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ドイツからの「直言」コーナー

連載「憲法研究者に対する執拗な論難に答える」はこちら(第一回第二回第三回第四回)。


2019年1月14日

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年12月22日、青山学院大学の学内研究会において、古関彰一・豊下楢彦『沖縄 憲法なき戦後――講和条約三条と日本の安全保障』(みすず書房、2018年)の書評的報告を行った。同大学の羽場久美子教授(グローバル国際関係研究所長)の依頼によるものである。

著者の一人、豊下楢彦氏(元関西大学教授)が大阪から来られて、私の書評に対してリプライを行った(古関彰一氏は都合で欠席)。豊下氏とは、科学研究費による日韓共同研究(関連の9本の「直言」参照)の一環として、2002年に韓国・ソウル大学での研究会でご一緒したほか、イラク戦争開戦直後に、私が編集委員として企画した『法律時報』2003年6月号の特集「北東アジアにおける立憲主義と平和主義」の冒頭座談会で議論して以来、実に15年ぶりの再会だった。集団的自衛権の問題など、豊下氏の仕事に学ぶところが多く、まるで先週会っていたように自然に話が始まった。

研究会では、この「直言」の末尾に収録したレジュメに従って報告した。本書の特質は帯にもある通り、「沖縄が「基地の島」になったのは、日米両国の思惑によって「無憲法の島」に追いやられたからだ。その歴史と論理を、憲法と外交史の双方向から説き明かす」ということである。切り口が新鮮で鋭く、国会議事録や外交文書を駆使した実証的な分析には説得力がある。実に豊かで刺激的な内容の本だし、より突っ込んで議論したい論点にあふれているが、ここで私の報告やその後の討論について詳しく紹介することはできない。そこで、最近の沖縄問題の展開を考える上で必要と思われる本書の注目点について3つだけ指摘しておこう。

第1に、沖縄を切り捨て続けている日本の「放置国家」性(私の造語)を歴史的、実証的に明らかにしたことである。1946年1月にGHQは、北方領土・竹島などとともに沖縄を、本土から分離する指令を発した。しかし、その1カ月前の1945年12月、日本の国会が、選挙法改正法案の採決にあたり、沖縄県民の選挙権を剥奪していた。GHQの方針を「先取り」するものと豊下氏はいう。そして、古関氏は日本国憲法の「国民」概念を鋭く問い、「全国民」には沖縄の人々は含まれないという国民主権の番外地を作り出す過程を明らかにしていく。昭和天皇の「沖縄メッセージ」に象徴される「放置国家」日本の現実である。沖縄の「要塞化」と本土の「非武装化」(憲法9条)という表裏の関係とともに、沖縄の「憲法なき戦後」がリアルに描かれる。背後には、植民地的思想と統治手法が息づいている。これは、いまの安倍政権にも脈々と受け継がれているように思う。

第2に、サンフランシスコ講和条約3条論への新たな視点である。「通説」としての「潜在主権」論を軸とした「永久分離」論の前提を問い直し、信託統治も併合も不可能なために、「妥協の産物」として講和条約3条が生み出されたことを明らかにする。米軍の沖縄支配の国際法上の根拠は薄弱で、その問題性を信託統治制度の起源にまで遡及して検討するとともに、国会議事録を使った当時の議論を再現している。国会での驚くようなやりとりが生々しく描写されている。

国連憲章78条は、「主権平等の原則の尊重を基礎とするから、信託統治制度は、加盟国となった地域には適用しない。」と定める。講和条約は1952年、日本の国連加盟は1956年である。1960年には国連で、植民地独立付与宣言が行われている。講和条約3条は国際法的根拠を失った。この点を最も鋭く提起したのが、「沖縄諸島日本復帰期成会」(早大第7代総長・大濱信泉もメンバー)だった。同会は1961年10月に国会に文書を提出し、植民地独立付与宣言により講和条約3条は「死文化する運命に瀕している」と指摘した。国際法的根拠がないにもかかわらず、米国の沖縄支配は続く。この「先例のない」「特異な」事態を貫くのが永遠の「暫定性」であり、本書は資料を使ってその論理と実態をリアルに明らかにしていく。特に驚いたのは、沖縄の返還要求を「凍結」したのが岸信介首相であることはある意味当然としても、池田勇人首相が「沖縄返還を求める意図は全くない」という姿勢を「あからさま」に示していたことである。これは新しい知見である。ほかにも、外交文書のなかから沖縄をめぐるさまざまな「不都合な真実」が次々にあぶり出されており、興味は尽きない。

