北海道でのゼミ合宿 2003年9月15日

海道で4泊5日のゼミ合宿を行った。昨年は台風の真っ只中の沖縄だったが、今年は快晴に恵まれた。「憲法社会学的に北海道をとらえるとすれば、何が問題となるか」。暗黙の共通点があるとすればこれだけ。テーマの選択から取材先の決定、アポとりから現地取材、報告書作成からアフターケアまでの一連の活動を、すべて学生たちが自由に行う。今回、学生たちは地方自治班(7人)、自衛隊班(7人)、開発&過疎班(4人)、アイヌ班(8人)、農業班(7人)、北方領土班(5人)の6班に分かれ、レンタカーで各地に展開した。(Word形式農業班と北方領土班は、釧路空港を起点に道東方面をまわった。私は学生の取材に同行しない方針なので、札幌にとどまり、講演などをしていた。毎晩、各班長から私の携帯に報告メールが届く。必要に応じて指示を出す。「携帯不保持主義者」だったが、このところ携帯メールに限っては、利用範囲はかなり広がっている。

  さて、地方自治班はニセコ町に向かい、逢坂町長などにインタビューするとともに、町づくり条例の現場をじっくり取材した。自衛隊班は長沼事件一審判決30周年(9月7日)を前に、この訴訟で中心的な役割を果たされた深瀬忠一北大名誉教授への聞き取りを行った。深瀬先生は自宅書斎に学生たちを招き入れ、4時間以上にわたり、北海道の憲法問題や平和的生存権について熱く語って下さった。厚くお礼申し上げたい。そのあと、自衛隊班は、恵庭や長沼の基地をまわり、馬追山から第三高射群のパトリオットを撮影してきた旭川駐屯地と名寄駐屯地も取材してきた。その際、北海道新聞名寄支局の立野理彦君(水島ゼミ3期生)にお世話になった。開発・過疎班は数日で1000キロを走り、北の大地の廃坑、廃線、廃屋を取材した。かなり趣味的だが、石炭政策や国鉄分割民営化など一連の施策のツケの現場をまわったようだ。アイヌ班は、平取町二風谷に宿泊し、萱野茂氏のご子息らに取材するとともに、アイヌ文化にたっぷり触れた。ウタリ協会と道庁アイヌ推進室などにも取材した。地元高校生とアイヌ問題を討論する機会ももった。農業班は道東の別海町を軸に、農家や農協をまわって取材した。おりしも沖縄の海兵隊砲兵部隊が別海町に上陸。矢臼別演習場での砲撃演習を行うのに遭遇した。北方領土班は千島歯舞居住者連名や根室市役所、歯舞漁協などを取材したほか、根室高校の生徒と交流した。国後島へのビザなし交流の状況も取材した。私のゼミは、春合宿で報告・討論を軸とした合宿をやり、夏合宿では憲法問題の「現場」へ飛ぶ。だから、事前に憲法や法律との関係は十分調べるし、必要に応じて中央省庁などへの取材も行う。そうした一連の活動の積み上げのなかで、4泊5日の合宿本番は、五感を使って「現場」と向き合うのである。
講演風景
   私は、野幌大原始林の近くにある立命館大学付属慶祥高校で講演した。鋭い質問も飛び出し、私にとっても大変刺激的だった。実は、この講演会は、この高校の弁論研究部の生徒たちが、8月の「平和への旅」の途中、早稲田に立ち寄り、ゼミ生との合同討論会を行ったことがきっかけである。高校1年の女子生徒の弁論タイトルは「『無関心』という言葉に刻まれた本音」。日常の生活に潜む「小さな無関心」の危なさを突いたもので、なかなか鋭い視点を含むものだった。わが方は、早大雄弁会会員であるゼミ生を立てた。タイトルは「世界新秩序---人類を導く正義の外交論」。タイトルはやや浮ついてはいるものの、中身は9.11後の世界と日本を多角的に検証するものだった。高校生とゼミ生との交流の様子は、ゼミ生自身が管理しているホームページの掲示板で読むことができる。


陥没した230号線  さて、合宿期間中、私自身は慶祥高校での講演のほか、旧知のマスコミ関係者や札幌市長などを訪問したりして、充実した時間を過ごした。知人の案内で、有珠山噴火の被害のあとも見てまわった。在外研究を終えて成田に降り立った直後に噴火が始まったので、日付は鮮明に記憶している。虻田町では、国道230号線が陥没している姿に目を見張った。噴火で何メートルも隆起した道路に沿って降りていくと、破壊された家がいくつも残されていた。火山の凄まじいエネルギーを改めて感じた。

  古巣の札幌学院大学も訪れ、かつての同僚や職員の方と交流した。建学記念館で、私が編集長として関わった『札幌学院評論』が飾られているのを見つけて、とても懐かしい気持ちになった。1983年9月1日に弱冠30歳の助教授として赴任したのだが、その日、大韓航空007便撃墜事件が起きた。当日、すすきので催された私の歓迎会の席上、私はこの事件のことを興奮して語っていた。あれから20年たった同じ日に、友人たちと、20年の時の流れを感慨深く語り合った。この合宿は、私自身の原点を確認する旅ともなった。北海道はいつ訪れても、私に命の洗濯をさせてくれる。そんな人と自然のふところの深さを改めて感じた

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