雑談(125)音楽よもやま話(27)コロナ禍のコンサート――早稲フィル第83回定期演奏会のこと
2021年1月11日

9カ月ぶりの「緊急事態宣言」

1月7日(木)、特措法32条に基づく2度目の「緊急事態宣言」が発出された。9カ月前の同じ4月7日(火)の「緊急事態宣言」については、直言「何のための「緊急事態宣言」なのか―「公衆衛生上の重大事態」に対処するために」をお読みいただきたい。そこで指摘した「科学的知見に基づく正確な認識に支えられ、高い調整能力を発揮する(信頼に値する)リーダー」の不在が国と社会にもたらす悲劇を思う。この問題については、来週以降、詳しく論ずることにして、今回は都合により、雑談シリーズ「音楽よもやま話」をアップする。

異なるクリスマス・コンサートの風景

前回の「音楽よもやま話」は、私が会長をしている早稲田大学フィルハーモニー管絃楽団の40周年について書いた。その早稲フィルの定期演奏会が昨年12月24日、ティアラこうとう(旧江東公会堂)で開催された。冬の定期演奏会では、15年前のクリスマスの「第九」(ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調作品125)が思い出される(直言「雑談(46)音楽よもやま話(8)早稲フィルの「第九」」)。だが、2020年のクリスマスは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大で、まったく風景が異なっていた。

15年前の「第九」の時は、開演前から長い列ができ、1800人定員のホールが満席となった。しかし、15年後の今回は、大学のコロナ対処方針に合わせて、定員1228人の4分の1にあたる300人を入れることにした。例年たくさんの方々をご招待している「会長枠」も4人までに限定され、2組しかお呼びできなかった。当日、会長として受付でお客様のお出迎えするのだが、これも風景が違っていた。マスク姿で来場された方たちに入口で検温をさせていただいた。消毒液での手指の消毒も。受付は、紙のチケットではなく、スマホ画面を担当者に見せるという形をとった。スマホを使わない方のために、筆記の受付コーナーも別に設けた。例年、入場の際にお渡しするパンフレットは、メールの添付ファイルで予約者に事前にお送りするという形をとった(83回定期演奏会パンフPDF。1頁目に私の会長挨拶もある)。コンサートに公演パンフがないのはさみしいものである

今回のプログラムは、ドビュッシー「小組曲」(ビュッセル編)、スメタナ・連作交響詩《我が祖国》より〈モルダウ〉、メインは、チャイコフスキーの交響曲第6番 ロ短調《悲愴》。指揮は、松岡 究さんである。松岡さんには、10年前の「3.11」後の第64回定期演奏会でもお世話になった(直言「雑談(86)音楽よもやま話(16)追悼音楽」)。10年前は大地震、今回はパンデミックと、松岡さんには、異様な状況下でのコンサートを成功させるためにご協力いただき、心から感謝している。

練習時間が十分とはいえないなかで、一人ひとりの思いがそれぞれの曲にほとばしるような演奏になった。無観客ではなく、300人に限られたとはいえ、聴衆の拍手を受けられるコンサートは幸福な気持ちにさせられる。

どのような感染対応をしたか

今回の定期演奏会は、聴衆を4分の1にしぼるとともに、YouTubeでのプレミア配信という方法をとった。12月29日19時から配信を行った(その後、見逃し配信を1回実施)。この写真は、プレミア配信の画面である。客席側からの全体画面と、指揮者の動きをとらえる画面を重ねながら進行していく。指揮者の正面からの映像を見ると、その背後に、聴衆の間隔がどのようにとられているかが見て取れるだろう。

本番までどのように練習をしていったか。10月5日に大学から「課外活動の段階的な再開について(第3報)」が出され、従来までの活動制限が緩和され、「感染予防の徹底等、大学が提示するルールを遵守」することを条件として、サークル主催の演奏会も可能となった。だが、感染拡大のなか、大学からは「課外活動における一部制限の継続について(第4報)」(12月4日)という指示が届き、コロナの感染拡大の状況に応じて、最悪の場合、冬の定期演奏会の中止もあり得るかと覚悟もしていた。

トゥッティ tutti(総奏)やセク練(弦、管などのセクションごとの練習)についても、場所や人数などきわめて詳細な申請書をいちいち学生課に提出することが義務づけられている。会長印が必須のため、それぞれについて私が署名捺印して、書類をスキャンしてメールで送っている。重要書類の場合、インスペクター(幹事長)に自宅近くの駅まできてもらって、署名捺印したこともあった。とにかく練習場所の確保が最大の課題だった。

