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2010/02/08:今週の「直言」
2009/10/24:新聞を読んで

2009/10/19:『時代を読む』書評 今を解説する「診断」指南書記事本文(PDF)】(琉球新報)

表紙時代を読む
新聞を読んで
●1997-2008●

水島朝穂 著
柘植書房新社
表紙長沼事件 平賀書簡
35年目の証言
自衛隊違憲判決と
司法の危機
福島重雄 大出良知
水島朝穂 編著
日本評論社

今週の「直言」 (2010年2月8日) こちらからも読めます(高文研)。

政教分離原則が問われるとき

幌郊外にある「北海道開拓の村」(施設設置者は、北海道環境生活部)。道内各地の歴史的建造物が集められ、開拓当時の生活を追体験できるよう作られた。本物の建物なのでかなりリアルである。郵便局や新聞社、札幌農学校寄宿舎などにまじって、旧信濃神社(札幌・厚別)もそこにある。鳥居こま犬など、神社にあるものはすべて揃い、もちろん賽銭箱もある。見学者は普通の神社でするように賽銭を投げ込み、柏手を打つ。その賽銭箱のお金の処理をめぐって、20年ほど前に、北海道議会で問題になったことがある。

そもそも神社の御神体は除いてあり、神社の外観だけが展示されているのだが、入場者は神社と思って願をかけ、賽銭を入れたわけである。このお金を「お賽銭」として北海道庁の出納部門が収受すれば、政教分離原則に違反するというのだ。結局、このお金は「落とし物」として北海道警察がいったん預かり、一定期間経過後に、落とし主があらわれなかった(あらわれるはずもないが)ということで、北海道の収入にしたという経緯がある。その後は、開拓の村への寄付として扱うとの説明書きがつくようになった。

なお、これを撮影した昨年8月26日の時点では、説明書きはなかった。事務所に問い合わせところ、古くなったので新しいものを製作中とのことだった。その後、賽銭箱の横に説明書きが復活したかどうかは確認していない。どなたか昨年8月末以降訪れてその所在を確認した方、あるいはこれから訪れる方は、「メールはこちらに」から情報を送って頂けると助かります。

さて、開拓村にある旧信濃神社から中央通り側に戻ると、旧龍雲寺(札幌・篠路)がある。そこにも賽銭箱があり、同種の表示がある。筆者が訪れた際、女の子2人を連れた母親が、「はい、これを入れてお願いしましょう」と小銭を渡し、3人で手を合わせているのを間近で目撃している。

人の心の内側まで、あれこれいうことはできない。ご本尊はそこにはないといっても、彼らがそこを寺と信じて、そのような「行為」(お賽銭を入れるなど)を行ったことは疑いない。「歴史的建造物であって、宗教施設ではない」として公的機関がそれを公開しているわけだが、そこに宗教とのかかわり合いがまったくないとは言えないだろう。

「北海道開拓の村」事務局に話を聞いたところ旧信濃神社では、毎年9月に宮司や氏子たちが集まって秋の祭礼が行われているという。昨年は9月20〜23日だった。巫女舞いまでやっているそうだ。また、旧龍雲寺の手前にある旧浦河公会会堂〔教会〕では、12月23日に、日本キリスト教団から牧師がきてミサを行っているという。開拓時代を再現する催しということで、観光客も参加した「村祭り」と「村のクリスマス」になっているそうだ。「開拓の村」のホームページの「もよおしもの」コーナーにも、「神社祭礼」の予定が記載されている。その期間中、宮司や牧師から入場料をとっているのだろうか。もし無料で入場を認めているとすれば、宗教団体への便宜供与にはならないか。

20数年前、この旧信濃神社の祭礼をめぐっては、キリスト教関係者から、「政教分離の観点から問題である」という話を伺ったことがある。その後、何も言わないのでどうしたのかと思っていたら、今回、旧浦河教会にキリスト教団の牧師がきて、クリスマスをやっていることを知った。全国的にみても、靖国訴訟や政教分離関係の訴訟の原告にキリスト教関係者が少なくない。旧浦河教会でもミサをやるようになったから、旧信濃神社の方は「黙認」することになったのだろうか。

