憲法政治の危機のなかで――今関源成『法による国家制限の理論』
2018年10月8日

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昨年8月27日、オーストリアのザンクト・フローリアンで、作曲家アントン・ブルックナーがオルガニストをやっていた修道院の「ブルックナーオルガン」のコンサートが始まるのを待っていた時、携帯に東京からラインが届いた。電話してほしいということで、よほどのことが起きたのかもしれないと胸騒ぎがした。コンサートが終わってから電話するか一瞬迷った。しかし、すぐに修道院の中庭に出て、東京にいる同僚の金澤孝さんに電話したところ、同僚の今関源成さんが癌で入院したということだった。頭が真っ白になった。秋学期の彼が担当している授業をどう分担するかを数日以内に憲法担当教員で議論するという。いったん電話を切り、コンサートが始まる直前にまた外に出て、金澤さんに再度電話をし、その場で、今関さんが担当する1年必修憲法は私が担当すると伝えた。バッハのオルガン曲を聴きながら、さまざまなことが頭を去来した。ブルックナーの墓所が足元にあるが、人の命について考えていた。

9月4日に帰国して、家のパソコンを開くと、今関さんからメールが来ていた。「お願い(重要)」という件名の8月27日13時06分のメールで、「突然このようなメールを送ることになりこちらも戸惑っております。」で始まる。7月の半ばに体調を崩し、8月10日に病院で検査をすると、胆管癌という診断が出てすぐに入院したこと、秋学期以降の憲法関係の講義等、法研の研究指導、博論審査、マスター入試の採点・面接等に穴をあけてしまうことになるので対応をお願いしたいということが書かれていた。

9月5日8時31分に次のようなメールを返信した。

今関様
  昨夜、帰国しました。返信が大変遅くなり、失礼しました。今回はパソコンを持参せず、直言の更新も3本のストック原稿を管理人に依頼して出国したため、メールを含めて日本との連絡を抑制していました。ちょうどオーストリアのリンツ近くにいるときに院生からラインが入り、金澤さんに電話をしました。大変驚きました。まずは病気とのたたかいを最優先にしてください。私もできるかぎりのお手伝いをさせていただきます。金澤さんからお聞きになっていると思いますが、月曜5限の憲法は私が代講をいたします。
返信がこんなに遅くなり申し訳ありません。どうぞお大事に。取り急ぎ。水島朝穂

このメールへの返信はなかった。見舞いは固辞されていたが、何とか行けないものかと思案していたところ、9月23日5時27分に逝去されたというメールが、その日の午後になって金澤さんから届いた。あまりの突然のことで声が出なかった。「直言ニュース」の読者で憲法関係、早大関係のアドレスに一斉メールをすると、短時間にたくさんのメールが返信されてきた。皆一様に、彼の突然の死を悲しむものだった。

今関さんを失ったことの大きさを日々感じている。同じ階にある研究室のプレートは「帰宅」になったままである。この1年、エレベーターをおりて研究室に向かうとき、彼の部屋の前で一言告げるのが日課になった。昨年10月2日は、「あなたの講義、今日が初回だよ。」、今年1月22日、「今日で14回の講義が終わりました。」、その翌週、「試験、無事終わりましたよ」と報告した。今関研究室の大学院生の博士論文の主査をやり、教授会で学位認定がなされた日の夕方、研究室の前で少し長めの報告をした。カチャとドアがあいて、なかから彼が出てくるのではという空気を一瞬感じた。気のせいだった。

