でなければならなかったのか」ということである。加計学園に獣医学部を新設する理由として、「四国に獣医学部・学科がないこと」「獣医師の不足」「鳥インフルエンザなどの人獣共通感染症の拡大」などが挙げられているが、四国にはすぐ近くに愛媛大学農学部があり、少し先には香川大学農学部がある。この2つは地域の農業・畜産業と密接に連携しながら研究・教育活動を行っている(両学部のホームページ参照)。いずれかに30人規模の獣医学部を新設した方が「四国に」という要請にも沿うだろう。人獣共通感染症の対策が加計学園でできるのか。現段階の施設やスタッフの状況からはかなり疑問である。当初、加計学園は160人定員を主張した。さすがの大学設置審も多すぎるとして、140人にまで減らした経緯がある。しかし、全国で総定員が930人というなかで、140人は全国最高である(麻布、酪農学園、日大、北里が120人。国立は30人前後)。既存の獣医学部を多少とも知る私の立場からは、今回見学してみて、加計学園が「最先端」の研究・教育ができるとは思えないのである。

致命的なのは教員組織の貧弱さである。「海外では獣医学の講義や実習のために100∼200人の教員と補助者を配置し、入学定員数は教える側1人に対してほぼ同数、100∼200人だ。これに対して、日本の獣医学部は11の国公立大と5の私立大でだいぶ違う。国公立大では入学定員が30∼40人と比較的少数にとどまる。専任教員数は数だけを見れば、獣医学教育の整備目標である学生60人に対して専任教員数72人以上には及ばない。例えば、国立大で最も専任教員を抱える北海道大の入学定員は40人、収容定員は240人で、専任教員数は17年5月時点で57人にとどまる。」(深沢道広「加計問題」再燃(下)獣医学部を再考する)。日本の大学の獣医学部は海外に比べて不十分さがあるが、それでも加計学園よりはましである。加計学園獣医学部の教員は65歳以上が30人もいる。完成年次(6年後)までに定年に達してしまう「高齢学部」である。駐車場にあった車を見ても、県外から授業期間だけ出講する比較的若い教員がいるので、持続可能な、高いレベルの研究・教育ができるのか疑わしい。

そんな学部が「魔法」のように作られたのはなぜか。前・文部科学次官の前川喜平氏が1年前の2017年7月10日、衆参の両院の閉会中審査に参考人招致された。前川氏は、加計学園を前提とした「暗黙の共通理解が(文科省内に)あった」と述べて、2016年9月に和泉洋人首相補佐官から官邸に呼ばれ、「総理は自分の口から言えないから、私が代わって言う」として、獣医学部新設の対応を急ぐように直接要請されたことなどを証言している(『東京新聞』7月9日付)。前川氏が言うように、すべては「加計ありき」であり、それによって「行政がゆがめられた」のである。

「ゆがめられた」最たるものは、安倍首相の「腹心の友」である加計理事長に、不公正で不公平な優遇を与えたことである。安倍首相は加計学園の千葉科学大学の卒業式で「腹心の友」と述べているが、実際はそれ以上の縁故主義的優遇ではなかったのか。

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この写真は、愛媛県が参議院予算委員会に掲出した27頁にわたる文書の17頁目である。一度紹介したが、2015年2月25日に加計学園の加計理事長が安倍首相と面談して、首相から「新しい獣医大学の考えはいいね」というコメントがあったことが記録されている。だとすれば、2017年1月20日に「初めて知った」という答弁と整合しないことになる。そこで、2月25日に「会った」という事実はなかったという加計学園渡邉事務局長の「大嘘」に至るのである(直言「「アベランド」—「神風」と「魔法」の王国」参照)。

安倍政権はモリ・カケを含めて、かなりピンチにもかかわらず、国会を乗り切りつつある。 6月19日。加計理事長が突然、初記者会見を行ったが、わずか25分。大阪北部地震の翌日、ワールドカップ・ロシア大会の日本対コロンビア戦の当日という見事なメディア操縦である。オリンピックやワールドカップなどのイベントに弱いメディアの足元をみるような対応だった(直言「どさくさ紛れに「決める政治」と「五輪夢中」のメディア」)。何を質問されても「論点ずらし」と「居直り」に終始し、ついには、「記憶も記録もございません」と言ってのけた。安倍首相は、6月25日の参議院予算委員会で、この加計理事長の記者会見の異様さについて質問されると、こう答弁した。

福島瑞穂君:・・・この間、加計孝太郎さん、加計学園が記者会見をされました。まず、加計孝太郎さんはうそをついているんじゃないですか。
内閣総理大臣(安倍晋三君):・・・記者会見は独特の雰囲気があり、不慣れな人にとっては、一問一答で畳みかけられると、時には質問の趣旨を取り違えて答えてしまうといったこともあり得るんだろうと思っております。

