「新聞を読んで」 〜NHKラジオ第一放送
(2000年8月13日午前5時35分

1.「人間の死」をみつめる一週間

 この8 月6日から15日まで、ちょうど3日おきに「人間の死」を見つめる記念日が続きます。この一週間では、8月6日のヒロシマ、9日のナガサキが55回目の「原爆の日」を迎えました。きたる15日は55回目の「終戦記念日」です。そして、15年前から 8月12日が特別の日になりました。520人の死者を出した日航123便墜落事故の日です。
 毎年、お盆の時期の1週間は、各紙とも「戦争と平和」をめぐる特集ものが増える時期です。今年、『読売新聞』は10日付から「海から吹く風」という連載をスタート。アジアと日本の関係を日常的な目線で伝えています。『東京新聞』は8日付から、共同通信の配信と思われる「2000年夏・平和のかたち」という連載をスタート。これも東南アジアや在日韓国人のエピソードを中心に構成されています。『朝日新聞』は 9日付から、一面トップで政治部・外報部中心の連載「コリア・共存の時代へ」を、第一社会面トップで社会部の連載「日本人(イル・ボン・サラム〔ハングル読み〕)――日韓W杯に向けて」をスタートさせました。二つの大型連載の同時スタートというのは新聞の限られた紙面のなかでは大変珍しいことです。この夏、平和の問題を各紙ともアジア、とりわけ朝鮮半島との関わりで注目していることが分かります。
 6月の南北首脳会談によって、朝鮮半島情勢は大きく展開しました。『朝日』の9日付は1面で、「統一後も米軍残るのがいい」という金総書記の首脳会談での言葉を横2段カット見出しで伝え、「共存の時代」という縦見出しに重ねました。その一方、社会部の連載は、朝鮮の植民地化を推進した朝鮮総督府の一人の官僚にスポットをあて、創氏改名をはじめとする日本への同化政策の実態から始まります。この官僚がヒトラーの崇拝者だったことから、縦四段の見出しは「同化政策推進した『半島のヒトラー』」というきわどいもの。政治部中心の一面連載と社会部の連載との不協和音も面白く、結果的に、朝鮮半島の今後のありようと、忘れてはならない過去の問題とを、一つの新聞の連載記事で考えさせる形になっています。普段のウィークデーならば連載を二つとも読める読者は多くはないわけで、その意味で、重い問題をじっくり考える時期として、この時期は貴重かもしれません。

2.55年目のヒロシマ・ナガサキ

 さて、55年目のヒロシマ・ナガサキについて、主要各紙は比較的地味な扱いでした。広島の『中国新聞』と『長崎新聞』は例年のように大きく扱いましたが、被爆から55年。地元紙を見れば、被爆の現場では、依然として問題は深刻です。二つだけ紹介しましょう。 まず、『長崎新聞』5日付によると、長崎原爆病院の被爆者検診の結果、多発性骨髄腫が大幅に増えていることが分かりました。被爆者の高齢化も進み、入院患者の平均年齢は70歳を越えました。救済されるべき人々の年齢は高くなり、時間とのたたかいです。国の原爆症認定の基準の見直しが叫ばれるなか、長崎原爆松谷訴訟の最高裁判決が7月18日に出され、58歳の原告の障害と原爆放射線との因果関係を認める原告勝訴の判決となりました。国の認定基準では爆心地から2 キロ以内でなければほとんど認定されない現状がありますが、原告が被爆したのは2.4キロです。『長崎新聞』の記事は被爆者の高齢化を指摘しながら、「距離による画一的な線引きではなく、個々の実情に応じた判断も必要ではないか」という長崎原爆病院院長の話を紹介しています。55年目の被爆者の現状を思うとき、国の原爆症認定基準の見直しは急務だと思います。 もう一つは、『中国新聞』8月7日付コラム「天風録」の「8月6日と首相の言動」。平和記念式典に出席した森首相は原爆資料館に立ち寄ったのですが、そこで首相は「栄光と悔恨の20世紀、平和と繁栄の21世紀」と記帳しました。コラムは、「栄光」という言葉にこだわり、「『栄光』とは何を意味するのか。科学技術の進歩だろうか。経済大国を指すのか。核時代の足跡をたどるとき、今世紀が栄光の歴史とは思えない」と批判します。人が何かを発言するとき、そこがどういう場所か、そこにいる人々はどんな人々かなどに配慮して、言葉を選び分けるのは常識です。原爆資料館の記帳簿には全世界から訪れた著名人が署名していますが、そこには、署名した人の人柄がしのばれる重い言葉が並びます。「栄光と悔恨の20世紀」。軽いキャッチコピーのような響きで、それ自体は別にどうという言葉ではないように思えますが、しかし、被爆者のうめき声が聞こえるような展示物が並ぶ資料館の記帳簿に、「栄光」というは相応しいのかどうか。記帳の言葉まで、首相秘書官はメモを作ってくれなかったようです。

