コロナ禍の大学の授業――水島ゼミ23、24期生の活動から
2020年8月24日

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オンライン授業の経験

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型コロナウイルスの感染拡大により、早大は、来月から始まる秋学期もオンライン授業が確定している。一部、対面授業を再開するため、現在その準備が進められている。私も1年ゼミ(導入演習)3・4年の専門ゼミ(主専攻法学演習(憲法))のみ対面で開講することにした。30人前後の学生が120人以上の教室で間隔をあけて座り、オンラインで参加するゼミ生の顔を正面スクリーンに映し出すような形で実施することになるだろう。文科省などはこのようなやり方を「ハイブリッド化」などと呼ぶようだが、言葉が軽い。対面授業が普通に行われる「平時」におけるこの種の試みをいうならいざ知らず、コロナ禍で大学に来ることができない学生たちのつらさや悲しみを考えれば、この局面で「ハイブリッド」なる言葉を使うべきではないだろう。

なお、早大総長が「反転授業」をコロナ後にやるようなメッセージを学生に流しているが、私を含めて教員レベルでは、今年の秋学期について部分的対面再開を決めただけで、来年の春以降のことは議論していない。コロナ危機は大学の自治のありようにも影響を与えている。私はオンラインによって熟議がどこまで可能かについて、最近の体験から疑問を感じ始めている。大学が効率性を重視しすぎることで失うものは大きい。少なくとも、教育に関わる「重要事項」について、トップダウンは望ましくない。コロナは「人」と「人」との関係に重大な悪影響を与えているが、とりわけダメージが大きいのが教育の世界だと思う。

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この5月からの「オンライン授業」の総括は、十分なデータをもとに総合的に検証される必要がある。先週、やっとのことで「オンライン試験」の採点(答案812枚)を終えたばかりなので、ここで「オンライン授業」について立ち入って論ずることはしない。ただ、私が必修科目「憲法」と導入演習で出会った今年の1年生の思いは、痛いほどわかる。いずれ、「コロナ禍の大学」というテーマで、8年前の直言「大学の文化と「世間の目」」以来になる大学論を展開する機会をもちたいと考えている。

さて、今回の「直言」は、私の専門ゼミ(主専攻法学演習・憲法)がオンラインでどのような活動をしたのかについて、私の身近な、限られた体験のみ語ることにする。コロナ禍の大学での授業の一つの例として読んでいただきたい。なお、水島ゼミについての記事が『法学セミナー』2020年7月号に掲載されたので、後半で紹介することにしよう。「コロナ前」のゼミについて書いたものなので、いま読んでみると、コロナによって失われたもの、失われるもの、失われていくものの大きさを思う。

水島ゼミのオンライン体験

ゼミ生の個々の活動については、これまでもこの「直言」でさまざまな形で紹介してきた。直近では、中欧スロバキアに留学中にコロナ危機にまきこまれ帰国できなくなった23期生の現地レポートを紹介した(直言「中欧「コロナ危機」の現場から―ゼミ23期生のスロバキア報告」)。彼も7月上旬に無事に帰国して、2週間の自宅待機を経て復帰した。これで海外に出ていたゼミ生全員が帰国して、指導教員としてひとまずホッとしている。

私のゼミは、この春学期、Zoomを使ったリアルタイム授業を行った。木曜4限と5限を連続でやっているので、14時45分から18時すぎまで議論は続く。教室とは違い、自宅書斎で3時間半を超えて報告と討論に付き合うと、腰の痛みがけっこうきつくなった。

授業開始が5月11日だったので、最初のゼミは5月15日。学生たちはいつもの8号館310教室ではなく、ノートパソコンの画面上に登場する(冒頭右の写真(修正済み)参照)。先週、デスクトップ型の新パソコン(もちろん親指シフトキーボード)を購入したので、今後はZoomを使った授業や会議、研究会などは、広い画面で、より多くの参加者の顔が見られるが。