開拓時代の村祭りやクリスマスだから限りなく習俗化しており、自治体の便宜供与も、特定宗教を援助・助長する「程度」ではない、という認識だろう。「過度の」かかわり合いかどうかの判断は微妙だが、厳格に解すれば、政教分離原則から疑問がないとは言えない。ちなみに、「開拓の村」にある宗教関係3施設のうち、仏教の旧龍雲寺だけは、そういう行事はやっていないという(「開拓の村」学芸員の話)。

そもそも、なぜ、日本国憲法は政治と宗教との分離を採用したのか。それは戦前における国家神道の果たした役割に対する反省という面が大きい(1945年12月、連合国軍最高司令部(GHQ)が「神道指令」を出して、国家神道の基盤は消滅する)。日本国憲法20条は、こうした歴史的教訓の上に、信教の自由や政教分離について周到な定め方をしている

まず、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」(20条1項後段)という形で、宗教団体の側に国家との距離をとることを要求している。次に、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」(20条3項)として、今度は国と地方公共団体に対して、宗教および宗教団体と距離をとることを求めている。さらに、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため…これを支出し、又はその利用に供してはならない」(89条)として、財政面での制約も課している。この三重の縛りは、厳格な政教分離の原則を採用したということができる。だが、実際の社会生活において、何らかの形で公的機関が宗教と関わり合いをもつことはあり得る。

政教分離の問題では、津市が神主を呼んで、体育館の起工式で地鎮祭を行ったことに対して、市議が政教分離原則違反を主張して訴えた事件が有名である。一審は地鎮祭を「習俗的行事」として訴えを退けたが(津地裁1967年3月16日)、二審は地鎮祭が「宗教的活動」にあたり、それに対する公金支出を違法とした(名古屋地裁1971年5月14日)。最高裁は原告の訴えを退けたが、その際、憲法20条3項で禁止される「宗教的活動」について、「その行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為」という判断枠組を示した(最高裁1977年7月13日)。これを「目的・効果基準」という。憲法が厳格な政教分離をとったことに対して、この「基準」は、それを緩和・相対化させる機能を果たしてきた。

政教分離の問題では、内閣総理大臣による靖国神社参拝問題もある。中曾根、小泉元首相の靖国参拝については、各地で違憲確認のための訴訟が提起された特に福岡地裁判決(2004年4月7日)や大阪高裁判決(2005年9月30日)においては、「内閣総理大臣による参拝により、国が靖国神社を特別に支援している印象を国民に決定づけた」として違憲判断を示している。だが、最高裁は「目的・効果基準」の枠内で「温和」な対応を続けてきた。

そうしたなか、先月20日、最高裁が、北海道砂川市が神社に無償で私有地を提供する行為を、政教分離原則に反し違憲、と明確に断定する判決を出した。1997年4月2日の「愛媛県靖国神社玉串訴訟」違憲判決に続く2件目となった。

最高裁の多数意見は、(1)「社会通念に照らして総合的に判断すると、この利用提供行為は、市と空知太神社ないし神道とのかかわり合いが、わが国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとして、憲法89条の禁止する公の財産の利用提供にあたり、ひいては憲法20条1項後段の禁止する宗教団体に対する特権の付与にも該当し、違憲と解される」とした。その上で、(2)違憲状態を解消するためには、施設の撤去や土地明け渡し以外にも適切な手段があり得るから、違憲性解消のための他の手段の存否などについて審理を尽くさせるために、原審〔札幌高裁〕に差し戻すのが相当であるとした。

9人の裁判官がこの意見に与した。(1)の判断を示さず、(2)の破棄差し戻しの結論のみに賛成した裁判官が4人。合憲判断をした上で上告棄却を主張したのが1人である。1人の裁判官は現職死亡のため、合計14人で判断した。

