弾道ミサイル「上空通過」をめぐる日台比較――「キューバ危機」から60年
2022年10月17日


「キューバ危機」から60年

の25年間、水島ゼミ生の「留学先」は多様であった。単に外国の大学で勉強するだけではなく、現地取材を伴うのが特徴である。あえていえば、狭義の勉強にとどまらない「われ遊ぶ、故にわれあり」の世界、つまり外国「遊学」である。最近では、中欧スロバキアの大学に留学して、コロナの感染拡大で帰国できなくなり、現地コロナレポートを書いた23期生もいる。

先月、キューバ留学から25期生の渡辺明彩香さんが帰国して、ゼミに復帰した。首都ハバナでも計画停電と品薄・高物価により、生活が大変だったという。地方に行くと15時間停電という所もあったそうだ。冒頭左の写真は、彼女がこの8月に撮影したもので、ハバナの軍事歴史博物館(Museo Histórico Militar)の屋外展示にある、米空軍ロッキードU-2偵察機の右翼と尾翼の一部である。説明パネルには、渡辺さんによると、「アメリカ空軍のルドルフ・アンダーソン・ジュニア少佐が操縦し、1962年10月27日、いわゆる10月危機(・・・・・)の際にキューバ領空を侵犯して撃墜された機体」とある。映画『13デイズ』(米国、2000年)では、緊迫の12日目のきっかけとして描かれたものである。

渡辺さんは写真を添付したメールでこう書いている。「…展示を見たとき、「キューバ危機とは現実に起こった出来事なんだ」ということを、U-2の残骸を目の前にして認識させられました。「キューバ危機」どころか冷戦すら「世界史の資料集に載っている」という感覚と距離感の世代の人間なので、残骸を目の前にすると、強烈な迫力がありました。2年前に初めてキューバへ行ったときも、実は同じ場所に行って同じものを見ていたはずなのですが、今回は前回とまったく違いました。キューバについてこの間に勉強してきたこともありますが、何よりも、「キューバ危機以来の核の脅威」が幾度となく言われているロシアのウクライナ侵攻が頭にあったからです。すぐ近くにスペイン時代につくられた要塞があり、人もおらず、青空と入道雲、肌を刺すような強い日差し、そして気持ちのいい海風が吹くとても静かな場所で、U-2の残骸があるというのがまた、ものすごいコントラストと感じました。」

来週の木曜日(10月27日)は「キューバ危機・暗黒の土曜日」から60年である。渡辺さんが「キューバ危機以来の核の脅威」のなかで改めて見つめ、写真に撮ったU-2機の残骸が象徴する「核戦争一歩手前の状況」が、いま、ウクライナの戦争のなかで選択肢の一つとして語られるようになった。これについてはまた別の機会に書くことにしよう。

北朝鮮弾道ミサイルの日本「上空通過」?

この9月以降、北朝鮮は立て続けに弾道ミサイルを発射している。ウクライナと台湾に関心が向かうなか、「ボクのことを見て! 」といわんばかりの、バイデン米政権と世界に向けたアピールといえなくもない。

10月4日7時22分、北朝鮮は「東方向」に向けて弾道ミサイルを発射した。これは4600km飛翔して7時28分から29分頃にかけて「青森県上空(・・)を通過」した後、7時44分頃、日本の東約3200kmの日本の排他的経済水域(EEZ)の外に落下したとされる。最高高度1000キロ程度にまで達したという (防衛省ホームページ10月4日)。

今回のものは「火星12型」と見られている。2017年9月以来、7回目となる。軍事的緊張を極度に高めて、外交交渉の手段に使うことを「瀬戸際外交」というが、4年前にトランプとの米朝首脳会談で注目を集めた金正恩としては、バイデン政権になってあまり注目されないので一発逆転を狙ったものと見られる。このままいくと、10月16日(中国共産党大会)と11月8日(米中間選挙投票日)の間に、北朝鮮が核実験を実施する可能性が強まったと推測されている。「ボクのことを見て! 」のアピールとしては、時期、タイミングともに最大効果を発揮するからである。

