ふたつの第9条(その3・完)  2006年8月7日

日は「ヒロシマ61年」だった。日本カトリック平和旬間の企画で、カトリック静岡教会で講演した。明後日は「ナガサキ61年」。 長野県大町市で開かれる長野県連合婦人会の「世界をひとつに 平和のつどい」で講演する。来週15日は、日本戦没学生記念会(わだつみ会)主催の「わだつみ会8.15集会」(江戸東京博物館〔両国〕)で講演する。ちょうど8年前のこの日、同じ集いで高橋哲哉氏(東大教授)と講演したときの印象をかつて書いた。暑い夏のこの時期、毎年のように全国各地から講演依頼が来るが、テーマは憲法「第9条」が軸である。特に今年は中東情勢が非常に危険な段階になっているだけに、「直言」でも書きたいところだが、もう一つの「第9条」の話に、もう一回だけお付き合い頂きたいと思う。

  先週の日曜日(7月30日)、早稲田大学「オープン・キャンパス」(法学部)の一環として、水島ゼミ特別編成班による「模擬ゼミナール」が開催された。テーマは「死刑は、残虐な刑罰か!」。300人教室は、高校生や受験生、親子連れなどで満杯となり、立ち見も出る盛況だった。いつも2コマ連続180分を30人以上でやっているが、この日与えられた時間は60分。大教室の教壇が「舞台」なので、13人の特別チームを編成。ゼミ生たちは、限られた論点に絞って議論を展開した。いずれゼミのホームページ(ゼミ生自主管理運営サイト)にその様子がUPされると思うので、ここではその紹介は省きたい。

  さて、「模擬ゼミ」での議論は、「小学校に刃物をもって乱入し、3人の生徒を殺害し、教師に重傷を負わせて死刑を求刑された被告人について、これを死刑にすべきか」という設定で行われた。とりあえず冤罪の可能性を排除して議論を始めた。死刑の犯罪抑止効果、死刑により社会秩序は維持されるか(代替刑の可能性)、「被害者の感情」は死刑の理由になるか、などの論点が扱われた。死刑存置論のゼミ生もいるので、議論は白熱した。
  冒頭の短い報告は、刑事司法の目的が「被害者の復讐を国家が代わって行う」という発想ではなく、「ルールに基づいて事実を明らかにし、国家が刑罰を科すことができるかを判断する」という視点で制度設計されていることを指摘し、「加害者の人権」 vs. 「被害者の人権」という対置を否定した。そのため、議論では、「被害者感情」論の突出を回避して、国家刑罰権の発動としての生命刑(死刑)のありようを問う議論に発展したように思う。大学教員になって23年。ゼミ(1年ゼミを含めて)で30回以上も死刑について議論してきた経験から言えば、普通に議論すると、世間の議論と同様に、「被害者感情」や「被害者の人権」的なスタンスが前面に出てくる傾きがある。今回の「模擬ゼミ」では、これまでのゼミの先輩たちのさまざまな議論の蓄積を踏まえて、現役生たちが非常に冷静にテーマと向き合ってくれたと思う。

  私は、「苗床(セミナーリウム)の管理人」の立場に徹し、いつものように最後まで、ほとんど発言しなかった。最後に、60分の模擬ゼミをまとめる発言のなかで、高校生や受験生に向かって、死刑というテーマの難しさと大切さについて語るとともに、大学で学ぶことやゼミナールの意味についても触れた。大学における議論は「結論」や「結果」よりも「過程(プロセス)」「根拠」を大事にすること、世間では結論が見えてしまった問題でも、あえて学問的に突き放し、対象化し、冷静に向き合うことが大切であると述べた。法律を勉強するようになると、「あんな奴、早く死刑にしてしまえ」という議論にそう簡単には乗れなくなる。そのため、テレビの前の一家団らんや、居酒屋談義で孤立することもあり得る、とも。

  「国民感情」というのは存外やっかいである。先週紹介した1948年最高裁大法廷判決でも、「国民感情」が一つのキーワードになっていた。複数の裁判官が補充意見のなかで、「将来の国民感情の変化」ということを半世紀近く前に指摘していた。だが、この国では、半世紀近くたっても、この点に関する限り、あまり進歩はないようである。

  もっとも、遅々たる歩みではあるが、進展も見られる。永山則夫事件(19歳の少年が、まったく無関係な4人を拳銃で殺害した事件)において、東京高裁は1981年8月21日、一審の死刑判決を取り消し、無期懲役に変更したのである。船田三雄裁判長の名前をとって「船田判決」として知られる。この判決は、死刑を選択するときは「その事件については如何なる裁判所がその衝にあっても死刑を選択したであろう程度の情状がある場合に限定せらるべきもの」として、犯行時19歳になっていたが、実際の精神年齢は18歳未満と見られることや、被告人の生育環境などを考慮して、死刑から無期懲役に変更した。