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思わず、加計理事長をかばうような発言をしてしまったのだろう。百歩譲って、仮に「質問の趣旨を取り違え」たのなら、何度でも記者会見を開いて説明し直し、広く事前周知して最後まで説明するのが誠実な対応であろう。「嘘をついた」という「嘘」疑惑に付随する「嘘」は放置されたままである。「記憶も記録もございません」を含めて、「膿の親」たる安倍晋三、面目躍如である。

最後に、息子を獣医学部にやった親という立場でいえば、あれだけ問題視されていた加計学園を受験し、入学するというのは、いくら獣医になる夢をかなえるためとはいっても、もう少し慎重に対応すべきだったのではないか。入学した学生たちは18歳以上であり、選挙権もある。それなりの市民的常識もあるだろう。加計学園獣医学部が「ゆがめられた行政」により「産み出され」たが、「膿出され」ないままと言われていることを知らないわけはあるまい。国会でも問題になっている大学であり、さまざまな情報を総合して、あえてこの大学を受験したのだから、完成年次までに何が起ころうとも、それは入学した学生と親の自己責任である。あれだけ国会でも問題にされていた大学をあえて選んだのだから。

ところで、帰りに駐車場に行くため市道を渡ろうとすると、職員に、信号のある横断歩道の方まで行ってから渡るようにと念を押された。仕方なくその方向に歩いていると雨がふってきた。向こうから学生食堂でランチをする女性たちのグループがやってくる。彼らも駐車場からすぐに正門に入れず、信号をグルッとまわってきたようだ。ようやく正門の向かい側の駐車場に着いた時には、服は濡れてしまっていた。そう言えば、獣医学部棟の1階に設置してあった七夕飾りに、学生たちが思い思いの短冊をつけていたが、「単位ください」「彼女できますように」などと並んで、「横断歩道をつくってください」というのがあった。体育館から教室に行くのにも遠回りをしなければならない学生たちの切実な思いがにじみ出ている。

正門前と体育館前に小さな横断歩道をつくれず、4月の開学から不便が続いている。片側一車線の道路なのに、歩道橋の建設すら検討されているという(注2)。なぜこうなるのか。表向きは事故が起きないようにということだが、本音は、市民が大学前の市道を、スピードを落さないで走りたいという、道路交通法上は疑問の要望である。「総理のご意向」で「行政をゆがめて」できた大学なのに、学生や教職員が市道を渡るための小さな横断歩道ができないで困っている。ここには「魔法」は通用しないようである。(注2)同行した福田剛県議によると、管理棟と駐車場の間に、今治市の予算(建設費約8000万円)で歩道橋の建設計画があるという。市道沿いに街灯12基を設置する「大学周辺環境整備費」約1700万円も市で予算化されている。獣医学病院棟と体育館クラブハウスとの間には、横断歩道の計画があるが、未確定。

《付記》

本稿脱稿後の7月6日朝、オウム真理教元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚ら教団元幹部7人の死刑が執行された。テレビ各局は朝から一斉に臨時ニュースに切り替えた。同じ日に7人執行という過去にない展開を受け、テレビ局に入ってくる情報は刻々と変化。執行状況をリアルタイムで伝えたり、死刑囚の顔写真に執行が済んだというシールを貼ったりした。これはフジテレビらしい品のない対応である。

13人の死刑囚のなかには、早稲田大学法学部を3年で退学して出家した端本悟死刑囚も含まれている。司法試験を目指す空手部の学生だった。たまたま高校時代の友人がオウムに入信したため、それを引き戻そうとしていて、自らも取り込まれてしまったようだ。地下鉄サリン事件には関与していないが、坂本弁護士殺害と松本サリン事件に関わって死刑判決を受けた。その彼が退学する際、学生担当教務主任として面接で必死に止めた教授がいた。すでに定年退職されているが、いまも「なぜ止められなかったか」という思いでいると私に語ってくれた(直言「オウム裁判は終結したか」参照)。

『朝日新聞』の「首相動静」7月5日によると、「8時28分 東京・赤坂の衆議院議員宿舎。自民党の国会議員らと懇談。上川陽子法相、同党の竹下亘総務会長、岸田文雄政調会長ら同席」。オウム7人の死刑執行の前日、上川法相は「いいね」のポーズで、「赤坂自民亭」のホステス役をやっていた。安倍首相も、翌日が死刑執行だというのにこの笑顔である。しかも、九州や四国などに「数十年に一度の水害」が迫っているのに、この緊張感のなさは何だろう。一事が万事である。

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