安倍晋三氏は議員辞職すべし(その3)――13年前の「直言」から
2021年1月4日

年頭にあたって

年明けましておめでどうございます。今年も「直言」をどうぞよろしくお願いします。

この「直言」を始めて24回目の正月である。最初は1997年1月3日で、原稿用紙1枚足らずの文章だった。翌年から、最初の「直言」はその年の特徴を書いたり、私個人の目標を語ったりと、通常モードとは異なる「おせち直言」をアップしてきた。ちなみに、昨年はオリンピック開催の年ということで、直言「「復興五輪」から「安倍五輪」へ」を、一昨年は「ベルリンの壁」崩壊30周年にちなんで、直言「末尾「9」の年には変動が起きる」をアップした。

2021年の正月は「おせち直言」はやめて、きわめて具体的なテーマを取り上げる。それは、安倍晋三前首相に議員辞職を求める「直言」である。以下、その理由について書く。

「昔の首相」の矜持と節度

大学で学生たちに憲法を講義するようになってまもなく40年になる。日本国憲法第5章「行政」で扱う内閣と内閣総理大臣(首相)について語る際、抽象的、一般的な議論であっても、その時々の首相の存在が、講義する私の頭にも、それを聴く学生たちの頭にもあることは当然だろう。1982年秋、私が非常勤講師として初めて授業を行った時点での首相は、明治44年生まれの鈴木善幸だった。日米首脳会談後、「同盟には軍事を含まず」といって、非常識だと非難されたが、憲法を意識して「専守防衛」に徹する姿勢を示したものと見ている。党内基盤が弱く、11月になって突然辞任。中曽根康弘首相に変わった。中曽根は 42歳の時に自らの改憲案(『高度民主主義民定憲法草案』(1961年1月1日))を提起しただけあって、最終的な憲法の明文改正の道は捨てないものの、憲法の解釈・運用によって、日本の国家・社会のありようや日米軍事同意関係を大きく変えていった。他方、日本学術会議の会員任命をめぐって最近注目されている1983年5月12日の中曽根答弁(「政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば、学問の自由独立というものはあくまで保障されるものと考えております。」)に見られるように、近年の政権よりは権力者としての最低限の自制だけはもっていた(直言「内閣総理大臣グッズ」参照)。他方で、批判を浴びない、より巧妙な方法で学術会議をコントロールしていくという問題意識があったように思う。このように、「昔の首相」たちには、国会における答弁や記者会見における「言葉」の使い方というものに対する自制や節度があったし、何よりも内閣総理大臣としての最低限のプライド(矜持)もあったように思う。それが壊れ始めたのが2007年に安倍晋三が首相になってからである。

「9.12」政権投げ出しの理由

北杜八ヶ岳公園線(山梨県道28号)の終点である大泉町西井出石堂の交差点脇に、2007年7月の参院選から一枚のポスターがあった。「消えた年金記録5000万件は必ず解決する」「私の内閣で私の任期中に憲法改正を実現する」と派手にぶち上げた安倍が、参院選で大敗してあっけなく政権を投げ出したあとも、このポスターはずっとそこにあった。選挙から半年後に直言「安倍晋三氏は議員辞職すべし」を出したところ、まもなくポスターはこのような状態になった。「9.12」政権投げ出しの理由には、病気のことはまったく含まれていない。後に持病の潰瘍性大腸炎の悪化が理由のようにいわれているが、首相辞任の時点ではまったく触れられていなかった。官邸のホームページをクリックすれば確認できる(首相官邸ホームページ(2007年9月12日))。

「安倍内閣メールマガジン」46号(2007年9月13日7時受信)には、「無責任と言われるかもしれません。しかし、国家のため、国民のみなさんのためには、私は、今、身を引くことが最善だと判断しました」とある。首相が自らの行為について「無責任かもしれない」というのは驚きである。この「9.12」によって、国会における重要事項の審議が止まり、国政は停滞した。8月最終週に内閣改造までやっておきながら、小沢一郎民主党党首(当時)との党首会談は「新総理」でやってほしいと泣きついている。まさに無責任の極みであった。