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昨年12月16日の「お別れする会」のスピーチで、今関さんが生前果たせなかった単著をまとめると宣言してしまった。その「発言」から9カ月あまりで発刊することができて、正直ホッとしている。ご協力をいただいた皆さまには感謝するばかりである。9年前、札幌学院大時代の同僚、鳥居喜代和さんの単著を出す時にご協力いただいた日本評論社の串崎浩さんに、今回もお世話になった。幸い、鳥居さんの著作に対しては、立命館大学「特別博士」の学位が授与された。メディアはこれを「友情」からのものと書いたが、ちょっと違う。せっかく書きためてきた意味のある仕事が埋もれずに、世に出てもらいたいという、いわば研究者としての連帯感によるところが大きい。今関さんの仕事も、いま、日本国憲法をめぐる非常にむずかしい困難な状況であるからこそ、多くの人たちに読まれることを願う。とりわけ、来年、裁判員制度10周年を迎えることもあり、司法の現状とそのあり方に関心のある方には是非お読みいただきたい作品である。

今関源成著『法による国家制限の理論』(日本評論社、2018年10月刊)は516頁、大著である。書店に注文いただくか、日本評論社のサイトからも取り寄せることができるほか、《法による国家制限の理論》で検索すれば、さまざまなネットショップで注文できる。

以下、本書に収録されている私の「はしがき」と目次、それと「あとがき」(奥様の今関佳子様執筆)を、出版社と奥様の許可を得て掲載する。チラシも合わせてここに掲げておく。その右の写真は、昨年12月の「お別れする会」に寄せられた樋口陽一先生(東北大学名誉教授、東京大学名誉教授)の言葉である(写真は2002年頃、法学研究科憲法専修の新入生歓迎会で)。

はしがき

本書は、2017年9月23日、60歳で逝去した早稲田大学法学学術院教授、今関源成氏の仕事をまとめた論文集である。齢60という、まだこれからという時にその命を終えてしまった。さぞや無念だったことだろう。

今から39年前、今関氏は、私が大学院博士課程2年の時に修士課程に入学してきたので、3年後輩になる。入学当初から頭角をあらわし、控えめで寡黙、自己主張をするタイプではなかったが、報告や質問のなかではポイントを衝いた、実に鋭い指摘を行う。「おぬし、できるな」という太刀筋だった。3年半ほど大学院で一緒に学んだが、私が地方の大学に就職したため、たまに学会で挨拶する程度の関係になった。1996年4月に私が早稲田にもどると、彼とは学部内のさまざまな仕事を相談できるよき同僚となった。自分のことはほとんど語らず、とにかく弟子のこと、学部のことについて力を注ぐ彼に、私はすっかり甘えてしまった。学部の執行部(正副の教務主任)を通算11年の長きにわたって務め、カリキュラム改革や学生の勉学条件の改善などに尽力された。そのため単著を出すのが遅れてしまい、私は、彼が54歳の時に、出版社を紹介して著書化をすすめたことがある。その時、一瞬目が光ったので、出版の方向に進むものと思っていたのだが、そのままになってしまった。私の怠慢もあって、再度すすめることをしないうちに、彼はこの世を去ってしまった。

昨年12月16日、早稲田大学法学部主催の「今関源成先生とお別れする会」におけるスピーチのなかで、私は、「今関さんの仕事を何とかまとめて、世に問いたい」と宣言してしまった。「会」の終わりに挨拶した奥様の佳子さんがこれに反応され、彼が日頃家族に語っていた自らの仕事への思いを知ることになる(「あとがき」参照)。その場で、私の気持ちは決まった。すぐに日本評論社の串崎浩氏に相談したところ、言下に快諾してくださった。  そこで、直系の弟子にあたる早稲田大学法学学術院講師(任期付)の波多江悟史氏にまとめ役を依頼し、同じく三上佳佑氏(南山大学法学部専任講師)、森口千弘氏(熊本学園大学社会福祉学部専任講師)、さらに研究室は異なるが今関氏を師と仰いでいた春山習氏(早稲田大学法学学術院助教)の各氏に分担してもらって、その仕事を体系的に整理し、解題を付して一冊にまとめたのが本書である。