  ところが、検察官による「量刑不当の上告」いう異例の上告に対して、最高裁第2小法廷は1983年7月8日、この「船田判決」を破棄し、東京高裁に差し戻した。その際に最高裁が示した「死刑選択基準」は、(1)事件の罪責、(2)動機、(3)事件の態様(特に殺害手段の執拗性、残虐性)、(4)結果の重大性(特に殺害された被害者の数)、(5)遺族の被害感情、(6)社会的影響、(7)被告人の年齢、(8)前科、(9)事件後の情状、の計9項目であり、これを総合的に考慮するとされている。少年法51条(犯行時18歳未満の者は死刑を科さずに無期懲役に)を踏まえて(7)が考慮されるが、最高裁は(4)を重視した。従来からも、殺害された被害者の数が3人以上になると死刑の確率が高くなる傾向を確認できる。被害者が単独の場合は、身代金目的誘拐殺人などを除けば、死刑が選択されることは少ない(三島女子短大生焼殺事件の東京高裁2005年3月29日判決が異例である。現在、上告中)。永山則夫事件の場合は、4人を殺害しているので、死刑は免れないと考えられていたが、それでも最高裁はいくつものハードルを設定したことは注目されていい。死刑廃止論で知られる団藤重光最高裁元判事(東大名誉教授、刑法学)は、この点を評価する。
  団藤氏は、当該事件を担当した第2小法廷の判事から相談を受けたことを明かし、その際、「船田判決の精神をできるだけ生かして欲しい」と語ったそうである。団藤氏は、最高裁の判決をよく読めば、「船田判決」の精神は十分に生きている、という。9項目の大半がクリアされ、「極刑もやむをえないと認められる場合」という形をとることで、死刑の適用に縛りをかけようとしたものだろう。なお、東京高裁は1987年3月18日、被告人・永山則夫に死刑の判決を言い渡し、そして1997年8月1日、死刑は執行された。

  これ以降の判例のなかでは、特に1993年9月21日最高裁判決の大野正男裁判官の補足意見が注目される。前回紹介した1948年判決の補足意見を引用しながら、「裁判所としては、死刑を適用するときは、常にその時代と社会の状況及び犯罪と刑罰との均衡に関する国民の意識の変化に注目して、死刑が残虐と評価される余地がないかを検討すべきである」としながら、「この45年間にその基礎にある立法的事実に重大な変化が生じていることに着目しなければならない」と指摘した。大野補足意見は具体的に、国際社会が死刑廃止の方向に動いていることや、4件の再審事件(免田事件、財田川事件、松山事件、清水事件)で死刑確定者が無罪になったことにも触れつつ、「この45年間における死刑に関するこのような新しい事象の発生からみると、死刑が残虐な刑罰に当たると評価される余地は著しく増大した」とはっきり述べている。単なる「国民感情」ではなく、国際的な要素や死刑事件における再審無罪のケースも加味して、死刑を残虐な刑罰と評価する方向に歩みを進めたと言えるだろう。

  21世紀になって死刑廃止国がさらに増大するなか、なぜか日本だけは、死刑に関する限り、圧倒的な後進国にとどまっている。しかも、このシリーズ(その1)で述べたように、メディアの過度で過剰な感情的演出・誘導もあって、「国民感情」も一層、死刑厳罰化に傾いているように思われる。その象徴ともいうべきものが、6月20日の山口県光市 母子殺人事件最高裁第3小法廷判決である。