ここで問題にしたいのは、このミサイル発射に対する日本政府の対応である。「国民保護サイレン」(Jアラート、クリック注意)が、朝の午前7時半前に北海道、青森県、東京都の島しょ部に流された。青森沖なのに、なぜ小笠原村なのか。これは誤作動だったとして、官房長官が謝罪している。千代田区でも、「早朝の大音量の放送により、ご不安とご心配をお掛けしました」として、千代田区内で大音響が流れたことについてコメントを出している

記憶に新しいのは、2017年4月29日早朝、北朝鮮が「弾道ミサイル」を発射した(とみられる)というニュース速報が流れるや(午前6時頃)、東京メトロが午前6時7分から10分間、全線で一時運転を見合わせたことである。今回はそこまでいかなかったものの、この慌てふためいた対応そのものが、人々の不安をあおる効果をもつ。つまり国民を不安にさせて、「安心」のためにミサイル防禦システムの整備をはじめ、どさくさまぎれに防衛費を一気に増やす。「不安の制度化」と「安心保障」の手法である。 

これまでの6回と同様、北朝鮮の「ミサイル」は、日本「上空」を通過したと報じられた(冒頭右の写真参照)。「上空」といっても1000キロの高高度は大気圏外であり、宇宙空間である。日本の主権が及ぶ「領空」ではない。領空は概ね100キロである。この日本「上空」通過のため、日本国民は、北朝鮮の「ミサイル」に過剰に怯え(させられ)ている。北朝鮮にしてみれば、日本国民がここまで怯えてくれるのだから、作戦は成功ということになる。北朝鮮のミサイル発射については、冷静に向き合う必要がある。2年前に、日本「上空」を通過した北朝鮮の「ミサイル」の飛行ルートを示して検討したので参照されたい(直言「「敵基地攻撃能力=抑止力」という妄想(その3・完)――過大評価と過剰対応」)。

 

中国の弾道ミサイルと「台湾上空通過」

8月2日から3日にかけて、ナンシー・ペロシ米下院議長が台湾を訪問した。中国は激しくこれに抗議して、8月4日に弾道ミサイルを発射した。高度250キロの「台湾上空」を中国のミサイルが通過した際、台湾では、蔡英文総統をはじめ、かなり抑制的な対応をとった。主な飛行経路が大気圏外であり、地上の広い範囲に危険性はなかったなどとして、空襲警報は発令されなかった(『フォーカス台湾・日本版』(8月5日13時3分))。Jアラートを鳴らし、鳴らすことに失敗している日本とは対応がかなり異なる。また、台湾なりにそこに問題もありそうである。

そこで、弾道ミサイルをめぐる台湾政府の対応や台湾メディアの動向について、水島研究室所属の陳韋佑君に検討してもらった。陳君には、9月19日の直言「「台湾でドンパチ、日本で戦争」?――台湾の大学院生の批判的応答」にも寄稿してもらっている。
   なお、『フォーカス台湾』の記事にあるミサイルイメージ図(上記)の説明文は、陳君に翻訳してもらった

「中国軍弾道ミサイル台湾上空通過」に対する日台比較

陳韋佑(チン・ウェイユー)

あの日、台北ではアラートは鳴らなかった。他国によって打ち上げられた弾道ミサイルが私たちの頭上にある宇宙空間を通過する1とき、アラートを鳴らすべきか。鳴らすべきではないか。少し問題を変えよう。アラートスイッチをもつ権力者たちは、何のためにアラートを鳴らすか。何のために鳴らさないか。

2022年10月4日の朝、通称「Jアラート」の全国瞬時警報システムが発令された。日本政府は、北朝鮮の発射した弾道ミサイルが日本の上空にあたる宇宙空間を通過すると判断し、人々の恐怖心を刺激するサイレンを鳴らした。一方、中国から発射された弾道ミサイルが台湾の上空にあたる宇宙空間を通過した2022年8月4日の午後、台湾では空襲警報は響かなかった。北台湾の上空を飛んだミサイルは、多数の台湾人に知られないまま海に落ちた。「上空」とはいえ領空でない宇宙空間を通過するミサイルの発射に対する両政府の対応は、比較の対象にされうるであろう。しかし、比較のためには、まず事実を検証しておかなければならない。以下では、台湾人である筆者の実体験および当時の台湾のマスコミによる報道記事をもとに、真夏の8月の、「もう一つのミサイル危機」についての台湾政府の対応を紹介する。