コロナ禍のゼミのテーマ

5月18日のゼミでは、8期ゼミ長(2006年卒)の矢島大輔君(朝日新聞)に講演をしてもらった。テーマは彼がいま担当している分野の取材の話。これはゼミ生限定なのでここでは触れない。もう一つは今年予定されているゼミ沖縄合宿のことである。矢島君の代の沖縄合宿は、2004年8月、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した直後だった(直言「沖縄ヘリ墜落事件から見えるもの」参照)。隔年で22年続けているゼミ沖縄合宿について、現役のゼミ生に先輩からアドバイスをしてもらうのが狙いだった。その後、7月3日、大学により12月末日までのゼミ合宿などの活動の中止勧告が出されたので、いつもの形での沖縄合宿の開催は困難になった。

さて、本ゼミの発表班による第1回が5月25日から始まった。以下、各発表班の班長に報告の趣旨や議論のポイントなどをメモで送ってもらったので、それを使って各回を紹介することにしたい。

第1回は、「コロナ対策から見る日本の政治」(班長:野村修史23期)と題して、コロナ危機で浮き彫りになった「民主主義への疑念」について報告・討論を行った。「一斉休校」問題や「収入減少世帯30万円給付から一律10万円給付」問題などの具体的事例を使って、コロナ禍での民主主義のありようについて報告があり、民主主義を成り立たせる重要な要素たる「議論の場」が機能しづらい状況や、独裁的傾向の国々での強権的コロナ対応への評価、コロナ危機による「民主主義→反民主主義」の世界的な際どい動きなどについて検討していった。「アリストテレス「政治学」の現在への応用」についての問題提起を受けて、より原理的な議論も後半に展開された。コロナ禍にコロナの問題について「民主主義」論の角度から議論をしてみて、いろいろとおもしろい発見があった。

第2回は、「特別定額給付金―なぜ「世帯」単位なのか」(班長:村松実可子23期)。「一律ひとり10万円給付」が誰にも平等にという印象を与えるが、世帯ごとの給付により、さまざまな問題が見過ごされてしまったのではないか。世帯主への一括給付を切り口に、そこから生じる世帯間格差、そして男女差別について検討した。多くの世帯主が男性で構成されるため、家族に給付金を与えるかの判断は、男性に委ねられている場合が多い。DV被害者も受け取りが可能な条件も設けられているものの、要件のハードルが高い。また、形式的には妻が世帯主になることも可能だが、「一般的に夫が世帯主」という考えがはびこっている。「そのような理想と現実のギャップが、様々な格差、差別を広げてはいないか。「半ば当たり前に受容しているが、ふと考えれば差別的なモノ」の存在に気づき、差別を認めることが、平等への第一歩だと結論付けた。給付金という切り口から、最終的には差別の本質について考える時間となった」と班長は述べている。

第3回は、「ロックダウンと資本論」(班長:伊藤翔和23期)。コロナ禍は学生にとって学業やアルバイトの継続だけでなく、3年以上では就職活動が切実な問題である。「経済活動が完全に中断しない以上、新卒一括採用が根強く残る雇用制度は動き続ける」という状況のもとで、就活をしながらゼミに参加して、しかも自らのその状況を対象化して議論していった。発表はCOVID-19や都市封鎖への法律論から入り、そこで唐突にマルクスの『資本論』を展開する報告が介入して、資本主義下での雇用制度の検討に議論を広げていった。班長によれば、「この展開は通常の発表と違う。講義のオンライン化で失われた大講義を取り戻すため、講義途中に、ちょっとした雑談から始まる各々の対話から、自発的に課題解決を考察する機会にしてほしいと思った」ということらしい。各国で行われている「ロックダウン」や日本での自粛的形態がもたらす問題を、視野を変えて議論する時間になった。

