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ドイツからの「直言」コーナー

連載「憲法研究者に対する執拗な論難に答える」はこちら
第一回第二回第三回第四回補遺(参考:立花隆『論駁』より))。


2019年9月16日

〇千葉の台風被害に関する政権の対応について9月23日付「直言」に掲載予定の原稿を用意しておりましたが、今週・来週はゼミ合宿や南京での講演会などの予定があって多忙であり、また、事態の進行に鑑みて、16日付とセットでアップロードすることにしました。下までスクロールして頂ければ読めますので、是非16日分とセットでお読み下さい。個別ページにもアップロードしています

写真1

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年は世界史的な出来事の節目が多い年である(直言「末尾「9」の年には変動が起きる――2019年の年頭にあたって」)。9月1日は、第二次世界大戦の開戦80周年だった。

1939年9月1日午前4時40分、ポーランド中部の町ビエルン(Wieluń)に対して、ドイツ空軍のJu 87 シュトゥーカ急降下爆撃機が初の空襲を行い、住民1200人が死亡した。うち32人は、屋根に赤十字のマークを大書きした病院の患者たちだった。この第二次世界大戦最初の空襲被害を受けた町ビエルンで、1日、ドイツのフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー(Frank-Walter Steinmeier)連邦大統領(40年前の大学院生時代に会った)も参加して、式典が行われた。空襲開始時刻の午前4時40分という早朝の時間帯に始められ、まだ暗いなか、まず会場前の建物の壁に、アニメーション映像が映し出された。当時の町の日常生活から始まり、突然、Ju 87の爆撃で町が破壊されていく様がリアルである。

シュタインマイヤーは、この町への急降下爆撃で始まったその後の6年間の戦争を振り返りつつ、トーマス・マンの「ドイツ人として生まれたら、ドイツとドイツの罪に対処しなければならない」という言葉を引いて、過去に対するドイツの責任を強調した。「ビエルンに対する攻撃の犠牲となった方々、そしてドイツの暴力支配の犠牲となったポーランドの方々の前で私は頭を下げ、赦しを請う」という部分は、ドイツ語とポーランド語で述べた。「赦しを請う」(I proszę o przebaczenie)という言葉に対して、広場に集まった市民から拍手がわいた(Süddeutsche Zeitung vom 1.9.2019 Degitalなど参照)。

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アンジェイ・ドゥダ大統領は、シュタインマイヤーに対して、「あなたがここにいることが重要だ」と語りかけ、ドイツの国家元首が初めてこの象徴的な町を訪問したことを高く評価した。シュタインマイヤー大統領は、空襲で生き残った90歳の女性と会い、語り合った。彼女はドイツを赦したいと語った。最後に、両大統領が、「記憶と警告」と刻み込んだ鐘を鳴らした(ZDF heute, 1.9.2019)。

早朝の式典も終わり、大統領はワルシャワに移動。メルケル首相、ペンス米副大統領ら各国首脳約40人が出席する「開戦80周年記念式典」に参加した。ウクライナ問題がらみでプーチンは招待されず、トランプは大型ハリケーン「ドリアン」対応を理由に欠席した(実際はゴルフをやっていたシンゾーそっくり!)。ここでも、シュタインマイヤー大統領は、「この戦争はドイツの犯罪だった」と明確に述べ、「私たちは忘れません。私たちは、ドイツ人がポーランドに与えた傷を忘れません」と語り、「過去の罪の赦しを請う」と謝罪した。「私たちは決して忘れません! 」(Nigdy nie zapomnimy!)とポーランド語も使った。そして、ドイツの責任のとり方として、「ノー・モア・ナショナリズム!」(Nie wieder Nationalismus!)を挙げ、ドイツ人は、「世界に冠たるドイツ」(Deutschland, Deutschland über alles)〔ドイツ国歌1番〕などと二度と叫んではならないと述べた(両演説の全文は、ドイツ連邦大統領府のホームページ参照)。

ドイツの国家元首が戦争と暴力支配の過去に対して真摯に、かつ隣国の人々の心に届くような言葉と態度で語る。いまの日本ならば、「謝罪の連鎖」「自虐史観」「土下座外交」などの言葉が飛んできそうである。だが、ドイツはドイツなりの計算と判断の上で、こうした謝罪の旅を続けているのである。

