沖縄職務執行命令訴訟判決から10年  2006年8月28日

日から、通算5回目になる水島ゼミ沖縄合宿が始まる。この合宿中に起きた出来事については、沖縄から東京に戻った翌日、9月2日朝5時35分放送のNHKラジオ第一放送「新聞を読んで」において、2回目の沖縄での「新聞を読んで」(1回目は2004年9月12日放送)として話をする予定である。早朝の時間帯ではあるが、お聴き頂ければ幸いである。

  さて、10年前の今日、8月28日(水)、最高裁判所大法廷は、沖縄職務執行命令訴訟の判決を言い渡した(民集50巻7号1952頁、判例時報1577号26頁など、リンクは沖縄タイムス1996年8月29日朝刊)。

  この判決を考える上では、沖縄の米軍基地をめぐる歴史的経緯を知ることが不可欠である。もともと、沖縄の米軍用地の多くは、「銃剣とブルトーザ」によって強制的に県民から取り上げられたものである。1972年5月15日、沖縄が日本に復帰して沖縄県となり、日本国憲法が正面から適用されるに至ると、この基地をめぐる事情を法的に整える必要性が出てきた。そこで、東京の日本政府(今回のみ「東京政府」と略称する)は、米軍が強制的に接収した土地を継続使用させるべく、さまざまな暫定法律を制定して「逐次投入」していった。まず、本土復帰と同時に施行された「公用地暫定使用法」(5年の時限立法)。その期限が切れるや、77年に「地籍明確化法」を制定。82年からは、本土で20年も眠っていた「米軍用地特別措置法」を適用した。米軍のための基地確保という目的がまずあって、法的根拠を後から創作するという小賢しい手法である。こうした「逐次投入」手法にも限界がきて、とうとう特別措置法による使用期限が満了してしまった。基地として使用している土地を、土地所有者に返還すべき状態になったのである。

  写真は、一時的に不法使用状態になった、「ゾウの檻」こと米軍楚辺通信所である(今年3月撮影)。土地所有者のなかには、基地としての使用に反対する人々が少なくない(反戦地主もいる)。そこで、土地所有者との間で合意が見込めないことから、東京政府は駐留軍用地特別措置法を大急ぎで改正。期限を先に延ばすとともに、この法律に基づき強制収用手続を開始した。だが、その手続における署名代行を沖縄県知事は拒否した。国土面積の0.6%しかない沖縄県に米軍基地の実に75%が集中配置されている現実に対する県民の憂慮と怒りを県知事が代弁する形である。この県知事による代理署名拒否を受けて、東京政府では、内閣総理大臣が地方自治法151条の2(1999年改正で削除)に基づき署名代行勧告を行い、さらに職務命令として署名の代行を求めた。これも拒否した県知事に対し、職務執行を命ずる訴訟として提起されたのが、本件訴訟である。この訴訟は高等裁判所に起こすことになっているので、一審は福岡高裁になった。同高裁は、96年3月25日、沖縄県知事に対し署名代行を命じる判決を言い渡した(判例時報1563号26頁など)。県知事が上告し、これに対する判決が10年前の今日、言い渡されたわけである。

  この訴訟において県側が争点にしたのは、駐留軍用地特別措置法とその運用の合憲性であったが、最高裁は「日米安保条約及び日米地位協定が違憲無効であることが一見極めて明白でない」以上、裁判所はこれを合憲であることを前提として扱うとし、本件特措法も合憲という判断を示した。これは、砂川事件最高裁大法廷判決の判断枠組みを踏襲したものである。特措法が平和的生存権を侵害しているという県の主張に対しては、憲法上具体的に保障された権利ではないなどとして、簡単に退けている。