第4回は、「コロナ禍と「自粛警察」―歴史の連続性のなかでのその構造的危険性」(班長:鈴木育海 23期)。コロナ禍で「自粛警察」という言葉が生まれた。「自粛警察」が発生するメカニズムを分析し、これを歴史の連続性のなかで捉えてみると、とても対岸の火事では済まされぬその危険性が浮かび上がってくる。集団が権威と結びつき、同調圧力を強いて他者を排外する動きは、戦前の隣組やナチス政権下のユダヤ人迫害と重なるところもあるからだという。この班は、コロナ禍が「自粛警察」を生み出したのではなく、コロナ禍によって我々の内に潜在的に有する危険性が「自粛警察」という形をとって発露されたという仮説のもとで議論を展開していった。その上で、日本における「自粛警察」の発生メカニズムを、メディア報道、日本特有の「世間」の存在、政府対応、社会的ジレンマ(心理学)など様々な角度から発表が行われ、時間いっぱいまで議論が展開された。班長は、「異常事態の時こそ人の本性が明らかになるというが、コロナ禍の今だからこそ、このテーマをゼミで議論したことの意義は大きい」と語っている。

第5回は、「日本移民構築論」(班長:加藤大成24期)で、留学先のスロバキア共和国から帰国したばかりの加藤君が班長を務めた。彼は、日本で“外国人”として生活する人々がコロナ渦でどのような問題にぶつかっているか、外国人労働者拡大を目指した改正出入国管理法から2年が経過して、日本は本当に多様化した社会を作ることができるのかという問題意識から報告を行った。発表では、“外国人”として生きてきた在日コリアンの制度や歴史を概観し、埼玉朝鮮初中級学校へのオンライン取材に基づいて、無意識の偏見・差別について検討した。共生の在り方を、外国人労働者制度の課題や海外の外国人のための公立学校などを参考に議論を進めていった。

第6回は、「ネットカフェ難民と無料低額宿泊所―コロナ禍で再考する「住居への権利」」(班長:小澤拓未23期)。4月の緊急事態宣言発出後、都内のインターネットカフェにも休業要請が出され、そこに寝泊りする多くのいわゆる「ネットカフェ難民」が行き場を失うことになった。この事態に対して東京都は12億円を計上してビジネスホテルの借り上げなどを行うと発表したが、実際にはネットカフェ難民は、かねてより雑居状態などの劣悪な住環境や貧困ビジネスの温床として指摘されていた「無料低額宿泊所」という施設(良心的かつ清潔な施設も存在するが、玉石混交)に実質的に入所を強制されているという現実がある。このような施設に公権力が入所を強要することは、憲法25条が規定する生存権の精神に反する可能性があるという問題意識から、東京都のコロナ禍におけるネットカフェ難民支援施策の概観とその政策的・法的問題点、劣悪な無料低額宿泊所の実態について調査を行い、世界的な住居支援のスタンダードである「ハウジング・ファースト」と、生存権の一内容である「適切な(十分な)住居に対する権利」である「居住の権利」とその保障について、憲法や社会権規約などの観点から検討した。「ネットカフェ難民と無料低額宿泊所」という具体的問題から、「居住の権利」という一般問題にまで議論は広がった。

第7回は「社会保障と財政〜2050年からの警鐘」(宮崎爽太23期)。コロナ禍において「財政崩壊」が進んでいるという認識からこの班は、挑発的に議論を展開する。以下、班長のメモである。
《政府は2次にわたり補正予算を組み、今年度の国債発行額は一般会計で90兆円を超える。医療崩壊の一因と批判される緊縮財政は、実は合理的かつ必要急務ではないのか。私たちは「債務問題の放置がコロナ禍における様々な危機に繋がった」との仮説の下、敢えて新自由主義的政策に賛同の立場で調査研究を進めた。研究では、@現在の社会保障と財政政策は持続可能ではないこと、Aこのままでは近い将来には大幅な増税緊縮が不可欠で、放置すれば国家破綻の可能性が高いことが明らかになった。これらを踏まえ、私たちはいかにしてこの危機を解決できるのかを政治・経済学的側面から提言・議論をした。コロナ禍において人命を救う事が一番であることは議論の余地がない。しかし、コロナ終息後に我々が向き合うのは絶望的な額の負債と破綻寸前の社会保障だ。「アフターコロナ」を見据える上で避けられないこのテーマについて、激しく意見が割れながらも真剣に考え議論することができた。》