実は、欧州にポピュリズム政権(「立憲主義からの逃走」)が増殖するなか、ポーランド「法と正義」政権は、ドイツに対して法外な「戦争賠償」をふっかけている。8000億ユーロ(約93兆円)は、ドイツの国家予算(3570億ユーロ(約42兆円))の2倍以上である。ポーランドの場合、1953年に自ら賠償請求権を放棄している。また、ドイツ統一の際、1990年の2プラス4条約(戦勝4カ国(米英露仏)+東西両独の条約)によって法的には決着がついているとされている。しかし、現在のポーランド政府は、あの放棄宣言は「当時のソ連の圧力のなかでなされたものだ」という主張を行っている。ドイツが第二次大戦の賠償問題はすでに解決済みという態度をとれるのも、長年にわたる積み重ねがある。にもかかわらず、ポピュリズム政権のそうした要求に対してさえ、少なくともメルケル首相は、「国際法上ありえない」とか「すでに解決済みの問題だ」というだけではねつけることはしない。ポーランド政府の要求に対して、毅然と「すでに解決済み」という対応をしながらも、大統領が9月1日の開戦記念日に「初空襲の町」を訪れて、「謝罪」と「責任」の姿勢を示す。こうしたやり方に対して、ドイツ国内で異論を唱えるのは極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)だけである。第二次世界大戦とその諸結果に対する評価と態度という点では、日本の安倍政権はAfD政権に見えるかもしれない。

写真6

写真7

来週18日は、「満州事変」88周年である。中国では「九一八事変」という。1931年9月18日に、奉天(現・瀋陽)郊外の柳条湖で、関東軍が南満州鉄道の線路を爆破して(柳条湖事件)、これを契機に「満州」(中国東北部)を武力で占領していった。

この頃の歴史グッズとして、冒頭右の写真のものがある。父が幼少の頃にグリコのおまけとして入手した「肉弾三勇士之像」である(直言「わが歴史グッズの話(44)」参照)。これは「満州事変」ではなく、その翌年、1932年の「第一次上海事変」の際、味方の突破口を切り拓くため、点火した破壊筒を持って鉄条網を爆破する任務で死亡した3人の兵士が美談化されたものである。

冒頭右の写真は、『満州事変の経過』(世界知識増刊、新光社、1932年2月)の表紙である。目次を開くと、「満州事変」の原因と経過、国際連盟、列国、世界の世論の状況などが軍の立場で書かれている。かの大川周明の論文、「満蒙に於ける我が特殊権益」(上記写真右)も掲載されている。権益の側面からの「満州事変」正当化論である。

すべては「満州事変から始まった」といわれるように、この国の戦争への道の「最初の一突き」だった。だが、国際聯盟の常任理事国だった日本は、自らも批准した不戦条約(1928年)が「国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ放棄スルコト」(第1条)と規定していたため、表向き、戦争はできなかった。だから、「満州事変」「上海事変」「支那事変」という言い方がされたわけである。「満州事変」も、5.15事件も2.26事件も、結局は軍の自作自演だった(直言「平成の「5.15事件」―戦後憲法政治の大転換」参照)。特に2.26事件は、「9.18事変」に始まるこの国の軍事国家化への傾向を、質的に転換させるものだった(直言「「軍」の自己主張―帝国憲法の緊急事態条項と「2.26事件」80周年」参照)。なお、今年8月15日に放映されたNHKスペシャル「全貌 二・二六事件〜最高機密文書で迫る」は、発掘された海軍極秘資料によって、陸海軍の対立や天皇との関係を含む新たな知見を含む、今年の「8月ジャーナリズム」の収穫だった。

写真8

日中全面戦争はその2.26事件の翌年に始まり、太平洋戦争はその4年後である。つまり、「満州事変」はまさに「最初の一突き」だったわけである。だが、戦争のとらえ方をめぐって、「15年戦争」「アジア太平洋戦争」と「大東亜戦争」とが対立する。前者は、「満州事変」から始まる足かけ15年(正味13年11カ月)にわたる日本の対外的な戦争の全期間を、一括してこう呼ぶ(江口圭一『十五年戦争小史』(青木書店、1986年)参照)。近年では、「アジア・太平洋戦争」という呼び方がより一般的である。これに対して、伝統的に、右派は「大東亜戦争」という呼称をずっと使ってきた。もともとは東條内閣が「支那事変」(日中戦争)から始まる「大東亜戦争」という呼称を閣議決定したことに始まる(1942年1月)。アジアを欧米列強の植民地から解放して、「大東亜共栄圏」を樹立してアジアの自立を目指すという「理念」に立つ。これは、「満州事変」を含めず、日本の植民地政策を正当化し、日本のアジア侵略を糊塗する狙いをもつ。

2015年の新年にあたって「ご感想」のなかで前天皇はこう述べている。「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、、今後の日本のあり方を考えていくことが、、極めて大切なことだと思っています。」と。

