「複合災害」にいかに対処するか――国土交通省発足20周年に
2021年1月18日

9カ月ぶりの「緊急事態宣言」

「アベノマスク」「アベノアプリ」「アベノコラボ」等々、無策と愚策のオンパレードの末に、敵前逃亡ならぬ「コロナ前逃亡」で政権を投げ出した安倍晋三を「継承」した菅義偉首相。新型コロナウイルス感染症の感染急拡大に対して、Go Toトラベルという無症状感染者の全国拡散という逆走を主導しつつ(首相の「肝入り」政策)、他方で、感染拡大阻止を狙った「緊急事態宣言」の「逐次投入」によって、日本の医療を崩壊(瓦解)の際に追い込んでいる。この「逐次投入」の迷走について、メディアでは「ガダルカナル作戦」(1942年)に例えられることがある。この作戦を遂行した時の陸軍参謀本部の面々は、作戦部長:田中新一少将、作戦課長:服部卓四郎大佐、作戦班長:辻正信中佐、作戦班長総合補助:瀬島龍三少佐であった。歴史をちょっとひもとけば、このラインナップによって、どれだけ多くの命が犠牲になったかがわかるだろう。トップがメンツにこだわり決断できず、参謀(側近たち)のおごりと思い込みに追随すると、国を滅ぼす例である(「大事なことはすべて昭和史に書いてある」と語っていた作家の半藤一利氏が先週90歳で亡くなった)。

コロナ禍の大雪害

さて、コロナ禍での大雪害である。1月7日から日本海側で2018年の福井豪雪に匹敵する雪による被害が広がった。富山市で121センチ、福井市で102センチ、新潟県上越市では307センチに達した。平年と比べ約4倍~7倍の積雪で、記録的な大雪となっている(日本気象協会のHP)。北陸自動車道では大規模な立往生も発生。一時期は1000台もの車が動けなくなり、自衛隊の災害派遣が行われた。

コロナ禍における豪雪、台風や豪雨、河川の氾濫、土砂災害、大地震、津波、火山噴火、原発事故など、もし起きれば「複合災害」である。まもなく10周年を迎える東日本大震災は、大地震・大津波+原発事故の「複合災害」だった(『合成(複合)加害』ともいわれている)。夏には毎年のように台風や豪雨、水害がくるのに、そのときになって河川管理の不備やダムの欠陥、避難態勢の不十分さなど問題になる。「天災は忘れた頃にやってくる」とは寺田寅彦の警句とされているが、近年では気象庁が「これまでに経験したことのないような大雨になる」「数十年に一度の大雨」「ただちに命を守る行動をとってください」という切迫感あふれる呼びかけを、毎年のように行うようになった。長谷見雄二『災害は忘れた所にやってくる』(工学図書、2002年)を読めば、守られているはずの安全システムがないがしろにされている現実を診る視点が明確になる。

国土交通省の所掌事務は128もある

台風が毎年上陸し、河川の氾濫や土砂災害などが繰り返される「災害大国」日本において、これに最も関係の深い役所が国土交通省(Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism: MLIT)である。2001年1月6日、中央省庁等改革の一環として、1府22省から1府12省に統合され、その際に運輸省、建設省、北海道開発庁、国土庁の4省庁を母体に設置されたのが国土交通省である。先々週、国土交通省発足20周年を迎えたわけである。厚生労働省(厚生省+労働省)、総務省(総務庁+郵政省+自治省)、文科省(文部省+科学技術庁)も同様である。

国土交通大臣は建設大臣など4人分の仕事を一人で担当する。国土交通省設置法3条には、「国土の総合的かつ体系的な利用、開発及び保全、そのための社会資本の整合的な整備、交通政策の推進、観光立国の実現に向けた施策の推進、気象業務の健全な発達並びに海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする。」とあり、実に広い。同法4条には所掌事務が128も列挙され、どこの省庁よりも多い(ちなみに厚生労働省は111、総務省は96)。災害に関係するものでは、豪雪地帯の雪害防除(4条40号)、災害地域からの集団的移住(43号)、治水・水利(56号)、砂防(59号)、地すべり・ぼた山及び急傾斜地の崩壊・雪崩の防止(60号)、水防(62号)、気象・地象・水象の予報と警報(120号)が挙げられるだろう。

