「敵基地攻撃能力=抑止力」という妄想(その3・完)――過大評価と過剰対応
2020年8月3日

「不安」対応の「安心保障」?

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もそも北朝鮮の「ミサイルの脅威」というのは本当なのか。「安全」の対語は「危険」や「脅威」である。「安心」の対語は「不安」である。危険や脅威は客観的な情報やデータに基づいて分析され、それに対処する手段・方策を含めて、安全保障は客観的に確定され、設計されるべきものである。ところが、不安という主観的な要素に基づいて、「安心保障」を約束するのは、対外政策においても、国内政策においても、すこぶる危ういことである。北朝鮮のミサイルを過大評価し、過剰に恐れるのではなく、その実態を冷静に分析して、冷静に対応することが求められるのである。

北朝鮮の「ミサイル」は脅威か

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これまでに6回、北朝鮮の「ミサイル」は、日本「上空」を通過した。「上空」といっても宇宙空間であり、日本の主権が及ぶ「領空」ではない。この日本「上空」通過のため、日本国民は、北朝鮮の「ミサイル」に過剰に怯え(させられ)ている。北朝鮮にしてみれば、日本国民がここまで怯えてくれるのだから、作戦は成功ということになる。そして、安倍晋三首相らは、北朝鮮の「ミサイル」の脅威を煽るだけ煽っている。「敵基地攻撃」論が議論され始めたいま、もう一度冷静に北朝鮮の「ミサイル」について検討しておく必要があるだろう。そもそも、北朝鮮の「ミサイル」は、日本が「敵基地攻撃」などを考えねばならないようなものなのだろうか。  横の写真は、これまでに日本「上空」を通過した北朝鮮の「ミサイル」の飛行ルートである(出典:List of North Korean missile tests)。

これらの6回の発射の内容を次の表に整理した。

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実験用通信衛星と地球観測用衛星

@は、アメリカ国務省報道官が、これは人工衛星の打ち上げであり、失敗したことを認めている("We have concluded that North Korea did attempt to orbit a very small satellite. We also have concluded the satellite failed to achieve orbit."(U.S. Department of State Daily Press Briefing MONDAY, SEPTEMBER 14, 1998 Briefer: JAMES P. RUBIN)。

北朝鮮がロケットを東向きに発射するのには理由がある。「「地球中心慣性座標系」・・・で観察するとき、地球は西から東に向かって自転しているので、我々観察者の立っている地表面もその地点の緯度に応じた東向きの慣性速度をもっている。したがって、ロケットを東向きに打ち上げるとき、地球自転による利得により、ロケットの打上げ能力が向上する。このため、宇宙ロケットは地球上のどの地域から打ち上げる場合でも、地球観測衛星を除いて、特別の理由がない限り常に東向きに打ち上げられる。」(宮澤政文『宇宙ロケット工学入門』(朝倉書店、2016年)34頁)。だが、「安全上、打上げ発射場の東側には自国の領土または公海が“相当遠くまで”広がっていなければならない。」(同165頁)。したがって、北朝鮮が通告もなく、日本に向けて打ち上げたのは、非難を受けて当然である。

なお、ここで問題にしているのは、北朝鮮の発射した「テポドン」が軍事用に転用できるかどうかとは別問題である。自衛隊霞ヶ浦航空学校出身、北部方面隊勤務後、武器補給処技術課研究班勤務の経歴をもつ、かのよしのり氏はいう。「テポドンを「事実上の弾道ミサイル」などというなら、世界中の衛星打ち上げロケットが、事実上の弾道ミサイルになりますし、テポドンなどより日本のイプシロン・ロケットのほうが、よほど弾道ミサイルらしい性格のものです。筆者は北朝鮮の肩を持つわけではありませんが、「事実上の弾道ミサイル」などという言い方には、世論操作をしようという悪意が込められていると思います。」(かのよしのり『ミサイルの科学』(サイエンス・アイ新書、2016年)60頁)。北朝鮮の「ミサイル」に怯えている人は、この元自衛官の言葉をよく考えるべきである。