ドイツの『フランクフルター・アルゲマイネ』紙は、この新年の「ご感想」のこの部分に注目して、「天皇が、戦争が、1931年の満州事変によって始まったことを想起しつつ、それが中国への日本の侵略であったことを示すことで、「西欧の侵略に対する防衛戦争」であったとする〔歴史〕修正主義者に否定的な立場をとった」としている(Frankfurter Allgemeine Zeitung vom 9.8.2016, S.1) 。前天皇は「大東亜戦争」という捉え方と明らかに距離をとっている。加えて、「満州事変」以降の戦争の歴史を学ぶことが「今」重要だということで、安倍政権の安保関連法制への危惧の念が間接的に示唆されているという「読み解き」も出てきた。

第二の罪

4年前の「戦後70年安倍談話」では、「痛切な反省」も「お詫び」も曖昧にされて、「植民地支配」と「侵略」も相対化されている(詳しくは、直言「8.14閣議決定」による歴史の上書き―戦後70年安倍談話」参照)。従来の政府談話(村山談話、小泉談話など)の水準を大きく下回る内容で、結局、「大東亜戦争」史観に立つ首相によって、国全体の戦争への姿勢を転換させられてしまったといえるだろう。天皇がことさらに「満州事変に始まるこの戦争」と述べたことは、天皇の憲法上の地位の観点から過大評価すべきではないが、過小評価もすべきでないだろう。

この4年前の「安倍談話」の延長線上に、徴用工問題における安倍政権の強硬な姿勢があるといえるだろう。『産経新聞』2015年8月15日付は「安倍談話」を高く評価し、「『謝罪』次世代に背負わせぬ」という大見出しをうった。社説は「この談話を機会に謝罪外交を断ち切ることだ」と書き、中国や韓国との「歴史戦」に備えよと説く。他方、ドイツは、開戦80年に「初空襲」の小さな町を大統領が謝罪のために訪れた。ドイツの「記念日外交」に学ぶことができず、独裁的傾向をもつ指導者の懐深く飛び込み過ぎて、完全に空回りしているのが安倍首相のいま、である。9月5日、東方経済フォーラムでの安倍首相のスピーチが官邸のサイトにある。27回もプーチンと会談したと回数は誇るものの、何の成果も挙げられていない。下手をすると「0島マイナスα」になりかねない。「ウラジーミル。君と僕は、同じ未来を見ている。・・・ゴールまで、ウラジーミル、二人の力で、駆けて、駆け、駆け抜けようではありませんか。」という19分25秒あたりからスピーチを聞くと、ロシアの国際法違反は棚に上げて、韓国ばかりを非難する安倍首相の「創造の翼」が妄想の類に近づいていることがわかる。

かねてより日韓の間の「対話の不在」についてはこの「直言」でも書いてきた。いまはそれどころではなくなってきた。植民地時代への無知、戦争への反省のなさなど、少なくない日本の市民もまた、ジョルダーノのいう「第二の罪」において「有罪」といわざるを得ないところまできているのではないか。

(2019年9月6日脱稿)


2019年9月23日

写真1

写真2

風15号が注目されるようになったのは、『朝日新聞』9月7日付夕刊第1社会面の3段記事「台風15号 関東上陸の恐れ」だった。翌8日11時、気象庁が緊急記者会見を開き、「関東を直撃する台風としては、これまでで最強クラス」「今晴れているということで安心している人も多いかもしれないが、夜になって接近とともに世界が変わる」と、予報官は緊張した表情で語った。新聞記事(少なくとも朝毎読)には残っていないが、テレビで繰り返し流れる「世界が変わる」という言葉が耳に残った。8日夜の段階で、JRと私鉄が「計画運休」となった。千葉市では9日午前4時半ごろ、瞬間最大風速57.5メートルを観測。千葉県を中心に大規模な停電と断水が発生した。猛暑のなか、冷房が使えず、水も十分に確保できず、熱中症で死者も出た(『東京新聞』11日付)。私自身、9日午前は、電車の運休と入場規制で、職場に着くまでいつもの2.5倍もかかった。だが、新聞の一面トップは、第4次安倍第2次改造内閣の発足に向けた動き。8月に首相官邸で「できちゃった婚」会見をやった小泉進次郎議員の入閣がメインにすえられた(おかげでIT担当や地方創生担当の「ポンコツ大臣」のボロ隠しになった)。

猛暑のなかの長時間の停電・断水は人の命に関わる真正の緊急事態である。内閣改造を延期して、ただちに関係閣僚会議を開催して、首相自らが防災服を着て市原市あたりを短時間でも視察して、言葉を発することが必要ではなかったか。「・・・トップの声と姿を見たとき、人々は事柄の重大性を感じ、それぞれの立場で行動を起こすきっかけをつかむ。各官庁のどんな「指示待ち公務員」でも、「いつもと違う。これは大変だ」という気分になる。その気分の無数の重なりが、その後の組織の動きと勢いを決める。・・・」(直言「「危機」における指導者の言葉と所作」参照)。

