安倍晋三銃撃事件――立憲政治の前提を壊した人物の死
2022年7月11日

政治家への銃撃事件

倍晋三元首相が銃撃され、殺害された。参議院選挙投票日の前々日、選挙応援演説の最中に殺害されるという、民主政治を揺るがす暴挙といわざるを得ない。もっとも、後述するように、仮に被疑者に政治的意図がなく宗教的(詐欺被害の)恨みとすれば、過度に「民主主義」と結びつける報道には慎重さを要する。事実の解明と掘り下げた報道が重要な所以である。

  近年の政治家銃撃事件としては、2007年の第一次安倍政権の時、選挙活動中の伊藤一長・長崎市長が銃撃で死亡したケースがある。事件直後に、驚きと怒りと悲しみを込めて直言「長崎市長への銃弾の意味を書いた。その冒頭にあるように、私が小学生の時にテレビで「目撃」した浅沼稲次郎社会党委員長刺殺のニュースと、それが流れた際の、父の「あーッ」という声が忘れられない。当日の読売号外とともに。

  安倍の死について、各国メディアも速報を流した。冒頭右の写真にあるように、ロシアテレビ(RT(英語版)78は、安倍の死去を受け、プーチンが安倍を、「在任中、ロシアと日本の間の良好な隣人関係のために多くのことをなした…並外れた政治家だった」として、「この素晴らしい人物の思い出は、彼を知るすべての人の心に永遠に残るであろう」というメッセージを遺族に送ったことを伝えている。またロシアテレビによれば、ドミトリー・ペスコフ大統領報道官は、安倍を「日本の真の愛国者」と呼んだという。ペスコフ報道官は、ウクライナの事態をめぐって西欧各国首脳を厳しく批判してきたが、それらの言葉とは何とも対照的である。このロシアの対応は、単なる弔問外交ではなく、プーチンが安倍晋三をいかにうまく操ってきたかということの余裕の証ではないか。プーチンとの会談の数(27回!)ばかり誇った「外交のアベ」「安倍外交」は、自らの「レガシー」を過度に追求するあまり、準備不足で粗雑な交渉、安易で軽率な譲歩、長期的展望を欠いた妥協の連鎖のなかで、日本の利益を大きく損なうことになった。今後、その検証はしっかり行われなければならない(直言「「外交の安倍」は「国難」――プーチンとトランプの玩具参照)。

安倍晋三とは何だったのか

 冒頭左の写真は『南ドイツ新聞』7月9日付一面の同紙政治部長の解説である。「象徴的人物の死:長年首相をやった安倍の暗殺は、日本を根底から揺さぶっている。彼は、この国が自らに課した平和主義を終わらせたかった」。解説は、政治家の殺害が、暗殺者の行動や意図の如何にかかわらず、「常に政治的である」という言葉から始まる。「安倍の目標は、野心的なものから革命的なものまで多岐にわたった。日本社会の保守的方向性への影響、異端の経済政策[アベノミクス]、とりわけ日本の安全保障構造の再構築に対する突出的言動は、安倍をして、自己意識をもつナショナリズムの日本の最強の象徴にしたのである。…」。政治部長解説は、「安倍の死後、古い議論が再生する」として、日本について、世界で最も厳しい銃規制の国の一つであり、治安もよく、「深刻な暴力が国民の意識のなかに存在しない」状況が、この事件を契機に変わっていく可能性を示唆する。安全保障政策における日本の[専守]防衛的な役割を根本的に変え、「普通の国」化へと導くこと。これには、憲法から平和主義条項を削除し、日本が通常の抑止政策を追求できるようにするという安倍の人生目標も含まれているとする。

   安倍晋三という政治家の「功罪」について、『朝日新聞』79日付第3総合面では、「首相2度 最長政権」として、「集団的自衛権を一部容認」などとかなり引いたまとめが見られる。『毎日新聞』9日付総合面は、「レガシー 光と影」という見出しをつけて、「政治的遺産」をまとめている。いずれも事件直後ということもあって、かなり温い評価である。

私は、直言「安倍政権の「影と闇」――「悪業と悪行」の6をはじめ、直言「「総理」総裁」の罪――モリ・カケ・ヤマ・アサ・サクラ・コロナ・クロケン・アンリ…」と(「アサ」はここ)、およそ安倍政治に評価すべき点を見出すことができず、折にふれて批判を続けてきた。そもそも2012926日の自民党総裁選が始まりだった。そして、安倍が日本政治を歪めた決定的な過ち、その最大のものは2014年の7.1閣議決定」であった。60年の長きにわたって、歴代の政権は、まがりなりにも、「集団的自衛権行使は違憲」という政府解釈を維持してきた。安倍はこれを閣議決定で変更するという暴挙に出たのである。安全保障の方法論をめぐって違いはあっても、それを議論する土俵(立憲主義)を破壊したのは安倍が初めてだった。その後の安全保障法制(安全保障関連法)は、憲法違反を深化させていった。安全保障以外でも、安倍は憑かれたように「憲法蔑視」の政治を続けた。どの政権も憲法を軽視したし、時には無視もしたが、安倍の特徴は憲法の蔑視だった。例えば、臨時国会の召集義務(憲法53条)など、一顧だにしなかった。私は安倍について、他のどの首相にも使ったことのない、「憲法違反常習首相というネーミングを与えた。25年間にこの「直言」で批判してきた首相の数は12人になるが、このように名づけたのは安倍だけである。

