「普通の国」の「普通の軍隊」へ――「普通の子・バイデン」の米国との関係
2021年3月8日

日、孫たちが久しぶりに訪ねてきて、庭の夏みかん狩りをした。当日だけで200個あまり。更地にするので、最後の収穫となる。15年前の正月「直言」、これは私の「再出発」の宣言だったが、その冒頭にこの夏みかんの写真を出した。そこでは「すっぱい夏みかん」と書いたが、その後どんどん甘くなり、このところ毎日食べている。とてもおいしい。これを「普通においしいですね」といわれたらどう感じるだろうか。幸い、私はまだ「普通に〜」という言葉を発せられたことがないが、この言い方はけっこう広まっているようなのだ。

「普通においしいですね」

毎朝、新聞3部が自宅に届くと、日曜日だけはまず『毎日新聞』を手にとり、別刷の「日曜くらぶ」2面の、松尾貴史さん(放送タレント)の連載コラム「ちょっと違和感」から読み始める。毎日新聞デジタル(有料)では、冒頭右の写真のようなラインナップである。2月28日付のタイトルは「「普通においしい」まん延 垣間見える傲慢さ」。昨今、「普通においしかったです」という表現が広がっていることに松尾さんは違和感をいだく。なぜ素直に「おいしかった」ではいけないのか。「おいしいとは思わず大した期待もなく食べてみたけど、案外おいしい」という意味だろうか。カウンターで料理を口にして、目の前の料理人に「普通においしいですね」などといったら相手はどう思うかと問う。テレビのグルメレポートで、タレントが店主のいる前で、この言い方を当たり前のようにするようになったという。松尾さんは、この表現は、「自分の位置なり地位を上に置いて、食べ物のグレードを見下している感じがする」と疑問視する。そもそも「普通」とは厄介な言葉だ。通常、平均的、当たり前、標準的、一般的等々の意味だが、会議のプレゼンをして上司から「普通だな」といわれれば落胆するだろう。親が子供を「普通にできないの?」などと注意をすることがあるが、「普通」であることがそれほど大事なのかという疑問もわく。松尾さんはこう指摘して、「普通に〜」という言い方への疑問を重ねる。

いつ頃からこれが使われるようになったのか。小学館元国語辞典編集長の神永暁氏によれば、2000年以降のようである。2001年「9.11」など、「想定を超える」できごとを経験して、社会とそれを眺める私たちの気持ちが標準的であることを良しとする方向に変化したことによるのではないかというわけだ。

「普通の国」という言い方

国のあり方をめぐる議論のなかで、「普通の国」という表現が出てくるのは1990年代である。1991年の湾岸戦争のあと、自民党「国際社会における日本の役割に関する特別調査会」(いわゆる「小沢調査会」)会長の小沢一郎氏の主張として注目された。1990年8月以降の湾岸危機において、当時の海部俊樹内閣の対応は迷走を重ねたが、その時の幹事長が小沢氏だった。読売新聞のインタビューのなかで、「国際社会における日本の役割をどう考えるか」と問われ、小沢氏はこう答えている。「「日本だけ例外」というのでは、世界で生きていけない。日本独自の政策判断で、これは全部できる、あれは半分しかできないとかあるが、がやっていることは日本もやらないといけない。」(『読売新聞』1991年6月7日付)と。

1992年2月に出された小沢調査会「安全保障問題に関する答申案」にはこう提言されていた。@日本国憲法は、前文において国際協調主義を明確に規定しており、将来、国連憲章42、43条に基づく国連軍が創設された場合には、現行の日本国憲法の枠内においても自衛隊等による人的な協力は可能であり、その際の実力の行使は、国際紛争解決の手段としての戦争・武力行使ではないので、憲法に違反しない。A湾岸の多国籍軍等の国連憲章に規定のない安保理決議に基づく武力行使については、憲法の許す範囲を超えるものであるため、差し当たり資金面、物資面での協力に加え、実力行使を伴わない人的な協力を進める。BPKOについては、PKF(平和維持隊)も含め積極的に参加する(『読売新聞』1992年2月21日付)。