1999年9月、茨城県東海村JCO臨界事故の際、小渕恵三首相は内閣改造を4日間延期した。野中広務官房長官の判断とされている。今回、35度を超える猛暑のなかで、冷房と水がないという状態に首都圏の住民が置かれていた。その11日、12日と、所管大臣たちは、冗談を飛ばし合いながらのんびり引き継ぎをやっていた。首相動静欄を見ると、安倍首相が千葉で起きている事態への無関心のほどがわかる。

停電復旧が遅れたのは、倒木が多くて前に進めないからだという。メディアはその事実を垂れ流すだけ。猛烈な風が拭けば倒木が大量に生ずることは想定の範囲内ではなかったか。関係閣僚会議を開き、各省庁横断的に、ヘリや重機、倒木対応の特別部隊を編成して、それと東電の復旧チームが連携する。その調整や応援の手配などは、国の関与なしにはありえない。いつも「私が指示しました」という安倍首相が、こういう時にはなぜか沈黙する。初動の最も大切な時に、下村博文・憲法改正推進本部長(現・選対委員長)の次男の結婚披露宴に3時間近く出席して、「別の件で忙しい」と、内閣改造のことをにおわせて会場の笑いをとっていたという(『日刊ゲンダイ』9月14日付)。初動対応が求められる局面にもかかわらず、会議を招集しようともせず早めに自宅に帰っている(9日午前に気象庁長官と16分間だけ会った)。緊張感のない、日常的な日程のこなし方(首相動静欄で8日から12日までチェックを)。これは無能ではなく、事態の重大性を理解できない厚顔無知ではないか

安倍政権では、災害のたびに、同じことが繰り返されている。くどいようだが、記憶を呼び起こしていただきたい。「平成26年豪雪」(2014年2月)の時は高級料亭で天ぷら、広島の豪雨災害の時はゴルフを中断せず(同8月)、熊本大地震(2016年4月)の時は、酒を飲んだ後の赤ら顔でぶら下がり記者会見、大阪府北部地震(2018年6月)の際は赤坂の料亭で高級しゃぶしゃぶ、西日本豪雨(同7月)の時はご存じ「赤坂自民亭」、台風21号(同9月)の時は、総裁選のための新潟訪問。北海道胆振東部地震(同9月)の時も「やってる感」を懸命に演出していた(直言「大災害と「大災相」」参照)。この首相は大規模災害における対応がまったくなっていない。この点、トランプも似た者同士で、9月1日の大型ハリケーン「ドリアン」の対応を理由に、ポーランドでの第二次世界大戦開戦80周年式典を欠席ゴルフを楽しんでいるのをCNNがスクープした

安倍首相は11月20日に桂太郎を抜いて、史上最長の首相となる。安倍政権はこの国を大きく変えた。冒頭左の写真は、2014年7月頃に国会の売店で撮られた写真で、私の知人が送ってくれたものだ。「アメノミックス(AME no MIX飴)」。「疲れた体に一服の抹茶味」「汗をかいたら塩分補給 塩味」「眠くなったら酸っぱい梅味」の三種類を「アベノミクス」の「三本の矢」にひっかけている。この「直言」でも、「ねじれ解消餅」「晋ちゃんラッキートランプせんべい」など、国会売店のお菓子をその都度紹介してきたが、5年前のこの「アメノミックス」のことはすっかり忘れていた。今回、改めて写真ファイルから取り出して眺めてみると、安倍政権の本質を考える上でなかなか含蓄深いものがある。

安倍政権はなぜ7年近く存続しているのか。その「秘訣」は、古典的な統治手法、「飴と鞭」にある。ドイツ第二帝政期、プロイセンの鉄血宰相のオットー・フォン・ビスマルクは、「飴と鞭」(Zuckerbrot und Peitsche)政策を展開した。ビスマルクは勃興してきた労働運動に対して「社会主義者鎮圧法」(Sozialistengesetz)で徹底弾圧するとともに(まさに同時に)、社会保険や失業保険などの一連の社会政策によって労働者を惹きつけ、懐柔しようとした。これが「飴と鞭」政策と呼ばれた所以である。

