「不安の専制」のもとで許される拷問?  2005年7月25日

イツ連邦大統領が連邦議会を解散した(7月22日) 。世論調査では8割が解散を支持しているという。シュレーダー首相のかなり無理した「前倒し解散」に、大統領は基本法上許された21日間の期限を目一杯使い、テレビで解散を宣言した。大統領が解散を拒否する可能性も皆無ではなかっただけに、「悩ましい決断」ではあった。この解散には憲法上の疑義も指摘され、「大統領は首相の執行官になった」と批判する連立与党「緑の党」W. Schulz議員と、与党・社民党(SPD)J. Hoffmann議員が連邦憲法裁判所に提訴する。ドイツは、9月18日の投票日に向けて、「暑い夏」になる。なお、前々回の直言「賛成の反対なのだ」の「後日談」として、冒頭に紹介しておく。

  さて、ロンドンが大変なことになっている。監視カメラ王国の中心で、地下鉄やバスの連続爆破事件が起きている。容疑者とされる人物の写真が続々と公開されている。監視カメラ網の密度と精度の凄みを感じる。新たな反テロ立法が十分な議論もなしに制定されていく。「9.11」のあとに米国が「愛国者法」を制定して、刑事手続上の人権の侵害が恒常化していったのを想起させる(いま、エジプトの保養地で連続爆破事件が起きたというニュースが飛び込んできた)。
  
そうしたなか、先週、ドイツ連邦憲法裁判所第2部は、1997年以来オサマ・ビン・ラディンの「欧州パートナー」とされるダルカザニ氏が起こした憲法異議(訴願)を認容し、ドイツ国籍をもつ同氏(シリア系)をスペインに引き渡すことを命じたEU勾留状に関する法律を違憲・無効と判断した(7月18日)。基本法16条2項は、「いかなるドイツ人も外国に引き渡されてはならない」と定め、同2文で、法治国家原則に基づく限りで、EU諸国への引き渡しを認めている。連邦憲法裁判所は、当該法律の手続き的不備を衝いた。いろいろ論点があるが、最大の問題は、基本法19条4項で保障された「裁判に訴える途」(Rechtsweg) が排除されていることだろう。判決は、16条2項2文に照応した施行法が制定されるまでは、ドイツ国籍の被疑者を引き渡すことはできないというものである。8人の裁判官のうちの3人が少数意見を書いたが、結論に反対したのは一人だけだった(M. Gerhardt判事)
  判決のあと同氏は釈放された。この判決に対して、「テロとの戦い」の足を引っ張るものだという声も出た。だが、「テロとのたたかい」が「テロリスト」よりも高い精神性を保つためにも、法の原則的な立場を崩さないことが大事である。なお、法務大臣は4〜6週間以内に法案を整備して、手続きの欠陥を埋めると宣言した。また、スペインの裁判所は22日、ドイツに引き渡す予定だったスペイン国籍の14人について、直ちに引き渡さないという決定を行った。判決のさまざまな「効果」がでている。

  「ミスター・テロ対策」と呼ばれるEUテロ対策担当者のGijs de Vries氏は、『ディ・ツァイト』誌のインタビューで、スペイン・マドリッドの鉄道爆破事件以来、約100の対テロ措置を打ち出してきたことを述べる。欧州刑事警察機構(Europol) や各国の協力の展開などに触れつつ、しかし、安全のために市民の自由を損なうことに鑑み、「安全と自由の間の適切なバランスは、欧州のアイデンティティの一部である」と強調する。我々が不安にかられて、市民的自由や適正手続などを無視するようになれば、それこそ「テロリスト」の思うつぼだから、「民主主義はそれを破壊しようとする者よりも強い」ことをロンドンとマドリッドの人々は示していると指摘しながら、こう結ぶ。「自由は不安の専制(Tyrannei der Angst)よりも強し」(Die Zeit vom 14.7.05 と。

  ところで、私の大学院での授業は、1コマ目の憲法判例・憲法学説の検討に続いて、2コマ目でドイツ基本法の制定過程の資料や、W. Brugger, Menschenwürde, Menschenrechte, Grundrechte, 1997.を読んできた。Brugger教授は、基本法1条の条文構造から始まり、かなり細かな議論を展開している。「人間の尊厳」の相対化の議論を展開し、拷問禁止(基本法104条)についても、緩和的に解釈を施してきた学者として知られる。この点に関しては、2002年、誘拐された11歳の子どもの居場所を聞き出すために、被疑者に対して拷問を命じたフランクフルト市警のダシュナー副長官の事件が知られている。そうしたなかで、「テロとの戦い」でも、テロリストに対する拷問は許されるという議論も生まれている。かねてから「人間の尊厳」の相対化の議論は、先端医療などとの関わりで議論されてきた。「テロとの戦い」のなかで、拷問も、医師の立ち会と、第三者的な機関の監視のもとに行う形で、いわば「条件付き」で肯定する議論も生まれている。なお、残念ではあるが、目下、超多忙につき、ここから先は、『月報司法書士』連載第11回「拷問は絶対禁止?」の転載でお許しいただきたいと思う。


 

拷問は絶対禁止?