今関氏の研究の軸足は、フランス憲法研究に置かれた。法学部助手だった25歳の作品、「レオン・デュギ、モリス・オーリウにおける『法による国家制限』の問題(1)(2)」(本書341〜405頁)は、若き今関氏の切れ味と可能性を感じさせるデビュー作となった。その後もフランス憲法における司法や違憲審査の問題について研究を続けた。また、日本における司法制度改革に正面から向き合い、その基礎にある「法の支配」論について根底的批判を展開するなど、学界においても注目される論稿を発表してきた。「法による国家制限」は、法を統治手段と見る司法審答申の「法の支配」観とは完全に対立するものである。著者が日仏の憲法研究を通して獲得した近代立憲主義のあり方は、この「法による国家制限」の理論のなかに集約されていると言えよう。本書のタイトルとした所以である。

その後も「国民の司法参加」、検察審査会制度、弁護士自治、最高裁裁判官の任命慣行など、司法をめぐる重要問題について次々に論稿を公表して問題提起を行ってきた。近年では、大学の自治について関心を深め、「『大学の自治』と憲法院」(本書307〜333頁)を公表するなど、大学の自治の担い手としての理論と実践を総合する論稿を発表しはじめたところだった。「学問を学問として成立させ、教育の質を高めることができるのは、学問の論理以外の束縛から解放されて自由な教育・研究活動を行う大学人をおいてない。」(本書319頁)。この言葉には、いまの大学のありように対する、彼の危機感に満ちた問題意識が集中的に表現されている。研究の方向と内容がより鮮明になってきたところでの急逝は、本当に残念でならない。

波多江氏をはじめとする愛弟子たちは、師の人と学問を知り抜いている。彼らが書いた解題とともに、ここに今関氏の仕事を世に問う。 最後に、本書の刊行にあたっては、串崎浩・日本評論社代表取締役社長に本当にお世話になった。心からお礼申し上げたい。

今関さん、この国と、この国の憲法の行方をしっかり見守ってください。

2018年7月17日

早稲田大学法学学術院教授     水島朝穂




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          はしがき(水島朝穂)

          第1部 司法制度改革と「法の支配」

          第1章 司法制度改革における「法の支配」と「国民の司法参加」
          1  司法制度改革における「法の支配」と「国民の司法参加」
          2   参加型司法
          第1部第1章解題(波多江悟史)

          第2章 司法制度改革への批判的視座
          3  憲法裁判をどうするか
          4  司法制度改革と弁護士自治
          5  刑事裁判への「国民参加」とは何か?
          6  検察審査会による強制起訴――「統治主体」としての「国民」
          第1部第2章解題(森口千弘)

          第3章 司法制度改革と憲法学
          7   「法の支配」と憲法学
          8  「行政」概念の再検討
          第1部第3章解題(春山習)

          第2部 フランス第五共和制と憲法院

          第1章 第五共和制の基本的枠組み
          9   第五共和制の基本的枠組み

          第2章 憲法院の史的展開
          10  フランスにおける“違憲審査制”の問題点――政権交代と憲法院
          11  挫折した憲法院改革――フランスにおける法治国家(Etat de droit)論
          12   90年代のフランス憲法院
          13  フランス憲法院への事後審査制導入――「優先的憲法問題 question prioritaire de constitutionnalité」

          第3章 憲法院とフランス社会
          14  憲法院と地方分権化改革
          15  憲法院と1993年移民抑制法
          16  「大学の自治」と憲法院――「大学の自由と責任に関する法律」判決を契機として
          第2部解題(三上佳佑)

          第3部 フランス公法学と国家理論
          17  レオン・デュギ、モリス・オーリウにおける「法による国家制限」の問題
          18   公役務理論の変遷(ノート)
          19  自由主義的合理性の変容と福祉国家の成立――フランソワ・エヴァルド『福祉国家(L’Etat Providence)』
          20   Dominique SchnapperにおけるNationとCitoyen
          第3部解題(春山習)

          あとがき(今関佳子)

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