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2009/10/19:『時代を読む』書評 今を解説する「診断」指南書【記事本文(PDF)】(琉球新報)
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今週の「直言」 (2010年3月15日) こちらからも読めます(高文研)。
「広義の密約」とは何か
3月9日夜、テレビのニュースを観ていて、「こうぎの密約」という言葉が耳に入ってきた。違和感があった。時代劇でよく出てくる「ご公儀」や「公儀隠密」の「公儀」と思った人はいないだろう。かつて大名や公家、寺社などの上に君臨する統一的王権である将軍権力が「公儀」と呼ばれた。米国はそのような「公儀」として振る舞い、日本という大名家の家老(日本政府)と「密約」を結ぶ。家中のものは知るよしもない。代々の家老は、「公儀」の意向を忖度し、「お家のため」と思って「密約」を守り続ける。まさに「公儀の密約」である。日本は米国を「公儀」として崇め続けてきた。日本の歴代外相は、「米国務省第51支所事務取扱」のような存在だった。しかし、政権交代により、その不自然で歪んだ関係にメスが入ることになった。その一つが、日米密約問題である。岡田克也外相は昨年秋、大臣命令を出して、「密約」の調査を命じた。これは画期的だった。政権交代したということを実感した。だが、先週、その結果が出た。大臣命令を出した頃の勢いは消えていた。 岡田外相は、日米密約に関する外務省の調査結果と、有識者委員会による「検証報告書」を公表したが、今回調査対象となったのは4件の「密約」である。(1)安保改定時の核持ち込み(1960年1月)、(2)米軍の自由出撃(同)、(3)沖縄への核再持ち込み(1969年11月)、(4)沖縄返還時の現状回復費の肩代わり(1971年6月)である。 (1)は、核搭載艦船の寄港・領海通過は、核「持ち込み」に必要な事前協議の対象にしないというもの。これは今回の調査で、1968年1月27日付の外務省北米局長の極秘メモが発見された。この文書は歴代首相・外相に対する説明に用いられており、そこには首相らが説明を受けたことを示す記載もある。有識者委員会は、これは「密約の証拠とは言えない」ものの、「暗黙の合意による広義の密約があった」と認められるとした。 (2)については、朝鮮半島「有事」の際に在日米軍が事前協議なしに出撃できるとする非公開の議事録の写しが発見され、これは「密約」と認定された。(3)については、佐藤首相とニクソン大統領の署名入り合意議事録が見つかったが、日米共同声明(1969年11月)の内容を超えるものではなく、「密約とは言えない」とされた。(4)については「肩代わり」はあったと認め、「広義の密約」にあたるとされた(『毎日新聞』3月10日付)。要するに、4件のうち、「狭義の密約」1件、「広義の密約」2件、「密約にあたらない」1件という結果だった。 (1)は、日本政府が、米側が事前協議の対象外としていることを黙認し、その一方で米側が、日本政府が事前協議の対象に含まれると国会で答弁することを放置したことで、双方に「暗黙の合意」があったと認められるが、明確な合意文書がなかったので、これは「広義の密約」とされた。他方、(2)については、日本の基地を使用させるという権利を米側に与える文書が見つかったので、これは「狭義の密約」とされた。しかし、「やましいこと」をお互いに知らないふりをし続けることについて、「明確な合意文書」が作成できるだろうか。文書の形にしなくとも、お互いに知らないふりを続けるから「密約」なのである。有識者委員会は「密約」を、「国家間で、公表されている約束より大きな利益を相手に与えたり、負担を引き受けたりするもの」と定義して、「密約」の判断ポイントを、文書などの形式だけでなく、権利や義務が生じているかどうかに着目したようである。だが、これは本当に対等な関係の国々に言える一般論で、日米関係のような「一方的忖度関係」とも言うべき状況では、「密約」が成立するすそ野は広いように思う。もっと構造的なとらえ方が必要ではないか。 そもそも「密約」たる所以は、公開するとまずい「裏事情」を含むことと、一回性の約束ではなく、次の内閣への引き継ぎが反復継続して行われてきたこと、この二つで足りる。いずれも「密約」と認定して何の支障もないにもかかわらず、あえて「広義の」という曖昧な表現にこだわったのは、有識者委員会の多数派が「日米同盟原理主義」とも言うべき立場の人たちだったことと無関係ではないだろう。