現在この国で進行している権力の腐敗と腐朽が深刻なのは、安倍晋三という首相が、マックス・ヴェーバーが説く政治家の3つの資質(情熱(Leidenschaft)、責任感(Verantwortungsgefühl)、「判断力〔見通す力〕」(Augenmaß))の正反対のところにいるからである。「気が強く、わがまま」(養育係の久保ウメの言葉)、「反対意見に瞬間的に反発するジコチュー(自己中心的)タイプ」(成蹊学園の学友)、「政治家として必要な情がない」(父・安倍晋太郎)、「知と徳を感じない」(自民党OB議員)、「相変わらず懐の深さがない」(以上、野上忠興『安倍晋三 沈黙の仮面』(小学館〔「断韓」を説く『週刊ポスト』を発行する出版社〕、2015年)248頁参照)。小学校から大学まで16年間、吉祥寺北町3丁目から一歩も出ず、受験、就活、選挙・猟官運動の苦労なしに首相まできた「エスカレーター人生」である。その結果(1)狭量・狭隘、知的好奇心の著しい欠如(最近の愛読書は百田尚樹『日本国紀』)、(2)人を信用しない、極端な疑心暗鬼(3)おべんちゃらをいう取り巻きへの無警戒と過度の依存、(4)執拗で粘着質な敵愾心、(5)強烈なコンプレックスの裏返しとしての過激な攻撃性を特徴とする。これは政治家の「逆資質」といえるかもしれない。

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こうした「逆資質」を十二分に発揮したのが、台風15号対応をそっちのけでやった内閣改造である。まさに「アメ」の「ミックス」。ここまで露骨な「謝恩セール内閣」(ニュース23)はかつてなかっただろう。取り巻き、側近を多数、ここまで露骨に閣僚に引き上げたのは、自民党始まって以来だろう。この改造人事は、近隣の千葉県が大変な状況にあるにもかかわらず、救助、救援、復旧にはほとんど関心を示さず、官邸が緊急対応シフトをとることなく、ひたすら改造人事にこだわった。その結果、あまりに露骨で、あまりにミエミエの人事が行われ、おそらく臨時国会が始まってから野党の追及に耐えられない大臣が何人も出てくるだろう。小泉進次郎という「人寄せパンダ」の賞味期限は長くはない。

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側近の閣僚取り立てが目立ち、あまりに露骨なのに口がアングリという名前が並んだ。その一人が、官房副長官の西村康稔議員である。2018年8月、西日本豪雨で人々の命が風前の灯の時に、「自民亭」にうつつを抜かし、こっそりやればいいものを、「宴会ツイッター」を飛ばして全世界に恥をさらしたことは記憶に新しい。この人物が、経済産業大臣となった。カジノ企業からの献金疑惑をもつ人物だけに、今後、突っ込みどころ満載である。

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もう一人、「謝恩セール内閣」を象徴するのが、萩生田光一文部科学大臣である。森友学園問題と加計学園問題の隠蔽、もみ消し、改ざんの中心人物で、かつ加計学園・千葉科学大学名誉客員教授でもある萩生田が文科大臣とは。マフィアの首領をFBI長官に任命するようなものだ。これを高く評価したのが、フジ・サンケイグループの『夕刊フジ』9月13日付。1面見出しは「最強内閣 劇薬大臣投下 売国官僚駆逐」である。「「荒法師」萩生田文科相で「伏魔殿」斬り」と、文科省内の「売国官僚」を粛清してくれると鼻息が荒い。元文科事務次官の前川喜平のツイッターには、〈やっぱり萩生田文部科学大臣か。ひどいことになるだろう。彼の議員会館の事務職(ママ)には、教育勅語の大きな掛軸が掛けてあった。〉(9月10日)とある。教育への介入は「猪突猛進大臣」を得て、さらに強化されるだろう(直言「「教育勅語」に共鳴する政治―「安倍学校」の全国化?」)。

国民主権や基本的人権をなくす憲法改正を説く日本会議国会議員懇談会の幹事長を務める衛藤晟一がとうとう大臣になった。本当に、今度の内閣はすごいことになったと思う。その詳しい話は、リテラの関係論稿参照のこと。

それにしても、政治家がここまでさもしく、自己中心的で、むきだしの権力私物化をはかることがかつてあっただろうか。特に危険なのは、自民党のなかに、もう一つの「党」ができたことだろう。それは、端的にいえば、韓国の危うい勢力(統一協会)ともつながる日本会議である。衛藤はその筆頭であるが、19人中11人が日本会議である。「安倍晋三とそのご一党」が自民党を乗っ取り、第2次改造内閣はその到達点ということになる(直言「安倍政権と日本社会の「赤報隊」化」参照)。