  この事件について言えば、犯行は悪質で残虐である。だが、実際、メディアの関心は被害者遺族の激烈な言葉にひきづられて、「4人殺せば死刑なのに、2人なら無期なのか」というトーンをことさらに強調した。家族を無残に殺された遺族からすれば、犯行経過がどうあれ、家族を奪った者に死刑を求める気持ちに変わりはないだろう。遺族に極刑を求めるなというのは酷だと私も思うし、極刑を求める主張をメディアで展開することで、家族を失った悲しみから立ち直ろうとすることを非難することもできない。しかし、刑事司法においては、死刑という結論が先にありきではない。そこで何が行われたのかを証拠に基づいて明らかにすることが基本である。殺害の方法や計画性など、慎重な審理が求められていたのだが、1、2審ともに、弁護人はこの重要な点について十分に争わなかったようだ。弁護人は、「18歳+30日の少年」ということで、情状部分に時間をかけ、「残虐な犯行」の中身について、検察側主張を崩す努力を怠った節がある。最高裁段階で弁護人に就任した安田好弘弁護士は、メディアから袋叩きにあいながらも、「残虐な犯行」の中身の審理を求めた。しかし、事実審理は基本的に一審(地裁)の仕事である。上告審では時すでに遅しの感が強い。最高裁では、「単なる量刑不当」の主張は通りにくい(上告理由として、憲法違反や判例変更の主張が必要)。だが、この事件では、最高裁は妙に積極的だった。口頭弁論を開く際にも、弁護人が意図的に欠席して妨害しているという印象を与える「操作」を行った節もある。「世間」やメディアが被害者側に過剰に感情移入して、弁護側を叩くことは、刑事司法の構造バランスを失する。この点については、安田弁護士はルポライターの鎌田慧氏との対談のなかで、最高裁が一線を超えたと指摘している。「処罰感情が沸騰し、司法がリンチの場になろうとしている。それに対する弁護側の力が弱すぎて、司法が機能不全を起こしている」(対談「なぜ“悪魔”を弁護するのか」『週刊金曜日』7月7日号)。

  この事件でとりわけ重要なのは、司法が「世論」に引きずられたことだろう。検察側が「残虐な犯行」をデッサンし、それを被害者遺族の声と重ねて前面に押し出してきた。実際の法廷では、検察側のそうした主張を、弁護側が証拠に基づき崩していくのだが、この事件では、前述のように1、2審の弁護人が十分に争わず、事実認定では検察側の主張がそのまま維持された。これは、この事件における大きな問題点と言える。
  私も今回驚いたのだが、ワイドショーなどにもしばしぱ登場する上野正彦医師(元・東京都観察医務院長)が、この事件についての鑑定書を提出していることである(2006年4月27日付)。その一部を引用しよう

  母親の死亡事案:「加害者が被害者の上に馬乗りになり、両手親指を喉仏付近にあて、扼殺したとされているが、死体にはそのような痕跡はない。更に同様の姿勢で左手が下、右手をその上にのせて全体重をかけて、首を絞め続け窒息死させたというが、そのような死体所見になっていない」「…加害者の右手を逆手にして、口封じのための行動をとったが、抵抗にあい、手がずれて、首を押さえる結果になって死亡させたと考えるのが、最も死体所見に合致した状況である」「したがって、殺意をもって両手で前頸部を圧迫したような定型的扼死の死体所見になっていない」「印鑑と印影は常に一致するものである。事件も同様で、捜査状況や供述内容(印鑑)と死体所見(印影)は一致しなければならない」「事実に基づいた正しい捜査、鑑定がなされた上で、公正な判断が下されるべきである」。
  幼児の死亡事案:「加害者は、頭上の高さから、被害者(幼児)を叩きつけたとされているが、もしそうであるならば、死の危険を伴うが、直ぐに大声で泣き出したというので、低い位置からの落下であったと思われる」「それでも泣き止まないので、両手で首を絞めたとされているが、それを裏付ける圧痕はない」「被害者の首に紐を二重に巻き、力一杯引っ張ったというが、索溝の表皮剥脱は弱いので、そのような強い外力が作用したとは思えない」「被害者は11カ月の幼児であるから、紐で強く首を絞めなくても、死に至るであろうし、絞殺時に紐を蝶々結びにするという行為に強い殺意は感じられない」(「人権と報道連絡会ニュース」6月30日号より引用)

  この鑑定書に基づき、弁護側は「被告人に殺意はなく、本件行為は傷害致死罪と死体損壊罪にとどまる」と主張した。母親と幼児が亡くなった、きわめて凶悪な事件であることに変わりはない。にもかかわらず、被告人を死刑とするには、より慎重な審理が必要であろう。もしも、抵抗を抑止しようとして誤って死に至らしめれば、殺人罪ではなく傷害致死罪であり、その後の忌まわしい行為は、死体損壊罪ということになる。道徳的にも生理的にも不快で許しがたい行為だが、それでも死刑になることはない。最高裁判決には、「遺族の被害者感情は峻烈を極め」という下りがあるように、自らメディアに露出することで、被告人を死刑にすることに執念を燃やす遺族の側に、司法が大きく偏ったことは問題だろう。被告人を死刑にするには、あまりに事実認定がずさんであり、審理が尽くされていないと言わざるを得ない。
  被告人が出した「不埒な手紙」もメディアを通じて公表され、怒りを増幅させたが、少年がこういう手紙を書けば、刑務官が検閲の際に叱るべきだったと、安田氏はいう。この被告人について、たまたまその種の手紙をメディアに流して、ことさらに「冷酷な犯人像」が作られていった節がある。メディアで音声付きで流される少年の手紙。誰もが怒りを覚えるような仕方で、「冷酷な人間像」がデッサンされていく。死刑という結論以外にはない、というように。