「密約」の存在は否定できないが、それをできるだけ小さく見せて、「日米同盟」へのマイナスの影響を最小限に抑えるという、「政治的」意図は報告書の表現にも見え隠れする。 (3)について、佐藤・ニクソンの合意文書の現存を確認しながら、これを「密約」と認めないのは、相当無理がある。「核抜き本土なみ返還」が佐藤首相の看板だったはずで、裏で沖縄への核再持ち込みの合意文書を作っていたこと自体が、とりわけ沖縄県民への裏切りであり、密約性は面目躍如なのではないか。(4)について西山太吉・元毎日新聞記者は、財政密約について、有識者委員会が、「氷山の一角である400万ドルしか対象にしていない」と批判。「『広義の密約』という言い方も、密約を否定してきた官僚を擁護しようという思惑が見える」とコメントしている(『読売新聞』10日付)。 このような報告書になったのも、岡田外相(というよりも外務官僚)の人選に問題があったからではないか。核問題などを精力的に取材してきた元・共同通信編集委員の春名幹男氏(名大教授)以外は、前政権の審議会常連にかたより過ぎである。例えば、「安倍晋三懇談会」の坂元一哉氏(阪大教授)のような人物ではなく、日米密約問題に詳しい我部政明氏(琉大教授)を入れるべきだったろう。「尻すぼみの結論」は当初から予想できたところである。 国民に嘘をつき続けてきた歴代首相や外相の対応は興味深い。鈴木善幸首相(当時)は、81年にライシャワー元駐日米大使が核持ち込み密約の存在を認める発言をした直後の国会で、「外務省の諸君にもよくただしたが、そういう記録もなければそういう話を聞いたこともないと言っていた」と答弁していた。虚偽答弁を繰り返したことについて、海部俊樹元首相は、「高い次元の目標を達成するために、(核が)通過するぐらいのことは理解しなきゃいかんのかなと(思った)」と語っている(『朝日新聞』3月10日付)。海部氏は9日夜のテレビニュースで、「悪ではあるが、必要悪だった」と言ってのけた。 なお、99年に小渕恵三首相に外務省幹部が「実は核密約はあるんです」と説明すると、小渕氏は「それはないんだろ。ないものを説明したってしょうがないじゃないか」と答えたという(『朝日』同)。小渕氏らしいエピソードである。麻生太郎元首相は、外相時代の2007年3月の参院予算委員会で、「この種の密約は一切存在していないというのが我々の基本的立場だ」と断定していたが、9日のコメントでは、「『密約』について、自分は承知していない」とするコメントを発表した(同)。「承知していない」のに「一切存在していない」と言い切れるところが、「漫画首相」たる所以か。 歴代首相の居直りぶりは「いろいろ」である。歴史に誠実な態度をとるならば、政治家として「密約」も必要だったのだと積極的に肯定するか、それとも逆に国民をだましてきたことに対して反省の言葉があってもいい。「必要悪」という言い方が一番悪い。政府は基地関係自治体に「核持ち込みはない」と説明してきたし、国民に対してもそのように語ってきた。国民や自治体に対して嘘と知りつつ、嘘をつき続けてきた。しかも、首相になると、嘘のつき方の「引き継ぎ」まで受けてきたわけである。 「非核三原則」のうちの「持ち込ませず」は守られていなかった。政府は一方で「非核三原則の堅持」を掲げながら、他方で「密約」により核持ち込みを容認してきた。「非核三原則」で佐藤栄作元首相のノーベル平和賞受賞は、今回のことで、さらにその「欺瞞性」が明確になった。しかも佐藤氏は、「持ち込ませず」は誤りであったとして、後悔の弁を述べていたことが、東郷和彦・外務省北米局長(当時)によって明らかにされた(『朝日』同)。ノーベル文学賞の受賞者の作品が、後に盗作であると判明した場合、受賞を取り消すことはできるのかはわからない。少なくとも、「密約」問題をきっかけに、佐藤元首相のノーベル平和賞返上の声を強めていくことが肝要だろう。 ところで、報告書が出るや、『読売』『産経』の10日付社説が「非核三原則見直し」に言及している。『朝日』も柳井俊二元外務次官(安倍晋三懇談会)に長いスペースを与えて、「通過・寄港を認め『2・5原則』に」と語らせている。だが、これは本末転倒である。「通過」「寄港」を含めて一切認めないことを米国に改めて要求すべきである。現実に合わせて規範・理念を変えるのではなく、今こそ、「密約」が容認してきた「核持ち込み」を今後は一切認めないという方向に「非核三原則」を厳格実施すべきである。「非核三原則の見直し」という場合にも、「2.5原則」化の方向に低めるのではなく、逆に「非核三原則」の法制化を進める方向で「見直す」べきだろう。 今回、外務省で重要文書の多くが行方不明になっていることもわかった。