雑談(19)ネット作法のことなど 2002年10月14日

とコミュニケーションをとるとき、それなりの順序や段取りがある。パソコンと電子メールの普及によって、それが大きく変わりつつある。携帯メールの普及が、その傾向に拍車をかけている。手紙の「前文」の部分は、メールではかなり省略され、単刀直入に用件に入る。受け手にとってその方がいい場合もある。だが、初めてコンタクトをとる相手に対してまで、この手法が使われることがある。まず自分の名前を名乗るのは常識だが、それすら省いたメールも少なくない。迅速で便利な面もあるが、その一方で、簡易で安易な伝達手段となり、それが日常のコミュニケーションのかたちにも影響を及ぼしている。

  教員としての体験談を一つ。レポートの締切りの前後、私の授業をとる学生からのメールが増える。名乗ることも、趣旨を説明することもなく、「レポートはA4じゃないとだめですか」というような携帯メールが届く。雑談の延長のようなもの、「メッセージ下さい」フォームからsender unknown(匿名)で届くものもある。そして、締切り日を過ぎると、普通郵便や速達、簡易書留、宅配便などを使ってレポートが自宅に届けられる。
   ここまでは毎年のことだが、今年初めて、「提出日を間違えましたので、メールで送ります」と、添付ファイルで送ってきた学生が何人かいた。すでにメールでレポートを受け取る教員もいるし、将来的にはこういう形態も普及するだろう。だが、私が学生に告知した方法は事務所ボックスへの提出である。締切り日までに出されたレポート(600部以上)を、事務職員が出席簿と照合した上で、まとめて私に引き渡す。そこからレポートの採点が始まる。締切りも評価のうち。間に合わなかった者は、「締切りを過ぎましたが、受理してもらえますか」とまず問うて、その上で添付ファイルでもいいかと尋ねてくるのが筋というものだろう。
   私が学生だった頃は、担当教員に頼み込む場合でも、段取りをいろいろと工夫して、教員側が、「立場上認められないが、それなら仕方ないな」となるような環境づくりに配慮したものだ。これが「例外措置」を行う相手に対する、せめてもの「礼儀」だった。今回、初めて添付ファイルを送りつけられ、ここまできたかという感が強い。

  ホームページ経由で届くメールは実にさまざまだ。匿名で、HPのフォームのなかに感情や反感を書きつらねたものや、汚い言葉の羅列……。便利さの反面、「言葉の荒野」が広がる。公と私の区別がなくなったと言われるが、電子メールや携帯電話の時代は、注意しないと、恒常的「ため口」状態になりかねない。携帯メールなどは、思考を経由しないで、「ゲーム脳」状態で文章が作成されるそうだ。だから、考えを伝えるというよりも、感覚の交換になりやすい。感情に走り、トラブルの原因にもなる。公共の場所で、地べたに座って大声を出したり、電車内で男女がベタベタすることを恥ずかしいと思わない人々が増えてきたが、これもまた、「ゲーム脳」の影響らしい(『アエラ』10月7日号「携帯メールが脳を壊す」、『週刊文春』10月3日号「ゲームでキレる子どもをつくらぬために」)。TVゲームや携帯メールのやりすぎで、思考や記憶、感情の制御をつかさどる前頭葉の一部(前頭前野という)の働きが鈍ったのが原因だという。すぐキレたり、キーッと感情を爆発させる人は、この「ゲーム脳」を心配した方がよさそうである(詳しくは、『ゲーム脳の恐怖』参照)。

  現在、合衆国大統領をやっているジョージ・ブッシュ。「口を開けば何を言いだすか」と、周囲はヒヤヒヤだが、この人は「ゲーム脳」ではなく、思ったことを感情丸出しで、そのまま口にする天然脳だと思う。9月26日、地元テキサス州で開かれた共和党の行事で、「イラクのフセインの敵意は米国に向けられている。こいつは父さん(マイダッド)を殺そうとしたやつだ」と口走ったという(『朝日新聞』2002年9月28日夕刊)。父親のブッシュ元大統領が93年4月のクウェート訪問時、自動車爆弾による暗殺未遂事件に遭遇した。米政府はイラク政府が関与したと断定し、報復としてバクダッドへのミサイル攻撃を行った。いま、息子は、「父さんを殺そうとしたやつは攻撃する」と叫んで、私的感情むきだしで、核兵器のボタンも押しかねない。

  話はそれたが、いわゆる「ゲーム脳」にならないためにも、現代的なツールと上手に、バランスよく付き合っていく必要があるだろう。そのための小さな試みとして、ホームページの「メッセージ下さい」フォームは、先月末をもって廃止した。これからは、同じ箇所をクリックすれば、電子メールアプリケーションが駆動する。形は変わるが、ご意見やご感想などあれば、どうぞ遠慮なくお送りください。
 

付記: 文中の「ゲーム脳」の記述に関しては、『アエラ』当該号を読んだ直後に軽い気持ちで紹介したが、この直言発表後、関係分野の方から不適切とのご指摘を受けた。「ゲーム脳」についての批判などを踏まえずに書いたことは安易であった。下記の批判があることをここで紹介しておきたい。
http://allabout.co.jp/game/portablegame/

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