小沢氏は、その著『日本改造計画』(講談社、1993年)のなかで、日本が真の国際国家となるためには、「国際社会において当然とされていることを、当然のこととして自らの責任において行うこと」が必要であり、安全保障に関しても例外としないことを強調していた。

「普通の国」という言葉を社説で最初に使ったのは、『読売新聞』1992年8月15日付だった。「戦後日本が長く安住していた「一国平和主義」に決別し、国連の旗の下に自衛隊が海外で平和回復活動に参加することは、冷戦時代には考えられないことであった。ようやく日本も「」としてを取れるようになったと言える。」と。なお、「普通の行動」とは、この写真にある5.56ミリ、7.62ミリ、12.7ミリなどの小銃や機関銃の弾丸を使用する(自衛隊の場合は「武器使用」)ということである(直言「「駆け付け警護」――ドイツに周回遅れの「戦死のリアル」」

「普通の国」路線を押し進める読売は、第3回読売論壇新人賞(1997年)の「最優秀賞」に長島昭久「『普通の国』に求められる政治の慎慮」を選んだ。筆者は米国の研究所の研究員だったが、その後衆議院議員(民主党)となり、防衛副大臣を務め、希望の党を経由して自民党入りした。「9条加憲」のバリエーションも提案している(Web「論座」2017年の拙稿参照)。慶応大小林節門下だが、集団的自衛権行使OK、「普通の国」路線は一貫している。

ところで、前述の小沢氏の主張に対して、斉藤邦彦外務事務次官(当時)は、「国際貢献」のあり方に関連し、日本が取るべき針路は「ハンディキャップ国家」だとして、「日本は憲法の制約がある以上、普通の国にはなれない」と指摘した(『読売新聞』1993年11月13日付)。また、武村正義氏(当時、新党さきがけ党首、元官房長官)は『小さくともキラリと光る国・日本』(光文社、1994年)を出版して、小沢氏の「普通の国」論に対して、非軍事面での積極的な貢献策こそわが国が取るべき道だという主張を展開した。私は、1994年に、武村氏の本と対比して、小沢一郎『日本改造計画』について、「大きくて、ギラリと光る普通の国」と批判したことがある(水島朝穂「平和憲法と自衛隊の将来」『軍縮問題資料』1994年9月号)。

国連重視の小沢氏の主張

小沢氏は、「多国籍軍的形態であっても、国際社会の秩序維持行為と見なされると解釈すれば、湾岸戦争や朝鮮動乱のような場合でも日本は参加できる。…私は国際社会でいいという行動は、宇宙の果てまでともにする。…要請があれば地獄までも行く」(『朝日新聞』1996年6月7日付)とはっきり述べていた。かなり乱暴な表現である。私は12年前の直言「「小沢一郎的なるもの」の十年一昔」などで、小沢氏の「普通の国」論をかなり厳しく批判してきた。だが、今の時点から診ると、小沢氏の議論は、「日米同盟」オンリー派(「安保で飯を食う人々」(寺島実郎氏の言葉))とは微妙に異なり、集団的自衛権ではなく、国連の集団安全保障のもとでの日本の活動に重点を置いていることに注意する必要がある(小沢一郎『日本改造計画』(講談社、1993年)第2部「普通の国になれ」127-137頁(国連中心主義の実践)参照)。

小沢氏は、「国連の決議に基づいて参加する活動は日本国憲法に抵触しないということですが、合憲なら何でもやるということではありません。国連の決議があっても、実際に日本がその活動に参加するかしないか、あるいはどの分野にどれだけ参加するかは、その時の政府が総合的に政治判断することです」と述べている。国連決議に基づく活動は、憲章第7章の軍事的強制措置であっても、憲法上参加できる(合憲)とみているようで、「国権の発動たる戦争」ではなく、「国際紛争を解決する手段」でもないという論理のようである。この解釈を私は支持しないが、小沢氏が国連の集団安全保障重視の視点から、集団的自衛権行使の安倍政権を厳しく批判してきたことは評価すべきだろう。