小沢一郎事務所のツイッター(9月11日)にこうある。「「さあ、みんなで総理のために嘘をつこう。そうすれば大臣になれる」。そういうことを子ども達に教える人事なのだろう。嘘つきばかりの国になったら、もう信じられるものは何もない。信用で成り立っている経済社会は崩壊するだろう。後を絶たない悪質な詐欺も増えるだろう。結局、頭が腐れば全部腐る」と。安倍首相の先の「逆資質」もあって、末端までその傾向が貫徹していくだろう。「魚と政権は頭から腐る」とは、言い得て妙である。

大臣ポスト、副大臣ポスト、政務官ポスト(今井絵理子(内閣府)、和田政宗(国交省と内閣府のダブル政務官。公明大臣の目付か))等々の「飴」と並んで、この政権は「鞭」もすさまじい。

政治家との関係でいえば、今回の改造人事で、石破派を徹底的に干した。岸田派は参院選段階からかなり揺さぶられた。そのあたりの「いじめの呼吸」は、安倍首相の天性だろう(かつてNHK幹部を「勘繰れ、お前」と恫喝した)。この点で、昨年9月の自民党総裁選時の「カツカレー事件」は忘れられない。『産経新聞』デジタル2018年10月11日によれば、総裁選の投票直前の出陣式で提供されたカツカレーの数より、首相が獲得した国会議員票が4票足りず、一部議員から「食い逃げした」との声が出た。選挙後、首相陣営の幹部が検証を進め、怪しげな容疑者も浮上したが、結局石破茂元幹事長に寝返った「犯人」は特定できなかった、というものである。カレーの皿の数まで細かく数えて追及する。「友・敵思想」の極致である。かつての自民党にあった「おおらかさ」(言い方を変えれば権力政党としての余裕)は完全になくなったといっていいだろう(直言「わが歴史グッズの話(19)♪話しあいのマーチ♪」)。

次に、官僚の統制と操縦、懐柔のえげつなさについて触れよう。「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」(憲法15条2項)。だが、内閣人事局ができてから、さらに局長に公安警察出身の杉田和博官房副長官がついてから、もはや官邸にたてつく官僚はいなくなり、事実上、「アベサマの官吏」に成り下がった。

安倍政権による「モリカケヤマアサ」で既視感がある。何度も書いてきたが、「記録も記憶もない」といって、「あったことをなかったことにする」隠蔽と捏造、改ざんの手法は、この政権のすべてに貫かれている。この6年9カ月で日本の中央官僚機構は大きく変わった。マックス・ヴェーバーのいう「官僚制に特有な合理的根本特徴」であるところの、法規に基づく権限の原則、官職階層性、文書主義、専門的職務活動などが大きく傷つけられた。公文書改ざんや文書保存の軽視は常態化し、とりわけ、政治的官僚や「政治的軍人」(特に河野克俊前統幕長)が長期にわたって主要ポストに座り続ける。あるいは、通常の官僚の常識からすればあり得ないような、序列を無視した、政治的な官僚が上位のポストを占める。前川喜平元文科事務次官によれば、「公平・公正であるべき行政が歪められた」のであり、「何であの人があそこに座っているの」という違和感あふれる人事が各省庁で旺盛に行われているわけである。官僚に対して「飴」(ポスト、昇進、天下り先)を与えると同時に、「鞭」(逆らえば降格、出向)を無慈悲に使う。官僚に対する「飴と鞭」操縦法に、この政権は本当に長けている、というより恥を知らない。

一例を挙げれば、警察である。すでに指摘したように、菅義偉官房長官の秘書官をやった中村格が警視庁刑事部長時代におこなった、安倍友ジャーナリストの準強制性交等罪違反事件の逮捕状を握りつぶした事件。この官僚は警察庁官房長になり、次の人事で警察庁次長となる。安倍首相は自分に対する批判を極端に嫌い、先回りして、事前、前倒し、予防的、先制的な対応によって批判を封ずる。例えば、2016年7月の東京都議選の際、秋葉原駅頭で野次られて、「こんな人たちに負けるわけにいかない」とやって、都議選に大敗北したトラウマがある。だから、安倍首相は街頭演説については「ステルス戦略」(直前まで演説場所を教えない)をとった。野次られたり、反論されたりすることを極端に嫌うわけだ。ヨイショしてくれる人達の前でしか話さ(せ)ない。これで選挙における言論選といえるか。その異様な風景が展開されたのが、今年の参院選だった。