安倍政権では公明党の指定席

国土交通大臣のポストは、2004年の北側一雄から第1次安倍内閣の冬柴鐵三、2012年の第2次安倍内閣から太田昭宏、石井啓一、赤羽一嘉と、連立与党公明党の指定席になっている。台風や河川の氾濫、地震などが起きたとき、国土交通大臣が記者会見などに出てきて、国民にメッセージを発するということはほとんどない。この国では、災害の時に顔の見える「司令塔」がいない。

2018年7月の西日本豪雨の際、甚大な被害が現在進行形の時、安倍首相(当時)や閣僚、党幹部が「赤坂自民亭」(女将役・上川陽子法相)で酒を酌み交わしていた。それをツイッターで拡散して顰蹙をかったのが西村康稔官房副長官(現・経済再生、コロナ担当大臣)だった。河川氾濫を伴う豪雨災害の所管大臣は、公明党の石井啓一国土交通大臣である。石井大臣は、13府県で三桁の死者を出し、広島県と岡山県を中心に避難指示が出ているその時間帯、参議院内閣委員会でカジノを含む統合型リゾート(IR)実施法案の担当として答弁していた(この写真参照)。河川氾濫やダム管理を所管する大臣が、緊急対応を求められる約6時間を法案審議に充てていた(直言「「危機」における指導者の言葉と所作(その2)―西日本豪雨と「赤坂自民亭」」)。

2019年の二つの台風のこと

2019年9月と10月の二つの台風が上陸した時も、国土交通大臣の存在感はゼロだった。9月の台風15号の時、必死に国民に呼びかけたのは国土交通省の外局である気象庁の予報課長や予報官たちである。緊急記者会見を開き、「関東を直撃する台風としては、これまでで最強クラス」「今晴れているということで安心している人も多いかもしれないが、夜になって接近とともに世界が変わる」と、緊張した表情と、人々が思わず息を飲む表現で語った。台風の被害は甚大で、千葉県を中心に大規模な停電と断水が発生。猛暑のなか、冷房が使えず、水も十分に確保できず、熱中症で死者が出たことは記憶に新しい (直言「安倍政権が史上最長となる「秘訣」―飴と鞭(アベと無知)」)。この時、緊急対応を必要とする重要な初動の3時間を、安倍首相はお友だち関係の結婚披露宴の会場で過ごしていた。なお、内閣改造で入閣したばかりの赤羽大臣は、初仕事のはずなのだが、この台風の間、まったく存在感を示せなかった。

2019年の二つ目の台風は10月中旬にやってきた。今度は関東地方をはじめ東日本で大きな被害が出た。この時も国土交通大臣ではなく、外局の気象庁の予報課長がメディアに頻繁に登場して、「ただちに命を守るために最善を尽くす必要がある」と強く呼びかけた。このときは、多摩川が氾濫危険水位に達し、娘夫婦と親戚の人たちが私の自宅に避難してきた(直言「「東日本大水害」と政治―「危機」における指導者の言葉と所作(その3)」)。私は60年近く住んでいるが、多摩川がここまで危険な状況になったのは、1974年9月の台風16号以来のことだった(後に、山田太一脚本のTBSドラマ『岸辺のアルバム』(1977年)第15回でリアルに描かれた)。