私は2008年7月28日の直言「続・安倍晋三氏は議員辞職すべし」(その後改題して「1年前、安倍晋三氏は何を語っていたか」)をアップして再度、議員辞職を求めた。おそらく第1次政権投げ出しの際に議員辞職まで求めたのは、田中真紀子議員以外にはいなかった。

2007年参院選で与党は過半数を失ったが、これは二院制の一つの院で信任を失ったに等しい効果を生む。安倍首相(当時)は、「参議院は政権選択とは関係ない、だから、総辞職しない」という言い方をした。確かに、内閣の存続は衆議院の信任に依存する(憲法69条)。衆院で与党が過半数を失えば政権交代に連動するが、参院ではそうではない。しかし、1989年参院選敗北後の宇野宗佑首相の辞任や、1998年参院選後の橋本龍太郎首相の辞任の例もある。「国会で所信表明演説を行い、各党の代表質問を受ける段になって辞意を表明した首相は、さすがにいなかった。衆院は流会となった。これは究極の国会軽視だろう。というよりも、議院内閣制のあり方を傷つける辞め方といえる」。もし、安倍が医師団とともに記者会見をして、病気の深刻さを訴えて辞任を表明するならば話は違っていただろう。しかし、「テロとの戦いを継続するために」という嘘をついて、国会を欺いたわけで(首相官邸のHP参照)、国政を停滞させた責任は重い。国会議員にもとどまるべきではないということで、13年前、議員辞職を求めたわけである。

「8.28」=「政治的仮病」による政権投げ出し

国会を欺いた安倍晋三が再登板して、2012年12月に安倍第2次政権が発足してしまった。本来は議員辞職しているべき人物が、再び首相に返り咲いたわけである。しかも、安倍、麻生、菅の3人による政権は7年8カ月も続き、安倍は「在任期間のみ「日本一の宰相」」となった。いま菅・麻生コンビになっているが、そもそも麻生太郎という人物はわずか1年だが首相の地位にあった人物である。私は「ボキャブラリーの貧困もはなはだしく、「語彙の困窮」の水準にまで到達している。貧困な歴史認識しか持たない、「歩く失言製造装置」としか形容しようがない。」と厳しく批判した(直言「漫画首相と政治の戯画化」参照)。2008年から2009年半期までの政治を迷走させて、総選挙で敗北して辞任した首相が、2012年12月から今日まで、財務大臣を8年以上もやっていることは、どう考えても異様かつ異常ではないか。

安倍政権については、この「直言」で繰り返し批判してきたが、特に安倍の「責任」意識の希薄さは深刻である(直言「安倍首相の「責任」の意味を問う」参照)。冒頭左の写真は、「9.12」と「8.28」のそれぞれの安倍の表情である(『日刊スポーツ』2020年8月29日付一面)。冒頭右の写真は、2016年8月21日のリオ五輪閉会式に、スーパーマリオに扮して登場した安倍のパフォーマンスである。「フクシマについて案じる向きには、私から皆さんに保証いたします。状況は、統御されています(under control)」という「アベノホラ」に世界はだまされた。写真は「アベノマリオ」のスクリーンショットである(直言「アベのグッズ」に追加?)。

新型コロナウイルス感染症への対処においても、安倍晋三は国民も国会も欺き続け、その挙げ句の果てに「コロナ前逃亡」した(直言「政治的仮病」とフェイント政治―内閣法9条のこと」)。公文書改ざん、隠蔽、人事介入、権力の私物化等々、安倍政権のもたらした害悪は計り知れない(直言「「総理・総裁」の罪――モリ・カケ・ヤマ・アサ・サクラ・コロナ・クロケン・アンリ・・・」参照)。たくさんの違憲行為を繰り返してきた「憲法違反常習首相」としての安倍の責任は重い。