8月4日午後、中国軍が14時頃から15時過ぎにかけ2、9発の演習用弾道ミサイルを発射した。このうち4発のミサイルが台湾本島の上空を通過した3。しかし、ごく一握りの政府関係者・軍関係者を除き、4日の夜まで台湾市民は前述した事実を知らなかった。

中国軍は、8月初頭に大規模な軍事演習を行っていた。弾道ミサイルの発射も演習の一部であるという情報は、中国当局によって事前に公開された。中国軍が弾道ミサイルを発射することを知った台湾人は、不安な空気のなかで8月4日を迎えた。空襲警報は突然に鳴るかという緊張した空気が共有されていたが、この日は警報が鳴らないままに終わった。8月4日15時10分、台湾国防省は、中国軍が13時56分から数発の弾道ミサイルを発射したことを公表した4。そして、国防省はマスコミを通じて、「中国軍の弾道ミサイルは台湾上空を通過しなかった」という情報を拡散していた。当日16時17分に公開されたオンラインメディア『上報UP Media』の記事には、「軍関係者によれば、〔中略〕(4日の14時頃から15時過ぎにかけて発射された)弾道ミサイルは台湾上空を通過しなかった」と書かれている5。大手紙『聯合報』のオンラインニュースウェブサイト『聯合新聞網』にも、「国防省スポークスパーソンの孫立方氏によれば、共軍ミサイルは(台湾本島の)北東と南西に位置する周辺海域に向けて発射され、台湾上空を通過しなかった」という記事が掲載された(15時30分)6

しかし、事態は一転する。ミサイル落下の台湾周辺海域が日本のEEZと重なったため、日本の防衛省は4日の夜7、その日午後の中国軍弾道ミサイルについて情報を公開した。前述したように、日本の防衛省の発表では、9発の弾道ミサイルが発射され、このうち4発が「台湾本島上空を飛翔したものと推定され」ている。

台湾では、日本の防衛省が公開した情報はすぐに拡散された。そして、人々が騒ぎはじめた。台湾の上空を通過したのに、なぜうちの政府ではなく日本政府の方がこの事実を伝えたのか? なぜ台湾政府は国民に「ミサイルは台湾上空を通過しなかった」と言ったのか?といった疑問や不満が噴出していた。なぜ警報を鳴らさなかったのか?という疑問を投げかげる人もいた。事態の急変をふまえ、国防省は深夜に急遽説明を改めた。国防省は、「わが軍がミサイルの軌跡を終始把握していたこと」を強調し、ミサイルが大気圏外を通過して領土の安全を危うくする可能性がなかったため、空襲警報を鳴らさなかったと述べた。さらに、「中国軍のミサイル発射はわが国を威嚇するためであることを考慮し、かつわが軍の情報収集能力を保護するため」という理由で、日本防衛省のようにミサイル飛翔ルート図といった詳しい情報を公開することを断固拒否する、と。この国防省の新しい見解は、8月4日23時22分に公開された『ETtoday新聞雲』の報をはじめ、マスコミによって即時に紹介されたのである8

軍の新見解の公表にともない、政府の決定がいかに正しかったかを力説するマスコミや評論家の意見が出てきた。ここでは一例を紹介しよう。

国防省の新見解が公開された翌日、大手紙『自由時報』のオンラインニュースウェブサイトには、軍事専門家を名乗る梅復興氏の主張を紹介する記事が掲載された。梅氏によれば、中国軍はミサイルを発射することによって台湾人に対して心理作戦を発動するつもりであったが、国防省は警報が鳴らないようにしたり、大衆に対して消極的に説明したりすることによって中国軍の作戦を挫折させ、予想された威嚇効果を発揮させなかったというものである9