なお、ただ一人合憲の判断をした堀籠裁判官は、神道は生活に密着した信仰で、生活の一部になっており、確固たる教義や教典をもつ排他的宗教とは同列に論じられないとして、一種の神道習俗論を説いた。

この判決で注目されるのは、最高裁の従来の判断枠組である「目的・効果基準」を使わずに、ストレートに憲法89条違反を導いた点である。市の土地に堂々と「神社」が立っているわけだから、土地の無償提供の「目的」や「効果」を問題にするまでもなく、特定宗教への特別の便益提供にあたると判断したわけだろう。1997年の愛媛玉串訴訟判決のなかで、園部、尾崎、高橋の3裁判官が、「目的・効果基準」を経由しないで、違憲の公金支出の判断を導いたが、その手法が今回は多数意見となったわけである。

なお、藤田宙靖裁判官は補足意見を書いて、目的・効果基準は、問題となる行為が「宗教性」と「世俗性」とが同居していて、その優劣が微妙である場合に適用されると、その「場」を限定した上で、本件の場合は、神社そのもの、つまり「一義的に宗教施設」であって、「目的効果基準の適用の存否が問われる以前の問題」としている。愛媛玉串訴訟の時の尾崎・高橋裁判官の補足意見に言及していることからも、「目的・効果基準」の適用をより精密にしようとしたものと言える。

これまで最高裁は、忠魂碑や地蔵像のために市有地を無償提供するケースについて合憲としてきたが、そこでは「施設の宗教性の希薄化」がポイントだった。また、地鎮祭の場合は、工事の無事安全を願う行事という面が強調され、また、その都度行われるという行為の単発性に着目して、「目的・効果」を経由した判断枠組が生まれた。今回の空知太神社の場合は、市の土地に立っているのは神社そのものであり、しかも無償提供が長期間にわたるという意味では、自治体と宗教団体とのかかわり合いは濃密と言える。そこで、「目的」や「効果」を問う「各論」に踏み込むことなく、「施設の性格や経過」や「一般人の評価」などを考慮し、「社会通念」に照らして判断したわけである。

「一般人の評価」や「社会通念」はかなり抽象的で曖昧である。今回の判決の「射程」がどこまで及ぶかはにわかに判断できない。全国各地には、公有地にキリスト教系や仏教系の施設が多数存在していると言われ、これらは理論的には「違憲状態」となった。

ただ、今回の判決は、妙に政策論的な傾きも持っている。(1)の論点だけで自判して、訴訟を終結させることが可能だったにもかかわらず、あえて(2)の結論を出したからである。(1)の結論からは、神社を撤去するか、土地を明け渡すことが当然の結論となる。ところが、最高裁は、「違憲状態」の解消のための「適切な手段があり得る」とし、その例として、市有地の「有償譲渡」や「貸し付け」という方法をわざわざ挙げている。そして、「適切な手段」を決めるため、原審(札幌高裁)で検討しなおせと、差し戻したわけである。その理由としては、かなり政策的と言えよう。

政教分離原則は安易な相対化や緩和には慎重であるべきだが、他方、何が何でも絶対分離というのも合理的ではない。地方に行けばよくわかるが、神社や寺は、地域の生活のなかに密着している面も否定できない。「開拓の村」の学芸員の方が、北海道開拓の歴史のなかで、たまたまそこにあった宗教施設(神社、寺、教会)が、その地域の冠婚葬祭の中心になったという意味のことを話してくれた。開拓地では宗教施設が少なかったこともあり、例えば浦河地方では、神戸から入植した人々(「赤心社」)にキリスト教徒が多く、集会所を兼ねて礼拝が行われたようである。そういう観点から見れば、これら3宗教施設は、「開拓の村」の重要な一部ということになろう。いずれ龍雲寺の旧檀家が寺の行事をやることになるのだろうか。

「新聞を読んで」 〜NHKラジオ第一放送
(2009年10月23日午後7時収録、10月24日午前5時18分放送)