安倍首相が行くところ、公安警察が必要以上に出場って、聴衆を規制した。秋葉原では二度と野次られまいとして、首相の演説場所の周囲は支持者で固められ、かなり離れたところでも、警察が参加者を規制していた。札幌でも、安倍首相に対して、「安倍辞めろ、帰れ」とやった人を警察官が取り押さえた。街頭演説で候補者側に都合の悪い野次が飛んでも、中立であるべき警察が野次った人の身柄を確保するということはありえない。選挙の自由妨害罪などにもあたらない。警察は、やじった人を身柄拘束する法的根拠は何か。さしあたり警察官職務執行法5条の「犯罪の予防及び制止」がある。しかし、「安倍辞めろ、帰れ」のどこが犯罪なのか。たった一人で、かりに大声であっても、野外の演説会で、「選挙の自由妨害罪」にあたるはずもない。「犯罪の予防及び制止」の必要性は存在しなかった。北海道警察の元警視長の地位にあった高級幹部は、警察の行為は違法と「緊急苦言」を呈している(WEBONZA2019年7月18日)。

東京弁護士会(篠塚力会長)は9月12日、「違憲・違法な警察活動だ」として、再発防止を求める会長名の意見書を北海道警や警察庁などに送付した(「選挙演説の際の市民に対する警察権行使について是正を求める意見書」2019年9月9日〔PDFファイル〕)。同様のヤジに対する身柄拘束は滋賀県大津市でも行われため、これは地方警察の判断ではなく、警察庁の方針といってよいだろう。

今年1月、警察庁警備局長となったのは、大石吉彦首相秘書官である。あの逮捕状握りつぶしの警察庁官房長・中村格と同期入庁。『選択』2019年8月号の「罪深きはこの官僚」欄(連載116回)。今回は「大石吉彦・警察庁警備局長」。副題は「安倍演説「ヤジ強制排除」を主導」とある(58頁)。参院選の最終段階で、秋葉原から札幌まで、安倍首相がいくところ、警視庁公安部の公安機動捜査隊が出動していた。「きっこ @kikko_no_blog」によれば、参院選最終日の秋葉原の演説会には「警視庁に1台しかない緊急事態用の公安機動捜査隊特殊車両」が出動した。スマホのメールや電話などを盗聴して、「おい、安倍の後ろから野次ろうぜ」なんていう会話を拾って、そこに警察官を集中投入して排除するわけである。この車両は対テロ対策で導入されたが、デモや演説会の聴衆対策に使っている。なお、この9月2日付の警視庁人事で、この間の政治警察的動きを現場で仕切った田中茂公安機動捜査隊長(警視)が公安2課長(警視ポスト)に異動した(『東京新聞』8月31日人事欄参照)。安倍首相への不快な野次を未然に防いだという論功行賞だろう。

もう一人、警察官僚の北村滋内閣情報官(映画『新聞記者』で田中哲司が熱演)が、何と、何と外交・安全保障の司令塔となる国家安全保障局(NSS)の局長になるのだ。これは驚いた。安倍官邸は2K(経産官僚と警察官僚)がすべてき政策を仕切っている。78歳の杉田和博官房副長官(内閣人事局長)の続投が決まっているから、これで官邸一強支配がさらに進化することになる。

そして、今井尚哉首相秘書官が首相補佐官に昇格する。準強制性交等罪の逮捕状を中村刑事部長(当時)に握りつぶしてもらって生きながらえている山口敬之の著書『総理』(幻冬舎、2016年)には、2007年の政権投げ出しで落ち込む安倍を励まして高尾山登山をしたメンバーが安倍政権の中軸を担うと書いてある(直言「安倍政権の「影と闇」―「悪業と悪行」の6年」参照)。今井(経産省)や北村(警察庁)らのキャリア官僚が2012年以降、異様な重用をされるのも、前述の安倍の政治家「逆資質」の(3)によるものといえよう。

『選択』2019年9月号の「罪深きはこの官僚(117)」は誰あろう、財務省官房参事官の中村稔である。中村は森友学園問題の決裁文書改ざんに関与した主犯格の人物である(58頁)。中村に抵抗する近畿理財局の職員を自殺に追い込んでまで改ざんを強行した。安倍の「私や妻が関係していたということになれば、間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」という答弁(2017年2月17日、衆院予算委)を帳消しにするために大いに貢献した。その中村が、駐英公使になった。英国では優雅な生活だろう。

そして、もう一人、スイス大使に読売新聞会長の白石興二郎をあてることを8月30日に閣議決定した。日本新聞協会の前会長で、4月1日に新元号「令和」の発表に先立って意見を聴いた有識者懇談会のメンバーである。現役のマスコミ関係者の特命全権大使への起用は聞いたことがない。異例のことである。