「音楽」になるまでの練習の大切さ

かつては会長として練習合宿に参加して、音楽レクチャーをしたこともある。学生オーケストラの場合、4年間で人が入れ代わるので、とにかく練習が重要である。早稲フィルの場合はトレーナー陣が充実しているのでかなり助けられている。しかし、コロナの場合、人が「集まる」こと自体が規制される。オーケストラは、個々の奏者をただ人数だけ集めただけでは音楽にならない。オーケストラとしての有機体となるには、セク練とtuttiの積み重ねが重要である(冒頭右の写真は間隔をあけた練習風景の一例)。そこで思い出すのは、学生オーケストラのエネルギーである。11年前の「ニューイヤー・コンサート2010」も、冬の定期演奏会のあとの短期間で準備したものだったが、本番は大成功だった。今回、コロナ禍の不自由や負担への反動として、本番の演奏に放射された学生たちのエネルギーを感じた(この写真は、最後の練習で団員を励ます会長である)。

そこで、コロナ禍で学生オケはどのように活動したかを、当事者に語ってもらおうと思う。 東日本大震災の震災復興支援ボランティアとしての演奏活動については、当時のインスペクター(幹事長)小野洋奈さんのレポートを掲載したが、今回は、インスペクター(幹事長)の芦原里紗さんのレポートを下記に掲載することにしたい。

コロナ禍の早稲フィル第83回定期演奏会について
芦原 里紗(43期インスペクター[幹事長]、法学部3年、チェロ)

世界中が新型コロナウイルスの影響を受けた2020年、早稲田大学フィルハーモニー管絃楽団(通称:早稲フィル)の活動にも大きな影響があった。2月末から7月末(正式には8月1日)まで、当団の母体である早稲田大学の指示により活動の停止を余儀なくされていた。3月に予定していた4年生の「第41期卒団演奏会」や6月の「第82回定期演奏会」が相次いで中止となり、例年行っていた合宿や音楽教室(新宿区立落合第六小学校)などのイベントも当然実施できなかった。

イベントの中止が相次いだ1年間だったが、唯一実施することができたイベントがある。2020年12月24日に開催した「第83回定期演奏会」(通称:冬定)だ。しかし冬定開催までの道のりは決して楽なものではなかった。冬定を無事に終えられた今、それまでの道のりを振り返ってみたい。

4月14日に、大学から「8月1日までの課外活動自粛」を言い渡され、春の定期演奏会(通称:春定)の中止を決定した。6月上旬に予定していたものを7月に延期した矢先のことだった。その影響は春定だけではなく冬定にも及んだ。例年は6月中旬から冬定に向けて練習を開始しているが、8月まで出来ないこととなる。いつも当たり前に出来ていた活動のありがたみを知るとともに、ただただ無力感にさいなまれていた。

7月20日、早稲田大学から1通のメールが届いた。「8月2日以降の課外活動の段階的な再開について」という件名で、私は驚きと戸惑いを覚えた。コロナ禍が完全に収束する前に、まさか活動を再開できるとは思っていなかったからだ。メールを団員に転送したところ、活動再開を喜ぶ声も多かったが、未だに外出に抵抗がある団員も一定数いた。また、練習再開後に団員に万が一のことがあった際にインスペクターとしてどう責任を取ればいいのか、という大きな不安もあった。本当に練習や定期演奏会を実施する方向で進めて良いものか自信がなかったが、幹部と関係者14人での電話会議を経て「練習や演奏会への参加を強制しない」という前提で練習再開を決断した。

早速、幹部メンバーで練習時の感染症対策を練った。感染者が出てから後悔しないように十分すぎるくらいの対策を実施することにした。WebやSNSでリサーチをしたところ、前代未聞の事態なので参考にできるものがほとんどなく苦労した。しかし参考になった情報もある。東京都交響楽団が測定した各管楽器演奏時の飛沫距離データである。費用も手間も惜しまず手作りのパーテーションを用意して特定の管楽器奏者の周りに置き、検温器を購入して練習前の検温を徹底した。また、弦楽器の人数を制限し、練習中の団員間の距離を十分取れるようにした。さらに定期演奏会まで練習前後の団員同士の会食を控えるよう呼びかけた。

8月8日、遂に練習再開。冬定メイン曲の交響曲第6番「悲愴」(チャイコフスキー)の初合奏だ。弦楽器奏者の人数も少ないうえ、管打楽器も全パートが揃っていたわけではなかったが、このような状況でも合奏ができる喜びは非常に大きかった。

練習を再開してからは例年通り週3回のペースで練習を実施した。感染症対策も状況に合わせて改善し、9月頃にはGoogleフォームを用いて「相談フォーム」や「目安箱」を開設するなど小さなことでも報告・相談をしやすい環境を整えるよう努めた。このように改善できる点はその都度改善してきたが、本番に向けて準備を進めていくなかで、運営の努力ではどうにもならずもどかしかった点が3つある。練習回数が少ないことと、練習後に自由に飲みに行けないこと、常に感染リスクと隣り合わせであることだ。

