安倍政権とコピペ文化――安保法制懇はどこで議論していたのか            2014年8月11日

雨の原爆ドーム

8月6日、広島には早朝から大雨・洪水警報が発令されていた。「平和記念式典」が雨天となったのは、1971年だけで、まさに43年ぶりのことである。しかも警報下の際どい開催は初めて。原爆ドームの「8.6」写真が、雲の重く垂れ込める雨天というのも珍しい。

安倍首相挨拶

右の写真を拡大すると、正面に、レインコート姿で挨拶する安倍晋三首相の姿がかすかに見える。この写真を送ってくれた元ゼミ生の祖母は、爆心地から1.6キロで被爆した。当時、勤めていた銀行で、たまたま8時15分少し前に電話がなり、その電話で依頼を受けて金庫室に入った瞬間、熱線と爆風が襲った。祖母は耐火金庫のおかげで生き残った。それでも、窓ガラスの破片が手の甲に食い込んだ状態が続いたという。

身内に被爆者のいるこの元ゼミ生は、「8.6」にはいつもここにくるという。大雨警報下の「8.6」は、いつもより警備が厳重だったと写真への添え書きにあった。集団的自衛権行使に舵をきるべく「7.1閣議決定」を強行した安倍首相を、ヒロシマが受け入れることはない。挨拶後の拍手の圧倒的散漫さがそれを象徴していた。

昨年の演説原稿との違いは「蝉(せみ)しぐれが今もしじまを破る」が削除されたほかは(大雨だから当然!)、手抜きは歴然という代物だった(「安倍首相“コピペスピーチ”批判集める」『デイリースポーツ』2014年8月8日付)。

平和記念式典終了後、市内で開かれた「被爆者代表から要望を聞く会」においても、安倍首相のやる気のなさは際立っていた。被爆7団体の代表は、首相に対して、集団的自衛権行使容認の閣議決定を撤回するよう求めたが、首相はいつも以上の滑舌で、こうまくし立てた。「この閣議決定については、目的はただ一つでありまして、我が国をめぐる安全保障環境が厳しさを増していくなかにおいて国民の命と平和な暮らしを守るためでございまして、戦争をする国になるという考えは毛頭ないということも、はっきりと申し上げておきたいと思います」(『中国新聞』8月7日付)。例によって「安全保障環境」の変化という言葉を繰り返すのみ。時間切れという理由で質疑応答も認められなかった。なお、8月9日の長崎平和祈念式典においても、「首相コピペあいさつ、長崎も? 被爆者からの批判に無言」と報じられた(『朝日新聞』8月10日付)。

この首相の場合、国会での質疑と同様に、意見が異なる相手とはまったくかみ合わない、一方的な語り口になるのが特徴である。一般に政治家は一方的に話す人が多いが、安倍首相はこれとは違う。相手が何を語ろうと、自分が言うこと(言わされること)だけを繰り返し言い放つ。相手の言い分を聞こうとする素振りすら見せない。これは、コミュニケーション能力の不在というよりも、まじめな意思疎通を最初から放棄していると言わざるを得ない。

安倍首相のもう一つの特徴はその没論理性、情緒性である。それを象徴するのが、安保法制懇の報告書が提出された5月15日の記者会見である。朝日新聞政治部の高橋純子記者(論説委員)によれば、この会見で安倍首相は計21回、「国民の命を守る」という言葉を使ったという。「首相の『命を守る』の裏側には、自分ではない誰かの『命をかける』が張り付いている。1分35秒に1回、その誰かと死の距離が近づいている」と指摘し、首相による情緒的言葉の連鎖は、「レトリックというよりはトリック。覚悟も熱意も感じられない。これが、日本の平和国家としての歩みを根本から変えようとしている最高権力者の会見か」と鋭い(『朝日新聞』2014年5月20日付「社説余滴」)。

提案三枚

「覚悟も熱意も感じられない」のは首相だけではない。その私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(「安保法制懇」という)のゆるい議論の実態が、情報公開請求によって開示された内閣官房国家安全保障局の資料によって明らかとなった。軍事問題研究会(桜井宏之代表)により初めて公開されたもので、それをみて驚いた。

防衛省ポンチ絵

まず「安保法制懇」第2回公式会合で配付された参考資料である。右の写真は「参考資料:我が国を取り巻く軍事・安全保障環境」(平成25年9月 防衛省、全17頁)。「参考資料:我が国を取り巻く外交・安全保障環境」(平成25年9月・外務省、全21頁)とともに、官僚が好むポンチ絵満載のカラー版である。事務方作成資料だが、インターネットですぐに入手できる一般向けに公開されている資料の切り貼りでできている。

例えば、「参考資料:我が国を取り巻く軍事・安全保障環境」に収録されている「北朝鮮@−弾道ミサイル能力の増強」のポンチ絵は、防衛省のウェブサイトからすぐに同じものが入手できる。このポンチ絵は、「安保法制懇」第2回公式会合(2013年9月17日)より前に公表された、同年1月25日付の防衛省のウェブページ中の「参考資料(別添3〜6)」(PDFファイル)にある「北朝鮮の弾道ミサイルの射程(別添5)」のポンチ絵と同じである。しかも、このポンチ絵は、同年7月22日に発行された一般向けの『平成25年度防衛白書』掲載のポンチ絵と同一である。写真にある「参考資料:我が国を取り巻く軍事・安全保障環境」を作成した官僚も、「いつもの資料でテキトーに作っといて」という上からの指示だったに違いない。そんなコピペ資料だけで、国際政治や安全保障の専門家たちが議論していたわけだから、情けない限りである。

