「敵基地攻撃能力=抑止力」という妄想(その1)――韓国との事前協議が必要
2020年7月20日

首相官邸と公明党大臣のGo to トラブル

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週の「直言」の冒頭で、コロナ危機下の豪雨災害に関連して、「この国の政府の対応は「後手後手」「無策」「不作為」を超えて、もはや「無政府」状態に近い。」と書いた。「無政府」状態というのは言い過ぎかとも思ったが、先週の「Go to トラベル」をめぐる迷走・混乱を見ていると、もはや政府の体をなしていないと言わざるを得ない。東京を中心とする大都市圏で感染が急速に広がり、地方にも拡散しているなか、1兆7000億円もの税金を使って、今週の水曜日(7月22日)から「無症状感染者の大移動」を起こそうというのである。地方の知事たちからの批判に対して、早々と国会を閉じて引きこもってしまった安倍晋三首相は、「総理」としての総合調整力をまったく果たせずにいる。感染拡大防止と経済活性化の狭間で、ここは総理決断で「キャンペーンの延期」を打ち出すべきところだろう。だが、首相は隠れたまま。焦った赤羽一嘉国土交通大臣(公明党)は西村康稔コロナ担当大臣と異例の「二人ぶら下がり会見」をやって、感染が急増している東京都への旅行と東京都民は対象外とするという支離滅裂な方針を打ち出してしまった。例えば、感染が拡大している大阪の府民が新幹線で東京駅に着いてディズニーランド(千葉県浦安市)に行けば一人2万円が補助されるのに、東京都西多摩郡檜原村(感染者ゼロ)の都民は補助の対象外となる。赤羽大臣には、九州豪雨への対応や、全国の河川や堤防、ダムの状態を総点検して、次の災害に備えることこそが緊急に求められているにもかかわらず、防災服を着て「Go to 東京外し」の説明をするという醜態をさらしている。

これには既視感がある。2年前の西日本豪雨の際、当時の石井啓一国土交通大臣(公明党) は、「13府県で死者158人、心肺停止1人、行方不明や連絡を取れない人が72人・・・」という緊急を要する状況下で、参院内閣委員会で、カジノを含む統合型リゾート(IR)法案の審議に6時間もの貴重な時間を費やしていたからである(直言「「危機」における指導者の言葉と所作(その2)」参照)。石井大臣に対して、「ギャンブルと人命と、どちらが大切なんだ」という怒号が飛んだが(『毎日新聞』2018年7月11日付)、赤羽大臣も同じだろう。なお、安倍政権で国土交通大臣は公明党の指定席だが、水害、豪雨、台風被害が続くなか、まったく存在感がない。それどころか、ここまでくると、この「連立与党」は有害でしかない(直言「公明党の「転進」を問う」)。支持者のためにも、野党にもどったらどうだろうか。

「盾」から「鉾」へ

さて、ここからが本論である。すでに安倍政権は「終わっている」が、安全保障分野で、さらにとんでもない議論が進んでいる。先月15日、河野太郎防衛大臣は、「イージス・アショア」計画の停止(後に撤回)を発表した(直言「イージス・アショアの「もったいない」(その2・完)―グローバル安保からスペース安保へ?「宇宙作戦隊」新編」)。トランプからの言い値での爆買いへの多少の軌道修正といえるが、ただでは起きない。この「盾」の計画が頓挫するや、自民党内では、「敵基地[策源地]攻撃能力」という言わば「鉾」を備える動きが急浮上してきたのである。冒頭右の写真は、『毎日新聞』7月15日付の「敵基地攻撃じわり再燃--陸上イージス断念に乗じ?」のイラストである。

「敵基地攻撃能力」の保有に関する自民党の検討チーム(座長・小野寺五典元防衛大臣)は第3回会合(7月16日)で、「イージス・アショア代替策」と並行して「敵基地攻撃能力保有」について議論を進め、9月末までに結論を出すという(『毎日新聞』7月17日付)。ある「政府高官」(内閣官房副長官?)は、「守るより攻める方がコストは安い」と露骨な本音を吐いているが、メディアは批判的視点ゼロでこれを伝えている