岡田外相は、3月10日の衆院外務委員会で、「文書の管理保全が不十分だった。公開(基準)も米国に比べて内向きだった」と述べて、今後は30年を経過した外交文書を原則公開するルールを徹底する方針を表明した(『読売』3月10日付)。これはしっかりやってもらわねばならない。 先月10日、「えひめ丸事件」から9年が経過した。ロサンゼルス級攻撃型原潜「グリーンヴィル」が、宇和島水産高校実習船「えひめ丸」に激突して沈没させ、多数の生徒が死亡した事件である。米原潜が見学客を乗せて「緊急浮上」をやった、まさに「原潜体験ツアー」。その犠牲となった若者たち。冷戦が終わり、原潜はテーマパークの観光船のような役回りでしか生き残れないのか。そろそろ「日米同盟原理主義者」が説く「抑止力」やら「脅威」やらの言説から距離をとって、冷静に日本の安全保障を考えるべきではないか。政治家のなかには、未だに「日本核武装論」がくすぶっているが、こと核兵器に関しては、日本は世界に向かってその廃絶を主張する歴史的・道義的使命をもっている。そして、「密約」と嘘と屈辱と忖度に厚く覆われた日米軍事関係をリセットすることが必要である。まずは「非核三原則」を法制化して、世界に向かって日本の姿勢を明確にすることが求められている。鳩山首相も「非核三原則の堅持」をいう以上、「2・5原則化」への後退は許されない。「核の傘をたたむ日」に向けて、積極的に行動すべきだろう。 [付記]冒頭の写真は、長野県伊那市の仲仙寺(羽広観音で知られる)付近で2010年1月1日に撮影した。日本禁煙友愛会(本部・伊那市)のシンボルマークで、鳩山首相の「友愛」とも本文とも関係ありません。 |
「新聞を読んで」 〜NHKラジオ第一放送
(2010年2月13日午後7時収録、2月14日午前5時18分放送)
1.「ニュースペーパー」を読んで 前回担当してから3カ月あまり、新聞は、「政治とカネ」をめぐる問題、鳩山内閣のさまざまな政策の変転を連日のように伝えています。一方、インターネットには断片的な情報や言説が瞬時に飛び交い、人々は朝刊や夕刊が配達される前に、新聞のサイトでその内容を知っているということもしばしばです。紙に印刷された新聞(ニュースペーパー)の読者は減少の一途をたどり、私が教えている学生たちも例外ではありません。鳩山首相まで始めた「ツイッター」というわずか140字の「つぶやきの世界」。『東京新聞』2月3日付は「手軽なだけに、容易に情報操作ができる危うさを秘めている」として、「ツイッターと政治」に疑問符をつける特集記事を掲載しました。私は、インターネットは適切に活用しつつも、紙の新聞もじっくり読み、関心のある記事の切り抜きを行うよう学生たちに勧めています。でも、実行する人は年々減っています。私はこのコーナーを担当するにあたり、地方新聞についても可能な限り、ファックスやPDFファイルで送ってもらい、見出しの大きさや紙面のレイアウト、配列までチェックしています。ニュースペーパーの「紙」の手ざわりや感触は、人間の冷静な思考にとって大切だと考えるからです。速報性と断片性の極致とも言うべき世界に飲み込まれることなく、時には立ち止まって考えることも必要ではないでしょうか。 2.ハイチPKOに中央即応連隊(CRR)派遣 さて、今週、中米のハイチでの国連平和維持活動(PKO)の「ハイチ安定化派遣団」に参加する陸上自衛隊の部隊350人の派遣が始まりました。新聞各紙はおおむね好意的で、全国紙で今週社説を出した『日本経済新聞』6日付と『読売新聞』7日付は「ハイチだけでなく」「自衛隊の活動の幅を広げよ」と、PKO五原則の見直しや武器使用基準の緩和を求めています。しかし、この派遣のあり方には疑問も出ています。『朝日新聞』7日付解説記事は、ハイチPKOは、紛争当事者の特定が困難な内戦や、破綻国家の再建などにあたる「第四世代のPKO」で、日本が参加したことがないタイプであること、PKO五原則は、停戦合意と紛争当事者の受け入れ同意が必要だが、今回は、PKO協力法の但し書に基づき、「活動が行われている国の同意」だけで出したことなどに対して批判的なトーンです。日本政府は、武力紛争を「国または国に準ずる組織による計画的な武力行使」と限定的に解釈した上で、現地の反政府武装勢力はこれにあたらないから、現地に紛争は発生していないとしています。 『東京新聞』10日付特集記事は「なぜ災害にPKOなのか」と疑問を投げかけながら、「政府と反政府勢力との間に和平合意はなく、反政府勢力がPKO部隊の受け入れに同意しているわけでもない。五原則を超える事例(だ)」というコメントや、「土木作業ならゼネコン〔の派遣〕でもいい。今回の派遣は自衛隊のためのPKOに見える」という現地を視察した民主党議員の声を紹介しています。 