第8回は「「資本主義リアリズム」を超えて―2050年に向けて」(班長:島原寿伸24期)。新自由主義イデオロギーのもとに押し進められてきた「財政健全化」「構造改革」が国民生活に負担を強いてきたことをフリードマンにまでさかのぼって論ずる報告のあと、新自由主義が医療や社会保障、雇用の分野だけでなく、災害の分野にも大きな影響を与えたことを具体的に明らかにする。阪神淡路大震災、東日本大震災、津波、台風、高潮、豪雨災害など大規模な自然災害が頻発したが、公共投資が抑制され続けた結果、災害大国日本が「災害に弱い国」になっていく過程を検討している。このままでは、将来発生が確実視されている南海トラフ地震や首都直下地震といった大災害においても「財政健全化」の犠牲となってしまう。財政のために失われる命があるとすれば、それらはすべて「人災」というべきものだとの認識のもと、「財政か、人命か」の二項対立を超えた、思考の転換の必要性を説く。資本主義という前提を抜け出して新しい価値観を探るという意図のもと、MMT(現代貨幣理論)、「グリーンニューディル」(GND)政策、そして、テクノロジーの発展により社会が大きく変容していく「ポストワークエコノミー」についてそれぞれ報告が行われ、50年後を見通した社会のありようについて議論が行われた。

私のゼミは、テーマの選定から、方法論の選択、結論の導き方まで、糸口、切り口、語り口はすべて学生の自主性に委ねる。コロナのもとでも、普通の憲法ゼミならば扱うであろう問題を扱わず、おそらく憲法ゼミなら扱うことはないようなテーマを扱っている。これまでも、「どこが憲法ゼミなの」ということは取材先でもよくいわれると学生自身がいう。そこがわがゼミの特徴である。特に最後の回は、前期高齢者の私の頭ではなかなかついていけなかった。20、21歳の彼らは2050年には社会の中心にいる。コロナがなくて、普通に法学部の教室でゼミをやっていたら、おそらくこうした報告・討論にはならなかっただろう。

初めてのオンラインゼミということで、教室で議論するのとは違った感触で戸惑うこともあったが、何とか半期終了することができた。困難な状況下で、初めての方法でゼミ運営にあたってくれた23期執行部(ゼミ長:高瀬将吾、副ゼミ長:村松実可子、山崎彩夏)に、コロナのもとでのゼミ運営の感想を聞いてみた。以下は3人から届いたメモをまとめたものである。

オンラインゼミを運営して(23期執行部)

ゼミを始めるにあたって、まず、家にWi-Fiがないゼミ生が4、5人いた。何とか全員がWi-Fiが使えるようになるまで、密に連絡し合った。執行部としては、「ゼミ生誰一人取り残さないゼミ活動」の実施に努めた。

Zoomでの実施が決まってから、議論をどうするのかが一番の課題だった。発表班が与える材料をもとに、ゼミ生同士の生の議論により学びを深めていくことこそわがゼミの醍醐味だが、オンライン授業でその質を維持できるのか。ここでデジタルに詳しいゼミ生の協力で、ブレークアウトセッション機能をうまく活用して、議論の質を保つことに繋がった。また、ゼミ員もコロナ禍の困難な状況を受け止め、協力的な姿勢でゼミ運営や毎週の発表をサポートしてくれた。全員が完璧である必要はなく、それぞれが持つピースを重ね合わせて大きな丸を作れればそれでよい、そのような気づきのある経験だったと思う。

また個人的には、Zoomでのゼミは通常時よりもゼミ生の発言が少なかったように思われた。PC画面上だと、普段よりも「見られている」という感覚が強いからであろうか。普段は発言をする人も遠慮がちに見えたのが気になった。ゼミを開けたこと自体はうれしいが、執行部としてはもう少しゼミ生が活発に発言できる環境を整えるべきだったと感じている。

改善点としてはオンライン上とのことで、タイムラグが発生するのをなんとなくお互いが恐れ、議論が一方通行になりがちな状況が多々見られたことである。議論に今まで以上に時間がかかることを念頭に置いた発表構成が必要だと感じた。