他方、安倍政権の6年3カ月でわりを食わされているのが防衛省内局(背広組)だろう。安倍首相は河野統幕長の時に、徹底して制服重視に転換した。防衛庁設置法12条の改正で運用企画局を廃止して、制服組の地位をあげたのも安倍政権である(直言「日本型文民統制の消滅」)。その後は、制服組(主として海)主導で安全保障政策が大きく転換していった(直言「気分はすでに「普通の軍隊」――自衛隊アフリカ軍団への道」)。そして、今年、防衛省内局の文字通りエースが、ノンキャリアのあがりのポスト(防衛監察本部副監察監)に異動した。省内では次官候補と見られていただけに、明らかな左遷人事である。理由は、「アベサマ」の逆鱗に触れたから。安保法制の審議の時に、「憲法解釈による集団的自衛権の行使容認はどうかな?」と、「東大で憲法を専攻しただけに、一家言ある」態度をとったことが首相ににらまれたようである(「防衛省「内局無力化」が招く危機」『選択』2019年3月号46-47頁)。

官僚人事の「飴」はすさまじい。あまた例があるが、ここでは、森友学園問題において、徹底的に安倍首相を「守った」佐川宣寿・財務省理財局長を想起すれば足りるだろう。国会での追及を逃げきった佐川は、国税庁長官に出世し、多額の退職金をもらって天下った。そして、新天皇即位の恩赦で、彼に対する処分が帳消しになる可能性も指摘されている。昇格、天下り、恩赦といった、まさに「アメ」の「ミックス」である。

官僚だけではない。いわゆる「学者・文化人」やジャーナリスト、タレントといった人々に対しても、安倍政権に「ヨイショ」さえすれば、「飴」はたくさんふってくる。安倍御用達の人たちが安倍を囲んで写真をとるための「桜を見る会」。これに対する税金の支出が3倍に増えているという(以下、プレジデントオンライン編集部参照)。「安倍首相の、安倍首相による、安倍首相のための会」である。今年は1万8200人まで膨らんだ。例年の1.8倍。タレントのケント・ギルバート、作家の百田尚樹、ジャーナリストの有本香らが出席。安倍も彼らのグループの前に来て「(右寄りの)皆さんが左側に陣取っているが面白い」などとジョークを交えて談笑したという。毎年の予算額は13年が1718万円だが、今年は5229万円使った。これを問題にした宮本徹議員の質問第197号(2019年5月28日提出)「安倍総理主催「桜を見る会」に関する質問主意書」が興味深い。だが、答弁は想定通り、けんもほろろである。

この国は、金とポストと権力をもっているから何でもできるという「人治国家」になってしまったようだ。学者や研究者を丸め込むことなど、朝飯前。その意味で、志垣民郎・岸俊光(編)『内閣調査室秘録−戦後思想を動かした男』(文春新書、2019年)はおもしろい。内閣調査室が一人ひとりの学者・研究者と会って、食事をして親しくなり、研究費を渡す。それがどこで、何を食べ、お金をいくらあげたかが書いてある。私もよく知っている教授の名前もある。早大教授も何人も出てくる。表向きは政府批判をしていても、裏でこうやって金をもっている。これがいまも「営々と」続いているのだろう。地方国立大学助手が助教授人事で困っているときに巧みに近づき、「2004年度 内閣情報調査室若手研究会「GSG」メンバー」に取り込む。やがて、安倍首相や菅官房長官の目の上のたんこぶとなった憲法学者に難癖をつけてくる。偶然とは思えない。

何でこんな政権が長く続くのか。なぜ支持率が高くなるのか。その秘密は、官僚や政治家、メディアや研究者に対する「飴」と「鞭」の政策だけではない。国民のあきらめと無関心を巧みに操縦するこの政権のメディア・ネット対策が功奏しているからである。その意味では、「無知の無知の突破力」をもつ安倍晋三(アベ)という首相をもったこの国の国民の傲慢無知(政治なんか知らない、関心ない)という、まさに「アベと無知」が原因といえるのではないか。それを克服するために必要なことは、何よりも、この政権の本質をしっかり見抜くこと。スマホのニュースで流すのでなく、紙の新聞をじっくり読むこともその一つだろう(直言「「新聞を読むな」という政権」。少なくとも大停電を体験した千葉県民は今回のことで、安倍政治の本質に気づいた方が多いのではないか。

(2019年9月15日脱稿・文中敬称略)

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「アシアナから」:カブールの職業訓練施設の一少年

Dieses Spielzeug wurde aus der Aschiana-Schule,
Kabul geschickt.

――「アシアナから」――

2002年のカブールの職業訓練施設で一少年が作った木製玩具。
肉挽器の上から兵器を入れると鉛筆やシャベルなどに変わる。
「武具を文具へ」。
平和的転換への思いは、いつの時代も同じです。

「直言」2002年6月10日