「サクラ」における虚偽答弁は憲政史上の汚点

数々の「アベノアクジ」のなかでも、いま最も注目されているのが、「サクラ」こと「桜を見る会」前夜祭の問題だろう。1年以上にわたって、この前夜祭の夕食会での費用の問題が国会で追及されてきた。安倍は国会の本会議や予算委員会などで、「事務所は関与していない」70回、「明細書はない」20回、「差額は補塡していない」28回と、計118回も事実と異なる答弁をしていたことが衆院調査局の調べで分かった(『朝日新聞』12月21日付)。野党は「虚偽答弁」として批判を強めているが、東京地検は事情聴取の上、安倍を不起訴処分とした(今後の検察審査会での審査が注目される)。

12月25日にようやく開かれた衆参の議院運営委員会で安倍は、「会計処理等が、私自身が知らないなかで行われていたこととはいえ、当然私に道義的責任があると考えております」と述べ、費用補塡などに関する確認が不十分と指摘されるや、「秘書を信頼していた」と「秘書が、秘書が・・・」モードに入った。過去の答弁について、「私の認識の限りにおいて答弁をしてきたのではございますが、しかし結果としてその答弁が間違っていたということでございますので、その責任はひとえに私自身にある」と政治的責任は認めたが、「より身を一層引き締めながら研鑽を重ねていく。初心に立ち返り努力をしていきたいと考えております」と述べ、議員辞職は否定した。この質疑を見ていて、秘書のせいにする卑怯な態度とともに、圧倒的違和感のある言葉が、「研鑽を重ねていく」であった。若手議員ではあるまいし、内閣総理大臣を8年近くやった人物のセリフではないだろう。「言い訳の天才」(父・安倍晋太郎の言葉)面目躍如である。

国会に対して長期間、反復継続して虚偽答弁を繰り返し、貴重な審議時間を空費させたことは、国会の歴史に残る汚点である。国会の一員としてもその資格を問われるだろう。川内博史(立憲民主党)によれば、森友学園への国有地売却をめぐる公文書改ざん問題でも、安倍が2017~18年に行った国会答弁のうち、事実と異なる答弁が計139回もあるという。「在任期間」において憲政史上最長というレコードに、虚偽答弁において憲政史上最多が加わることになった。

朝日新聞デジタル12月22日付は、安倍答弁をコンパクトにまとめている。これをクリックすれば、「国権の最高機関」である国会において118回もの虚偽答弁を繰り返す首相の姿を目撃できるだろう

安倍晋三氏は議員辞職すべし(その3)

直言「首相の「責任」の耐えがたい軽さ―モリ・カケ・ヤマ・アサ・サクラ」でも触れたが、「桜を見る会」の問題では、首相の「刑事責任」を含む「被裁責任」(liability)が問われている。政治責任の最もクリティカルなこの局面について、学説は一致して「委任の撤回」、つまるところ「辞職を以て制裁となす」と答える。「サクラ」の問題では、国会での虚偽答弁、招待者名簿を「遅滞なく」破棄したこと(隠蔽)、税金の私物化に至るまで、辞任以外に選択肢はない段階にきている。

安倍政権を継承したという菅義偉政権のトレンドは、「お答えを差し控える」という答弁の急増である。安倍から菅への「継承」の兆候は、言論の府である国会における言論の放棄、熟議の府である国会における熟慮・熟考の否定である。安倍・菅・麻生のまわりに、責任意識を喪失した忖度大臣の群れがいる。官邸の公安的手法によって屈伏させられた官僚たちが控える。

このような国にしてしまった安倍晋三前首相の責任は限りなく重い。まさに「クレプトクラート=泥棒政治家」である。「議員辞職すべし」の第3弾のメッセージを出す所以である。

(文中敬称略)

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