さらに、情報公開の観点から問題なのは、「参考資料:我が国を取り巻く軍事・安全保障環境」と「参考資料:我が国を取り巻く外交・安全保障環境」は、第2回公式会合の5日前の9月12日に官邸4階大会議室で開催された「安全保障と防衛力に関する懇談会(第1回会合)」で配布された資料である「我が国を取り巻く軍事・安全保障環境」「我が国を取り巻く外交・安全保障環境」と微妙な修正を除いて同じで、インターネットで誰でも入手できるものである。それにもかかわらず、なぜこの二つの資料を「安保法制懇」第2回公式会合のウェブページに掲載しなかったのか。なぜ情報公開請求をしなければ公開されない資料なのか。こんなレベルの低い資料で国際政治や安全保障の「専門家」が議論していたことが表沙汰になると、ますます情けなさが白日の下にさらされるからだろうか。

こうした議論の末につくられた「報告書」に基づき閣議決定が行われたわけで、何とも無責任である。安倍首相は繰り返し「安全保障環境の変化」を説くが、これは、ポンチ絵によるこうした資料によって仕込まれ、8月6日は被爆7団体代表に対してまで語られたのである。

今回の情報開示によって見えてきたのは、安保法制懇で配布された資料のお粗末さだけではない。その非公式会合が5回、帝国ホテルにおいて、食事付で行われていたことである。今回入手したのは、安保法制懇の第3回少人数会合の経費使用について(平成26年2月10日決裁)、第4回非公式会合の経費使用について(同2月18日決裁)、第5回非公式会合の経費使用について(同年3月17日決裁)という3点の資料である(軍事問題研究会「ニュース・リリース」2014年8月4日も参照)。ちなみに、安保法制懇のこれら非公式会合に関する文書のヘッドには、「機密性2情報」とある。これは、「行政事務で取り扱う情報のうち、秘密文書に相当する機密性は要しないが、漏えいにより、国民の権利が侵害され又は行政事務の遂行に支障を及ぼすおそれがある情報」とされている。

ところで、安保法制懇の正式会合は、2013年2月8日の第1回から、2014年5月15日の第7回(報告書を首相に提出)まで、1年3カ月の間に7回行われている。一方、非公式会合は、2013年4月9日の第1回から2014年3月17日の第5回まで、計5回行われている。非公式会合は「楓の間」で開かれ、使用料として1回につき411468円が支出されている。今回開示された文書には、経費の決済文書や帝国ホテルの正式の見積書も添付されている。

帝国ホテルで開催する理由

第3回非公式会合は「少人数会合」となっていて、この時だけ場所は帝国ホテルのカンファレンスルームが使われたが、なぜ14人中4人だけなのかについて、「北岡座長代理を中心に、一部の委員の間で報告書のたたき台となる案について静かな形で検討を進め」ることが必要とある。では、なぜ帝国ホテルなのかについては、「開催場所について」を見ると、思わず吹き出してしまった。

曰く。マスコミの関心が極めて高いから、「静かな形」で進める必要があるので、「政府機関の建物外で行うことが適切である」。委員に、北岡座長代理を始め、各界の著名な方が多く含まれており、プレスや本件に関係ない行政機関職員によって「少人数会合」の開催が事前に察知されないようにする。「委員及び磯崎補佐官が出席するにふさわしい会議室及び関連サービスを提供」できる施設である必要がある。この点、帝国ホテルは政府が海外要人を招聘する際に使われるホテルであり、「VIP受け入れに長年の経験に裏打ちされた知見」がある。委員は著名大学の学長や教授であり、各国のVIPと同様の処遇を行うことが適切である、等々。

上記の理由づけは、他の非公開会合でもおおむね同じである。毎回出てくる「委員及び磯崎補佐官が出席するにふさわしい会議室及び関連サービス」って、磯崎補佐官や大学教授がそんなに偉いのか。大学教授が各国のVIP並みの扱いとは恐れ入る。

第3回の少人数会合はコーヒーのみだったが、第4回会合では「ばらちらし」、第5回では「天重」が出されている。食事付となった理由については、最も多く委員が集ることができる時間は夕刻しかなく、「フロントシートに着席し、議論に参加する出席者について、夕食を提供することが、議論に集中できる環境を整えるという観点からも必要である」というわけである。委員だけでなく、事務方もお相伴にあずかっている。

20人足らずで、部屋代だけで40万円を超える場所で、食事やサービスを含めて70万円を超える支出をして、官僚のポンチ絵資料をもとに、一体、どんな議論をしてきたのか。安保法制懇についてはこの間、『世界』5月号7月号この直言でも徹底的に批判してきた。TBSのニュース23で、委員の一人の佐瀬昌盛氏(防衛大名誉教授)が、安保法制懇の審議の状況を、資料の持ち帰りも許されず、自由な議論ができなかったと「内部告発」したことはすでに書いた。

経費使用の考え方を見ると、安保法制懇を国家行政組織法8条に基づく「審議会」と同等のものと扱うとしている。「安倍オトモダチ」の会合なのに、多額の税金を支出する。しかも、非公式に、帝国ホテルで食事をとりながらやる。もはや、なれあい以外の何物でもない。こんないいかげんなオトモダチ諮問機関の報告書に基づいて、安倍首相は、この国の安全保障政策の大転換を閣議決定で行ったわけである。国民は、納税者としても、もっと怒るべきである。

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