それでは、ミサイル発射直後の時点で、なぜ台湾政府は、ミサイルが「台湾上空を通過する」という事実を非公開にしたのか。なぜ国民に「上空を通過しなかった」と教えることすらしなかったのか。8月5日16時36分に公開された『上報UP Media』の記事では、一つの認識が紹介されている。この記事によれば、国防相・邱國正氏をはじめとする上層部のメンバーからなる対策グループが事前に作られていた。ミサイル発射情報に接した対策グループの構成員は、台湾上空を通過したという事実を公開するか否かについて会議を開いた。邱国防相は、ミサイルが地面を危うくする可能性がない以上、きちんと説明すれば公開しても差し支えないと考えていたが、国家安全会議10に親しい某高級幹部は強く反対した。その理由は、市民に公開すれば不要な恐怖を増やし、特に北台湾の住民は政府の対応に不満を抱くようになる11、ということである。邱国防相は国家安全会議にちなむ反対意見を受け入れ、「上空通過」という情報を非公開にするようにした 12なお、この『上報UP Media』の記事について、国防省は記事公開当日にそれが真実ではないという声明を出している13

以上が、8月に台湾の上空にあたる宇宙空間を通過した弾道ミサイルに対する台湾政府の対応とその事態の推移である。ミサイルが上空を通過したことを知った台湾政府は、警報を鳴らさなかっただけではなく、上空通過という事実を非公開にする方針をとった。しかし、日本の防衛省の報告により、ミサイルが上空を通過したことが周知の事実になり、事態の急転にともない台湾政府は対応に追われた。国防省はできるだけ事態を当たり障りのないように説明する一方、より詳しい情報の公開を依然として拒否したのである。

弾道ミサイルが私たちの頭上にある宇宙空間を通過するとき、権力者たちは何のために警報を鳴らすか。何のために鳴らさないか。読者の皆様がそういう問題意識を念頭において、日台両政府の対応を比較・評価していただければ筆者としては幸甚である。


  1. ^宇宙空間と領空を区切りする境界線をいかにして引くべきかという問題について、諸説がある。概ね、①地上から離れて一定の高度を境界線として設定する「画定理論」と、②飛翔体の機能・利用目的、宇宙活動の性質・目的・形態など諸要因を考慮して宇宙法を適用するか否かを決める「機能理論」とに分けることができる。しかし、画定理論か機能理論かを問わず、弾道ミサイルの飛翔軌道の一部が宇宙空間を通過するという認識が共有されている。領空と宇宙空間の区切りにあたって、栗林忠男「領空の上限―その画定の意義と必要性をめぐって」法學研究(法律・政治・社会)43巻3号(慶應大学、1970年)217頁以下を参照。
  2. ^本文では台湾時間(JST-1)で表示される。台湾より日本の方が1時間早い。
  3. ^防衛省ホームページ「中国弾道ミサイル発射について」(8月4日)
  4. ^国防省公式ツイッター(8月4日)
  5. ^中共發射東風彈道飛彈 國防部:這波飛彈未飛越台灣本島上空 -- 上報 / 焦点(8月4日16時17分)。
  6. ^國防部證實:共軍下午1點56分起 於我東北、西南部海域發射多枚飛彈-陸對台實彈軍演-要聞-聯合新聞網(8月4日15時30分)
  7. ^同じことを報告する防衛省公式ツイッター(8月4日21時27分投稿)。
  8. ^快訊/共軍東風系列彈道導彈飛越台北上空 國防部深夜回應了- ETtoday政治新聞- ETtoday新聞雲(8月4日23時22分)
  9. ^飛彈飛越台灣上空未發警報 軍事專家:頓挫中共認知心理戰-政治-自由時報電子報(8月5日22時19分)
  10. ^国家安全会議は総統に直属する憲法機関であり(憲法追加修正条文第2条第4項)、国防、外交、中国との関係、重大事態に関しての諮問機関である(国家安全会議組織法第2条)。なお、国家安全局という諜報機関が国家安全会議の傘下に置かれている。
  11. ^11月には統一地方選が行われる。日本と異なり、選挙運動が活発する台湾では、選挙運動期間前から選挙戦が過熱といえるほど白熱化してくることは珍しくない。
  12. ^國防部長主張公布解放軍飛彈穿越台北上空訊息 國安會卻反對-上報-調查(8月5日16時36分)
  13. ^国防省ホームページ「國防部發布新聞稿,說明-國防部未發布中共導彈發射軌跡,是受國安高層指示-乙情」(8月5日18時20分)
(早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程)

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