1.鳩山内閣の1カ月

私が前回担当してから3カ月ほどの間に、この国は大きな変貌をとげました。政権交代です。先週16日が鳩山内閣発足1カ月ということで、新聞各紙は社説や特集記事で検証しました。この内閣をどう見るか。『沖縄タイムス』10月17日付社説の「変革の正念場これから」と『産経新聞』17日付社説の「首相の指導力がみえない」という両極の立場の間で、ほぼ共通の印象は、『読売新聞』18日付世論調査の見出し、「評価と不満の交錯」というあたりでしょうか。『朝日新聞』17日付は「閣僚通信簿」を1頁使って掲載し、17人の閣僚一人ひとりの「存在感」から「脱官僚度」まで、6項目で採点しています。「目立つ」閣僚が多いので、採点の筆にも勢いが出ていました。また、『毎日新聞』18日付は「鳩山政権の通信簿」として、「マニフェスト」(政権公約)や与党連立合意の「実行度」を調査した結果を、14、15面見開き1頁を使って詳しく検証しています。それをまとめた1面見出しは「計178項目中87 実行へ明確な姿勢」「修正・先送りは5項目」。「マニフェスト」の49%が着手あるいは実現されつつあると積極的に評価する一方、「漂流する国家戦略局」という見出しで、担当大臣を据えたのに「国家戦略室」のまま宙ぶらりんになっている状態を「未着手」のトップに挙げています。そもそも「国家」と「戦略」という二つの言葉を組み合わせたその名称に私は違和感を覚えましたが、それはともかく、「戦略室」を「局」にするには、設置法が必要であり、その法案は来年の通常国会に先送りされそうです。「政治主導」の目玉だったはずですが、『毎日新聞』は「任務あいまい」「骨抜き懸念」としています。

2.「政治主導」の一人歩き?

内閣発足の日、鳩山首相は初記者会見の冒頭、こう述べました。「日本の歴史が変わるという身震いするような感激と、この国を本当の意味で国民主権の世の中に変えていかなければならない」、「政治主導、国民主権、真の意味での地域主権のため、さまざまな試行実験を行っていかなければならない」と。「政治主導」を国民主権原理で正当化する論理的仕掛けですが、この間、政治と官僚の関係は劇的に変化しました。『東京新聞』10月19日付コラム「放射線」で、元外務省主任分析官で作家の佐藤優さんは、霞が関で起きていることは「単なる政権交代にとどまらない『革命』である」と書いています。そして、小沢一郎民主党幹事長がいう「内閣法制局長官の答弁禁止」も高く評価しています。小沢氏は自由党党首時代、「内閣法制局廃止法案」を提案しており、事務次官会議の廃止から始まり、官僚答弁の禁止、国会での与党代表質問とりやめ、議員立法の禁止など矢継ぎ早に出される方針には、「政治主導」の一人歩きを感じます。民主党内でどこまで熟慮に基づく十分な議論がなされているのか、疑問です。

八ツ場ダム中止、2009年度補正予算の一部執行停止、温室効果ガス25%削減、中小企業の返済猶予(モラトリアム)政策、夫婦別姓、羽田空港のハブ空港化等々、新聞には連日のように大見出しが踊ります。普天間移設問題のブレ(『琉球新報』18日付2、3面特集記事)、アフガン支援に自衛隊活用(『東京新聞』20日付)、PKO5原則の見直し(『毎日新聞』21日付夕刊)など、既存の政策変更も急です。そのため、大きな政策変更を伴うものまでもベタ記事になっていることもあり、記事の配分や見出しをつける新聞社の整理(校閲)部門も連日苦労しているのではないかと思います。

ただ、政治家たちの口から繰り出される事柄の多くが、十分に議論されたものとはいえないことが気掛かりです。憲法の観点からいえば、「政治主導」という言葉には注意が必要です。私は、従来の与党と官僚上層部の馴れ合い構造を打破して、緊張感あふれる関係は必要だと考えていますが、「政治主導」の過度の強調には危うさも感じます。とりわけ「法律による行政の原理」や、財政国会中心主義(憲法83条)との関係では、鋭い緊張関係も生まれています。例えば、補正予算の執行停止です。本予算と補正予算は、本質的には切り離されたものではなく、予算の減額であっても、そのつど国会の「審議を受け議決を経なければならない」(憲法86条)と考えるべきです。国会が未だ開かれないなか、「政治主導」で重大な先例を作られつつあります。