国会で公然と嘘をついても、さしてとがめられないという前例もつくった。国会事務局の調査で118回という数字もある(この写真はTBS「報道特集」2020年12月27日のもの)。歴代のどの首相にもない、「無知の無知の突破力」は最強だった。公文書管理法の理念から大きく離反する現実が定着し、公文書の改ざんや破棄などが普通に行われ、公選法や政治資金規正法違反などは表面的な処理ですませてしまうそうした「忖度警察や「忖度検察」と揶揄されかねないような面も生み出した。政治権力の私物化は安倍のもとで急速に深化していった。安倍晋三がこの国の政治文化にもたらした負の影響ははかりしれない。しかし、いまそれを細かくあげて論ずることはしない。亡くなった直後は自粛するという日本的文化に従うからではない。多すぎて書き切れないだけである。すでにさまざまな論点について、「直言」のバックナンバーの「政治」のなかに、安倍に言及した136本の「直言」があるので、テーマを見つけて参照されたい。

憲法改正――安倍晋三とプーチンの「同じ夢」

冒頭のロシアテレビで、プーチンによる遺族への弔文を紹介したが、実は、安倍とプーチンは本当に「同じ夢を見ていた」のではないか。憲法改正へのこだわりもまた、安倍とプーチンはよく似ていた。2020年のロシア憲法改正により、自分のために大統領任期を延長したプーチンと、自由民主党党則804項を自らの任期を延長するために改正した安倍。自らの政権を史上最長にするという「同じ夢」である(直言「国家運営の私物化――権力者が改憲に執着するとき(その2)。だから、78日の銃撃事件に接して、プーチンは戦々恐々としているのではないか。

事件の背後にある「闇」

警備の手抜かりは明らかである。安倍の現職首相時代におけるSPの動きは、直言「「政治的仮病」とフェイント政治――内閣法9条のこと」の中程に埋め込んだ動画を見れば確認できるだろう。奈良県警本部長は警備局警備課警護室長など主に警備畑を歩んだ50歳の警視長。典型的なエリート官僚である。官房付きへの異動は不可避だろう。何より、警察庁長官は安倍政権時代の官房長官菅義偉の秘書官を長くやった中村格であり、彼が警視庁刑事部長の時に、安倍と懇意の山口敬之による準強姦事件をもみ消したことはよく知られている。中村がそのまま長官の地位にとどまることも許されない。その伊藤詩織さんの事件で、最高裁が7日付で山口の上告を棄却していた(朝日と毎日は9日付の安倍銃撃事件で埋まる紙面の隅でこれを伝えた)。さまざまな因縁がこの78日に寄り合わされたといえよう。

  事件を起こした男については不明な点が多い。というよりも、選挙直前ということで、メディアが徹底的な「忖度報道」を行っている。外国のメディアの方がむしろ率直である。ドイツの保守系高級紙フランクフルター・アルゲマイネ(デジタル版799)は、事件には「特定の宗教団体」への男の憎しみが関わっているとする。同紙はその宗教団体について、韓国の文鮮明が設立した「世界基督教統一神霊教会」が関わっているとはっきり書いている。1994年には名称を「世界平和統一家庭連合に変更した。安倍は統一教会の「合同結婚式」に祝電を送っている(週刊ポスト・デジタル2021929日)

これが「民主主義の根幹を脅かす政治テロ」ではなく、たまたま選挙期間中に、「霊感商法」トラブルで家庭崩壊した恨みを抱いた男による個人的犯行という可能性もある。直言「介入三昧・安倍的「国家先導主義」―賃上げから「就活」まで」でも書いたように、安倍政権は、普通の保守政権とは性格が異なり、経済過程から教育、メディアなどのさまざまな自律的な社会領域に過度に介入していく、一種の国家社会主義的な手法を多用してきた。一見、個人的恨みによる犯行に回収されない、より深い「闇」がそこにはあるように思う。なお、直言「わが歴史グッズの話(47)「アベノグッズ」の店じまい」の下の方に象徴的な写真が出てくる。

選挙最終盤というのに、日本のメディアでは、78日午後から選挙に関する報道が消え、候補者までが選挙活動を「自粛」するという形で、実質的に政治的「服喪」状態になってしまった。憲法改正をめぐる「3分の2」が問われた195678日の第4回参議院選挙からちょうど66年。この悲劇的な事件が選挙の結果にどのような影響を及ぼすかはわからない。大平正芳首相の死亡により「弔い合戦」となった1980年衆参ダブル選挙では、自民党に「香典票」という同情票が集まり、大勝した。この42年前の状況がまた再現されるのだろうか。ただ、選挙結果を受けて政治の配置がどのようになろうとも、メディアは忖度することなく、事件の「闇」に切り込むべきだろう。

《文中敬称略》

2022710日、第26回参院選投票日、午前11時脱稿】

トップページへ