Aで東向きに発射したのは、打ち上げたのが実験用通信衛星だったからと考えられる。北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)は、これが人工衛星打ち上げと考えられると認めている("North Korea launched a Taepodong-2 missile, supposedly for placing a satellite in to Earth orbit." North American Aerospace Defence Command Office of History, >A Brief History of NORAD, as of 31 December 2013.)。

Bでは、地球観測衛星の打ち上げに成功しており、国連にも登録されている。発射の方向は南である。宇宙航空研究開発機構(JAXA)によれば、「地球観測衛星は全地球を効率的に観測するため、投入される軌道は、地球の北極と南極上空を通る、ほぼ縦に回る軌道(極軌道)に投入されますが、この場合は、南に向けてロケットを打ち上げます。」。種子島からのロケットの飛行経路は、例えば、宇宙航空研究開発機構「H-IIAロケット8号機による陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)の打上げ結果について(速報)」2頁や、三菱重工業株式会社・独立行政法人宇宙航空研究開発機構「平成20年度冬期ロケット打上げ及び追跡管制計画書温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT)/小型副衛星/H-IIAロケット15号機(H-IIA・F15)」16頁をみてほしい。日本の種子島から発射される地球観測衛星については、「地球観測衛星を種子島からいきなり(ほぼ)真南方向に打ち上げると、フィリピンやインドネシアなど人口密度の高い外国領土の上空を飛行することになる。このため、はじめは南東方向に打ち上げ、しばらく後に急角度で南方向に曲がる飛行経路を選択する。」(宮澤・前掲『宇宙ロケット工学入門』166頁)。北朝鮮も地球観測衛星を打ち上げるため、南方向に打ち上げたわけである。

Cでも、地球観測衛星の打ち上げに成功しており、国連にも登録されている。 Bと同様に、地球観測衛星であるから、南方向に打ち上げられたわけである。

結局、「テポドン」というのは、現時点では、宇宙ロケットであり、日本「上空」(繰り返すが、「領空」ではない。宇宙空間である。)を通過したのには、それなりの理由があった。そして、テポドン2号の射程距離は1万キロであるから、これが軍事転用された場合でも、日本攻撃にはあまりにもオーバースペック(過剰性能)であり、日本攻撃を直接の目的とするものではない。たしかに、北朝鮮による弾道ミサイルの保有と発射は、国際社会に対する挑戦であり、国際社会の平和と安全に対する脅威である。だからといって、「敵基地攻撃」だとか「弾道ミサイル防衛」だとか「Jアラート」だとか主張して、迎撃するための装備を必要とするような、日本に対する直接的な脅威ではない。日本の議論は、あまりにも冷静さを欠き、話が飛躍している。日本に対する直接的な脅威になるかという問題と、北朝鮮の発射が国連安保理決議に違反しているという問題とは、全く別次元の問題である。

軍事用ミサイル「火星12号」

問題は、DとEの「火星12号」である。これは、純粋な軍事用ミサイルである。ということは、2017年に初めて、北朝鮮は日本に向けて軍事用ミサイルを発射したわけである。だが、防衛省の資料にあるように、これは中距離弾道ミサイル(IRBM)で、射程は約5,000キロである。Dは、防衛省により、飛翔距離約2,700キロ、最高高度約550キロ、Eは、飛翔距離約3,700キロ、最高高度約800キロと推定されている。高度100キロで宇宙空間だから、高度550キロ、800キロというのはまぎれもない宇宙空間である。これらも、日本攻撃用としてはオーバースペックである(松浦晋也「北朝鮮のミサイル、“目標”はあくまで米国−日本上空を通過した軌道から考える」『日経ビジネス』2017年8月30日も参照)。したがって、火星12号を日本が弾道ミサイル破壊措置で迎撃するとか、Jアラートを鳴らすとかいうのは、あまりにも話が飛躍していることがわかるだろう(直言「「不安の制度化」の手法―トランプ・金・安倍の危ないチキンレース」参照)。

