「復興五輪」というフェイク――東日本大震災から8年
2019年3月11日

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日は3月11日である。個人的な感慨を二つ。あの時、生後11カ月だった孫が、いま小学校に通っている。子どもの成長にとっての8年間は、乳飲み子から屁理屈をこねる小学3年生まで、すごい変化の時間なのだと改めて感じた。もう一つ。先週、確定申告書の「復興特別所得税額」(2.1%)を見て、「いつからだっけ?」と過去の手帳を見ると、2014年のそれに、「今回から2.1%増税!!」と書き込みがあった。平成25年度分の確定申告書からこの欄が加わった。以来、毎年3月になると、この「2.1%」を加えた申告書を作成しており、先週で6回目になったわけである。

この「2.1%」の根拠は、東日本大震災の8カ月後に制定された「復興財源確保法」である。震災からの復興のために所得税、住民税、法人税に上乗せするというもので、復興特別所得税と復興特別法人税が新設された。前者は2013年1月1日から2037年12月31日までの25年間、所得税額の2.1%分の金額が課税される。一方、法人税の方は、課税期間わずか2年なのに、「アベノミクス」推進のためとして1年前倒しで早々に廃止されてしまった。「震災復興の負担を分かち合う「復興特別法人税」を1年早く打ち切ってまで、8000億円の実質法人減税に踏み切った。「企業にやさしい政策への転換」が、景気回復の原動力になったという見方だ」(「検証アベノミクス」『朝日新聞』2013年12月26日付)。

この税金を導入したのは野田佳彦内閣で、当時は「復興増税やむなし」の空気が強かったが、「代表なければ課税なし」ということで、税金を新設したり増税したりする際には、税金をとられる国民の同意を得ることが前提である。あと19年間、私たちは「2.1%」を負担し続けることになっているが、後に触れる復興予算の「流用」問題を含めて、震災復興に有効に使われているのかについて疑問は尽きない。「政府一丸となって復興を進めてまいります」(2019年1月1日安倍晋三〔官邸ホームページ〕)というのなら、もっと気合を入れて、東日本大震災からの復興に取り組むべきである。確定申告はあと4日。この機会に、納税者は「2.1%」のことを、そして、復興にむけて政府が「一丸となって」取り組んでいるのかについて、もっと関心をもつべきではないか。

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震災後の「直言」で、「想定外」という言葉を批判するとともに、被災地の現場を直接取材して書こうと決意し、2011年4月下旬、まずは福島県郡山経由で南相馬市に入った(直言「大震災の現場を行く(1)」)。どこでも、あまりの惨状に言葉を失った。左の写真は、震災1カ月後の石巻市立門脇小学校である。火災で黒く焼け焦げた校舎。「すこやかに育て心と体」という看板が焼け残っていた(「大震災の現場を行く(2)」)。その10カ月後、津波で74人の児童が命を失う悲劇が起きた石巻市立大川小学校に向かう途中、再び門脇小を訪れたときが右の写真である。瓦礫の撤去も進み、黒ずんだ壁面が削られていた。そして、2013年7月に再度訪れたときは全面にネットがはられて見えなくなり、震災遺構として一部が保存されるという)。

災害が起きたとき、初動の救助、救出、救援、救難、救急、救命、救護といった活動から、当面の生活確保のための復旧活動、そして復興活動へと展開する。災害救助法は避難所と応急仮設住宅について定めるが(4条1号)、「仮設」がある限り、なお「復旧」段階にあり、復興の段階ではない。にもかかわらず、東京の政府は復興庁を新設し(大臣ポストも一人増やし〔内閣法2条2項、附則3項〕)、復興予算という利権の巣を拡大していった。その秘密は「復興基本法」の1条に隠されている。いわく。「東日本大震災からの復興の円滑かつ迅速な推進と活力ある日本の再生を図ることを目的とする」と。復興予算は被災地だけでなく、日本全国どこでも、「活力ある日本の再生」という名目で予算を使えるからくりである。復興予算の実質的な流用については、7年前の「直言」で批判しているが(直言「シロアリ取りがシロアリに―復興予算」)、安倍政権のもとでさらに深化、拡大している。