「普通の国」の「普通の軍隊」への道

90年代はじめの湾岸危機、湾岸戦争の頃に喧伝されたのが、「石油に依存する、豊かな日本が何もしなくていいのか」「日本はいつも、お金だけですませ、汗もかかず、血も流さないから、湾岸諸国から感謝されなかった」という、いわゆる「湾岸トラウマ」である。対外政策の判断の際に、「感謝されない」という主観的・感情的な要素を盛り込み、あえて「自虐的」自国評価に連動させて、対外的な武力行使への路を開く手法は、プロパガンダといわざるを得ない(直言「「湾岸トラウマ」?」参照)。

「金出せ、人出せ、血も流せ」という「でんでん虫の歌」のトーンで、米国からの自衛隊派遣要求は高まる一方で、テロ特措法における「ショー・ザ・フラッグ」、イラク特措法では「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」へとエスカレートしていった

このTシャツは、ゼミ15期生がバクダッドから送ってくれたものである。「生来の決意作戦」(Operation Inherent Resolve)を象徴するもので、2014年8月に開始された、アメリカと有志国連合軍による過激派組織ISILに対する軍事作戦である。一昨年の直言「「新世界無秩序2.0」へ?―「9.11」から18年」で紹介したことがある。日の丸が入っているので、「湾岸トラウマ」はとっくに解消したということだろうか。

この写真は5年前につくられた陸上自衛隊のエンブレムである。日本刀は「刃」で強靱さを、「鞘」で平和を愛する心を表現しているとの説明だった。だが、よく見ると、鞘が不自然に長い。欧州では同じ長さの剣を交差させるエンブレムをけっこう見かけるが、鞘との組み合わせはまずない。少なくとも柄の分だけ鞘は短い。「平和を愛する心」を鞘で表現するというのだが、かなり苦しい。このあたりにも、「普通の国」の「普通の軍隊」になりきれない自衛隊の「悩ましさ」がにじみ出る。

「2.26事件」から80年の時点で、自衛隊の「軍」としての自己主張について書いたことがあるが、5年たって「2.26事件85周年」を迎えたいま、この傾向はさらに明確になってきた。空母「いずも」にF35Bを搭載するようになれば、米軍のF35Bが着艦して給油をして飛び立つという共同運用も可能となる。さらに空母「いずも」を運用していけば、対空防御力や補給支援能力なども必要となり、日本自身が「空母機動部隊」を複数もつ必要性が出てくる。また、西部方面普通科連隊を改編した「水陸機動団」は、尖閣諸島などの「強襲上陸作戦による島嶼奪還」ではなく、「海上自衛隊艦艇によって作戦目的地沖まで急行し、海洋上の艦艇から海上とその上空を経由して地上の作戦目的地点に到達し各種任務を遂行する部隊」と定義されている。もはや歩兵連隊を言い換えた「普通」科連隊ではない。さらに、「敵基地攻撃能力」に合わせた組織や装備も、国会での十分な議論なしに進んでいるし、「尖閣上陸阻止」における「危害射撃」をめぐってもかなり荒っぽい「解釈」が出てきている。

「普通の軍隊」になるために、米軍の世界戦略の一角に、あえて前のめりで組み込まれていくかのようだ。そこでは、一定の地域を担任することまで想定されている。すでにジブチには「日本軍基地」が存在する。将来的に、自衛隊は、米アフリカ軍に代わってこの地域の軍事管理に主導的に関わっていく可能性もある(直言「気分はすでに「普通の軍隊」―アフリカ軍団への道?」)。だが、これらの動きに対するメディアの批判が鈍いだけでなく、一般国民のなかにもこれらの動きを支持する傾向がみられる。

「普通においしい」という言葉が2000年から広まってきたということは前述したが、2000年3月にドイツ在外研究から帰国してすぐ、「『普通の国』に落とし穴――気分はルート3」『朝日新聞』(大阪本社)2000年7月8日付夕刊文化欄を書いた。「ある大学院生が「日本はルート3 の気分にあります」とかけてきた。「そのこころは」と問うと、1.7320508 「人並みに驕(おご)れや」。自分の国のことを、もっと外に向かって誇ってもいいではないか。他の先進国並みに、軍事力行使を含む国際的な責任を果たす「普通の国」になるべきだ。こういう意見ないし「気分」はこの間、一般の市民、特に若者のなかにも広まっているというのだ。…」 この評論を書いてから21年が経過して、いま、日本は「普通の国」にあと一歩のところまできたように思う。そうしたときに、米国にバイデン政権が誕生した。