  先月中旬、愛知大学教授(論文執筆時は南山大学教授)の小林武氏が『平和的生存権の弁証』(日本評論社)を刊行され、私のもとにも一冊送られてきた。小林氏の緻密な解釈論的蓄積の上に、平和的生存権の憲法的理論構成の営みが一冊に凝縮されている。そのなかの第3章「沖縄問題と平和的生存権論」が、今日のテーマでは興味深い。V「沖縄が問う平和的生存権」とW「沖縄職務執行命令訴訟の憲法論」からなる。とりわけWは、「反戦地主の補助参加にかんする意見書」というサブタイトルがついている。これは、95年の年末ぎりぎりに弁護団から執筆依頼され、正月にかけて正味5日で「阿修羅」の如く(小林氏の家族の言葉)書き上げた、気合の入った意見書である。本書について詳しく紹介する余裕はないが、他にも、「イラク平和訴訟」や「市民平和訴訟における納税者基本権論」など、憲法9条を絡みの「筋の悪い訴訟」と一部で評される分野に果敢に挑戦し、丁寧な立論を試みる著者の姿勢に敬意を評したい。難解な法律論が軸の書物ではあるが、平和的生存権を憲法上の権利として磨きをかけていく試みとしても、また、市民が「国の専管事項」とされる平和や安全保障の問題について、訴訟という形態でチャレンジする試みをどう理論的に整理し、展望したらよいかを知る上でも有益な一冊である。一般の方々にお薦めしたいと思う。

  小林氏の書物をこのタイミングで推薦するのも、この問題が、10年前の「過去の事件」ではなく、ポスト小泉内閣のもとで本格化する「近未来の問題」だからである。米軍再編の絡みで、とりわけ 沖縄県名護市辺野古崎の周辺海域を埋め立てて、米軍普天間飛行場を移設する日米「合意」が行われたが、これとの関係で、移転予定地域の公有水面の使用権限を県知事から国に移す特別措置法の制定が、東京政府・与党内で検討されている。昨年12月の段階で、これが表に出てきた(『朝日新聞』05年12月22日付夕刊)。港湾管理権など、地方自治体の知事の権限はけっこう強い。米軍再編で、基地のための各種の手続を「能率的」にかつ「迅速に」行うには、安全保障は国の「専管事項」という旗を押し立てて、東京政府が地方自治体に押し付けていくしかない。一方では、札びらで頬をなで(地域振興補助金など)、他方で、上記のような権限を国が吸い上げる強権的手法を同時進行させるわけである。だが、小泉首相は、今年1月25日の参議院本会議での答弁で、こうした特別措置法を「現在の状況」のもとでは検討していない、と否定して見せた(『朝日新聞』06年1月26日付)。だが、ポスト小泉と目されている人物が首相になるならば、ソフトな饒舌のなかでより強権主義的手法を駆使してくるだろう。今年11月の沖縄県知事選挙(98年も参照)の結果次第では、米軍再編特別措置法が急浮上してくる可能性もある。小林氏の著書を推薦することで、この問題への関心を高めてほしいと願う所以である。

  さて、下記は、10年前の今日、通信社と沖縄メディアの依頼で急いで書き上げた新聞用の談話原稿である。判決当日の雰囲気を記録するという意味で、10年前の「その時」をそのまま掲載することにしたい。

 

安保・外交問題と地方自治体
―沖縄代理署名訴訟最高裁判決について―

  1945年8月28日(火曜)。「進駐軍」の先遣隊第一陣が神奈川県厚木基地に到着し、日本本土の占領が始まった。あれから51年目のその日。沖縄代理署名訴訟〔職務執行命令訴訟〕の最高裁判決が出された。判決は「駐留軍」という略語を使っていたが、「進駐軍」という文字が浮かんできそうな内容である。こと基地や平和主義に関する限り、裁判所の思考はピタッと停止する。「思考の占領状態」とでもいえようか。

  判決は、「すべて不適切で不合理であることが明白であって」とか、わざわざ否定の結論を導きやすい環境設定をして論を進めている。「独立して職権を行ふ」以上、判断の幅は色々とあり得たはずである。特措法の法令違憲とまでは言わないにしても、過度な基地の集中等の事情を総合的に考慮して、適用違憲をいうことも可能だった。最高裁は、土地の使用認定の効力を審査対象にならないとした高裁判決の論理こそ是正したものの、具体的判断の場面では、行政府の「専門技術的判断」の前に思考停止してしまった。

  裁判所は「法律オタク」ではない。国家の義務履行と住民の具体的権利主張が衝突したとき、裁判所はそれを「独立して」判断できる。沖縄が提起している問題の中身にもっと目を向けるべきだった。大法廷に回付してわずか4ヵ月。行政府の「政策的・技術的裁量」の尊重をここまで徹底すれば、裁判所はいらない。