練習回数が減ったことで、例年と比べたときの曲の完成度に不安が残った。毎年行っている、8月上旬の弦合宿(2泊3日)と下旬の全体合宿(5泊6日)が実施できなかったこと、練習開始時期が2ヶ月ほど遅れてしまったことが主な要因として挙げられる。練習不足をカバーするために1週間あたりの練習回数を増やす案もあったが、団員のスケジュール面・費用面の負担を考え、断念した。練習を録音・録画して家でも復習できるようにしたり、パートによってはオンラインパート練習を実施したりと工夫はしたものの、結局は個人の練習量に頼らざるを得なかった。団全体としての練習回数が不足している中で今回の演奏会が好評のうちに終えることができたのは、1人ひとりの練習の積み重ねの賜物だと考えている(この写真のように合奏の様子を動画に残し、団員で共有するように工夫した)。

練習後に自由に飲みに行けないこと、これは意外にもさまざまな影響をもたらした。まず、団員同士の交流の機会の減少だ。練習やその行き帰りにしか喋る機会がなかったために、パートや学年を超えた交流が大幅に減ってしまったように感じる。パートや学年毎にオンラインで親睦会を実施することにより団としてのまとまりは最低限確保できていたが、どうしてももどかしさが残った。もう1つは、意見交換の場が減ったことだ。

「悲愴のあの部分のティンパニがたまらないよね〜。」

「ここでチェロバスからもっと盛り上がらないと!!」

「1楽章のあそこは絶対コンマス見るべきだよね。」

あくまで一例ではあるが、食事中に交わされるこういった何気ない会話が、予想以上に大きな意味を持っていることに気づかされた。飲み会は、他パートが曲のどういった部分にこだわりを持って演奏しているのか、自分たちのパートに対してどんな意見を持っているのかを知ったり、曲に対する想いを語り合ったりと、貴重な意見交換・モチベーション共有の場として機能していたのだ。今回は各パートトップを中心にパート練習やグループLINEなどで工夫して呼びかけをするにとどまった。

常に感染のリスクと隣り合わせであることは、練習再開当初から大きな不安要素だった。どれだけ感染症対策を入念に行っていても、公共交通機関を利用して練習に参加したり、アルバイトや対面の授業などに参加したりしている団員は誰でも感染する可能性がある。誰かが感染してしまった際の「練習や本番中止の可能性」と「責めないこと、責任を感じさせないこと」という2つの点が特に懸念事項だった。

感染者が出た場合、当然練習は即中断だ。また、もしそれが本番直前だったら…。練習だけでなく定期演奏会も実施できないことになる。安くはない出演料を支払って8月から週3回3時間ずつの練習を積み重ねてきていたとしても、コロナウイルスはそんなことはお構いなしだ。本番当日まで気が抜けないという状況は、全団員に少なからずストレスを与えていただろう。

加えて、万が一感染者が出てしまった際の団員の心のケアについても心配だった。全員に平等に感染リスクがある以上、誰かが感染してしたとしてもその人を責めることは許されず、感染した本人にも責任を感じさせるべきではない。そこで普段からメールで団員にその点について呼びかけるよう努めた。

そうして迎えた本番当日も気は抜けなかった。楽屋での密を避けるために、楽屋に用がないときはホールの2階席で待機するよう出演者に呼びかけた。弦楽器や打楽器の奏者は舞台上でもマスクを着用し、譜面台は基本的に1人1本の使用だった(コロナ前は2人で1本)。マスクを着けることができない管楽器奏者の椅子は、ホールからの指示で1.5mの間隔をあけて配置した。来場者は関係者と団員招待客に限り、後日YouTubeでの配信を行った。当日の来場者数は昨年の第81回定期演奏会の約4分の1。来場者全員に検温を実施し、時間差入退場などの工夫もした。

練習から本番当日までイレギュラーなことばかりだったが、大きな問題もなく無事に開演時間を迎えることができた。それまでの様々な不安や苦労を思うと、喜びはひとしおだった。

こうして第83回定期演奏会は様々な苦労がありながらも無事に開催することができた。コロナ禍で、アマチュアオーケストラでも大きめの編成で3曲プログラムを実施出来たという事実は大きな自信につながった。オーケストラで演奏することがいかに幸せでありがたいことなのか、団員それぞれが実感したに違いない。次回の第84回定期演奏会やそれ以降はきっと、手探りながらに実施した今回の経験を活かして、後輩たちがよりよい音楽を作り、よりよい演奏会にしてくれるだろう。

最後に、今回の早稲フィルの定期演奏会についてお世話になったすべての方々に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

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