第3に、なぜ米国が沖縄の長期支配を続けるのか。その根底に「ブルースカイ・ポリシー」があると本書は説く。「ブルースカイ・ポリシー」とは、東アジアに「脅威と緊張」がなくならないかぎり、沖縄は軍事拠点としてあり続ける。端的に、「東アジアに雲一つなく空が青くなるまで米国は沖縄を支配する」というものである。この論理は、ダレスのイニシィアティブのもと、1957年6月の日米共同声明で定式化され、爾来これが日米関係を拘束してきた。「全土基地方式」という、諸外国に例をみない方式もその具体化である。沖縄の米軍基地を存続させる理由づけは常に新たに創出されており、いまも北朝鮮のミサイルだったり、中国の海洋進出だったり、最近では韓国までも「準敵性国家」にしかねない勢いである。「ブルースカイ・ポリシー」は永遠なり、米軍基地は永遠なり、である。この「ポリシー」からいかして脱却するか。本書はその脱却の方向と内容を示唆して結ばれる。

安倍政権下のいまの沖縄は、まるで占領下のようなひどい扱いを受けているといっていいだろう。昨年、県知事選挙の最中の沖縄をまわって強く感じたことは、中央政府(安倍政権)が、沖縄の民意をまったく眼中に入れていないことだった。10年ほど前の憲法記念日に問うた「これは「沖縄問題」なのだろうか」で指摘したように、沖縄=「捨て石」、沖縄=「切り捨て」の歴史は連綿として続いている。安倍政権下の6年間の沖縄政策を貫くものは、直言「「沖縄処分」―安倍政権による地方自治の破壊」で書いたように、「差別」と「放置国家」である。行政不服審査法の「とんでも活用」までして新基地ごり押しをするところなど、「法恥国家」ですらある。直言「沖縄は日本ではない!?―米軍警告板の「傲慢無知」」でも指摘したように、沖縄をめぐる中央政府の5つのポイントは、「抑止力」、「日米同盟」、「負担軽減」、「経済効果」、「専管事項」である。海兵1個大隊程度を輸送するオスプレイの発着可能な新基地を辺野古につくる必要性も緊急性もない。そもそもその程度の軍事力展開では、中国に対する「抑止力」になるはずもない(直言「抑止力は「ユクシ(嘘)力」」参照)。

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本書が明らかにする「憲法なき戦後」は、沖縄においてずっと続いている。県民の民意は県知事選挙で示されたのに、政府は粛々・淡々と埋め立てを強行している。菅義偉官房長官は昨年12月14日の記者会見で、辺野古沿岸部への土砂投入に関し「全力で埋め立てを進めていく」と述べた(『朝日新聞』2018年12月15日付)。沖縄県民のことを考えたら、「全力で」などという表現がどうしてできるのだろうか。また、岩屋毅防衛相は12月15日、辺野古新基地建設は、「日米同盟のためではない。日本国民のためだ」と述べた(『毎日新聞』12月16日付)。ここにいう「日本国民」のなかに沖縄県民は含まれていないのだろう。本書が明らかにしたように、憲法にいう「全国民」に沖縄県民は含まれていなかったが、いま、また、県民が拒否した基地を、中央政府は「全力」で押しつけようとしている。その政府のトップが嘘をまき散らし、目的のためには手段も禁じ手もいとわぬという勢いである。

2019年1月6日のNHK「日曜討論」は仰天だった。決して批判・討論しない解説委員のみを相手に、安倍首相は30分ほど、言いたい放題だった。この時間は「日曜放論」、いや「日曜放言」だった(この番組は私も出演したことがあるが、司会の解説副委員長の仕切りが恣意的だった)。そのなかで、辺野古新基地建設をめぐって、安倍首相は、「土砂を投入していくにあたって、あそこのサンゴは移している。また、絶滅危惧種が砂浜に存在していたが、これは砂をさらってしっかり別の浜に移していくという環境の負担をなるべく抑える努力もしながら、行っている」と発言した。だが、沖縄県水産課などによると、埋め立て予定海域全体では約7万4000群体のサンゴの移植が必要で、このうち県が許可して沖縄防衛局が移植したのは絶滅危惧種のオキナワハマサンゴの9群体だけで、いずれも今回の土砂投入区域にあったサンゴではないという(『毎日新聞』2019年1月11付。電子版は10日20時12分)。「あそこのサンゴは移している」という首相の発言は、明らかに嘘である。