「鳥の目」、「虫の目」、「魚の目」という言葉がある。これは、物事を判断する際に必要とされる能力だ。ある問題に対し、大きな視点から判断することが「鳥の目」。その問題における最小単位に着目する「虫の目」。その問題が今後どのような流れをもたらすのかに注視する「魚の目」。これまで、現場主義を重んじ人に重きを置く弊ゼミでは、「虫の目」に重点をおいた発表が進められてきた。だが、コロナ禍のなかで、「虫の目」を支える取材活動が困難となってしまった。取材を前提とする発表もできない。そこで、コロナ禍でのゼミ活動を始めるにあたって、各班の問題意識を組みなおすところから始まった。調整後の問題意識には共通して面白い特徴が見られた。財政をはじめ民主主義や資本主義といった具合に、問題意識が全体的に根源的な分野へと変容したのだ。奇しくも、「虫の目」を中心とした発表をしていたゼミで、「鳥の目」からの、普段は論じることのない分野と視点での発表は、多くのゼミ生にとって新鮮だったと思う。そのためか、本来ゼミが終わる時間を過ぎても発表が過熱し時間が超過することも少なくなかった。前期の発表を通じ、ゼミ員の多くが「鳥の目」を養うことが出来た。これでゼミ生の多くが3つの視点から物事を見ることが出来るようになるだろう。今後改めて「虫の目」を通じた発表をする機会があれば、そこで繰り広げられる議論が楽しみでならない。

デジタル媒体との親密度に個人差はある。直接会えない状況ではそういった媒体に頼るしかないが、それだけでゼミを成り立たせることへの不安はあった。発表班のミーティングや、ゼミ後の談笑の場、我がゼミが大切にする議論の場、そういった「当たり前」の尊さに失ってから気づく。とはいえ、どのような状況下でも、班長はゼミ員を飽きさせないように発表に工夫を凝らし、班員に直接会えないなかで、うまくミーティングを開催してくれた。ゼミ員の対応にも感謝している。水島ゼミの約4分の1世紀の活動において、大きく”ゼミ”のあり方や形が変わっていくのを実感した春学期であった。

以上、ゼミ23期執行部の3人の意見からは、コロナ禍でのゼミ運営のさまざまな問題点や課題が見えてくるだろう。秋学期は対面を導入するが、感染拡大でいつオンラインに復帰するかわからない。学生たちと手さぐりでやってきたこの半期の体験は、私にとって、いままで考えてもみなかったことを考え、試し、行う実験的な授業実践となった。

さて、下記は、『法学セミナー』に掲載された水島ゼミの紹介である。ゼミ長の高瀬将吾君の文責だてが、22期ゼミ長の中野一希君の協力も得た。

「#ゼミを語ろう」『法学セミナー』2020年7月号
早稲田大学法学部水島朝穂ゼミ(憲法)
社会問題の根底を憲法から探る!
自由闊達な言論空間 水島朝穂ゼミ!


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#活動内容

水島ゼミでは「憲法の動態的研究」をモットーに、憲法を取り巻くさまざまな社会問題について、事件の時代背景や社会的背景、訴訟過程などにも分け入り、いわば憲法の法社会学的側面まで踏み込んだ検討をしています。

3・4年生の2年間、通年で所属し、毎週木曜日の4・5限に活動しています。ゼミ生は半期に2回、興味のある発表班に所属してそれぞれのテーマを追求します。発表時間は平均2時間半で、ゼミ生全員での議論を多く取り入れた形式をとっています。その後、先生からの30分のフィードバックにより、毎週のゼミを締めくくります。

所属する2年間で計10回の発表(2回の夏合宿含む)を担当し、そのうち1回は必ず「班長」を経験します。これにより全ゼミ生が平等にリーダーを経験できる仕組みとなっています。  こうしたゼミの特徴は、現場の声を聞く「取材」に力を入れている点にあります。各発表で平均3か所での取材を通じて、問題の当事者や専門家などの「生の声」を聞くことで、テーマを多角的に考察できるようにしています。取材依頼からすべて自分たちで行い、実践を繰り返すことで一人前を目指します。このようにゼミ生が主体的に活動し、学びを深めています。