コロナ禍、Go Toトラベルに邁進する「観光大臣」

災害は災害でも、台風や河川氾濫ではなく、いまは「コロナ災害」の真っ只中である。それにもかかわらず、赤羽国土交通大臣はこのコロナ禍に「Go Toトラベル」に邁進している。128の所掌事務をもつ国土交通大臣としてではなく、観光庁長官レベルの頭と体で行動していた。東京を中心とする大都市圏で感染が急速に広がり、地方にも拡散しているなか、1兆7000億円もの税金を使って、7月22日から「無症状感染者の全国大移動」を起こす企てを行った。赤羽大臣には、九州豪雨への対応や、全国の河川や堤防、ダムの状態を総点検して、次の災害に備えることが緊急に求められていたのだが、この写真のぶら下がり記者会見では、防災服を着て「Go To 東京外し」の説明をするというチグハグ感全開だった。

冒頭右の写真は、TBSの人気ドラマ『半沢直樹』に登場した白井亜希子国土交通大臣である。この20年近くの歴代国土交通大臣のなかで、最も知名度が高くなったのは(本物ではない)この白井大臣だろう。

石破茂「防災省」構想について

「降れば洪水、降らねば干ばつ、流れる川には土石流」。毎年のように日本では甚大な被害が出る。近年では「線状降水帯」がどこに突然生まれるかわからない。霞が関・永田町の上空にこれが長時間居すわれば、あの地域は水に漬かるだろう。このような災害に対処するために、いまの国土交通省という寄り合い所帯の巨大官庁で十分とはいえないだろう。災害へ専門の役所をつくる必要があるとかねがね指摘してきた。

そうしたなか、自民党の石破茂・元幹事長が、「復興庁を改組し、防災省を作っていかねばならない」ということを言い出した。石破氏は、かつては国土庁で防災行政を担っていたものの、中央省庁再編で国土庁がなくなり、各省庁からの出向者が多い内閣府の所管となったことを指摘して、「防災という文化が伝承されないまま国の行政が動くのはいいことではない。体制を整備するため防災省が必要」と述べた(朝日デジタル2018年7月8日)。さらに石破氏は、「災害大国日本において、防災省あるいは防災庁という役所がないのは一体どういうことか。兼任ではなく、防災専門の大臣がいなければいけない。いまの日本にとって、防災は最も大事な仕事の一つだ。問題は、内閣府の防災担当(職員)は、いろんな役所から2年間防災の仕事をしてきなさいということで役割を担い、任期が終わるとそれぞれの役所に戻る。防災で大切なのは経験の蓄積だ。2年経ったらまた新しい人で、教訓の蓄積ができるはずがない。」「権限を集中するのではない。1718市町村に同じ態勢を敷き、経験が蓄積された行政組織をつくることは、国にとって最も大事なことの一つだ」と述べている(朝日デジタル2018年7月16日)。なお、石破茂議員のホームページに「防災省」のコーナーがある

石破氏とは新聞とテレビで議論したことがある。前者は周辺事態法の時に、「対談・日米「新指針」(石破茂自民党安全保障調査会副会長と)」『中国新聞』1998年4月27日付、後者はテレビ朝日『朝まで生テレビ』(「激論「有事法制」備えあれば憂いなし?」2002年4月26日)である。日本の安全保障問題や憲法改正問題で石破氏と意見が一致することはなかったし、防衛庁長官としての石破氏の仕事を批判的に扱ってきた(直言「石破前防衛庁長官729日の「遺産」」)。

だが、ここ何年かの安倍政権下での発言や主張には共感できるところがある(ただし、1月8日の「9人のふぐ会食」は論外)。2018年8月の自民党総裁選の時、石破氏が、「全ての人に公平、公正、誠実、正直な政府を作る」と訴えたら、「安倍総理大臣への個人攻撃のように見え」る(吉田博美参議院幹事長)という批判が出た。党内で徹底的に排除されている石破氏が、憲法改正について自説を曲げず、安倍流9条加憲に距離をとってきたことについても注目してきた。その石破氏が防災省の設置を主張しているわけで、安倍・菅政権が続く限り決して浮上しないだろうが、2021年秋以降、9年ぶりに政治の大変動がおき、安倍・菅ラインが崩壊すれば日の目をみる可能性もある。「災害大国」日本における「複合災害」に対処するためにも、「防災省」構想は検討に値する。

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