沖縄の地元紙の一つ『琉球新報』1月12日付社説は、「一国の首相が自らフェイク(うそ)の発信者となることは許されない」と題して、「首相の発言は準備されていたはずである。簡単に確認でき、すぐに間違いと指摘されることを、なぜ堂々と言うのだろうか。県民の意向を無視し違法を重ねて強行している工事の実態から国民の目をそらすため、意図的に印象操作を図っているのではないか。」と厳しく批判した。「首相が頻繁に口にし、今回も最後に述べた「沖縄の皆さんの気持ちに寄り添っていく」「理解を得るようさらに努力する」という言葉も、フェイクにしか聞こえない。」と断じている(直言「権力者が「寄り添う」――安倍流統治言語」参照)。

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『琉球新報』社説は、NHKの番組中における首相の発言について、さらにこう指摘する。「今回、もう一つ問題があった。事前収録インタビューであるにもかかわらず、間違いとの指摘も批判もないまま公共の電波でそのまま流されたことだ。いったん放映されると訂正や取り消しをしても影響は残る。放送前に事実を確認し適切に対応すべきだったのではないか。放置すれば、放送局が政府の印象操作に加担する形になるからだ。」と。この点、『朝日新聞』1月12日付メディアタイムズ欄が、「「不正確」発言 放送は妥当か」と題して検証している。「首相の発言について報道機関が事実関係を確認しないのはありえないことだ。印象操作に加担しているといわれても仕方がない事態だ」という山田健太専修大教授(言論法)のコメントで結んでいる。

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安倍首相は「フェイスブック宰相」と米国の雑誌に書かれた人物である。国会で具体的に問題を追及されても、「そういう印象操作はやめていただきたい」といって答弁を拒否する。はぐらかす。安倍首相の最大の強みは、「無知の無知」の突破力にある。SNS上では、その首相発言を無理に擁護する言説が飛び交っている。ただでさえ沖縄については、意図的に虚偽や曲解に基づく情報がネット上で流布しているという現状がある。これに対して、『琉球新報』は、「沖縄フェイクを追う―ネットに潜む闇」というコーナーを設けて、その一つひとつのあらわれに対処している。メディアらしい重要な仕事といえるだろう。

沖縄の「憲法なき戦後」について考えていると、この国の姿が透かし絵のように見えてくる。それは、「憲法なき戦前」が近づいているということである。2017年正月の新聞評論で世界各地の「立憲主義からの逃走」の傾向に対して警告を発したが、この2年間でそれはさらに拡大している。右の写真は『シュピーゲル』最新号の表(Der Spiegel, Nr.2 vom 5.1.2019, S.77)である。欧州でポピュリスト政権が増殖していることが一目瞭然である(最近は南米ブラジルでも)。日本の安倍政権もお仲間である。一国の首相がその国の憲法を「みっともない憲法」と唾棄する。そうした首相の強権的政治手法は、まず沖縄において発揮され、全国に及んでいく傾きにある(直言「「みっともない国」へ?―「立憲主義からの逃走」」参照)。

沖縄は長きにわたって「憲法なき戦後」を歩んできたが、いま日本全体が「憲法なき戦前」の状態に近づいている。そうした時、本書から学ぶものは実に多い。読者の皆さんにも熟読をおすすめしたいと思う。

なお、このような報告の機会と、豊下さんと久しぶりにじっくり語り合う時間を与えてくださった青山学院大学の羽場久美子教授に改めてお礼を申し上げたい。

【当日配布レジュメ】
古関彰一・豊下楢彦『沖縄 憲法なき戦後』を読んで
2018年12月22日 青山学院大学/水島朝穂(早稲田大学)
はじめに――評者にとっての沖縄
・旧東独ザクセン・アンハルト州コルヴィッツ・レッツリンガー原野の旧ソ連軍事演習場 返還運動と沖縄(『琉球新報』1993年5月3日付拙稿)

・名護市民投票(1997年12月)からの視点(『沖縄タイムス』1997年12月19日付拙稿)

・普天間基地の「圏外移設」という視点(『東京新聞』2009年12月12日付コメント)

HPバックナンバー「オキナワ」参照

1. 本書の有益な知見と視点
・二人の著者(分担率:古関 26%, 豊下 74%)のharmonyとdiscord ?