バイデン大統領は「普通の子」か

トランプに対抗して「再びアメリカを普通(ノーマル)にする」(Make America Normal Again)と訴えたバイデンが大統領になった。バイデンは「普通の子」というニュースが日テレNEWS24に流れた(3月6日) 。「よい子・悪い子・普通の子」の例えでいえば、オバマが「よい子」で、トランプが「悪い子」だとすれば、バイデンは「普通の子」で、あまり政策的なこだわりのない現実主義者という評価である。私は「普通」はやはり曲者だと思う。トランプからバイデンへの移行は、「普通のアメリカ帝国主義」になっただけで、軍事介入主義はトランプの「アメリカ・ファースト」的曲折からもとにもどって、むしろ積極的になっていくのではないかという評価もあり得る。トランプの異様な「自国ファースト」的傾向からは距離をとるものの、「米国中心の多国間主義」である点に変わりはない。

だが、欧州首脳は米国のバイデン政権にも距離をとり始めているようだ。シンクタンク「欧州外交問題評議会(ECFR)」の国際世論調査によれば、米中対決、米ロ対決について、「どちらにもくみせず、中立を貫け」が60%に達し、「米国に味方すべき」は22%にとどまったという。特にドイツでは、「米国に味方」は16%で、3分の2が「中立」を望んだそうである。バイデン政権のもとでむしろ「紛争の同時多発に陥る危険」が予測されている(「紛争「多発」のバイデン時代」『選択』2021年3月号6-9頁)。欧州が自立化の方向にあることに焦って、「日米同盟」オンリーの日本に対する軍事的な負担要求は、トランプ政権よりも強く、激しいものになる可能性も否定できない。

第一撃はシリアから

そのバイデン米大統領は、2月26日、シリア内の2カ所を標的とする空爆を決断した。最高司令官としての初の武力行使の命令である。2月15日にイラク北部アルビルで発生した米軍等へのロケット弾攻撃に対する「報復措置」とされる。他方、イランに対しては空爆後、対立激化を望まないとの極秘メッセージも伝えられたという。イラク領内への空爆を避け、犠牲者が最小限となる時間帯と規模が選択された。1箇所の目標には女性と子どもがいることが攻撃30分前にわかり、バイデンはその標的への攻撃を中止したという(詳しくは、「バイデン氏初の武力行使決断 シリア空爆の舞台裏」ウォール・ストリート・ジャーナル2021年3月5日参照)。まるで映画「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」(2015年)を観ているような場面である。

今後、バイデン政権の軍事戦略や対外政策の展開については、一国主義的で恣意的、それも大統領の個人的趣味が直接に飛び出していたトランプ政権とは異なり、「普通」にもどっていく分、日本に対する要求も増してくるだろう。「普通の国になれ」などといっている人たちの脇の甘さを突かれかねない。

日米安保・地位協定の不平等性を問う

「普通」の大統領になったことを好機とするならば、日米安保条約体制の不平等性を問題にし、とりわけ地位協定の全面見直しを求めていくべきではないか。普天間閉鎖と辺野古移設中止はもちろんのこと、独立主権国家ではあり得ないような首都上空の外国管制たる「横田ラプコン」の撤去、『毎日新聞』が連日スクープしている、米海軍ヘリの東京中心部での暴走低空飛行の中止等々、国家主権をもつ「普通の国」として、バイデン政権と対等に交渉していくべきである。そうやって、忖度と迎合「自発的隷従」(ラ・ボエシ)によって成り立つ日米の「普通でない」関係を改めていく必要があるだろう。なお、ドイツにおける「普通の国」への道は日本とはまた違った形で進んでいるが、それについては、ドイツ学会における報告「日独における「特別の道」(Sonderweg)からの離陸─1994年7月と2014年7月」『ドイツ研究』50号(2016年)〔PDFファイル〕を参照されたい。

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