  そもそも最高裁が量刑不当の主張にここまで肩入れすることは珍しい。無期懲役を死刑に不利益変更する以上、そこにおける根拠づけは明確でなければならない。最高裁判決には、メディアの勢いに押された、冷静さを失った「ゆらぎ」が感じられる。これは、刑事司法の原点からの逸脱だろう。
  作家の佐木隆三氏は、最高裁は破棄自判(原判決を破棄して、事件について自ら裁判すること)してほしかったという被害者遺族の声を支持しながら、「せめて今後の審理は、迅速であってほしい」とコメントしている(『毎日新聞』6月21日付)。私は佐木氏とは逆の意見である。最高裁が破棄差戻しをしたのは、死刑事件では特に慎重を期すという、司法府としての当然の見識である。結論には反対だが、この自判しなかったという点に限って言えば、最高裁を評価できる。メディアやワイドショーのコメンテーターなどは自判に期待をかけていたが、こういう傾向は、刑事司法のあり方を歪めるものだろう。差戻し審では死刑判決が確定的のように言われているが、差戻し審の広島高裁では、上野医師の鑑定書などを含めて、十分な審理が必要だろう。

  犯罪には最低二人の当事者がいる。被害者と加害者である。誰もが犯罪の当事者となり得ることを前提に、憲法は、犯罪の加害者となった人について、さまざまな権利を保障している。逮捕段階は「被疑者」として、起訴後は「被告人」として、服役後は「受刑者」として。なぜこのような仕組みがあるか。逮捕された一個人(被疑者)と捜査権力との間には、圧倒的な力の差があることから、捜査権力側の権限に制約を加え、高い証明責任を課すことによって、刑事手続において、犯罪の嫌疑をかけられた個人をいわば「シード」するわけである。何人も裁判によって有罪が確定するまでは、無罪として推定される。「疑わしきは被告人の利益に」というのは刑事裁判の鉄則である。日本国憲法の場合は、黙秘権、自白の証拠能力や証明力の制限、弁護人依頼権など、刑事手続上の諸権利が、人権条項全体の3分の1を占める。人権が、まず何よりも「国家からの自由」としてデッサンされている以上、身柄が不当に拘束されたり、不当な捜索を受けたり、自白を強要されたりすることがないことが決定的に重要である。そこでは、「加害者の人権」と「被害者の人権」がフラットに向き合うわけではない。憲法が刑事手続上の人権として保障しているのは、あくまでも個人が犯罪の「加害者」となった場面である。

  では、犯罪の被害者は法的にはどのような形で登場するだろうか。もし「被害者の人権」というものがあるとすれば、それは、残された家族の生活に対する支援や、精神的なケアを公費で行うなど、社会権的な側面を多くもったものになるだろう。ただ、それは憲法を改正するなど、憲法上の人権として語るべきものだろうか。そうではなく、犯罪被害者等給付金支給法などをさらに充実させる必要があるだろう。憲法改正で「犯罪被害者の人権」が加われば、人権相互の関係の調整が混乱するだけだろう。あるいは、加わったとしても、直接に裁判で主張し得る憲法上の具体的権利と考えるのは困難で、立法による具体化が必要となる。やはり憲法レベルではなく法律レベルで必要十分な問題であろう。
  なお、近年はやりの「基本権保護義務論」的観点から言えば、基本権の被侵害者がその保護を国家に要求し、国家が基本権保護のために基本権侵害者の侵害行為を規制するという「三極関係」もある。ただ、仮にこの論をとってあてはまるとしても、「国家からの自由」という本質的視点は、相対化されるものの維持しているので、「加害者」の刑事手続上の諸権利を縮減せよという主張にはならない。

  いま、世間の議論で一番問題なのは、「加害者の人権ばかりが重んじられ、被害者の人権が軽視されている」という誤った対置の仕方だろう。そして、生命を奪われた「被害者の人権」の回復が、「加害者」の生命を奪う死刑によって実現されるかのような物言いがメディアを通じて流されている。こうした傾向は、刑事司法に混乱をもたらし、応報的、厳罰的発想への退歩をもたらすだけだろう。