3.日航機事故から15年

 「人間の死」をみつめ、命の尊さを考えさせてくれるという点では、15年前の8 月12日、群馬県御巣鷹山に墜落した日航123便の事故関連の記事が注目されます。『毎日新聞』を除き、『朝日』『読売』『産経』『東京』各紙とも12日付朝刊1面ハラを使い、慰霊のための灯ろう流しをカラー写真付きで伝えました。ただ、今年の日航機事故への関心は例年と少し違います。ボイスレコーダーの音声記録が初めて公開されたからです。『毎日新聞』大阪本社版8月4日付夕刊、東京本社版は7日付朝刊は、運輸省の航空事故調査委員会が、資料の保存期間が切れたことを理由に、日航機事故関係の1トン近い資料を廃棄していたことを伝えました。遺族のなかには、機体後部の圧力隔壁の破壊で起きる急速な減圧を示す現象はないとして、調査報告書の結論を疑問視する声もあり、資料の廃棄は「再調査への道を閉ざす行為」と批判しています。調査委員会側は「再調査の必要はない。調査は公式に終了している」とコメントしていますが、『朝日新聞』8月10日付は、事故機のボイスレコーダーの記録を保管していた事故調査委員会の関係者の話を載せ、機長や副操縦士らの生々しいやりとりに触れています。ただ、今回、新聞ではなくテレビがこのボイスレコーダーの音声を初めて表に出しました。廃棄されたはずのボイスレコーダーの音声を録音したテープ。新聞でこのことを詳しく書いたのは『しんぶん赤旗』だけでした。同紙12日付はその音声と事故報告書とを比較し、その微妙なずれを指摘しています。
 この問題では新聞よりもテレビの扱いが大きかったのが特徴的でした。11日のTBS「ニュースの森」とテレビ朝日「ニュースステーション」は、このボイスレコーダーの音声を紹介。警報・アラームの連続音のなか、機長、副操縦士らの緊迫したやりとりが、音声によってリアルに伝えられました。新聞の活字は、生の音声の迫力には及びません。思わず息をのみました。制御不能になった機体を操縦するクルーの最後の努力。今回初めて「人間の声」を聞くことができたことは、大きな意味をもっていると思います。新聞にはできない、映像メディアの強みです。520人のかけがえのない命が失われた事故の貴重な記録。昨年11月に裁断され、焼却されてしまいましたが、このテープは廃棄を免れて、15年の歳月を経て生の音声を聴くことができるようになりました。「ニュースステーション」に出演した日航の同僚パイロットたちは、実際の音声と報告書との違いを指摘し、仲間のパイロットにこの音声記録を聴かせたら、これで急速な減圧があったと言う人は一人もいないだろうと述べていたのが印象的でした。
 事故調査報告書への疑問がこういう形で出てきた以上、やはり再調査の必要があるのではないでしょうか。新聞もこの問題をもう一度詳しく取材することが必要でしょう。

4.「サミットリカちゃん」

 さて、最後はリカちゃんの話。いま、ここに九州・沖縄サミットの際に「お土産」として関係者に配られた「サミットリカちゃん」があります。玩具メーカーのタカラが外務省からの委託で製造した6000個のうちの一個です。『沖縄タイムス』8月7日付は、サミットの取材をした外国人記者が見た沖縄について書いていますが、それによると、沖縄に来た海外メディアは30カ国、270社、1100人。実は、この海外の記者たちだけでなく、日本のマスコミ関係者にもこのお土産は配られました。黒いカバンに、筆記用具のほか、ICレコーダー、アラーム時計、歯ブラシなどの取材グッズが「プレス・キット」という形で配られました。1セット2万円近くします。サミットの取材をした新聞記者がこれに怒って、私にこのキットを全部くれたので、いまここにあります(コトンと音をたてる)。取材対象から便宜を受けることに慎重であるべきジャーナリストのあり方が問われると、外国人記者は驚いたそうです。この「サミットリカちゃん」は日本のファンのために1200個だけ限定販売されましたが、送料・税込みで7930円。外務省は「海外広報用沖縄人形」と呼ぶそうで、これだけで4000万円以上かかっています。今回のサミット経費は815億円と、昨年のケルンサミットの100倍もかかったと海外のメディアから批判されましたが、こういうものを直に見ると、批判もあたってしまうと言わざるを得ません。日本人としてはごく普通のお土産でも、外国人には高価で不自然と感じる場合もあります。『沖縄タイムス』の前記の記事には、過剰なもてなしやお土産についての海外の記者たちの声は紹介されていませんでしたが、こうした「プレスキット」やお土産が〔日本人〕ジャーナリスト一人ひとりにも配られ、それを受け取ってしまうという、ジャーナリスト側の姿勢も問われているように思います。

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