安倍首相の嘘

6月18日、安倍首相は官邸での記者会見で読売新聞記者からの「自民党内などでは敵基地攻撃能力の保有を求める声も出ておりますが、この点は、総理、どのようにお考えでしょうか。」との質問に、「当然この議論をしてまいりますが、現行憲法の範囲内で、そして、専守防衛という考え方の下、議論を行っていくわけでありますが、例えば相手の能力がどんどん上がっていく中において、今までの議論の中に閉じ籠もっていていいのかという考え方の下に、自民党の国防部会等から提案が出されています。我々も、そういうものも受け止めていかなければいけないと考えているのです。」と答えた。

だが、安倍首相は過去に「先々はそういう[敵基地攻撃]能力を日本は持つ可能性はあるんですか」との質問に対し、「この打撃力については、言わば、まさに現在、我々はこの打撃力については米側に依存しながら共同で対処していくということになっているわけでございまして、将来というのは、例えば安倍政権ということについては、我々は想定はしていないということは申し上げます。」と答弁している(第189回参議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会2015年9月14日)。安倍首相は、この舌の根も乾かぬうちに、「敵基地攻撃能力」の議論をしている。

久間章生衆議院議員(元防衛庁長官・元防衛大臣)は、『朝日新聞』2009年4月11日付で次のように発言している。「日本が敵基地を攻撃する意思や能力を持ったと受け止めた時、北朝鮮はともかく、韓国や中国からどんな反応が出てくるか。それを視野に入れながら議論するのではなく、ただ、やられっぱなしじゃだめだ、先手を打てと。そういう議論が先行しがちです。「米国はアテにならん」「そうだそうだ」となって、議論が一方向に進むことが多いように思う。選挙を意識して党の部会や代議士会でテレビカメラを意識して行動している面も大きい。昔なら議員仲間で軽蔑されたもんです。」と。普通の自民党のまっとうな感覚である。もっとも、久間自身は、「しょうがない」という一言を安易に使って、政治的ダメージを受けたのは皮肉である

「敵」とはどの国か

そもそも「敵」という表現を無批判に使い、括弧抜きに垂れ流すメディアの感覚がおかしい。一般にどこの国でも、軍事戦略を立案するときは仮想敵国の設定と将来戦様相の構図を軸とするが、憲法9条との関係で歴代政府は露骨に「敵」という表現を表向きは控えてきた。陸上自衛隊は1969年に「対抗部隊甲」(ソ連)、「同乙」(中国)、「同丙」(北朝鮮)を制定して、仮想敵=対象国を「アグレッサー」(aggressor・侵略者)と呼んでいた。しかし、安倍政権下での閣僚や議員の言葉の軽さと粗雑さは目に余る。

冷戦が終わったいま、「敵基地攻撃」の「敵」とは、どこの国なのか。北朝鮮か、中国か、ロシアか。ミサイルの射程、軍用機の種類、航続距離など、「敵基地攻撃能力」は「敵」の能力や日本からの距離などに応じて異なるはずである。冷戦下のようにソ連が「敵」ならば、大陸間弾道弾が必要だろうし、北朝鮮が「敵」ならそこまでは不要である。おそらく「敵」は北朝鮮と考えられている。タカ派の議員らは中国も「敵」といいたいところだろうが、さすがに口を閉ざしている。「敵」を具体的に想定できなければ、必要な兵器が決まらないのだから、「敵基地攻撃能力」の検討などできるわけがない。仮に検討する立場ならば、政治家は「敵は北朝鮮」と明確にして議論をしたらどうか。

だが、想起すべきことがある。18年前、小泉純一郎政権の時、2002年「日朝平壌宣言」では、日本と北朝鮮の「双方は、国際法を遵守し、互いの安全を脅かす行動をとらないことを確認した」ということを。日本が「敵基地攻撃能力」を検討すること自体が、北朝鮮に対する恫喝となり、北朝鮮の「安全を脅かす行動」である。北朝鮮が「日朝平壌宣言」に露骨に違反しているからといって、日本が違反していいことにはならない。