 ◆例外なしに禁止

  いよいよ2005年である。「戦後の還暦」は「国連の還暦」、そして「ヒロシマ・ナガサキ」の60年である。この間、国境を越えて普及した法概念がある。それが「人間の尊厳」である。ナチス暴虐の経験などを踏まえ、「人間の尊厳の不可侵性」は論駁の余地のない圧倒的迫力をもって法思想の基礎をなし、法制度の前提となった。ここから、拷問の「絶対的禁止」も導かれることになる。
 
 日本国憲法は、例外を極小化する「のみ」という表現を、天皇の国事行為(第4条1項)、婚姻の成立要件(第24条1項)、裁判官の独立(第76条3項)、地方自治特別法の住民投票(第95条)の4箇所で使用しているが、「絶対に」という、例外を認めない強い表現は36条だけである。「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」と。死刑が「残虐な刑罰」にあたるか否かという論点は別の機会に譲るとして、ここでは拷問禁止の「絶対性」について考えてみよう。近年、「テロとの戦い」のなかで、これを相対化する傾向が生まれているので、このことに注意を喚起したいからである。

 ◆拷問禁止の射程

  「拷問」とは何か。一般に、被疑者・被告人に対して自白を強要するために肉体的・精神的苦痛を与えることをいう。ここでのポイントは、拷問の主体はあくまでも公権力の担い手、公務員(警察・検察など)であること。もう一つは、刑事訴訟の証拠たる「自白」の採取を目的とすること、である。憲法36条は「公務員」と明確に主体を明示しており、ここには、戦前の特高警察による拷問の歴史的経験が濃厚に投影している。
  
拷問を「絶対に」禁止する意味は、「公共の福祉」を理由とした例外を一切認めないということである(樋口陽一ほか『注解法律学全集・憲法U』〔佐藤幸治〕)。拷問が自白追求の手段として濫用されてきたという歴史的教訓を踏まえ、憲法は単に拷問をそれ自体として禁ずるだけでなく、拷問の結果得られた自白の証拠能力をも否定している(第38条2項)。自白の証拠能力の制限である。そして、公務員がもし拷問を行えば、刑法上の犯罪となる。特別公務員暴行陵虐罪である(第195条)。
  
国際社会でも拷問禁止は「常識」である。世界人権宣言には「何人も、拷問…を受けない」(第5条)とあり、国際人権規約B規約も拷問の禁止を定める(第7条)。なお、拷問禁止条約(1987年発効)1条と国際刑事裁判所(ICC) 規程7条2項は、拷問の一般的定義をした上で、「合法的な制裁」から生ずる苦痛は含まないとしている点に注意が必要である。
  
拷問禁止を定める憲法も多い。ドイツ基本法104条1項も「抑留又は拘禁されている者は、精神的にも肉体的にも虐待されてはならない」と規定する。

 ◆必要な拷問がある?

  法の歴史上、拷問が適法だった時代がある。ローマ法では奴隷に対してだけでなく、自由人に対しても拷問が認められたし、中世ドイツでも、自白獲得の適法な手段とされた。自然法思想の影響で、18世紀に拷問は廃止された。ヨーロッパで最初に拷問を完全廃止したのは、1754年のプロイセンである。こうして拷問禁止は法の世界のスタンダードとなった。
  
ところが、「9.11」以後、拷問禁止が揺らぎはじめた。米国では、「愛国者法」をはじめ、市民的自由を侵害する立法が次々に制定されている。キューバのガンタナモ米軍基地に収容されているアルカイダやタリバンとされる人々は、国際法上の「捕虜」でも、米国刑事法上の「被疑者」でもない。「不法戦闘員」という新たな法的資格を創出して、それを遡及的に適用しているのだ。イラクのアブグレイブ収容所での「捕虜」虐待は、全世界に衝撃を与えたが、そこに収容されている人々の多くは不法強制抑留者であり、彼らから「情報」を引き出すための虐待はむきだしの暴力である。国際社会は米国を厳しく批判したが、「テロリストに対してはやむを得ない」と、国防長官は涼しい顔だ。そうしたなかで、拷問の「絶対禁止」を緩和する傾向も生まれている。
  
ハイデルベルク大学の法哲学者W. Brugger教授は、「テロの脅威」に鑑み、拷問禁止の見直しを求めている。ボン大学のM. Herdegen教授は、「人間の尊厳の不可侵」も侵害できるとする。「肉体的害悪の威嚇または付加…が、生命を救うという最終目的を根拠に、〔人間の〕尊厳要求を侵害しないということ」が個々の事例ではあり得る、と。ハーバード大学のA. Dershowitz教授は、テロの時代に「限定された拷問権」を要求する。裁判官の「拷問礼状」のような明確な法律的規制のもとでの拷問を認めていく方向である(Die Zeit vom 25.11.04) 。まさに「目的が手段を聖化する」である。プロイセンの拷問廃止から250年。いま欧米諸国に「拷問の再生」思考が生まれている。かつては自白追求の手段として、21世紀は「テロとの戦い」の「予防的警察措置」として。
   5年前の在外研究でお世話になったボン大学のJ. Isensee
教授は、拷問の絶対禁止を「タブー」と批判し、誘拐された人質の生命や、時限爆弾の隠し場所が分からず危険にさらされている市民の生命と、その情報を知っている被疑者の防御権との間の憲法内在的対立に言及する。こういう場合、危険にされされている人々を保護する国家の義務との関係で、拷問禁止を一面的に絶対化してはならないという立場である(Tabu im freiheitlichen Staat, 2003, S.57-61)
   「テロとの戦い」は、近代市民法や近代立憲主義の基幹部分を傷つけ、それを内側から掘り崩している。拷問が認められる国家・社会になれば、それこそ「テロリスト」の思うつぼではないだろうか。

〔『月報司法書士』2005年1月号・憲法再入門U連載11回所収〕

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