  刑罰の本質は復讐や報復にあるのではない。個々の被害者の「恨み」を国家が代わって執行するという考え方も古い。「殺害された被害者の生命権が侵害されたのに、凶悪な犯罪者の生命の権利だけが保護されるのは不合理である」といった議論の仕方は間違っている。
  この点については、『全体主義の起源』『人間の条件』などで知られるユダヤ人の政治哲学者、ハンナ・アーレントの『イェルサレムのアイヒマン』(大久保和郎訳、みすず書房)の指摘は重く響く。彼女のこの主張は、ユダヤ人のなかではあまり評判のよいものではなかった。アーレントはナチス親衛隊のアイヒマンの死刑に賛成したが、その理由づけが、「ユダヤ人の虐殺ゆえに」ではなかったからである

  「刑事訴訟は強制的なものであり、それ故たとい被害者が赦して忘れたほうがいいと言う場合でも提起される。だからそれは、…『犯罪は被害者に対してのみおこなわれたのではなく、まず第一に共同社会に対しておこなわれ、その共同社会の法が侵されたのである』とする法の本質にもとづいているのである。加害者が裁判に附されるのは、その犯行が全体として共同社会を乱し、それに重大なる損害を与えたからであって、民事訴訟の場合のように損害が個人に加えられ、その個人が補償を要求する権利があるからではない。〈補償される〉ことを必要とする立場にあるのは政治体そのものなのであり、乱されたがために復旧されねばならないのは全般的な公共の秩序なのである」 (201〜202頁)。
  「殺人犯が訴追されるのは共同社会の法を破ったからであって、スミスなり誰なりの家族から良人や父や稼ぎ手を奪ったからでないのとまったく同様に、これらの近代的な、国家に雇われた大量殺人者が訴追されねばならぬものも人類の秩序を破ったからであって、数百万の人々を殺したからではない」 (210頁)

   以上、アーレントによれば、「被害者の人権」を理由とする死刑肯定論は批判され得る。しかしながら、「公共の福祉」を理由とする死刑肯定(合憲)論にはつながりやすい。「公共の福祉」と関連しては刑罰一般の正当化根拠として挙げられる「一般予防」「応報刑論」が論点となろう(「一般予防」につき、前回の最高裁判決B。なお、犯罪の抑止効果は立証されていない)。「一般予防」という、「社会全体の利益」を実現するための手段(!)として、「個人」の生命を剥奪できるのか?「応報刑論」という、殺人が「社会的公然たる非難」に値することを示すといういわば象徴的意義づけのためだけに、「個人」の生命を剥奪できるのか?という問題提起もできよう(長谷部恭男「死刑制度」法学教室290号〔2004年〕40頁以下も参照)。これらは憲法13条に基づく死刑違憲論という大論点になるので、またの機会に譲ろう。

  死刑の問題は大変むずかしい。3回連続で書いたが、論点はこれらに尽きるものではない。まだまだ続きそうな気配である。修復的司法の問題や、代替刑罰の問題などもあるが、今回はここで終えることにしたい。関心のある方は、同僚の高橋則夫氏らの監訳による最新刊、ハワード・ゼア『犯罪被害の体験をこえて――生きる意味の再発見』(現代人文社)と、同『終身刑を生きる――自己との対話』(同)を推薦しておきたい。死刑の問題について、トランシェント(転換)的視点が得られるに違いない。

  「ふたつの第9条」について3回連載してきたが、結論的に言えば、死刑について消極的合憲論をとりつつ、死刑廃止を説くよりも、死刑は残虐な刑罰であるから違憲であり、かつ廃止すべきであるという主張をもっと押し出すべきだろう。最後に、 故・木村亀二氏や小林孝輔氏の憲法9条に基づく死刑違憲論への批判を踏まえたうえでの、山内敏弘氏の言葉を引用して、かなり長くなったが「ふたつの第9条」の話を終えることにしよう。


   「憲法前文と第9条は日本政府に対して『汝、殺すなかれ』と命じているのである。このような生命権尊重の考え方からすれば、国内において殺人などの重大犯罪を犯した人間についてであれ、死刑という形でその生命を抹殺することは、憲法前文及び第9条の趣旨にはそぐわないということができよう。外部からの侵略者に対しては『殺すなかれ』と国家に命じつつも、国内における殺人犯には死刑を科することを国家に認める合理的な理由は見出しがたいからである」(山内敏弘『人権・主権・平和――生命権からの憲法的省察』〔日本評論社〕第2章「生命権と死刑制度」53頁)。

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