君、殺されたまうことなかれ 2003年12月1日

月26日、北海道滝川市で講演する前に、陸上自衛隊旭川駐屯地(第2師団)にある「北鎮記念館」(住所・旭川市春光町国有無番地)を訪れた。屯田兵関係の資料や、旧陸軍第7師団時代の「輝かしい戦歴」が、当時の空気と価値観そのままに展示してある。そこに、旧社会党の村山富市首相(当時)の「感謝状」もあった。1994年に「ルワンダ難民救援隊」として第2師団の部隊が派遣されたときのものだ。「一丁の機関銃」を持っていくか否かで国会が紛糾したことが「今は昔」のようである。政府は今週中にも、イラク派兵の基本計画を閣議決定する。ここの第2後方支援連隊などからイラク派遣部隊が編成される。司令部横には和製ハマーと呼ばれる高機動車が並んでいた。向かいには、「仲間から出すな出さすな犯罪者」という横断幕が。交通安全のキャンペーン用なのだが、「犯罪者」という言葉が、この状況のもとでは妙にリアルに響く。
  ここに一つのフィギュアがある。陸自第一空挺団(習志野)の行事で30個ほど限定製作されたもので、実に精巧に作られている(制服は現在のものより一式前のもの)。この三等陸曹フィギュアを、隊員たちがどういう意図で作ったのかはわからない。イラク派兵が現実化したいまとなっては、きわめて不気味である。 11月29日、イラク北部で、外務省の職員2名が襲われ、死亡した。ついに日本人の犠牲者が出た。心が痛む。イタリアやスペインなど、米国に追随する「有志連合」(コアリション)諸国に対する攻撃が続くなか、日本に対する本格的な威嚇メッセージなのだろうか。防衛庁長官は「イラク南部には安全な場所がある」というが、本気でそう思っているわけではないだろう。自民党幹事長は、イラク派兵の目的を、「対米協力のためではない。…エネルギー資源を頼っている地域の安定というわが国の国益」と言い切った(『朝日新聞』11月29日)。対米追随の形をとりながら、権益保護のための武力威嚇・行使ができる「普通の国」への離陸がすでに始まっている。自衛隊は憲法違反の存在だが、その目的は法律上、「わが国の平和と独立を守る」(自衛隊法3条)ことに置いている。その任務の基本は「国土防衛」にある。各種の法律によって、さみだれ式に海外派遣任務を増大させてきたが、少なくとも海外での武力行使はできないというのがギリギリの一線だった。それを今回、ついに踏み外そうとしている。自衛隊を「国益追求」のための国際政治の道具として利用するものといえよう。自衛隊員は表現の自由行使がきわめて困難なため、本音は部分的にしか伝わってこない。1954年に自衛隊員の宣誓拒否が起こったように、組織がなしくずし的に性格を変え、政治の道具にされることに対して、真面目な隊員たちは疑問や不安を抱いているだろう。「最高指揮官」小泉首相が「状況をみて決める」という言葉を頻用することに対しては、怒りさえ感じているのではないか。
  小泉首相のパフォーマンスをみるにつけ、総理大臣の地位の重さを思う。戦前から「軍縮は軍備撤廃の方針を以て進むべし」と主張した石橋湛山元首相はいう。「国連はまるで無能無力のように悪口をいうものがいるが、私はそうは思わない。…国連警察軍の創設によって、各国の独立と安全を守るという考え方については、単なる空想にすぎぬという向きもあるかもしれぬ。けれども、それ以外にどういう方法があるだろうか。私には考えられない。そうとすれば、わが政府としても国連を強化し、その威信を高めるために一段と努力をしなければならぬ。…わが国の独立と安全を守るために、軍備の拡張という国力を消耗するような考えでいったら、国防を全うすることができないばかりでなく、国を滅ぼす。したがって、そういう考え方をもった政治家に政治を託するわけにはいかない」。「ソ連脅威論」華やかなりしの冷戦時代、軍拡傾向に対して警鐘を鳴らした石橋湛山。国連憲章違反の「イラク戦争」を始めた米国に寄り添い、「専守防衛」の自衛隊をイラクに派兵しようとする小泉首相は、戦後7人目の内閣総理大臣で第2代自由民主党総裁の言葉を何と聞くか。

  ここで、橋本左内牧師の作品を紹介しよう。北大名誉教授・深瀬忠一先生との共著もある方で、札幌時代、何度かお会いしたことがある。いま東京にお住みだが、たまたま11月27日に行った講演の際、会場でこれを頂戴した。氏の許可を得て、ここに掲載する。

イラクへ遣られる自衛隊員に
――与謝野晶子の弟への詩にあやかって――

ああ弟よ、君を泣く
イラクの戦は大義なき
米軍指揮下の軍隊は
訓練乏しき君ゆえに
末頼もしき才能を
殺されたまうことなかれ
石油メジャーのためなれば
ゲリラ攻撃免れず
脆くも犠牲となり果てむ
砂漠の塵にするなかれ
ああ兄君よ、君を泣く
平和憲法あるゆえに
清き歴史のキャンバスに
勇猛果敢の君ゆえに
イラクの民の怨念を
殺しの輩となるなかれ
不殺生戒守りたる
血糊の文字を書くべきや
多くの「戦果」をあげしとて
砂漠の砂に染むなかれ
ああ父君よ、君を泣く
妻子を守るためにとて
同じ民等に発砲し
同じ家族に悲しみと
子々孫々に忘られぬ
傷つけたまうことなかれ
妻子を持てる彼の国の
殺傷すれば交々に
生計(たつき)の難を生ぜしめ
恨みを砂漠に撒くなかれ
ああ恋人よ、君を泣く
ベトナム侵せしかの時も
心優しき若者は
麻薬に救いを求めしも
愛する者をも忘れ去る
心狂わすことなかれ
アフガン攻めしその時も
厳しき戦に消耗し
永久に心は帰らじな
砂漠の幻影(かげ)とはなるなかれ
ああ男らよ、君を泣く
戦争放棄の憲法に
「専守防衛」口実に
海外派兵も可能にし
憲法違反の為政者の
犯罪人とはなるなかれ
背きて造りし軍隊が
拡大増強重ねつつ
遂に戦地へ赴けば
共犯者とはなるなかれ

 自衛隊員に他国の人々を殺させ、また自衛隊員自身が命を落とすような状況を作り出してはならない。ドイツやフランスなどのように「あえて派兵せず」という立場をとることこそ、現在の状況のもとで首相がなすべき決断であろう。
 来春1月24日、北海道・旭川において、自衛隊イラク派兵についての講演を行う。自衛隊員とその家族も参加してくれることを期待している

 

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