臨時国会は10月26日に召集されますが、会期はわずか36日間。審議される法案も少なく、12件程度に絞られるようです。『毎日新聞』18日付社説は、「子ども手当法案」や「国家戦略局設置法案」など、重要政策や政府の体制を固める法案が揃って先送りとは「拍子抜けである」と批判しています。首相の政治資金収支報告書の虚偽記載問題への説明責任もあるのに、与野党の開幕戦を「消化試合」にしてはならないとも。

来週は所信表明演説です。鳩山首相は「友愛社会」の実現への決意を表明するなかで、北方領土問題の早期解決に向けた決意と、アイヌ民族の権利確立に向けた取り組み強化を入れると、『北海道新聞』22日付は観測記事を掲げています。所信表明演説が地方でここまで注目されるのも、かつてなかったことです。「政治主導」が、気負いすぎた「政治家主導」に矮小化されないよう、新政権には自覚を求めたいと思います。

3.教員養成6年化について

最後に、「マニフェスト」にもある、教員養成課程の6年義務化について触れます。小中高校の教員になるためには、大学院修士課程修了が条件となります。2007年に安倍内閣が導入したばかりの教員免許更新制度(10年に1度、30時間以上の講習義務づけ)は、現場の教員や教育系大学に大きな負担を強いました。鳩山内閣はその廃止を早々と打ち出しました。

これには各紙とも好意的評価ですが、今度は、修士課程2年修了の義務づけ。医師並みの6年を教員志望の学生に課すのは、経済的負担の問題もあります。教員の資質向上が目的とされていますが、各紙とも疑問を呈しています。『中日新聞』16日付や『新潟日報』19日付などは、全国に24校ある教職大学院の修了者が800人にすぎないことを挙げ、公立の小中高校だけで年間2万人の教員を採用している現実からすれば、全国に教職大学院を設置する必要も出てきて、新たな費用も必要となると批判的です。

近年、政治家やそのブレーンとされる学者の思い入れや思い込みが、そのままストレートに政策として発信される傾向にあります。法曹養成のために専門職大学院を設置したことの根本的総括が、発足5年で求められているときに、教職大学院の増設につながる施策には慎重な対応が必要です。政治家主導の「改革」のツケはすべて現場が負わされてきました。これ以上、教育の現場を混乱させてほしくない。性急な「改革」ではなく、現場や国会での十分な議論が必要です。『信濃毎日新聞』20日付社説は、「教育は社会の担い手をはぐくむ土台となる。10年、20年も先を見据えたうえで、教育の質をどう高めていくのか、まずは全体の見取り図を描いてはどうか。教員養成の方向性は、そのなかでおのずと位置付けられる」と書いていますが、同感です。

今日はこのへんで失礼します。

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「アシアナから」:カブールの職業訓練施設の一少年
Dieses Spielzeug wurde aus der Aschiana-Schule,
Kabul geschickt.


 ――「アシアナから」――

2002年のカブールの職業訓練施設で一少年が作った木製玩具。
     肉挽器の上から兵器を入れると鉛筆やシャベルなどに変わる。
     「武具を文具へ」。
平和的転換への思いは、いつの時代も同じです。
「直言」2002年6月10日

 

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Copyright 1997 Mizushima Asaho

 

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『憲法「私」論
―みんなで考える前に ひとりひとりが考えよう

(小学館)


『同時代への直言
―周辺事態法から有事法制まで

(高文研)


『国家と自由―憲法学の可能性』
(日本評論社、共著)


『三省堂 新六法2009』
(三省堂、共編)



『世界の「有事法制」を診る』

(法律文化社、編著)


『改憲論を診る』

(法律文化社、編著)


『有事法制批判』
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『改憲は必要か』

(岩波新書、共著)
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