「新聞を読んで」 〜NHKラジオ第一放送
       (2008年3月7日午後4時収録、 3月8日午前5時35分放送

   1.イージス艦が漁船に衝突した事故、その後

  千葉県野島崎沖で、海上自衛隊のイージス護衛艦の5番艦「あたご」がマグロはえ縄漁船「清徳丸」に衝突した事故から、まもなく3週間になります。吉清さん親子は未だ行方不明のままです。今週も新聞各紙はさまざまな角度からこの問題を取り上げました。

  私が鮮烈な印象を受けたのは、『東京新聞』3日付一面のカラー写真です。黒い文字ではっきりと「清徳丸」と書かれた赤い旗が海底1840メートルで発見された写真です。海洋調査船「なつしま」が撮影したもので、アームで支えているのでわかりませんが、まるで海底に突き刺さっているように見えます。各紙とも、この写真をカラーで使いましたが、文字が読み取れるアップ写真とその全体像の2枚をつなげた『東京新聞』の構図が一番インパクトがありました。
   同紙4日付コラム「筆洗」は、作家・沢地久枝さんの『私のかかげる小さな旗』という本の冒頭の文章を引用します。「いま、あえてかかげようとする旗は、ささやかで小さい。小さいけれど、誰にも蹂躪されることを許さないわたしの旗である」。コラムは、哲大(てつひろ)さんが上野公園のホームレス支援で魚を届けていたことなどを紹介し、「本人たちは『清』と『徳』を特に意識することなく、普通に生活していたのだろう。ささやかだけど二人の掲げた小さな旗が今、心の中で翻っている」と結んでいます。二人が一刻も早くみつかることを祈りたいと思います。


   防衛省、海上自衛隊の対応は今週もまた、迷走につぐ迷走でした。これは「事故」から一つの「事件」になりつつあります。海上保安庁の捜査が入る前に、当直士官の航海長をヘリで呼び寄せ、大臣を含む最高幹部が事情聴取したことなどをめぐって、説明は二転三転しました。情報隠しが行われたのか否か。「防衛秘密の固まり」といわれるイージス艦。日本の船なのに、イージス・システムには米国の核戦力と一体となった領域があり、「米国のイージス」ともいえる高度な秘密が事故後、どのようにされたのか。
   昨年12月14日、護衛艦「しらね」のCIC(戦闘指揮所)の火災の際にも、防衛大臣への報告は100分後。すぐに大臣に連絡するという内規の違反があったことを、『朝日新聞』6日付は一面の肩で書いていますが、連絡遅れの背景には、CICの高度な秘密の扱いなどさまざまな問題があるようです。より根本的には、防衛省、自衛隊の構造的な問題があります。

  『琉球新報』2日付コラム「金口木舌」は、陸自は「用意周到・頑迷固陋」、空自は「勇猛果敢・支離滅裂」、統幕は「高位高官・有名無実」で、海自は「伝統墨守・唯我独尊」を、筆者が防衛庁担当記者だったときに庁内で耳にした「言いえて妙」の言葉として紹介し、「『墨守』しているのは隠蔽体質という『伝統』だったのか」と書いています。この点では、「唯我独尊、世間知らず」という見出しで、『毎日新聞』2日付が海自の内部事情に踏み込み、際立ったエリート意識、艦隊勤務が敬遠され、隊員の質の低下が懸念されること、大海原の艦艇の「密室性」などについて指摘しています。


   この問題では、今週、事故当日に無断で航海長を事情聴取した防衛大臣の責任が浮上しました。『日本経済新聞』1日付社説は大臣の責任追及を政局にすることを批判しながら、もし石破氏が辞任すれば1年間で防衛省に5人の大臣が着任することになると書き、2月27日付社説に続いて、自衛隊トップの統合幕僚長(前海幕長)の更迭も要求しています。日経社説の異例に厳しいトーンには、防衛省・自衛隊、内局・制服をめぐる複雑な力学が反映しているようにも思えます。
   なお、続くときは続くもので、3日にはベトナムのホーチミン港で、護衛艦「はまゆき」がカンボジアの貨物船と接触事故を起こしました。『朝日新聞』4日付は1面 の 肩にカラーの現場見取り図を載せて、事故がどのように起きたかを検証しています。車でいえば、縦列駐車で後ろの車にゴツンとやったようなケースですが、防衛大臣への連絡に1時間20分もかかったと『朝日』は伝えています。防衛庁から防衛省に移行して1年あまり。社会保険庁に優るとも劣らない初歩的ミスの連鎖と、秘密と組織保身に走る体質について、「大臣辞任より、ダメ官庁解体が先」と「新聞不信」欄(『週刊文春』3月13日号)が異例に強い調子の言葉を使っているのが目を引きました。                        