2006年、久間防衛庁長官(当時)は「敵基地攻撃」について次のように答弁している。「そういう研究をするということがどういうふうな影響を他国に与えるか、近隣諸国に与えるか、そういうこともあわせながら政治家の場合は発言をせざるを得ないわけでありますし、特に防衛庁長官としての立場にある私にしてみれば、やはり非核三原則というのを守っていっているということをきちっとメッセージとして伝えなければなりません。それと同時に、我が国がもうぎりぎりになって、自分の国が滅びるときにどうするかというのは別として、敵地まで攻撃するというようなことは、そういうことはしませんというようなことをやはり言い続けることが、どれだけ我が国の姿勢をよそに伝えるか、そういう点で非常に大事なことでございます」(第165回衆議院安全保障委員会2006年10月17日)。

韓国の事前協議と同意

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この写真は、韓国軍の機関紙『国防日報』2015年6月1日付の一面トップである。見出しは、「韓国の同意なく日本の集団的自衛権行使不可」「韓・日国防長官会談で原則合意」。記事には、韓民求(ハン・ミング)国防部長官は、2015年5月29日~31日にシンガポールで開かれた第14次アジア安保会義に参加、30日午後、中谷元防衛大臣と4年4ヶ月ぶりに韓・日国防長官会談を開いた。その際、「韓長官は、中谷防衛大臣が最近北朝鮮ミサイル基地に対する攻撃可能性に言及したことに対して「北朝鮮は大韓民国領土」として、「(北朝鮮ミサイル基地攻撃時にも)我々の事前協議と同意が必要である」と力説した。」とある。

大韓民国憲法第3条は「大韓民国の領土は韓半島及びその附属島嶼とする」と規定する。韓国からすれば、北朝鮮も韓国領ということだ。だから、韓国領である北朝鮮を自衛隊が「敵基地攻撃」する場合にも、韓国の事前協議と同意が必要というのは当然だろう。

なお、上記の『国防日報』の記事では、中谷防衛大臣がどのように応答したのかが書かれていない。『ハンギョレ新聞』は、「これに対して中谷防衛相は「後日、論議しよう」と即答を避けたといわれる。元日本の防衛相だったある人物は最近ハンギョレと会って「韓国の憂慮は理解するが、北朝鮮も厳然たる国連加盟国だ」と言った。」と伝えている。日本の集団的自衛権行使については、韓長官が「朝鮮半島安保及び我々の国益に影響を及ぼす日本の集団的自衛権行使は、我々の側の要請や同意なしには成り立ち得ない」と述べ、中谷防衛大臣が「どのような場合にも国際法によって他国領域中で日本の自衛隊が活動する場合、当該国家の同意を得るということが日本政府の方針であり、これは、韓国にも当然該当する」と応じたという。日本は集団的自衛権行使では韓国の同意を得るが、「敵基地攻撃」では韓国を無視して北朝鮮を攻撃するということなのだろうか。

拙著『ライブ講義 徹底分析! 集団的自衛権』(岩波書店、2014年)117-18頁で指摘したことだが、2014年7月3日、韓国国会国防委員会で韓長官は、「我々の憲法60条2項によれば、外国軍隊の我々の領土・領海内の派遣であるとか駐屯は国会の同意事項であります。それで我々の要請なしに日本の自衛隊が朝鮮半島介入は不可能だということでありまして。」と答弁している。日本による北朝鮮の「敵基地攻撃」の際にも、韓国国会の同意が必要ということになるだろう。

「戦時作戦統制権」との関係

日本が「敵基地攻撃」を行う状況は、「朝鮮有事」となっている事態である。したがって、朝鮮国連軍、米韓連合軍が活動する。実際、2015年9月21日、韓国国会法制司法委員会で、「万が一北朝鮮で戦争を起こせば、戦時作戦権を持った米軍が要請をします。「日本軍入って来い」。それでは、我が国がそんな状況で「日本軍入って来るな」と断ることができますか?」との委員からの質問に対し、韓長官は、「戦時作戦権を米軍が持つのではなくて、戦時作戦権は韓米両国大統領の統帥指針に従って遂行するのだから、我々の大統領が許諾しなければならないのであります。それは可能であります。」と答弁した(韓国国会会議録参照)。つまり、日本の自衛隊による「敵基地攻撃」でいえば、日本による「敵基地攻撃」を米国が了解したとしても、さらに、米韓連合軍の「戦時作戦権」としての韓国大統領の許諾が必要になるということである。自民党内の「嫌韓」議員たちは、この事実をご存じだろうか。