安倍首相の常套句に「加速化」がある。震災から2年の年に、「復興の加速化」をぶち上げた。「スピード感をもって」と同様、いかにも「やっています」というポーズを象徴する言葉だ。復興2年目の直言「「復興の加速化」のなかでの忘却」ではこう書いた。「・・・安倍首相の言葉で一番違和感を覚えたのは、「復興の加速化」である。やたら「加速」という表現が目立つようになった・・・。原発の問題については、福島原発事故の収束の目処がついていないにもかかわらず、早々に原発の再稼動を決めただけでなく、原発の新設までも打ち出した。「加速」されたのは「脱・脱原発」だけだった。また、「国土強靱化」で巨大公共事業を全国展開しようとしたため、肝心の被災地復興のための資材が足らなくなるという本末転倒の事態になり、復興はさらに遅れている。・・・」と。

東日本大震災の避難者は、約5万2000人(復興庁、2019年2月末〔PDFファイル〕)もいる。毎日新聞社の調査では、岩手・宮城・福島の被災3県で仮設住宅に暮らす被災者は6389人。熊本地震をはじめ各種の災害で、仮設住宅(みなしを含む)は計22549戸である(『毎日新聞』2019年3月8日付)。復興どころか、災害救助法上の復旧施設である「仮設」は各地に存続している。「復興は加速している」という安倍首相の根拠のない自信に対して、怒りの声は被災地からあがらない。

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「復興の加速化」のなかで、震災の「風化」や「忘却」も進んでいる。毎年、メディアは「3.11」に大特集を組むが、年々縮小ぎみである。私は早稲田大学フィルハーモニー管弦楽団(昨年、メディアの注目を浴びた早稲オケとは別組織)の会長をしているが、8年前、被災地の陸前高田と閖上で音楽ボランティアをやった(直言「早稲フィル(WPO) in 陸前高田&閖上」)。学生団体なので4年で入れ代わるため、当時のことを知る学生はいない。そこで、早稲フィルのホームページに「東日本大震災における当団の活動」のリンクをはり、新しいメンバーにも語り継いでもらっている。「記憶の記録」の大切さである。私の身近でのささやかな努力だが、この写真は、当時の早稲フィル幹事長・小野洋奈さん(クラリネット)が、お盆の灯籠流しの会場となる宮城県名取市立閖上中学校の体育館に電球やランタンをつける作業を手伝ったときに撮影したものである。「生きろ」「ふるさと」の文字。作業後、早稲フィルメンバーはその体育館で演奏した。聴衆の後ろにその灯籠が見える

とりわけ福島の「復興」が遅れている。何より原発事故を伴う「複合災害」(否、「合成加害」! )である東日本大震災の場合、「帰宅困難区域」が存在するなかで、「復興」への道はなお遠い。昨年3月に福島県南相馬市から国道6号を使って、浪江町から富岡町北部までの「帰還困難区域」を走ってみてそのことを強く感じた(直言「東日本大震災7年の福島と憲法」)。

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6年前のあのおぞましい演説をご記憶だろうか。冒頭の写真をご覧いただきたい。この原稿を書くために、2013年9月7日の国際オリンピック委員会(IOC)総会での安倍首相の英語演説を再度聞いてみた(首相官邸のHP)。さすがに「フェイク宰相」である。IOC委員を前にして、堂々と英語で大嘘をついていた。演説のすぐあとの直言「東京オリンピック招致の思想と行動―福島からの「距離」」で詳しく書いたが、安倍首相は「アンダー・コントロール」(under control)という言葉を使い、こう述べた(35秒あたりから)。「東京は世界で最も安全な都市の一つです。それは今でも、2020年でも一緒です。フクシマについて案じる向きには、私から皆さんに保証いたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響もこれまで与えたことはなく、今後も与えることはありません」と。

意気揚々と演説を進めていくが、「フクシマ」という言葉を使う瞬間、舌を少しなめて表情を曇らせ、「いかなる悪影響」というところは妙に目が座った印象である。「私から皆さんに保証いたします」と胸をはる。こんな大嘘を世界に向かって堂々とできるところが、安倍首相の「無知の無知の突破力」のなせる技か、とここでも思う。