  基地の過度の集中などの事情を「重大かつ明白な瑕疵」と認めないのは、裁判所の審査に適さない性質の問題が含まれているからという(園部裁判官の補足意見)。国際的合意や行政的措置もなく、基地の存在を法的に覆滅する結果をもたらすから、ともいう(6人の裁判官の補足意見)。園部裁判官の、行政法学者の講義口調の補足意見や、6人の裁判官の妙に詳しい「沖縄の現状」への言及も、説得力に乏しい。「専門技術的判断」といえば、裁判所が判断できる範囲は極めて狭められる。一般に、事件の性質によっては、土木工学や医学の問題にまで踏み込まざるを得ない。ことが外交・安全保障に関わるからといって、それだけで直ちに「裁判所の審査になじまない性質の問題」というわけではないのである。

  「冷戦真っ盛り」に締結された条約・協定類を自明の前提のようにすることにも無理がある。「公益」の判定にあたっては、憲法の価値原理がその基礎に置かれるべきであったろう。

(『連合通信』6484号〔1996年8月31日〕掲載)

 

最高裁判決と沖縄県民投票

  判決の翌日、インターネットで世界のメディアの反応を覗いてみた。とくにワシントンポスト(特電)とロイター通信は、判決内容だけでなく、補足意見も紹介する詳しさだ。「裁判長、あなたは人間ですか」。一人のウチナーンチュ(Okinawan)の法廷での叫びまで出てくる。東京の各紙が、この「怒号」だけは一致して落としていたのに。

  このように世界でも注目されたのは、ことが米軍基地の問題だからということだけではあるまい。連邦制をとる国の人々から見れば、日本の「中央政府」の威張り方と、地方の卑屈さは異様にうつる。その日本で、「中央政府」を相手に「地方政府」がここまで抵抗している。そのことも、関心をよぶ一因だろう。

  ところで、外交・安保問題というのは、中央政府、しかも内閣の専管事項とされてきた。内閣は憲法上、外交処理権(憲法73条2号)と条約締結権(同3号)を与えられている。だが、これは、一国の多様な対外的諸関係を、中央政府がすべて独占することを必ずしも意味しない。まず、中央政府による「国家安全保障」が、何ものに対しても優先する「公益」であるとする考え方は、日本国憲法の原理に反する。それに憲法は、平和や人権と同時に、地方自治を憲法原則としている(92条)。しかも、中央政府だけでなく、地方自治体も外交権を「分有」するという注目すべき学説もある。それによれば、一義的に明確に禁止された事項を除き、自治体は中央政府の外交活動全般に「重複して」関与できるというのである(大津浩・新潟大助教授〔注・2006年現在は東海大教授〕)。

  沖縄県は、21世紀に向けて基地を縮小していく「アクションプログラム」を作成した。中央政府の「政策的・技術的裁量」のレベルがどの程度のものかを、沖縄は過去の体験から知り抜いている。沖縄が、その地の利を活かして、アジア諸国との交流の拠点になり、この地域の「平和」の創造に寄与していく。そのためには、外国の軍事基地はいらない。これこそ、憲法の平和主義と地方自治原理の創造的結合であろう。来週に迫った県民投票の意味は限りなく大きい。

  なお、県民投票条例3条は、投票結果を、アメリカ合衆国政府に速やかに通知すると定めている。さりげない手続規定にも、したたかな沖縄の姿勢が見てとれる。県民の意思が、具体的数字(投票率)という「目に見える形」になれば、アメリカの政府だけでなく、心ある市民にも強いインパクトを与えることだろう。それは、問題解決に向けた、具体的な動きに連動していく。県民投票はその「最初の一突き」となるに違いない。〔なお、投票率は59.3%、基地縮小賛成89.08%という結果だった〕。

(『琉球新報』1996年9月2日付掲載)

【付記】なお、この二つの小論は、一部補足修正し写真入りで、拙著『武力なき平和――日本国憲法の構想力』(岩波書店、1997年)145〜149頁に所収。「沖縄『代理署名』拒否の論理」東京新聞1995年12月28日付夕刊も同書141〜145頁に所収。