雑談(29) 「食」のはなし(6) 珈琲 2003年10月20日

にあまたの珈琲店や喫茶店はあれど、本当においしいコーヒーを出す店はそう多くはない。高級ホテルのラウンジやカフェの類では、注文した途端に出てきて、ファミレスのそれよりまずいということも少なくない。奉仕料10%をとられ、消費税も加えていい値段になる。DやSといった外資系コーヒーチェーン店の方が安いし、味もずっとよい。もっとも、ホテルの場合は、「場所と雰囲気を提供しています」ということなのだろうから、おいしいコーヒーを期待してはいけないのかもしれない。

  「味よし」「器よし」「雰囲気よし」と三拍子揃った理想的な店がある。備屋珈琲店である。鎌倉と恵比寿の店は一度紹介したことがある。この夏、その伊豆高原店(伊東市大室高原10-363TEL.0557-51-5311)に入った。合宿の帰りに偶然見つけたものだが、先に紹介した2店舗よりも、はるかに広いフロアをもち、まるで小さな美術館のようである。もちろんコーヒーの深い味わいも楽しめる。「マイセンを」というと、ドイツ製カップに入れてもってくる。器がいいと、気分もいい。時間にうるさい私でも、店内に展示された欧州の高級カップを見て回る余裕も生まれる。値段は高級ホテルのそれよりずっと安い。コストパフォーマンスも最高である。
   そこまで遠出をしなくても、地元・新宿にも美味しい店はある。まず、牧野珈琲店〔追記2004年現在閉店〕。西武新宿駅のすぐ際にある。ちょっと注意しないと入りそこねるが、店内に一歩入ると、コーヒーの香りがただよい、酔客が往来する道路とは別世界を形成する。備屋ほどではないが、器も重視している。 次は、馬場下交差点近くの茜屋珈琲店である(馬場下町62-18 TEL 03-3202-9219)。地下鉄早稲田駅を文学部方面に出て、しばらく歩くとある。研究室からもさほど遠くないので、仕事の合間にたまに行く。早大生ならたいてい知っている、話好きのマスターは有名。人が東京空襲の話をしていると、「その時、この地域はこうなっていました…」なんて、アルバムをもって「介入」してくる、一風変わった店主である。大学と地域でやったミレニアム行事のときは、鉢巻きをしめて先頭に立っておられた。平仮名で書いた「茜屋こおひい」はけっこういける。
  早稲田通りを高田馬場方向(右側)にしばらく行くと、「シェ・ヌー」〔追記「シェ・ヌーⅡ」「one plus one」〕がある。20代の大学院生時代からよく通った。コーヒーとチーズケーキのセットがいい。ここの自家製チーズケーキは私の舌に馴染んでいる。
   1年に1回は飲みたくなる味がある。それがハイチコーヒーである。独特の味わいがある。店の名前はずばり「ハイチ」(西新宿1-19-2 TEL.03-3346-2389)。カリブ海のハイチのコーヒーを専門に飲ませる数少ない店だ。新宿駅西口ヨドバシ・カメラの先。新宿南口を出て甲州街道を少し行くと右側にある。学生時代からたまにいく。かなり熱くした大きめのカップに入ってくる。真夏にフーフーやりながら飲むのもうまい。地下の店内は狭いが、中南米グッズが随所に置かれていて、「ご当地」の雰囲気を味わうことができ、楽しい。1994年のハイチ侵攻作戦の際にまかれた「伝単」のことはすでに紹介した。投降するイラク兵の背後にたくさんの戦車が迫るが、ハイチ兵の背後には椰子の木が一本だけ。そのハイチである。

  ところで、酒、煙草、コーヒーといわれるように、紅茶や緑茶に比べると、ちょっと体に悪いというイメージがある。「健康のため、コーヒーの飲み過ぎに注意しましょう」とまではいわないものの、「胃に悪い」として敬遠する人もいる。他方、コーヒーを適度に飲めば健康にいいという研究成果も出ている。赤ワインを適度に飲めばポリフェノールの有効摂取になるというのと似ている。飲み過ぎは悪いけど、適度な摂取は体にはむしろ「薬」ということらしい。コーヒーの場合、ミルクや砂糖を常に入れる人は、コーヒーというより脂肪や糖分が健康との関係で問題となる。私は常にブラック(最近はミルク・砂糖を入れない人が増えたので、この言葉も死語化している)である。
  コーヒーは健康に悪くはないと思いつつ、「コーヒーと健康」というキーワードで検索してみると、897件もヒットした(10月17日現在、Google) 。いかにコーヒーと健康との関わりについて関心が高いかを示している。適度な摂取は、脾臓、直腸の癌の抑制効果があるとか、胆石形成の抑制効果があるとか、「心の疲れ、心の元気にはコーヒーが一番」なんてのを読むと妙に納得する。善玉コレステロールを増やすなんてのを読むと、健康診断で気になっていただけに、ますますコーヒーが好きになってしまう。単純である。でも、徹夜仕事が続いて、コーヒーを何杯も連続して飲めば、カフェインの一時大量摂取になる。何事も「過ぎたるは及ばざるが如し」である。

付記:茜屋珈琲店は、何の前触れもなく、2009年3月突然閉店した。マスターの行方も知れない。拙著も店内に置いてあり、なじみの店だったのに残念である。マスター! この直言を読んだらメールください。

トップページへ