この演説後の外国メディアの質問は、6問中4問が福島第一原発の汚染水漏れ問題だった。竹田恒和・日本オリンピック委員会会長は、「放射線量レベルはロンドン、ニューヨーク、パリなど世界の大都市と同じレベルで絶対安全(absolutely safe)」と答えた。そして、「福島は東京から250キロ離れており、皆さんが想像する危険性は東京にはない」と断言した。これを聞いたヨーロッパの記者たちは仰天したのではないか。チェルノブイリ原発事故では、300キロ圏内が高度の汚染地域となったことはヨーロッパでは常識だからである。「東京オリンピックの会場は、250キロしか離れていない場所に、炉心溶融と建屋爆発事故を起こし、手がつけられない状態にある原子炉3基と、1500本の核燃料棒がある都市」というのが「ファクト」である。少なくとも五輪招致をめぐる贈賄疑惑でフランス検察の聴取を受けた竹田会長の「絶対安全」という言葉が「絶対に信用できない」ことだけは確かだろう。

「復興五輪」という言葉のフェイク性については、東京五輪が復興を妨げているのではないかという点からも検討しなければならない。例えば、『毎日新聞』2015年9月23日付総合面には、「「復興五輪」実現遠く」という見出しを打って、この点を掘り下げている。そこで注目されるのは、五輪の施設整備が建設コストの高騰を進め、復興工事を妨げているのではないかということである。工事原価の水準を示す「建築費指数」(鉄筋コンクリート構造平均)は、2005年平均を100とすると2015年7月は116.5で、東日本大震災前は100を下回っていたが、東京五輪決定後の2013年秋から一気に上昇したという。「復興工事が集中している被災地では人手不足に加え、建築資材費の高止まりにより採算が合わず、公共工事の入札不調が相次ぐ」という指摘もある。「防潮堤や道路工事に使われる生コンクリートの価格は震災前と比べ各地で3〜7割アップ」して、「五輪の工事が本格化すると人と資材は一層奪い合いになる」という点も重要である。

前述した原発事故の影響をごまかし、復興工事の妨げになっている事実を覆い隠すために、あえて「復興」と「五輪」をくっつけて、「復興五輪」という怪しげな四字熟語にしてしまう。これをフェイクと言わずして何と言うか。

まともな理性と知性をもつ人々なら、こん時にオリンピックをやっていいのかと疑問に思うことだろう。例えば、宮城県気仙沼市でK-portというカフェを開くなど被災地復興活動に力を入れている俳優の渡辺謙氏はいう。「2020年の東京五輪だって、復興五輪のはずなのに経済五輪になっているところが気になります。日本が復興していく姿を世界に見せていくんだというところに端を発しているはずなのに、経済効果だけを考えるオリンピックになっている気がします。東京だけ盛り上がって、東北が全然そっちのけっていうかね。遠い国の話みたいな感じなんじゃないかなあ」(朝日新聞DIGITAL2019年2月11日)。なお、『朝日新聞』2月11日付第1社会面の記事からは、この渡辺氏の鋭い指摘を読むことができない。

もう一人は、明石家さんま氏である。五輪招致が決まった直後、2013年9月14日放送の『MBSヤングタウン土曜日』で、こう述べた。「こないだも『福島から250キロ離れてますから大丈夫です』とかいうオリンピック招致のコメントはどうかと思って、やっぱり。俺までちょっとショックでしたけど、あの言葉はね」「『チーム日本です!』とか言うて、『福島から250離れてます』とか言うのは、どうも納得しないコメントやよね、あれは」と。まともな感覚である。「悪影響」を及ぼす福島を排除して「チーム日本」がありうるのかと鋭くついている(以上、リテラ「復興五輪が経済五輪に」参照)。

どさくさまぎれの、「祭典便乗型改憲」を狙う安倍首相。改憲についてここまで執念深く、陰湿で執拗な首相はいなかった。この「フェイク首相」の危うさと危なさを私は13年前からずっと指摘している。この機会に、安倍首相誕生の際の直言「「失われた5年」と「失われる○年」―安倍総裁、総理へ」を再読されたい。〇年のなかに、あと何年が加わるのか。それとも、この7月21日で終わるのか。すべて18歳からの有権者次第である。

なお、直言「東日本大震災と憲法」には、同名の拙稿(『法律時報』83巻8号(2011年7月)1-3頁)を転載した。また、拙著『東日本大震災と憲法』(早稲田大学出版部、2012年〔韓国語版と電子版あり〕)参照のこと。

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