大空襲から75年――防空法と新型コロナ特措法
2020年3月16日

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年の正月「直言」は、世界でも日本でも、「立憲主義からの逃走」(憲法上の制約や手続きの煩雑さを免れた「決められる政治」症候群)が進むだろうと予測した。日本の場合、オリンピックや新天皇即位などを利用した「祭典便乗型改憲」になると見ていた。だが、2020年の東京五輪は来週の「直言」で詳しく書くように、1940年に続いて、再び「幻の東京五輪」となる可能性も出てきた(中止、1年ないし2年延期、規模縮小(無観客))。「新型コロナウイルス」という新たな「敵」を見出して、政権は「惨事便乗型改憲」に舵を切るか(直言「新型コロナウイルス感染症と緊急事態条項―またも「惨事便乗型改憲」」)。

3月13日、民主党政権下で制定された「新型インフルエンザ等対策特措法」の改正という形をとって、その32条の「緊急事態宣言」を前面に押し出した「新型コロナ対策特措法」が大政翼賛会的に成立した。人々が冷静さを失う「大惨事」のどさくさにまぎれた窮極の「論点ずらし」の手法が活かされている。そして14日、トランプが新型コロナウイルスで「緊急事態宣言」を出した。米国の1976年国家緊急事態法は、連邦議会がいつでも緊急事態宣言を終了させることができる(6カ月おきに終了の投票を行うかを検討することになっている)。連邦議会が宣言を終了させる合同決議を出しても、大統領は拒否権発動が可能であるが、議会統制が効く形になっており、日本の新型コロナ特措法のように、実質的に首相に権限を独占させ、国会には報告でよいのとは異なる。法律レベルとはいえ、国会ノーチェックに近い「緊急事態宣言」という統治玩具を得た安倍首相は、憲法レベルに緊急事態条項を導入する方向に向かうだろう。ウイルス感染拡大を「改憲の実験台」(伊吹文明)とする古典的な「惨事便乗型改憲」である。

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さて、ここで話題を変えて、東京大空襲をはじめとする都市空襲の75周年について書いておこう。3月10日の東京大空襲について、『東京新聞』と共同通信の電話取材を受けた。それぞれ関連記事中で私のコメントを使うわけだが、ともに新型コロナ特措法と絡ませた構成になっていた。まず、この写真にあるように、『東京新聞』3月3日付は、「東京大空襲75年 ずさん「防空実験」の実相」「米軍は緻密 焼夷弾32万発 10万人犠牲」の縦見出しで、「「お上」が「不可能」を強制」「逃げるな、火を消せ」惨劇招く」の横見出しで、米軍による日本家屋徹底焼失のための空襲に対して、日本側が「必勝の信念」で焼夷弾に立ち向かえと、人々にバケツリレーや火叩きなどの非科学的方法を強いたことをとりあげている。記者がまとめた私のコメントは、「日本の科学者は焼夷弾の火を[火叩きで]消すのは不可能と知っていた。それでも消させようとしたのは、戦争遂行の意識づけでしかない。避難を優先させていれば、10万人も死ななくて済んだ」。国民が逃げられない体制を強制した理由は、臨戦態勢を求めることで戦意を高揚させるほか、厭戦意識を抑え、人口流出で軍需生産力が低下するのを避ける狙いがあった。精神論頼みの統制は「過去の問題ではない」。「新型コロナウイルスへの政府の対応は、焼夷弾への備えと似て、目的と手段が整合していない」として、政権維持を図り、目立つ政策を小出しにする安倍政権の対応が、「力の逐次投入」の愚として批判されている。

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一方、共同通信配信の記事(「東京大空襲75年 防空法で犠牲拡大」「逃げたら非国民」『徳島新聞』3月11日付夕刊ほかに掲載)も、被害が拡大した背景として、「市民に空襲時の避難を禁じ、消火を義務付けた防空法の存在がある」として、当時13歳だった男性の体験を紹介する。「家族はばらばらに避難。母は無事だったが、姉と祖母が亡くなった。警防団として隣組の家々を守るため自宅に残った父一男さんは、どれだけ捜しても見つからなかった」として、防空法8条ノ3が都市からの退去を禁止し、8条ノ5が応急消火義務を課していたことに触れつつ、「町中を焼き尽くすような火は自分たちで消せるようなものじゃない。無駄死だったのではないか」という男性の思いをつづる。そして、「終戦の約1カ月前、米軍が青森市に空襲予告ビラをまき、多くの市民が避難。しかし「避難者には配給を停止する」と通告され、戻った市民が犠牲になる悲劇も起きた。水島教授は「防空法は過度の精神主義で民衆に強い義務を課した」と指摘。科学的根拠に基づかない行動を促し、多大な犠牲を生んだ精神主義は、現在も憲法改正の緊急事態条項新設や、新型コロナウイルス感染症対策で私権制限を伴う緊急事態宣言を可能にする特別措置法改正の議論に見え隠れするといい「国家優先で、『守るべきもの』をはき違えた防空法の論理と重なる」と警鐘を鳴らした」と結ぶ。