2017年は、米朝の対立が深刻な時期であった。北朝鮮はグアムを狙うと主張していたが、結局、グアムではなく、日本「上空」となった。これについて、『産経新聞』2017年8月29日付は、「米国からの圧力への対処や体制維持のため、金正恩氏が取り得たギリギリの選択が今回の日本列島を越えるミサイル発射だったようだ。」としている。また、韓国軍機関紙『国防日報』2017年8月30日付2面は、「グアムに向けて発射するとアメリカの影響が負担になるため、日本の方向にミサイルを発射した」というミサイル専門家である前国防大学教授の見解を紹介している。このような複雑な過程を見逃すべきではない。

天皇の高麗神社「私的旅行」

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なお、当時の天皇は、9月20日に「私的旅行」として、埼玉県日高市の高麗神社を訪問した。古代朝鮮半島にあった高句麗からの渡来人を祭った神社で、高句麗は現在の北朝鮮の部分と重なる。この神社に祀られた人々の子孫がトランプの先制攻撃にさらされていた。安倍首相がそのトランプの行動を100%支持するという発言をしているタイミングで、あえて、わざわざ北朝鮮に関連する神社を訪れる。実際、翌21日付の韓国の主要各紙は、「私的な旅行の一環だが、歴代日王(天皇)で初めて」と写真付きで詳しく報じたという(直言「天皇退位めぐる法と政治」)。天皇の「私的旅行」と同じ日、9月20日、安倍首相は国連総会で次の演説を行っている。「北朝鮮に、全ての核、弾道ミサイル計画を、完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法で、放棄させなくてはなりません。そのため必要なのは、対話ではない。圧力なのです。」。

「敵基地攻撃」の結果

集団的自衛権行使の結果

日本が「敵基地攻撃」をすれば、「敵国」からの報復攻撃は必至である。また、例えば、アメリカ本土、グアム、ハワイを標的とした北朝鮮によるミサイル発射の準備を日本政府が日本に対する攻撃の着手と誤解し、日本が北朝鮮に「敵基地攻撃」を行った場合、北朝鮮からすれば、日本が理由なく先に攻撃してきたことになるから、北朝鮮からの日本に対する報復攻撃は必至だろう。政治家はその時の責任をどうとるつもりなのか。

浜田靖一防衛大臣は、2009年6月9日の院内大臣室前ぶら下がりの会見で、「自民党の国防部会の防衛政策検討小委員会の方で、防衛計画の大綱に向けた提言が正式に決定される見通しなのですけれども、改めてになるのですが、敵基地攻撃能力の保有ですとか、色々な論点が入っているのですが、大臣としては今後どのように活かしていくお考えでしょうか。」との質問に次のように答えた。「勇ましい議論に対しては、我々とすれば冷静に判断していかなければいけないと思いますし、ただ単に敵基地攻撃ができるということになれば、その後に来るものは一体何なのかということを考えれば、慎重になるのが当たり前の話であり、ただそれだけを引き出してくるのは話としては勇ましくていい話かもしれませんが、もしも攻撃した場合にその後に来るのは一体何なのかというのは誰が考えても想像がつくわけでありますので、我々とすればそこは慎重に取り扱っていきたいと思っております。」。これは政治家として、実にまっとうな感覚である。

「敵基地攻撃能力」の先にあるもの

ちょうど225年前、カントの名著『永遠平和のために』(Zum ewigen Frieden, 1795)が公刊された。常備軍があると、互いに無際限な軍備拡大を競うようになり、それに費やされる軍事費の増大が重荷となって、結局、常備軍そのものが先制攻撃の原因となる。カントは、兵力と同盟力と金力の3つのうちで、金力が最も信頼できる戦争道具であるとして、国債を「危険な金力」と断じている。