ここでいう「戦時作戦権」とは、「戦時作戦統制権」のことである。その詳細は、駐日韓国大使館が次のように説明している。「作戦統制(OPCON:Operational Control)とは、特定の任務や課題の遂行のために設定された指揮関係を意味し、作戦統制権は当該部隊に対して任務を賦与し指示を行うことのできる作戦指揮の核となる権限だ。韓国軍に対する作戦統制権は、1950年の6.25(韓国戦争)勃発直後に戦争という特殊な状況において大韓民国の大統領から国連軍司令官に委譲され、1978年の韓米連合司令部の創設と共にあらためて連合軍司令官に委譲された。そのうち平時作戦統制権については1994年に返還されたが、戦時作戦統制権はそのままになっている状態だ。戦時作戦統制権は、韓米連合司令官に委譲された作戦統制権のうちの平時作戦統制権が1994年に返還される過程で生まれた概念だ。現状では、戦時となって韓米両国政府の承認の下でデフコンVが発令された場合、指定された韓国軍に対する作戦統制権は自動的に駐韓米軍司令官を兼ねる韓米連合司令官に移管される。」(「戦時作戦統制権の返還問題に対する理解」(2006年8月)駐日本国大韓民国大使館)。 

北朝鮮が日本めがけてミサイルを撃ち込んでくるということは、朝鮮有事であり、その状況では、朝鮮国連軍(参加国はオーストラリア、ベルギー、カナダ、コロンビア、デンマーク、フランス、ギリシャ、イタリア、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、フィリピン、韓国、南アフリカ、タイ、トルコ、イギリス、アメリカである(外務省「朝鮮国連軍と我が国の関係について」)と米韓連合軍が活動する。朝鮮半島有事で朝鮮国連軍、米韓連合軍の軍事作戦が展開されているなかで、日本が一方的に北朝鮮に対する「敵基地攻撃」をすることなどできるわけがないではないか。

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この写真は、KTV国民放送のニュース映像である。韓国国防部のノ・ジェチョン副報道官は、2019年7月11日の定例会見で、「日本は朝鮮戦争の参戦国でないため、戦力提供国として活動できない」、「国連司令部の戦力提供国は1950年に採択された国連安全保障理事会決議に従って国連軍司令部に戦力を提供した国のうち、朝鮮半島で戦争が再発した場の参戦を決議した戦闘部隊派遣国」と述べた。日本の参加については「(米国と)議論したことがなく、検討したこともない」とし、ドイツの参加にも否定的な立場を表明した。ノ副報道官は、「国連司令部に参加する国は韓国の要請により韓国の自衛権行使を支援するため派遣された。新たな派遣にはわれわれの同意が前提となるのが当然だ」とも述べている(『聯合ニュース』2019年7月11日)。

このように、韓国からは、朝鮮半島有事の際の日本の「参戦」を事実上拒否されている。「自分が韓国人だったら」と考えてみるといい。日本の植民地支配の歴史からいえば、これは韓国人にとって当然の感情だろう。「敵基地攻撃能力」の主張には、「被害者」日本、「加害者」北朝鮮、「日本の味方」アメリカの3つしか登場しない。視野が狭すぎる。過去の歴史を踏まえ、東アジアの状況をしっかり見据えた議論をすべきである。ただ、「敵基地攻撃能力」を主張する政治家たちにとって残念なことに、安倍政権が長く続いている「効果」がここにもマイナスに作用していることである。日本が「敵基地攻撃」で韓国の同意を得るつもりだとしても、「外交の安倍」で日韓関係は最悪となっており、日本が「敵基地攻撃」について韓国の同意を得られるとはとても思えない。ある意味で、安倍首相こそ「敵基地攻撃能力」の実現を妨げている最大の要因となっているのである。

次回は、「日米防衛協力の指針」(ガイドライン)との関係や、「7.1閣議決定」による集団的自衛権行使の合憲化との関係、さらには実際の軍事的、軍事技術的な観点から「敵基地攻撃」問題の妄想性を明らかにしよう。

(この項続く)

第一回:「敵基地攻撃能力=抑止力」という妄想(その1)――韓国との事前協議が必要
第二回:「敵基地攻撃能力=抑止力」という妄想(その2)――法的、軍事技術的視点から
第三回:敵基地攻撃能力=抑止力」という妄想(その3・完)――過大評価と過剰対応

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