♯ゼミの行事

このゼミでは、上記の普段の活動のほか、年間を通じて様々な行事を開催しています。ゼミ終了後の飲み会や学期末の納会においては、発表班の問題意識について議論が再燃することもしばしばです。ここでは、数ある行事のうち、@夏合宿、Aおでん会について紹介します。

@夏合宿: 水島ゼミでは毎年夏合宿を実施しているが、隔年で沖縄に行くことが決まっています。前回は米軍基地班・地域経済振興班・平和教育班・北部環境問題班に分かれ、5月頃から断続的に取材計画を練ってきました。

そのほかにも実際に辺野古を訪れるなど、沖縄のみならず日本の安全保障、環境問題の現場をしっかりと目に焼き付けてきた班もあります。

合宿中には琉球大学の憲法ゼミとの合同ゼミを実施し、東京の学生と沖縄の学生が対面して基地問題等を真剣に話し合う有意義な機会となりました。

2018年合宿は、突然沖縄県知事選挙が行なわれることになり、取材を断られて活動が困難になる班や、大幅に予定変更を余儀なくされる班もでてきました。しかし、どんなに忙しくても「学生には話したい」と取材を受け入れて下さる方もおり、各班は選挙下の沖縄という非日常を体感することができました。

Aおでん会: 正月休み、卒業間近の4年生が先生の八ヶ岳の仕事場に招かれ、おでんが振る舞われます。「信玄棒道」を歩きながらの先生との語らいも、思い出となる貴重な時間です。

各行事を通じ、互いに刺激し合いながら個々の思索を深めることができる、意義深いゼミです。

#ゼミ生はどんな人?

個人的に、好奇心の強い人が多い印象です。勉学に励む者からサークルに熱中する者、思うままに海外に渡航する者…。自分の関心のあることに全力投球の人が多いです。

学生は様々な地方から集い、そして、多彩な趣味や専門・得意分野を持っています。1つのテーマを扱っても様々な視点からの発言が溢れ、討論は毎回大変な活況を呈します。高い問題意識を持った好奇心の強い学生が集まるので、ゼミ後の食事の場で議論が白熱することもしばしばです(笑)

こうした雰囲気は、まさにゼミで培った「現場主義」で染みついた実行力から来ているのかなと思います。自身が興味あるものを深める、このあくなき知的好奇心こそが水島ゼミを支えているのだと思います。そしてそれゆえ、卒業したゼミ生の進路先は、判検事・弁護士から、国家・地方公務員、新聞・放送など各種メディア、大学・高校教員、金融、商社、メーカー、運輸、国際協力、農業経営まで、多種多様な分野に進出しています。

#後輩(読者)へ向けて

ゼミナールとはラテン語の苗床を語源としています。先生曰く、水島ゼミは「ゼミ生という種子を育てる苗床。私はその管理人にすぎない」とのこと。ゼミ生はそこで日々、新たな問題に対し議論を通じ知見を深めていきます。幸い、水島ゼミには24年の歳月をかけ育まれた豊かな土壌があります。自分という「種子」を育てるには、これ以上はない環境です。あなたの問題意識を「青臭い」と笑うようなことはありません。あなたの好奇心と探求心を水島ゼミは歓迎します。私たちと、ともに学びともに考えましょう。

ゼミに入れば一度以上、班長を経験することになります。班長は、自分の問題意識を、班員らとともに調査・取材し準備を整え、そうして集めた情報から、論点を再構築しゼミで改めて問題提起をします。議論では、色々な立場からの意見がでてきます。今まで見えていなかった新たな一面に気づかされるといったことも少なくありません。

そうして完成した発表は、自身の大きな財産になるでしょう。発表に向けられる熱い情熱と個性的なゼミ生が織りなす多様な言論こそが水島ゼミの持ち味です。

一つの分野にとらわれず、様々な問題に挑みます。飽くなき好奇心と探求心のある学生の皆さんをお待ちしております。なお、先生のホームページ(http://www.asaho.com/)のサイト内検索で「水島ゼミ」と入力すると、先輩たちの多彩な活動をみることができます。(文責:高瀬将吾)

(『法学セミナー』(日本評論社)786号(2020年7月)2-3頁所収)
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