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ところで、私が「直言」で東京大空襲について初めて書いたのは、1997年3月10日の直言「東京大空襲から52年」であった。「市民がこれだけ死んだのは、強風や爆撃の徹底さが大きいが、法律が、老人・子ども妊婦など以外は避難・退去を認めなかったことも無視できない(防空法 8条ノ3)。「火と戦ふものは人である。そして戦ふものは人間の精神であり更に勝敗を決するのも人間の精神である」(隣組防空群指導要領・警視庁防空課)。避難が恥とされ、無茶な消火活動を強いられた結果、逃げ遅れた人々も少なくない。・・・市民の命より体面・面子を優先する官僚組織の体質は、今も変わっていない」。この「避難・退去の禁止」という問題については、1997年2月の『三省堂ぶっくれっと』の拙稿で指摘した。13年後にこの文章をネット検索で偶然キャッチした大前治弁護士が、大阪空襲訴訟の訴状にこの一文を使ったのがはじまりだった。この防空法8条ノ3の退去禁止を軸に、大阪空襲訴訟の意見書もできた。かくして、私の防空法研究と大前氏の訴訟活動が合体して水島朝穂・大前治『検証 防空法―空襲下で禁じられた避難』が生れた。

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NHKの連続テレビ小説では防空法がしばしばとりあげられた。拙著『検証 防空法』も参考にされたと聞いている。この写真の『朝日新聞』2014年3月31日付夕刊も取り上げた『ごちそうさん』が最初で(直言「NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』と防空法」参照)、続く『花子とアン』でも冒頭部分と最終回の両方で空襲における焼夷弾「消火」シーンが出てくる(直言「NHK連ドラ「花子とアン」と防空法―大阪空襲訴訟最高裁決定にも触れて」)。2年前の『わろてんか』でも「建物疎開」が扱われている(直言「武蔵野の空襲と防空法――「わろてんか」の「建物疎開」にも触れて」)。

空襲体験者の語り口も、焼夷弾から逃げまわったことから、なぜ、父親や母親が家にとどまり避難しなかったのかという疑問も出されるようになった。そして、防空法の退去禁止・応急消火義務との関係で家族の死を捉え直す人々も出てきた(直言「防空法の「逃げるな、火を消せ」に抗して―松山、大垣、八王子の空襲」)。『朝日新聞』デジタルの「75年前、首都はなぜ焼き尽くされた 東京大空襲を知る」をクリックしていただきたい。焼夷弾とその攻撃のメカニズムが詳しく解説されている。米軍は住民を徹底して焼き殺す戦法に出ているのに、日本政府・軍部は住民に対して、逃げずに火を消すことを強いたのである。

東京大空襲(3月10日)、名古屋大空襲(3月12日)、大阪大空襲(3月13日)、神戸大空襲(3月17日)・・・と、8月14日から終戦当日の15日未明にかけて行われた秋田県土崎空襲まで、日本の主要都市はすべて破壊され、軍事目標が皆無の中小都市にまで米軍は徹底した爆撃を加えた。米国のCNNのサイトには、先週3月9日、「東京大空襲から75年、知られざる「最悪の空爆」」という一文が掲載された。米国の放送局のサイトにもかかわらず、自国が行った東京大空襲を「史上最悪の空爆」とする視点を打ち出しているのが注目される。とりわけ東京大空襲を指揮したカーチス・ルメイ将軍に対して厳しい眼差しを向けている。