2.沖縄とサイパンと

  先週の金曜(29日)、沖縄の女子中学生に乱暴した米海兵隊員を、那覇地検が不起訴処分にしました。これは『朝日新聞』1日付が一面トップで伝えました。強姦罪や強制わいせつ罪は被害者の告訴を前提とします(親告罪)。女子中学生が告訴を取り下げたため、結局、不起訴処分となったものです。被害者が裁判などで二次被害にあう可能性もあり、性犯罪の難しさがここにあります。しかし、沖縄の怒りは激しく、『沖縄タイムス』2日付社説は、「そっとしておいてほしい」という被害中学生と家族の声に応える道は何かと問い、日本側が権利を行使しないことで、米軍当局の責任はさらに重くなった、米側での問題の徹底した洗い直しが求められると指摘しています。そして、『毎日新聞』6日付は、山口県岩国市の米海兵隊員4人が 広島市内で女性に集団レイプした事件で、米軍側がこの4人を軍法会議にかけることを決めたと伝えています。4人は広島地検が不起訴処分にしたもので、これは沖縄での動きと無関係とは思えません。

   沖縄県は一貫して米軍地位協定17条(刑事裁判権)の見直しを求めていますが、より根本的な問題は、沖縄でも岩国でも事件を起こしたのが海兵隊員だということです。米軍が3個もつ海兵遠征軍のうち、海外に展開しているのは日本だけです。軍事介入手段となる「殴り込み部隊」をいつまでも日本に置いておく必要があるのか。そうした点を含め、構造的な問題を議論する必要があると思います。


   なお、『東京新聞』5日付夕刊は、日本の最高裁が1967年に、在日米軍の軍法会議で無罪になった米海兵隊員について、日本で改めて裁判をしても「一事不再理」(憲法39条)違反にならないという判断を示していたことを伝えています。おりしも、ロス銃撃事件の三浦和義元社長がサイパン島で逮捕された事件に関連して、被告人を同じ事件で二度訴追することを禁じた「二重危険の禁止」と、一度無罪の判決を受けた者は、かりに有罪を証明できる新証拠が見つかっても訴追することができないという「一事不再理」の原則が注目されました。国際人権規約14条には「一事不再理」が定められていますが、「それぞれの国の法律」とあります。カリフォルニア州法には殺人罪の公訴時効はなく、また米国外の裁判には「二重危険の禁止」を適用しないという法律改正もあるので、これを遡って三浦氏に適用できるかどうかが今後の争点となると思います。                  


    3.ネット規制と「18」歳 

  さて、2月28日から始まり、この7日に終了した『読売新聞』連載企画「ネット社会・深まる闇」は、担当デスク(編集委員)以下28人の記者による集団取材の力作でした。最終日には1頁を使って、米英独と韓国の海外レポートを載せています。英国特派員の報告のなかに、試験のレポートに、ネット上から文書をコピーして貼り付ける「コピペ」(コピー・アンド・ぺースト)が増え、オックスフォードとケンブリッジの両大学でも対策に本腰を入れ始めたという記述を見つけて、思わず苦笑いしました。私自身もレポートや答案で同じような体験をしているからです。ネットは確かに便利ですし、可能性を秘めていますが、その簡易で安易な利用は、思わぬ落とし穴があることがようやく自覚されてきました


   『読売』連載は、ネットを使うと、殺人請負サイトなど、「踏み込んではいけない領域」に簡単につながってしまう。軽い気持ちで書き込んだことが、いじめにつながる。「ネットは一人の知恵者が、他の999人に教えてあげる世界だ。人を操る喜びがある」というネット心理。誰かの一言で、ネット上で集中砲火を浴びせ「ブログ炎上」「祭り」へ。妻子と3人暮らしの普通のサラリーマンが、ネット上では別人格となり、ブログで相手の名前や住所をさらして叩く。「人の不幸は楽しいでしょ」というわけです。子どもたちの世界では問題はさらに深刻です。『読売』連載は、「子供たちの小さな悪意の連鎖」が自殺者も生んでいる「学校裏サイト」や、闇サイトが「子供に魔手」という形で二度にわたり掘り下げています。また、「作られた情報」により、発言してもいないことが掲示板で広まって叩かれる。これは私自身も経験していますが、最初に書き込んだ人の思い込みや勘違いがあたかも事実であるかのように掲示板などで広まっていきます。「検証されていない情報が独り歩きし、流行を作り出したり人を陥れたりするのがネットの世界」と有名ブロガーが語っています。さらに、ファイル交換ソフト「ウィニー」を通じてウィルスが拡散したり、イージス艦情報が漏洩したり。ウィルス対策や迷惑メール対策にかける費用やエネルギーは大変なものです。


   『読売』連載は最後に、ネット規制について触れています。「有害サイト」の放置などを「政治の無知」として、「無策」以前の「無知」を問います。内閣府が昨年秋に行った世論調査によると、ネットの有害情報を「規制すべきだ」という人は91%にのぼるそうです。ただ、世論もまた「無知」の部分を含んでいます。何が「有害」なのか、どんな手段が適切なのかなど、ネット規制は表現の自由との関係で微妙で難しい問題を含みます。

  『毎日新聞』6日付は、「有害情報」に18歳未満の青少年がネットで触れられないようにする規制法案の原案が5日に明らかになったと報じています。自民党の議員立法で、サイト管理者に対して、閲覧を18歳以上に限ることを義務づけ、携帯電話各社には有害情報を遮断するフィルタリングサービスの利用を青少年との契約の条件とするなどのほか、罰則も強化しています。「18歳未満」というと、小学生から高校生まで含むわけで、小中学生と高校生を一律に規制するのは問題でしょう。

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