実際、派遣部隊の中心は、栃木県宇都宮市に駐屯する中央即応連隊(CRR)という、海外派遣専門部隊です。『下野新聞』2月6日付の2面記事によれば、栃木県出身の隊員は7人だけです。この部隊はレンジャー徽章をもつ精鋭を全国から集めた陸自最強の戦闘部隊です。『下野新聞』6日付は、「海外における『武力行使』に向けた実動演習を兼ねた派遣ではないのか。…将来的にアフガンに陸自を派遣する流れができるのではないか。海外への緊急展開部隊として、地震のドサクサ紛れに派遣するのは、米国の戦略に乗せられてしまう危険性をはらむ」という私のコメントも載せています。 ところで、連立を組む社民党もすぐに賛成して派遣が決まったことに関連して、中谷元・元防衛庁長官は、「こういう問題は自民党が野党の方が進む」、自衛隊海外派遣恒久法制定の好機だとして、今国会に法案を提出する予定であることを、『読売新聞』12日付は伝えています。 今回のハイチPKOについては、インターネットのドイツのページでは、地震に便乗して、欧米、特に米国による「ハイチの再植民地化」が進んでいるとの批判が出ています。実際、米軍(第82空挺師団など)が首都ポルトープランスの空港や港を完全に統制して、各国の援助団体の活動に支障が出ているとも言われ、米国による「1915年以来4回目のハイチ侵略」という厳しい批判もあります(http://www.imi-online.de)。すぐにPKO協力法見直しや恒久法の議論に進むのではなく、日本は、人道援助や医療支援を軸とした活動に本格的に取り組むべきでしょう。 なお、福島県の地元紙『福島民友』は、11日付第3社会面で、陸上自衛隊の第44普通科連隊長が、10日に宮城県の王城寺原演習場で行われた日米共同訓練の開始式での挨拶のなかで、「同盟というものは、外交や政治的な美辞麗句で維持されるものではなく、ましてや『信頼してくれ』などという言葉だけで維持されるものではない」と述べたことを、他紙より大きな見出しで伝えています(『朝日新聞』11日付は第1社会面の囲み)。昨年11月に鳩山首相がオバマ大統領に対して“Trust me”(信頼して)と発言したことをあてこすったものではないか。陸幕広報室はこれを否定していますが、首相発言を念頭に置かなければ出てこない言葉の勢いがあります。政権交代の前後で何が変わったのかという点で言えば、前政権よりも自衛隊の海外活動の敷居が低くなったことは確かでしょう。 3.オーケストラと子どもたち 最後はちょっと夢のある話。小学生に「将来、何になりたい?」と聞くと、「サッカー選手」「野球選手」「ケーキ屋さん」「幼稚園の先生」が定盤。でも、福島県南相馬市の二つの小学校では最近、「指揮者」「演奏家」という答えが交じるようになりました。『福島民報』2月11日付の一面コラム「あぶくま抄」によると、この小学校では、昨年6月から仙台フィルハーモニー管弦楽団とワークショップを続けていて、指揮者に合唱指導を受けたり、木管五重奏の伴奏で歌ったり、ストローを使ってトランペットの吹き方を学ぶなどの体験を重ねているそうです。 コラムは、臨床心理学者の故・河合隼雄さんの言葉、「ひとりひとりの子どものなかに宇宙がある。…それは無限の広がりと深さをもって存在している」(岩波新書『子どもの宇宙』)を引用しながら、こう続けます。「子どもには無限の可能性がある。ただ、気付きの機会がなければ、自分の宇宙の広がりと深さを知らないまま大人になってしまう」と。今週木曜、私は講演で福島市に滞在しましたが、同じ時間帯、南相馬市民会館ではこの仙台フィルと子どもたちのコンサートが開かれていたのです。『福島民報』コラムは、「プロとつくるステージで、〔子どもたちは〕どんな宇宙を見つけるのだろう」と結んでいます。私は学生オーケストラの会長をしていますので、音楽を通じた出会いとその無限の可能性をいつも実感します。教育の貧困や子どもたちの夢を奪う話ばかりが新聞をにぎわせている昨今、たまたま滞在した福島の地元紙で知った夢のある話で締めてみました。今日はこのへんで失礼します。 |
Dieses Spielzeug wurde aus der Aschiana-Schule, Kabul geschickt. ――「アシアナから」―― 2002年のカブールの職業訓練施設で一少年が作った木製玩具。 肉挽器の上から兵器を入れると鉛筆やシャベルなどに変わる。 「武具を文具へ」。 平和的転換への思いは、いつの時代も同じです。 「直言」2002年6月10日 |
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