「・・・作戦の大半は、太平洋地域の爆撃部隊の司令官を務めていたカーチス・ルメイが立案した。ルメイは後年、北朝鮮とベトナムへの空爆を行い、62年10月のキューバ危機ではソ連への核による先制攻撃を支持した人物だ。・・・東京に向かうB29の搭乗員に対してルメイは、機体の高度を約1500〜2400メートルに下げ、夜間に爆撃を実施するよう命令。編隊は1列縦隊を組むものとした。欧州における対独爆撃では、米軍は複数列の編隊による大規模空爆を昼の時間帯に行っていた。搭乗員らはルメイの命令に驚愕した。1列縦隊では日本軍の戦闘機から互いを守ることができない。しかもルメイは機体から防御用の兵器[12.7ミリ機関銃]をほぼすべて取り除き、より多くの焼夷弾を積み込めるよう命じてもいた。作戦にかかわった部隊の記録からまとめた日記の中で、搭乗員の1人の息子、ジェームズ・ボウマン氏はこう書いている。「ほとんどの隊員はその日、ブリーフィングルームを後にしながら2つのことを確信していた。1つ、ルメイは気がふれている。2つ、多くの隊員とは今日限りで会えなくなるだろう」」。

ルメイは後に空軍参謀総長になり、航空自衛隊育成の功労から勲一等旭日大綬章を授与された。「一人の殺人は悪漢を生み、百万の殺人は英雄を生む。」チャップリン『殺人狂時代』(1948年)の一節である。また、叙勲というものがいかに政治的に利用されるかを示す古典的な例の一つでもある(直言「勲章は政治的玩具か―「イラク戦犯」に旭日大綬章」参照)。

東京都は、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、毎年実施している3月10日の東京大空襲犠牲者を追悼する式典を中止した。ほとんどのメディアが短信ですませたこのニュースを、日本テレビ系列の「真相報道バンキシャ」(3月8日午後6時放送)が特集で取り上げた。現地の慰霊堂に夏目三久キャスターと池上彰氏が出向き、近隣にある東京大空襲の「遺跡」をみながら「東京大空襲75周年」について語っていた。池上氏が夏目アナに、「空襲と空爆の違いがわかりますか」と質問していた。夏目アナはキョトンとしていたが、実はこの視点は重要である。7年前の直言「平和における「顔の見える関係」」で、私は一貫して、「空爆」に括弧を付けて使ってきたと書いた。東京大空襲、大阪空襲…。これは「空から襲われる」人々の視線からのもので、「東京空爆」「大阪空爆」は日本語には存在しない。軍事用語では「航空攻撃」(air attack)ないし「航空打撃」(air strike)というから、「空爆」はこれらに近い。「空爆」には「空から爆弾を落とす側」の論理が反映している。ニュースで「空爆」という言葉をアナウンサーが使うときは要注意である。

さて、新型コロナウイルス特措法の成立について書く時間(スペース)がなくなってしまった。安倍首相は3月14日の「記者会見」で、この特措法のことを「万が一のための備えをするための法律」と述べたが(冒頭右の写真参照)、「緊急事態宣言」を自分が使えるようになったことに喜びは隠せない。ここでは、防空法とコロナ特措法の見えざる共通点を述べて結びとしたい。イタリアや韓国では感染者がたいへんな数になっている。日本ではなぜ、かくも感染者が少ないのか。それは検査を抑制してきたからではないか。PCR検査をやれば、感染者が爆発的に増えるのは明らかである。感染の実際の状況は「隠蔽」されている可能性もある。1941年11月20日に衆議院の防空法改正委員会での政府側の答弁。「空襲の実害は大したものではない。それよりも、狼狽混乱、さらに戦争継続意志の破綻となるのが最も恐ろしい」。他方、新型コロナウイルス問題。政府は「1日約3800件の検査が可能」(2月18日)といっていたが、実際には2月下旬で1日平均900件の検査しか実施していなかった。「コロナの実害は大したものではない。それよりPCR検査をやってパニックが起き、医療崩壊が起こることを避けるべきだ」というトーンで、政府寄りの人物がワイドショーなどで盛んに解説していた。すべては東京オリンピック開催のため、感染者数を低く抑えようとしていたのではないか。ここへきて、東京オリンピックが中止となる可能性も出てきたため(トランプ発言、IOCの軌道修正)、今週あたりから本当の感染者数が見えてくるかもしれないが(東京が北海道を抜く?)。75年前と同じく、「不都合な真実」は隠されていく。

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