冷戦の終結が語られるようになって30年が経過した。ソ連邦が崩壊し、「北海道ソ連軍上陸」を想定して整備してきた陸自は、北海道に4個師団(うち1個は第7機甲師団)も置いておく理由が問われるようになってきた(直言「「片山事件」と北海道」)。重量50トンの90式戦車が無用の長物となっても、三菱重工に戦車の発注を続けなければならない。より軽量の「ヒトマル戦車」が誕生して、対テロ戦にもゲリラコマンドにも対応できるという「説明」になる海自の長年の狙い目は空母だったし、空はF22を超える国産戦闘機。集団的自衛権行使を可能にする解釈変更をやってのけた安倍政権のもとで、それまでの政府解釈の縛り(「必要最小限度」)も何のその、ついには「敵基地攻撃能力」の名のもとに、日本が保有できる装備の限界論も底が抜けてしまったようである。軍需産業に無尽蔵の利益を保証する新型装備の開発と配備に合わせて、防衛構想が策定されていく。この転倒状況は、カントのいう「兵力・同盟力・金力」が連動する世界であろう。

2年前の直言「変わる自民党国防部会の風景」では、「敵基地攻撃能力」とスタンドオフミサイル(stand-off missile)の関係について議論が出るなかで、このミサイルが、「敵」の防空システムの有効射程外から発射される空対地ミサイルで、発射母機(プラットフォーム)は安全な位置から攻撃できるということから、「敵基地攻撃能力ではなく、敵基地反撃能力である」という屁理屈まで飛び出していた。いまや、安倍政権のもとで、軍事や安全保障について、まともな議論のできる与党議員はいなくなった(かつて「直言」で批判した石破茂議員は希少価値)。

野党にも軍事知識のある論客が見当たらないこともあって、このところ、防衛構想や防衛計画、装備論が予算委員会などでまともに議論されることが少なくなった。6年前の直言で、「統合機動防衛力」構想が先制的・前方展開的性格を強めていることを指摘したが、2018年12月に制定された「防衛計画の大綱」(「平成31度以降に係る防衛計画の大綱」)では重大な名称変更が行われているという。それが「総合ミサイル防空」である。核兵器の脅威に関する対処に関して、前防衛大綱(「平成26年度以降に係る防衛計画の大綱」)では、「核抑止力を中心とする米国の拡大抑止は不可欠であり、その信頼性の維持・強化のために米国と緊密に協力していくとともに、併せて弾道ミサイル防衛や国民保護を含む我が国自身の取組により適切に対応する」とあったのが、「総合ミサイル防空や国民保護を含む我が国自身による対処のための取組を強化する」と変更された。「総合ミサイル防空」への変更理由も説明されず、『防衛白書』にも説明がないという(桜井宏之「「弾道ミサイル防衛」から「総合ミサイル防空」へ―真の狙いは米軍との共同交戦態勢の確立」『軍事民論』651号(2020年6月8日)参照)。米軍は「統合航空・ミサイル防衛」(IAMD(Integrated Air and Missile Defense))を採用する。これは「敵の航空・ミサイル能力から悪影響を及ぼし得る力を無効にすることにより、米本土と米国の国益を防衛し、統合部隊を防護し、行動の自由を可能にするために行う諸能力と重層的な諸作戦の統合」と定義される。IAMDは戦域レベルの基本的枠組みなので、地理的範囲はインド太平洋統合軍の地理的担当区域となり、結果的に自衛隊の「総合ミサイル防空」もこれとの密接な関係をとることになる(詳しくは、前掲『軍事民論』参照)。

「専守防衛」は遠い昔、「周辺事態」も今は昔で、米軍の戦域レベルの作戦に自衛隊はしっかり組み込まれていくということである。国会での議論もなしに、これからも多額の税金が使われていくことになる。「敵基地攻撃能力」の向こうには、米軍と一体となって「金力・兵力=人命」を費消する明日がある。「迎合」と「忖度」と「思考停止」の「同盟」から距離をとって、「日米同盟オンリー」ではない、アジアのなかの日本という視点と思考が求められている。そのためには、「他人の話が聞けない、聞かれたことに答えない」というタイプではなく、立場の違いはあっても相手の主張を検討の対象にすることができ、「考え直す時間」を大事にできる指導者が必要であろう。

第一回:「敵基地攻撃能力=抑止力」という妄想(その1)――韓国との事前協議が必要
第二回:「敵基地攻撃能力=抑止力」という妄想(その2)――法的、軍事技術的視点から
第三回:敵基地攻撃能力=抑止力」という妄想(その3・完)――過大評価と過剰対応

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