・古関の視点:日本国憲法と沖縄
@ 日本国憲法の「国民」概念の問い直し―沖縄「要塞化」と本土「非武装化」
A 国家主権の番外地?沖縄―「潜在主権」論
B 国民主権の番外地?沖縄―「全国民」から除外された沖縄
C 米国の太平洋安保のなかの沖縄―「フィリピン以下」の「全土基地方式」へ
D 憲法に「分断国家」への言及なし―ボン基本法(1949年)前文との比較の視点
E 「植民地」統治の手法(米軍用地特措法の沖縄適用)―憲法95条適用の拒否

・豊下の視点:国際政治のなかの沖縄
@ 「反植民地主義」と「基地帝国」の矛盾の集中的表現としての沖縄
A 昭和天皇「沖縄メッセージ」からはじまる「放置国家」日本の実態の剔抉
B 「犠牲の要石」としての沖縄―講和条約3条への鋭角的な視点
C 「3条失効論」―植民地独立付与宣言(1960年)と国連憲章78条(信託統治制度は加盟国に適用せず) 
D 岸・池田から「政府統一見解」(1965年)に至る内なる「軍事植民地」思考の解明
E 「「共通敵」なき時代」における軍事同盟、軍事基地、軍事装置(軍隊)―「存在証明」への強迫

2. 本書の問題提起から沖縄の「いま」を考える
・沖縄の法的地位の特異性と異常性―国際法上「先例のない状態」(下田武三、1956年)、「変態的な態勢」(中曽根康弘、1958年)・・・ 辺野古新基地建設の異様性へ
・沖縄支配の「永遠の暫定性」(never ending provisionality) cf. 岸訪米資料(1957年)の「七から十へ」、池田勇人訪米(1961年)・・・ 沖縄に「寄り添う」安倍晋三・菅義偉まで
・1972年「沖縄返還」再考―「施政権の返還」か「統治権の返還」か:「軍事植民地」思考の普遍化?:「三条貴族」から「三条政治家」「三条官僚」「三条記者」の再生産へ
・2013年4月28日「主権回復の日」:「日本国民統合の象徴」(47都道府県の象徴性)をめぐる平成天皇と安倍晋三の相剋
・国連「植民地独立付与宣言」(1960年)を受けた琉球立法院「2.1決議」(1962年)と、1996年・2018年の沖縄県民投票条例 投票結果通知の名宛人は日本政府ではない。

3.今後の課題――本書の問題提起を受けとめて
・「“ブルースカイ・ポリシー”からの脱却」の視点――「抑止力」論の思考停止を超えて
   cf. 「最低でも県外」(鳩山由紀夫)が開いた「圏外」思考

・「東アジアの脅威と緊張」についての挙証責任の転換――F35Bの挑戦
   cf. 季衛東・徐勝・豊下楢彦・水島朝穂「北東アジアにおける立憲主義と平和主義―「法による平和」の課題」『法律時報』2003年6月号

・J.ハーバーマス「憲法愛国主義」(Verfassungspatriotismus)からの視点
   cf. 仲地博・水島朝穂編『オキナワと憲法』(法律文化社、1998年)

・沖縄が問い続ける「平和」と「自治」の視点
   cf. 山内徳信・水島朝穂『沖縄読谷村の挑戦―米軍基地内に役場をつくった』(岩波ブックレット、1997年)

むすび――「沖縄 憲法なき戦後」があぶり出すこの国の「憲法なき戦前」

【参考】
日本国との平和条約第3条
「日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)、孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。」

日本国憲法95条
「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。」

旧西ドイツ基本法(1949年)前文(抜粋)(1990年統一条約4条により変更される前のもの)
「ドイツ国民は、・・・その国民的及び国家的統一を保全せんとする意思と、合一されたヨーロッパにおける同権を有する一員として世界平和に奉仕せんとする意思に満たされて、・・・過渡期のあいだ国家生活について一つの新しい秩序を与えるために、その憲法制定権力に基づいて、このドイツ連邦共和国基本法を議決した。ドイツ国民は、〔この基本法の制定に〕協力することのできなかった、かのドイツ人たち〔=東ドイツ人〕のためにも行動した。・・・」
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「アシアナから」:カブールの職業訓練施設の一少年

Dieses Spielzeug wurde aus der Aschiana-Schule,
Kabul geschickt.

――「アシアナから」――

2002年のカブールの職業訓練施設で一少年が作った木製玩具。
肉挽器の上から兵器を入れると鉛筆やシャベルなどに変わる。
「武具を文具へ」。
平和的転換への思いは、いつの時代も同じです。

「直言」2002年6月10日